YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~ 作:月影 流詩亜
武蔵野第三高校の学園祭当日。 普段は汗臭い道場と、厳しい稽古に明け暮れている俺たち柔道部も、この日ばかりはハチマキを締め、エプロン姿で模擬店に精を出していた。
発案者はもちろん竜子。
「学園祭っつったら、やっぱ焼きそばっしょ! 柔道部秘伝のスタミナ焼きそばで、ガッツリ儲けようぜ!」
なんて息巻いていやがった。
会計は几帳面な隼が担当し、俺は…なぜか焼き係と力仕事担当に任命されちまった。
「学園祭なんぞ、軟弱な奴らの浮かれたお祭りだと思っていたが…まあ、たまにはこういうのも悪くねえのかもしんな」
校庭に立ち並ぶテント、各クラスや部活が趣向を凝らした出し物、そして何よりも、生徒たちの普段とは違う弾けた笑顔。
そんな喧騒と熱気に包まれていると、俺もなんだか少しだけ気分が高揚してくるのを感じた。…いや、気のせいかもしれねえが。
柔道部の看板には、竜子が描いたヘタクソな(だが味のある)俺の似顔絵と共に、
「武蔵野の赤い閃光 特製! 鉄板焼きそば! 一度食ったら止められねえ! 」なんていう、恥ずかしいキャッチコピーが躍っている。
エプロン姿の俺は、自分でも似合ってねえと思うが、なぜか……
「可愛い!」
「巴ちゃんのエプロン姿、レア!」
なんて言って、写真を撮っていく女子生徒が後を絶たねえ…解せぬ。
◇
だが、焼きそば作りというものは、俺が思っていた以上に難易度の高いシロモノだった。
「巴! だから火は強火じゃなくて中火だって、何度言ったら分かるんだ!
キャベツが丸焦げじゃねえか! 」
「おい、巴! ソース入れすぎ!
それじゃ焼きそばじゃなくて、ソースの煮物だぞ! 」
「きゃあああ! 巴ちゃん、それ、麺じゃなくて自分の指を炒めようとしてない!? 」
竜子の怒号と、隼の冷静なツッコミ、そして周囲の悲鳴。
俺は、鉄板の上でコテを握りしめ、まるで初めてゲッターロボの操縦桿を握った時のように、悪戦苦闘していた。
キャベツを切れば大きさがバラバラになり、肉を炒めれば焦げ付き、麺をほぐそうとすればブチブチに切れる。
(くそっ…! たかが焼きそばごときに、この俺がここまで苦戦するとは…! ゲッター3の整備の方が、よっぽど楽だぜ…!)
俺の作る「破壊的焼きそば」は、客に出せる代物じゃなく、試食した竜子に「…まずい。罰ゲームレベルでまずい」と酷評される始末だ。
まさにその時、救世主が現れた。
「あ、あの…武蔵さん、僕、少しだけ料理できますけど…お手伝いしても、いいですか…?」
おずおずと声をかけてきたのは、いつの間にか柔道部の手伝いに来ていた、早乙女みちるだった。エプロンに三角巾という、完璧な出で立ちだ。
「お、おう、みちるか…助かるぜ…」
俺は、正直ホッとしてコテをみちるに渡した。
みちるは、意外にも手際が良く、俺が散々苦労した焼きそばを、あっという間に美味しそうに仕上げていく。 その姿は、なんだか頼もしく見えた。
「巴は、力仕事と呼び込みに専念しろ! 焼き場はみちるに任せる! 」
竜子の鶴の一声で、俺は焼き係をクビになり、客寄せパンダならぬ「客寄せ武蔵」として、店の前で声を張り上げることになった。
まあ、焼きそばを炭にするよりはマシか。
◇
みちるのおかげで、柔道部の焼きそばは飛ぶように売れた。 昼過ぎには完売し、俺たちはようやく休憩時間に入ることができた。
汗だくの俺に、みちるが冷たいお茶とタオルを差し出してくれる。
「武蔵さん、お疲れ様です。これ、どうぞ」
「…おう、サンキュな。お前がいなかったら、どうなってたことか…」
俺が素直に礼を言うと、みちるは嬉しそうに顔を赤らめた。
しばらくの沈黙の後、みちるが意を決したように、俺に声をかけてきた。
「あ、あの…武蔵さん…もし、この後お時間があったら…その…一緒に、学園祭、回りませんか…?」
その言葉に、俺は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「はあ!? お、俺と二人でか…? な、なんでまた…」
「だ、ダメ…でしょうか…? 武蔵さんと一緒に回れたら、きっと楽しいと思って…」
俯いて、もじもじと指をいじるみちる。
その姿は、なんだか庇護欲をそそられる…って、 俺がそんなこと思うなんて、どうかしてるぜ。
隣で聞いていた竜子が、ニヤニヤしながら俺の脇腹を肘で突いてくる。
「いいじゃねえか、巴! 行ってこいよ、青春しろ青春! 」
隼も、珍しく面白そうな顔で
「たまには、柔道着を脱いで羽を伸ばすのもいいんじゃないかしら」なんて言ってくる。
(こ、こいつら…! 面白がってやがるな…! )
だが、みちるの期待に満ちた、潤んだ瞳に見つめられると、断るという選択肢は、なぜか俺の中から消えちまっていた。
「…べ、別に…いいけどよ…暇だしな…」
俺は、そっぽを向きながら、ぶっきらぼうにそう答えた。みちるの顔が、パアッと輝いたのが分かった。
「じゃあ、俺、着替えてくるから、ここで待ってろ」
そう言い残し、俺は足早に更衣室へと向かった。私服に着替える。といっても、俺の私服なんざ、Tシャツにジーパンみてえな、色気もクソもねえボーイッシュな格好ばかりだ。
それでも、普段の道着や制服とは違うわけで…。
鏡に映る自分の姿を見て、なんだか落ち着かねえ気分になった。
こんな格好で、男のガキと二人で学園祭を回るなんざ…ゲッターロボに乗って恐竜帝国と戦う方が、よっぽど気が楽だぜ。
◇
みちると合流し、俺たちは学園祭の喧騒の中へと足を踏み入れた。 みちるは、俺の私服姿を見て、
「わ…武蔵さん、すごく…素敵です…」
なんて言って、また顔を真っ赤にしている。こいつは、いちいち反応が大袈裟なんだよ。
最初に立ち寄ったのは、射的の屋台だった。
「武蔵さん、やってみませんか?」
「射的か…まあ、嫌いじゃねえぜ」
ゲッターロボのパイロットとして、射撃訓練は嫌というほどやらされた。その経験が、こんなところで役に立つとはな。
俺は、コルク銃を構え、的を睨みつけた。
精神を集中させ、呼吸を整える。 そして、引き金を引く。
パァン!
コルク弾は、見事に的のど真ん中に命中し、景品がゴトリと落ちた。
その後も、俺は次々と的を射抜き、あっという間に屋台の景品を総ナメにしちまった。ぬいぐるみやらお菓子やら、両手いっぱいの景品を抱えたみちるは、目を丸くして俺を見ている。
「す、すごいです、武蔵さん! まるで、伝説のガンマンみたいです!」
「ふん、これくらい造作もねえぜ」
まあ、実際はゲッター1のビームガンの方が、よっぽど扱いやすかったがな。
次に向かったのは、お化け屋敷。俺はこういうのは平気だが、みちるは入り口の前でブルブル震えている。
「だ、大丈夫ですかね、武蔵さん…僕、こういうの、苦手で…」
「情けねえな。男だろ、しっかりしろよ」
俺がそう言って先に入っていくと、みちるは慌てて俺の後を追ってきた。
暗闇の中、突然脅かし役の生徒が飛び出してきたり、不気味な効果音が鳴り響いたりする。
その度に、みちるは「ひゃあああっ!」と悲鳴を上げ、俺の腕にガッチリとしがみついてきやがった。
「お、おい、みちる! くっつくんじゃねえよ、暑苦しい!」
俺はそう怒鳴りつけながらも、内心では少しだけドキドキしている自分に気づいていた。華奢な少年の体温が、腕を通して伝わってくる。 こんな経験、もちろん初めてだ。 なんだか、心臓が妙な音を立てている。
お化け屋敷を出る頃には、みちるはすっかり俺に懐いた子犬みてえになっていた。
その後も、金魚すくいをやったり(俺は一匹も掬えなかったが、みちるが意外と上手かった)、わたあめを食べたり(俺は甘すぎて一口でギブアップした)、二人で他愛のない話をしながら学園祭を巡った。
柔道の話だけでなく、お互いの好きな食べ物の話や、将来やってみたいこととか…。みちるは、俺の話を真剣な顔で聞いてくれ、時折、的を射たような質問をしてきたりもした。
(こいつ…ただ気弱なだけじゃなくて、優しいし、それに、意外と芯が強いところもあるんだな…)
一緒に過ごすうちに、俺はみちるの新たな一面に気づき始めていた。そして、そんなみちると一緒にいる時間が、不思議と心地よいものに感じられていた。
◇
そんな和やかな雰囲気も、次の瞬間にぶち壊されることになった。
賑やかな中庭を通りかかった時、人だかりの向こうに、見慣れた…いや、見慣れたくねえ二人組の姿を見つけちまった。
猪熊柔と、あの優男風の風祭。
二人とも私服姿で、何やら楽しそうに話している。
柔の奴、道着姿の時とは全然雰囲気が違う。淡い色のワンピースかなんかを着ていて、髪もいつもより少しだけ念入りにセットしているように見える。普通の、どこにでもいる可愛らしい女の子、って感じだ。
(…なんだよ、あいつ…あんな格好もするのかよ…別に、似合ってねえわけじゃねえが…むしろ、その…かなり…)
俺は、思わず柔の姿に見とれてしまっていた。道着の時には感じなかった、柔らかな女性らしさ。それが、なぜか俺の胸を締め付ける。
風祭の野郎は、相変わらず馴れ馴れしい態度で柔に話しかけ、柔もまんざらでもなさそうに笑っている。その光景が、俺の目にはどうしようもなくイチャイチャしているように映り、またしても胸の奥がチクリと痛んだ。
「…けっ、浮かれやがって…あんなチャラチャラした奴のどこがいいんだか…」
無意識のうちに、そんな悪態が口をついて出る。みちるが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「武蔵さん…? どうかしましたか…?」
「…いや、なんでもねえよ。ちょっと、気に食わねえモンが目に入っただけだ」
さらに、その柔たちの少し後ろの方から、鋭い視線を感じた。振り返ると、そこには聖プレジデント学園の制服を着た、本阿弥さやかが仁王立ちしていた。
いかにも「偵察に来ました」と言わんばかりの、険しい表情だ。 さやかは、柔と風祭の様子と、俺とみちるの親密そうな雰囲気を交互に見比べては、ギリギリと歯ぎしりをしているように見えた。
(…やれやれ、今日は役者が揃いすぎだぜ…)
◇
柔たちとすれ違った後、俺の機嫌は明らかに悪くなっていた。みちるもそれを察したのか、少し心配そうに俺の顔色を伺っている。
学園祭の喧騒から少し離れた、夕陽が差し込む校舎裏。俺たちは、並んで自動販売機の前に立っていた。
「武蔵さん…あの…さっき、何か嫌なことでもありましたか…?」
みちるが、おずおずと尋ねてくる。
「…いや、別に。お前の気にするこっちゃねえよ」
俺はぶっきらぼうに答えたが、みちるは納得していないようだった。
しばらくの沈黙の後、みちるは意を決したように、俺に向き直った。そして、真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「僕…武蔵さんのこと、本当に、本当に尊敬してるんです。武蔵さんは、すごく強くて、いつも真っ直ぐで…そして、時々、すごく…可愛いですから!」
「か、かわっ…!?」
俺は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。顔が、カッと熱くなるのが分かる。
「な、何言ってんだお前は! 頭でも打ったのか!? 気色悪ぃこと言うんじゃねえよ! 」
狼狽えながら、思わず怒鳴り返してしまう。
だが、みちるは怯まなかった。その瞳は、どこまでも真剣で、揺るぎない光を宿していた。
「嘘じゃありません! 武蔵さんは、僕にとって、憧れのヒーローなんです!
…ううん、ヒーローっていうより、もっと…その…」
みちるは、言葉を探すように少し黙り込み、そして、はにかみながら言った。
「…初めて会った時から、ずっと、特別な人だって思ってました」
特別な人、ねえ…。
武蔵として生きていた頃、俺にそんなことを言う奴はいなかった。ゲッターチームの仲間たちは、俺を戦友として、あるいは少し手のかかる弟分みてえに扱ってはくれたが、こんな熱烈な好意を、しかも年下の男のガキから向けられるなんて、想像もしたことがなかった。
それが、巴として転生したこの世界では、どうだ。
俺の心臓が、ドクドクと大きく脈打っている。これは、試合前の興奮とは違う、もっと甘くて、苦しくて、そしてどうしようもなく戸惑うような感覚だ。
俺は、何も言えなかった。ただ、真っ赤になった顔を隠すように、俯くことしかできなかった。
◇
学園祭も、そろそろ終わりの時間が近づいていた。 夕焼けが、校庭をオレンジ色に染め上げている。
俺とみちるは、言葉少なに、校門へと向かって歩いていた。さっきの出来事のせいで、なんだか気まずい空気が流れている。
「…今日は、その…悪くなかったぜ。色々と、付き合ってくれて、ありがとな」
俺は、蚊の鳴くような声で、不器用に礼を言った。自分でも驚くほど、しおらしい声が出た。
みちるは、俺の言葉に顔を上げ、そして、今日一番の、最高の笑顔を見せた。
「僕の方こそ、本当にありがとうございました! 武蔵さんと一緒に学園祭を回れて、一生の思い出になりました!」
その笑顔は、夕焼けの光を浴びて、キラキラと輝いて見えた。
俺は、なんだか胸の奥が温かくなるのを感じた。
(…なんだか、今日は調子が狂いっぱなしだったな…猪熊の野郎のことも気になるし、みちるの奴には変なこと言われるし…)
だが、それでも……
(まあ…たまには、こういうのも…悪くねえのかもしれねえな…)
柄にもなく、そんなことを思っちまった。
夕焼け空を見上げると、一番星が微かに輝き始めていた。俺の心の中にも、何か新しい、小さな光が灯り始めたような、そんな予感がした。
武蔵巴の、嵐のような日常の中に吹いた、ほんの少しだけ甘酸っぱい風。
その風は、俺の魂を、ほんの少しだけ変えちまったのかもしれねえな。
日常パートです。
巴ちゃん? ゲッターではあまり見られない甘酸っぱい青春のシーンですね。