依頼を終えてマッカニアに戻ってきた俺たちはまず、街のすぐそばに設置された洗体所に向かった。
洗体と言っても色街にあるような男の浪漫溢れたものではなく、街の外で活動する冒険者が穢れを持ち込まないように装備ごと体を洗浄するための場所である。
祝福された領域外で活動を続ければ穢れ——悪夢の王が遺した瘴気が身体にこびり付く。浴び続ければ次第にそれが染み付き、身体が変質していくのだ。適応出来ればオドが強化された超人になれるが、大半は身体が耐え切れず悪魔になる。人は祝福された領域でしか生きていけない。
故に街の入り口には必ず洗体所が置かれている。祝福を受けた泉から湧き出した水には穢れを祓う力があるために、そこで皆体を洗う。いわゆる聖水というやつだ。
洗体所で洗うことを見越して冒険者の装備には標準で撥水性が備えられているくらいなので、当然誰も服を脱いだりはしていない。男も女も獣のように頭から水を浴びて穢れを落としている。
俺もその例に漏れず、女神の像が持つ水瓶から溢れる聖水を頭から被っていたのだが、エリエルカが遠巻きに眺めるのみでこちらへ来ないので声をかけることにした。
「穢れ落とししねえの?」
「順番待ちよ」
「んなお上品なルールねえぞ、ここには。ほらこっち来いよ」
名門魔術大学を卒業しているだけあって、やはりお嬢様育ちであるらしい。誰も順番など守ってもいないのだから割り込んででも用を済ませなければならない。相変わらず人相の悪い奴らが多くて恐ろしいがここの場合そんなことを言っていても仕方がないのだ。
「ちょっと通りますよー」
「え、ちょっ、ちょっと引っ張らないでよ!!」
エリエルカを無理やり手を引いて連れて行く。その途中で俺はそういえばこいつにはあまり威圧される感覚がないな、と思う。
圧倒的に力量差のあるAランク冒険者であるはずのこの女を恐れるような気持ちにならないのは、どこか世間知らずな雰囲気が孤児院のガキ共と被るからだろうか。
「うりうり、水被れ」
「やめ、わっ、わぷっ」
——いいや、きっとエリエルカはあいつらと似ているんだ。
「じゃーぶじゃーぶ」
「ごぼっ、あ、アンタ、ちょ」
『かかか、あるじはいつまでも死んだ仲間のことを引き摺っておるからナ』
「ざーぶざーぶ」
「いい加減に、ごぼぼ、しろ……!!!」
——黙れ、殺されたいのか。
「アホ勇者が!!!!!!!!」
取り留めもないことを考えながら彼女の頭にじゃぶじゃぶと水を掛け、穢れを落としている俺はやはり最終的にキレたエリエルカにブン殴られて気絶した。
オチ代わりにとりあえず気絶させておけばいいと思ってない?
***
「お帰りなさい、勇者様!!」
「おう、帰ったぜミランダ。ほら、コレ飯」
その夜、無事に
「アッシュだ!!」
「帰ってきたろくでなし!」
「なんのごようですかー?」
「パンはもうないぞー!!」
それとほぼ同時にガキ共が団子のように絡まりながらこちらへと集まってくる。ケラケラと心底楽しそうに笑いながら脛を蹴り飛ばしてくるので、こいつらが本当に悪魔でないか自信がなくなってきた。
「ばーか、ばーーか!!」
「何しに来たろくでなしめー」
「……アンタたち、その前に言うことがあるでしょう!?」
「ヒエッ」
嬉しそうにしていたミランダの表情は一転、開口一番俺へと罵倒を始めたガキ共を睨む。はっきり言ってその眼光は思わず俺がチビりそうになるほど鋭い。以前とは違い今回の俺に非がないので、ミランダはとても厳しい。俺が何を言ってもへらへらしてるガキ共が鬼軍曹を前にした新兵みたいに震え上がっている。
「帰ってきた人にはきちんと挨拶しなさいッ!!」
「……おかえりなさいゆーしゃさまー」
「おかえりなさーい」
「もうッ、誰のおかげでこうやって毎日遊んでいられていると思ってるの!!!分かってるでしょう!!?」
「でもミランダぁ、アッシュ怒ってないもん」
「本人が怒ってなければ何をしてもいいわけじゃないの!!」
段々と説教に熱が入り始める。子どもたちの怒られて不貞腐れたような表情が余計にそうさせるのだろう。ミランダの語気が強くなっていく。教育方の一つとして、ずっと甘やかしっぱなしよりはメリハリが効いてるんだろうなあと思いながら俺は思わず助け舟を出した。だってガキ共半泣きだし。
「おーおー、帰ってきてやったぞー? で、俺が誰だってぇ?」
「ゆ、ゆうしゃさま」
「今までよくも散々ナメた真似してくれやがったなあ!! うら、勇者の高い高いを喰らえ!!」
半ベソかいてるガキ共をぽーんぽーんと投げ飛ばしてはキャッチを繰り返していると段々と怒られていたことを忘れ出して笑い出したので適当なところを解散させると、ミランダがこちらをジト目で眺めていた。俺の思惑なんかお見通しというわけだ。
「悪かったよ、横槍出しちまった」
「私が悪者みたいじゃないですか……私だって勇者様とあの子たちのために……」
しっかりとしているのでつい忘れやすいが、ミランダもまだまだ少女だ。孤児たちを纏めるという重責にいつも耐えているのだろう。俺は彼女の頭をひと撫ですると言い訳を呟く。
「つい、な。悪かった。男親は子どもには甘いって言うけど、この調子じゃそれも頷けるぜ」
「親——。アッシュ様は私達のことをそんな風に思ってくれてるの……?」
「ああ、まあ……その、色々と恩もあることだしな。それに、ミランダがきっちりあいつらのことを孤児院の中で守ってくれてる分、流石に俺も外で働いてこねーとよ!!」
「そう、私が家内を……」
そう呟いたきり、亜麻色の髪をいじりながら中空をぼんやりと眺め出したミランダに俺は少し心配になって声をかける。
「おい、ミランダ?」
「えっ、あっ、ごめんなさい。お夕飯、すぐに作る!!!」
ぼうっとしていたのが恥ずかしかったのか途端に赤くなったミランダは小走りに台所へと駆けて行った。
「おーい、食材忘れてるぞー」
「やっぱりろくでなしじゃないか!」
「いやらしい……」
そうすると今度は解散させたはずのガキどもが草むらから飛び出してきて、肩を竦めて「やれやれ」のジェスチャーをしてくる。すっかりナメた態度に元通りだ。
「何言ってっかわかんねえけどムカつくなお前らクルァ!!」
こうして今日もマッカニアの夜は平和に更けていく。どうかこの夜よ、永遠なれ。もう二度と闘いなんてしたくないぜ。
一生俺はだらだら暮らすんでい!
***
「報告を」
「は。本日のアッシュ様はエリエルカ殿を伴って祝福外へお出かけになり、依頼を見事達成されました」
マッカニア・ギルド。冒険者にとっての互助組合。組織立った運用が基本の兵士に対してそれぞれの個性が強く出る冒険者たちに仕事を割り振り、あらゆる問題を解決する公的機関。治安の維持からモンスターの討伐、瘴気の霧を祓う結界の設置など、地域に対しての貢献は多岐に渡る。
その奥の奥。働いているほとんどの人間が知らないその隠し部屋で。
マッカニア・ギルドの受付であり、創立者一族の血を継ぐ姫君。正当なる森の王、ナリアの民の
「アッシュ様にお怪我は」
「ありません」
「よろしい」
ロレッタが笑顔を見せ、親しげに言葉を交わすのはただ一人。
『輝きの英雄』『誉高き灰の男』。マッカニアを救い、人々を助け、そして——己と仲間の全てを懸けて悪夢の王を打倒し燃え尽きた灰の男。
凍てついた姫君の心を溶かし——ちょっと溶かしすぎているが——虜とした、かの英雄。
「今日の犯罪発生数は?」
「軽微なものを除けば南区で強盗が1件、東で放火が1件ありました」
「……それで?」
「被害が出る前に察知しましたので、処理いたしました。衛兵にも知られていません」
「よろしい。その調子で励みなさい。後始末は?わたしの権能は必要かしら」
「いえ、お手を煩わすことではございません。ロンクミュールから新薬が届きましたのでそちらのテストも兼ねて処理いたします」
「そう。……くれぐれも細心の注意を払いなさい。あのお方がその全てを懸けてこの街を護ってくださったのです。それがもし——この街がお心を騒がせるような下らない輩で埋め尽くされたら……」
腰掛けていた椅子の肘掛けがさらさらと砂になる。
「わたし、きっとこの街の全てを砂に変えてしまうわ」