題: 仲間に死んで欲しくないから追放して一人でラスボス倒しに行く英雄vs自己犠牲を絶対に許さない仲間たち
そっちのが書き終わったらこれの続きを書くので、良かったらそちらも読んでみてください
ああ、今日も空は青い。
俺は草っ原に寝転がりながらそれをぼんやりと眺めていた。平和だ。これを平和と呼ばずして何とする。
平和ってのは最高だ。空は澄み渡り、日は眩く輝いている。絶好の洗濯日和だ。家の中で息を潜めて悪魔に怯えることもなく、思いっきり騒いで歌って、腹いっぱい食べてぐっすり好きなだけ眠れる。こんなに幸せなことはない。
三年前まではこんな光景はどこにもなかった。禍々しい瘴気の中から悪魔の軍勢がヒトへ無差別に襲いかかり、この世は地獄の蓋を開けたような有様。再びこんな長閑な景色を楽しめるようになるなんて、あのときは信じられやしなかった。
「こらーーーッ!!! アンタたち、またやってるのね!!」
年若い女の怒声がする。ミランダだろう。
「だってミランダ、アッシュがー!!」
「アッシュのやつ、イジワルしたんだぜ!」
「わたしのパン勝手に食べたの……」
「せいぎのテッツイだよ!!!」
ここは大陸北西部に位置する街、マッカニアの救世院。今現在の俺の住処である。救世院ってのは、孤児を集めて面倒を見ようという施設なので孤児院とでも呼んだ方がしっくりくるかもしれない。口々に「アッシュ」、つまり俺に憤りを表しているのは元孤児たちだ。
三年前の騒乱で親を亡くした子どもは多かった。街角には職にあぶれた浮浪者が溢れ、そこかしこで毎日食糧の奪い合いが起こり死体が転がっていた。立ちんぼやってる女もいっぱいいたし、気が楽になるという触れ込みのおかしな薬が流行ったりもした。誰も彼もが死んだ目をして終末を待つ。そんな時代に生まれたこいつらは、その暗黒の数年間を生き残り、逞しく育って——時々逞しすぎることもあるが、健やかに過ごしている。
「とりあえず、そこをどきなさい!! 誰の上に乗っかってるの!!」
「でもぉ」
「でも、じゃないの! ほら立って!!」
んで、俺が今なんで空なんか見上げてるかって、センチな気分になったわけでもお空が大好きなわけでもない。ガキ共に踏み潰されて動けないからだ。衛兵さん、俺から半径2メートルだけ治安が急速に悪化してます助けて。
こんの野郎ども、三年前ならまだしも今は黒パンなんてさほど珍しくもないだろうに、ちょいと摘んだくらいで群れを成して襲ってきやがった。世界は平和になったってのに、こいつらは人に優しくするということを知らん。もしかしてこいつらが悪魔なんじゃないか?
「ごめんね、アッシュ様!!大丈夫?」
「いーよ、ミランダ。俺も飯時におふざけが過ぎた」
内心のブラックなジョークを口には出さず、まだ年若い院長のミランダが手を貸してくれるのに有り難くあずかって身を起こす。年若いというよりも、孤児達の中で年長というような雰囲気だ。十八、九かそこらだろうに、数が十は下らないこの孤児達をまとめて生活させている。酷な話だが、仕方がない。
あの騒乱は人が死にすぎた。子を守る大人の屍が積み上がって、その下では涙と血が河のように流れていた。子どもがただ泣くだけの無力な存在ではいられない世界だった。
「まったく、アンタたちは!! この人が誰だか分かってるの!!? 」
ミランダが腰に手を当て眉を吊り上げて叱る姿は在りし日に見ていた己の母の姿を真似ているようにすら見える。
「アッシュだろー?」
「昼間まで寝てるろくでなし!」
「オレらより弱いくせに勇者とか嘘つくクソみたいな大人」
しかし、口々に言うガキ共は揃いも揃ってこちらに対する敬意というものを欠片も理解していない様子だ。俺は年長の余裕を持ってその言葉を受け止め、神託を告げる枢機卿のような厳粛な威厳さえ漂わせ世の理というものを教えてやることとした。
「上等だクソガキ共!! ぶっ飛ばしてやるからそこに並べや!!!」
即ち強さというものが世の中を支配しており、それは体格に大きく左右されるということだ!!!!!
「あ、こら! やめ、ちょっと、やめなさい!! 袋叩きはダメよ!! アッシュ様も勝てないのになんですぐ喧嘩売るの!!?」
「お前ら数多いの卑怯だぞ!脛ばっかり蹴んなクソガキども!!」
俺はアッシュ・グロウリー。そこらのガキにも勝てないただのろくでなしだ。
*
「ご機嫌麗しゅう、アッシュ様。ようこそいらっしゃいました。ギルドを代表して歓迎致します」
「あー……ゴキゲンウルワシュー、ロレッタ嬢。その挨拶やめてくんない? 小市民としてはケツが痒くなるからさ」
マッカニアギルドの栄誉ある受付であるロレッタ・マホガーニヤは、俺の顔を見るや否や立ち上がりわざわざ迎えに来て深々と一礼し、そして自身の目の前に並んでいた長蛇の列などなかったかのように俺をカウンターへと誘った。
要するに、順番抜かしをさせたわけだ。我ながらとんだVIP待遇である。
「アッシュ様、小市民などとご冗談を。貴方ほどの英雄は今世にどこを見ても並ぶ者はありません」
「そうだぜ、
「他ならともかく、あんたなら列くらい譲ってやるよ!!」
列を抜かされたはずの後ろの大男たちが機嫌良さそうに同意を示すのを見て、俺はビクビクするのをやめた。何せ筋骨隆々の男どもがいかつい顔を並べているものだから怒りを買うのが怖かっただけで、こういうのはそれはそれは気分がいいからな。
「え、あ、そう? じゃあお言葉に甘えちゃう。やや、どーもどーも。この依頼の受領手続きお願いしたいんだけどいいかな?」
そう言って手渡したのは
俺はこの依頼とは十年来の付き合いであり、このマッカニアを案内することにかけては右に出るものはないと自負している。チップでその日の糧を得ることくらいはワケないのである。
だが。
「ダメです」
「ん?」
ぴしり、と俺は固まった。聞き間違えたかと思い、もう一度訊くことにする。
「『
「ダメです」
「え、えーと、今の今まで超リスペクトな空気じゃなかった?」
「勿論です、アッシュ様。貴方に敬意を払わぬ愚か者など、
「じゃあ、せっかくやって来た平和を満喫するためにこの依頼を請ける——」
「ダメです」
「あるぇ〜〜〜〜〜〜〜?」
これはどうしたことだろうか。目の前のクールビューティーとも呼ぶべき凜とした女性は笑顔で俺を尊敬していると褒め称え、そして同じ笑顔で俺の要請を却下している。昔から実力のなさでバカにされることは多かったが、こんなことは一度もなかった。
「これはギルド長の決定です。そして、我々の総意でもあります」
砂エルフを祖に持つ彼女は褐色の肌を縁取る眼鏡のつるをくい、と持ち上げると小さく礼をする。
「アッシュ様、貴方という存在はあまりにも大きいのです。Eランクの低価格な依頼料で貴方を呼び出そうとする輩が後を絶えません。ご迷惑のかからぬようにと内々に処理して参りましたが、これ以上は元いるEランク冒険者どころか街自体の混乱を招きかねます。よって僭越ながらアッシュ様には今後街中での依頼、具体的に言えばEランク依頼の受諾を控えていただきたく思います」
「ちょ、ちょちょちょ、待て待て待ってくれ! 今後Eランク依頼を請けられないって? じゃあ俺はどうしたらいいんだ?」
「はい、これからは祝福外での魔獣の討伐依頼を主にして頂きたく思っております」
女神の祝福の存在しない場所で魔獣と戦う? この俺が? 殺す気か。喉元まで出かかったその言葉を俺は飲み込んだ。俺の首元に下がった冒険者タグに刻まれた
「もちろん、その代わりアッシュ様にパーティーメンバーを一人推薦させて頂きます。戦闘力に関してギルドの折紙付きの人材を」
そら来た。なるほど、つまりこれはギルドからのボーナスみたいなもんか。俺はようやくこのやり取りが腑に落ちた。
俺はこう言っちゃなんだがとびきりヘボだ。孤児院のガキにすら負ける。魔獣と戦うなど出来るはずもない。そこをギルドからの派遣人員で補おうというのだ。腕の立つ助っ人を使って戦闘の絡む依頼も人任せに楽々こなして下さいね、とそういうことだろう。
「ロレッタ嬢、お主も悪よのう」
俺が御用商人に賄賂を渡された悪どい領主のような顔で含み笑いをすると、ロレッタはその彫像のように美しい顔を微笑みに変えてこう返した。
「アッシュ様、我々はただ偉大なる英雄に栄光あれと願うばかりです」
「あ、はい」
「顔合わせに関しましては申し訳ありませんが数日お待ち頂きたく」
「あ、いえ、かまいません」
あまりにも真っ直ぐなリスペクト光線を受け、居た堪れなくなった俺はすごすごと退散することとなった。ちくしょう、調子が狂うぜ。
ワレ、カンソウ、スキ