YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~   作:月影 流詩亜

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第14話:揺れる心、それぞれの恋模様

 

地獄の強化合宿も、中盤に差し掛かった頃。俺たち選手に、待ちに待った…いや、俺にとっては別に待ち望んでいたわけでもねえが、とにかく一日だけの貴重な休日が与えられた。

 

朝から晩まで柔道着に身を包み、汗と湿布の匂いに塗れていた日々からの、ほんの束の間の解放だ。

合宿所の空気も、いつもより心なしか緩んでいる。 鬼コーチたちの怒声も今日は聞こえてこねえし、選手たちの表情も、いくらか和らいで見える。

まあ、俺は別に浮かれることもねえがな。 休日なんぞ、生ぬるい。ゲッターチームにいた頃は、休日なんて概念、存在しなかったぜ……いや、それはそれで問題か。

 

「巴! 今日くらい、その戦闘モード解いたらどうだ? せっかくの休みなんだから、パーッと街にでも繰り出そうぜ!」

 

竜子が、朝からやけにテンションが高い。

隼も、珍しく読書なんぞせずに、窓の外をぼんやりと眺めている。

 

(…まあ、たまには骨休めも必要か。 ずっと気を張り詰めてるだけじゃ、いつかプツンと切れちまうかもしれねえしな)

 

俺は、久しぶりに柔道着以外の服…といっても、相変わらずTシャツにジーパンみてえな、色気もクソもねえ格好だが、それに着替え、合宿所のロビーへと向かった。

 

 

 

ロビーのソファに腰掛けていると、入り口の方から、遠慮がちな声が聞こえてきた。

 

「あ、あの…武蔵さん…いらっしゃいますか…?」

 

その声の主は、俺が思った通りの人物だった。 早乙女みちるだ。 あいつ、またわざわざ会いに来やがったのか。

 

「よう、みちる。また来たのかよ。 暇な奴だな、お前も」

 

俺がぶっきらぼうに言うと、みちるは、

 

「こ、こんにちは、武蔵さん! 今日はお休みだと聞いたので…その、少しでもお顔が見れたらと…」なんて言って、顔を真っ赤にしている。

 

こいつの健気さには、正直頭が下がるぜ。俺の全日本選手権での優勝や、オリンピック代表候補入りを、自分のことのように喜んでくれていた。

だが、その一方で、最近のみちるは、どこか浮かない表情を見せることがあったんだ。

 

「武蔵さんは、どんどん有名になって…テレビにも出るし、雑誌にも載るし…僕なんか、もう、ただのファンの一人でしかなくて…武蔵さんにとって、僕はもう、必要ないんじゃないかって…」

 

二人で合宿所の近くの公園を散歩している時、みちるがポツリと、そんな弱音を吐きやがった。 その声は、今にも泣き出しそうに震えていた。

 

(…こいつ、そんなこと考えてやがったのか……)

 

俺は、どう声をかけていいか分からず、しばらく黙り込んじまった。 確かに、俺を取り巻く環境は、この数ヶ月で大きく変わった。

だが、だからといって、みちるが必要ねえなんて、そんなこと思ったこともねえ。

 

「…何言ってんだ、お前は !」

 

俺は、少し乱暴な口調で言った。

 

「俺は俺だ。 どこかのテレビ局のアイドルじゃねえ。 畳の上で戦う、ただの柔道家だ。

それに…お前の応援がなけりゃ、俺はここまで来れなかったかもしれねえ。

お前が作ってくれる差し入れや、くだらねえデータ分析が、どれだけ俺の力になったか、お前は分かってねえだろうな」

 

柄にもなく、素直な言葉が口をついて出た。 自分でも驚くほど、優しい声が出たかもしれねえ。

みちるは、俺の言葉に顔を上げ、その大きな瞳を潤ませていた。

 

「む、武蔵さん…!」

 

「…だから、そんな情けねえ顔するんじゃねえよ。 お前は、俺にとって、ただのファンなんかじゃねえ。 大事な…まあ、その…仲間、みてえなもんだ」

 

「仲間」という言葉を使ったのは、少し照れくさかったが、それが今の俺の正直な気持ちだった。

みちるは、俺の言葉に、ついに堪えきれなくなったように、ボロボロと涙をこぼし始めた。 そして、

 

「ありがとうございます…!

僕、これからもずっと、武蔵さんのこと、応援し続けます!」と、しゃくり上げながら言った。

 

その姿を見て、俺もなんだか胸が熱くなるのを感じた。 こいつの純粋な想いは、俺の魂に確かに力を与えてくれているんだ。

 

 

 

みちると別れた後、俺は合宿所に戻る途中、少し離れた公園のベンチで、見慣れた二人組の姿を見つけた。 猪熊柔と、あの風祭とかいうチャラ男だ。

どうやら、風祭の野郎が、休日を利用して柔に会いに来たらしい。 そして、そのままデート(という名の公園散歩)に繰り出しているってわけか。

 

柔の奴、いつもは勝負師の厳しい顔をしているが、風祭の前だと、なんだか雰囲気が違う。

頬をほんのり赤らめ、時折恥ずかしそうに俯いたり、楽しそうに笑ったり。 その姿は、どこからどう見ても、恋する乙女そのものだ。

 

(…やれやれ、あいつも隅に置けねえな。 オリンピック代表候補が、こんなところで男とイチャイチャしてていいのかよ…)

 

なんて悪態をつきながらも、俺はなぜか、その光景から目が離せなかった。

 

「…私、オリンピックが終わるまでは、柔道に集中しなきゃいけないって思ってるの。 でも…風祭さんと一緒にいると、なんだかホッとして…その…」

 

風向きのせいで、柔の声が微かに聞こえてくる。オリンピックへの集中と、風祭への淡い想い。その間で、あいつの心も揺れ動いているんだろう。

 

「柔ちゃんは、そのままでいいんだよ。 柔道に一生懸命な柔ちゃんも、こうして僕と笑ってくれる柔ちゃんも、僕はどっちも素敵だと思うから」

 

風祭の野郎、キザなセリフをサラリと言いやがるぜ。 だが、その言葉は、案外柔の心に響いているのかもしれねえ。

 

(…まあ、たまには息抜きも必要か。 あいつだって、ずっと気を張り詰めてるわけにもいかねえだろうしな)

 

俺は、少しだけ優しい目で、二人の後ろ姿を見送った。だが、胸の奥で、またあのチクリとした何かが疼くのを感じていた。

 

 

 

合宿所に戻ると、竜子や隼も、それぞれの休日を過ごしているようだった。

 

竜子は、ロビーで、同じ強化合宿に参加している他校の、やけに爽やかなイケメン選手と、何やら楽しそうに話し込んでいやがった。

時折、キャッキャと高い声を上げて笑っている。おいおい、お前、そんなキャラだったか?

 

「な、なんだよ巴! 別に、変なことしてるわけじゃねえぞ! ただ、明日の練習メニューについて、情報交換を…だな…」

 

俺の視線に気づいた竜子が、慌てて言い訳をするが、その顔は真っ赤だ。 怪しいことこの上ねえ。

 

一方、隼は中庭のベンチで、武蔵野三高の柔道部のOBらしき、真面目そうな雰囲気の先輩と、何やら真剣な顔で話し込んでいた。

進路の相談か何かかもしれねえが、その距離感は、ただの先輩後輩って感じじゃねえ。

隼の横顔が、いつもより少しだけ女性らしく見えるのは、俺の気のせいか?

 

(へえ…竜子の奴も、なかなかやるじゃねえか。隼も、案外ああいうのがタイプなのか…?)

 

俺は、二人の様子を、少しだけ面白がりながら、そしてほんの少しだけ羨ましいような気持ちで眺めていた。

ゲッターチームにいた頃は、こんな甘酸っぱい雰囲気とは無縁だったからな。

 

(…それに比べて俺は…色恋沙汰なんぞ、ゲッター線より縁遠い世界だぜ…)

 

自分の恋愛偏差値の低さを、改めて痛感させられた瞬間だった。

 

 

 

そんな平和な休日の雰囲気をぶち壊すように、あの男が、どこからともなく嗅ぎつけてきやがった。 日刊エヴリーの松田耕作だ。

いつものように、目をギラつかせ、カメラを片手に合宿所の周辺をうろついている。

 

「むふふ…これは、世紀の恋愛スクープの匂いだぞ! 金メダル候補たちの、禁断の合宿所ラブ!

まずは、武蔵巴選手と、あの健気な少年の純愛物語から…いや、待てよ?

猪熊柔選手と、あの青年実業家の密会も捨てがたい…! うおおお、ネタが! ネタが多すぎる! 」

 

松田は俺とみちるの様子や、柔と風祭のデート(?)、さらには竜子や隼の恋の気配まで敏感に察知し、一人で勝手に興奮している。

そして、いざスクープ写真を撮ろうとカメラを構えた、まさにその瞬間。

 

「こらーっ! 日刊エヴリー! またしても若いもんの純情な心の邪魔をしおって! このエロガッパめが!」

 

背後から、雷のような怒声と共に、猪熊滋悟郎の爺さんが仁王立ちで現れた。その手には、なぜか竹刀が握られている。

 

「ひいぃぃぃっ! い、猪熊先生! な、なぜここに!?」

 

「うるさいわい! お前のようなハイエナ記者に、可愛い孫娘や、その仲間たちの青春を汚されてたまるか! 今日こそ、その腐った性根を叩き直してくれるわ!」

 

滋悟郎の爺さんは、松田の首根っこを鷲掴みにすると、竹刀を振り上げ、合宿所の裏手へと引きずっていった。 その後、しばらくの間、松田の情けない悲鳴と、竹刀が空を切る音が、微かに聞こえてきていた。

 

(…あのジジイ、たまには、本当に役に立つこともあんだな…)

 

俺は、その一部始終を呆れ顔で見送りながら、内心で少しだけ感謝した。

 

 

 

あっという間に、束の間の休日は終わりを告げた。夕日が、合宿所の窓を茜色に染めている。

俺たち選手は、それぞれの胸に様々な想いを抱きながら、再び戦いの場へと戻る準備を始めていた。

 

みちるとの再会で、俺は新たな力と、そして守るべきものの温かさを感じることができた。

柔の乙女心を知り、あいつに対する見方が、少しだけ変わったかもしれねえ。

竜子や隼の、普段とは違う一面を見られたのも、なんだか新鮮だった。

 

(色恋沙汰も結構だが、俺たちの本分は、やっぱり畳の上だ。甘ったれた感傷に浸っている暇なんざねえ)

 

オリンピックという、とてつもなく大きな目標。

 

それは、どんな個人的な感情よりも優先されるべき、俺たち全員の誓いだ。

 

俺は、窓の外の夕焼け空を見上げ、ギュッと拳を握りしめた。

 

(必ず、オリンピックで結果を出す。そして、世界の頂点に立つ。それが、俺の、武蔵巴の道だ!)

 

それぞれの胸に新たな決意を秘め、俺たちは再び厳しい練習の日々へと身を投じていく。

この合宿で芽生えた様々な感情も、全て力に変えて。

 

俺の闘志は休日の穏やかな時間とは裏腹に、さらに激しく、熱く燃え上がっていた。

 

 

 




日刊エヴリーの松田さんをヘイトしているワケでは無いのですが、コチラの世界の松田さんの扱いは……

松田さんファンの皆さん、ごめんなさい。
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