YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~ 作:月影 流詩亜
日本代表選手団を乗せたチャーター機が、地中海の青い空を切り裂き、ついに決戦の地、スペイン・バルセロナへと降り立った。
タラップを降りた瞬間に感じたのは、日本のそれとは違う乾いた熱風と、どこか陽気なラテンの空気。
そして、オリンピックという世界最大の祭典が持つ独特の高揚感だった。
バスに揺られて到着した選手村は、まさに世界の縮図みてえだった。
様々な言語が飛び交い肌の色も目の色も違うアスリートたちが、それぞれの国のジャージを誇らしげに着て闊歩している。
陸上の短距離選手らしき、バネみてえな筋肉を持つ黒人選手。
体操の妖精みてえな小柄で可憐な東欧の少女。
そして、俺たちと同じように、柔道着の入ったバッグを肩に、鋭い眼光を放つ各国の柔道家たち。
「す、すごいわね、武蔵さん…! 世界中のアスリートが、本当にこの場所に集まっているのね…!」
隣を歩く猪熊柔も、さすがにこの雰囲気に気圧されているのか少し興奮した様子で目を丸くしている。
(ここが、俺たちの戦場か…! テレビでしか見たことのなかった、夢の舞台。 世界中の猛者が、金メダルっていうたった一つの獲物を狙って、この場所に集まってやがるんだな…!)
湧き上がる武者震いを抑えきれねえ。
不足はねえ、最高の舞台じゃねえか。
◇
選手村での生活が始まり数日が経った頃、日本から待ちに待った応援団がバルセロナに到着した。
竜子、隼、そして俺のオフクロと弟の勇。
柔のところには、滋悟郎の爺さん以外の家族…つまり、あの優しいお母さんと少し気弱そうだが人の良さそうな父親が駆けつけていた。
「巴、ようやく会えたわ! 心配したのよ、ちゃんと飯食べてる ? 」
「姉ちゃん、マジかっけー! オリンピック選手とか、自慢しまくりだよ! 」
オフクロと勇は相変わらず騒々しいが、その顔は心底嬉しそうだ。
家族の顔を見ると、なんだかホッとする自分がいやがる。
そして、その応援団の中にアイツの姿もあった。早乙女みちるだ。
他の応援団の連中とは少し離れた場所で、緊張した面持ちで俺の方を見ている。 俺が気づくと、おずおずと近づいてきた。
その手には、小さな布製の袋が握られている。
「む、武蔵さん…! ご、ご無沙汰してます…! そっ…その…これ、僕からの応援の気持ちです…!」
みちるは、顔を真っ赤にしながら、その小さな袋を俺に差し出した。
中に入っていたのは、手作りの、不器用だが心のこもったお守りだった。 よく見ると、その形は…ゲッターロボ?
「…なんだこりゃ。ゲッターロボかよ。
お前、こんなもん作るのに何時間かかったんだ?」
俺は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら尋ねた。
みちるは、さらに顔を赤くして俯いた。
「え、えっと…武蔵さんの…その力の源だって、前に少しだけ聞いたことがあったので僕なりに、武蔵さんが一番力を出せるようにって、一生懸命作りました…笑わないでください……!」
その真剣な眼差しと、お守りに込められたひたむきな想いが、ズシンと俺の胸に響いた。
こいつは本気で俺の勝利を願って、こんなモンを作ってくれたんだ。
俺は、ぶっきらぼうにそのお守りを受け取っていた。
「…まあ、もらっといてやるよ。 ご利益があるかどうかは知らねえがな。 だが…ありがとよ、みちる」
不器用な俺の礼の言葉に、みちるはパアッと顔を輝かせ、「はいっ!」と力強く頷いた。
この、ゲッターロボの形をした小さなお守り…それは俺の過去と現在を繋ぐ…そして、このバルセロナの地で戦う俺にとって、何よりも大きな心の支えになるような気がした。
◇
オリンピックの柔道競技開始を数日後に控え、俺たち日本代表チームは試合会場となる体育館で最終調整に入っていた。
本番の畳の感触、照明の明るさ、そして独特の緊張感、その全てを体に叩き込む。
鬼コーチたちの指導にも、いつも以上の熱がこもっていた。
「いいか! ここまで来たら、あとは自分を信じるだけだ! だが、油断は禁物、最後の一秒まで気を抜くんじゃないぞ!」
そんな中、またしてもあの男が現れた…猪熊滋悟郎だ。
いつものように、どこからともなくひょっこりと道場に姿を現し杖を振り回しながら檄を飛ばし始めた。
「巴! 柔! お前たちは、この猪熊滋悟郎の目に狂いはなかったと世界に証明してくるのじゃ!
金メダル以外は、日本に帰ってくることは許さん ! 分かっとるな!」
相変わらずのプレッシャーのかけ方だが、その言葉の裏には、俺たちへの期待と信頼が込められているのが何故か分かった。
そして、もう一人。日刊エヴリーの松田耕作も、しっかりとプレス用のIDカードを首からぶら下げ、選手村や練習場をハイエナみてえに嗅ぎ回っていた。
「武蔵選手! 世紀の大一番を前に今の心境は!?
金メダルへの秘策は、やはりあの『大雪山おろし』ですか!?
世界のファンに向けて、熱いメッセージをお願いします!」
「うるせえ松田! お前はアホか! 集中してんだ、あっち行ってろ!」
俺が追い払っても、松田はめげずに柔の方へ突撃していく。 まったく、懲りねえ奴だぜ。
緊張感と、どこかお祭り騒ぎみてえな高揚感が入り混じる中、俺たちは最後の調整を終えた。
あとは、本番を待つだけだ。
◇
そして、ついにバルセロナオリンピック開会式の日がやってきた。
夜空の下、モンジュイックの丘にそびえ立つオリンピックスタジアムは、数万人の観客の熱気でむせ返るようだった。
その巨大さと、これから始まる祭典への期待感に俺はただただ圧倒される。
日本選手団の一員として、揃いの赤いブレザーに身を包み俺は柔と並んでスタジアムを行進した。
胸には日の丸。 その重みが、ズシリと肩にのしかかる。
だが、それは嫌な重さじゃねえ。
誇りと、責任感と、そして武者震いが入り混じった、心地よい重圧だ。
スタジアムに足を踏み入れた瞬間、割れんばかりの歓声と無数のフラッシュの光に包まれた。
手を振る観客、高らかに鳴り響くファンファーレ、そして各国の選手たちの誇りに満ちた表情。その全てが、俺の魂を激しく揺さぶる。
(すげえ…これが、オリンピックか…!
ゲッターロボに乗って地球の運命を賭けて戦ったあの時とは、また違う種類の興奮だ…!
だが、この高揚感は、紛れもなく本物だ…!)
やがて、スタジアムの聖火台に、厳かに聖火が灯される瞬間が訪れた。
一人のアーチェリー選手が放った炎の矢が、夜空を切り裂き、聖火台へと吸い込まれていく。
その瞬間、スタジアム全体が黄金色の荘厳な光と言葉にできねえほどの感動に包まれた。
俺は胸に手を当て、静かに目を閉じた。
道着の内ポケットに忍ばせた、みちるの手作りのゲッターロボのお守りをギュッと握りしめる。
(必ず、この場所で金メダルを獲る。 オフクロや勇、竜子や隼、そして、みちる…俺を支えてくれた全ての人たちのために。
そして、この俺自身の魂のために。
俺の、いや俺たちの柔道を、この世界の頂点に刻みつけてやる……!)
隣を見ると柔もまた潤んだ瞳で聖火を見つめていた。
その横顔は何時になく美しく、そして強い決意に満ちているように見えた。
俺たちの間には、もう言葉は必要なかった。
同じ夢を追いかける者同士の確かな絆がそこにはあった。
◇
華やかで感動的だった開会式が終わり、俺たちは選手村へと戻った。
祭りの後の静けさというやつか。
選手村全体が、これから始まる本番への静かな緊張感に包まれている。
明日から、いよいよ柔道競技が始まる。
俺の戦いは明後日からだ。
自室に戻り俺は一人、道着に袖を通した。
そして、鏡の前に立ち自分の姿を見つめる。
そこに映っているのは、紛れもなく「武蔵巴」だ。
ゲッターの魂を宿した一人の柔道家。
俺は、みちるにもらったゲッターロボのお守りを道着の内ポケットにそっと忍ばせた。
それは、まるでゲッターロボのエンブレムみてえに、俺の胸で熱く輝いているような気がした。
畳の上での戦いを何度も何度もイメージする。
世界の強豪たちの顔、そして猪熊柔の顔。
俺の魂は決戦の時を静かに、しかし今まで以上に激しく待ち望んでいた。
(待ってろよ、世界の強者ども…!
そして、オリンピックの金メダルよ!
この武蔵巴が、お前たちの度肝を抜く最高の戦いを見せてやるぜ! )
バルセロナの夜空には数えきれないほどの星が瞬いていた。
その一つ一つが、まるで俺たちの勝利を祝福しているかのようだ。
俺のオリンピックが、いよいよ始まろうとしていた。