YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~ 作:月影 流詩亜
俺は、武蔵野第三中学校の二年生になっていた。 セーラー服の窮屈さには未だに慣れねえが、鏡に映る自分の「女の姿」にも、前ほど衝撃は受けなくなってきた。
いや、諦めに近いのかもしれねえが。
朝は誰よりも早く起きる。 これはゲッターチームにいた頃からの習慣だ。
家族がまだ寝静まっている中、俺はジャージに着替えてこっそり家を抜け出し、近所を走り込む。
最初は息も切れ切れだったこの
全力疾走しても、以前のようにぶっ倒れることはねえ。
それでも、ゲッター3の装甲を身に纏っていた頃の、あの圧倒的なパワーには程遠い。
(…ちくしょう、軽い。 軽すぎるぜ、この体は! )
走りながら、知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めていた。
風を切る感覚は悪くねえ。
だが、地面を蹴る力が、腕を振る力が、あまりにも頼りない。
鍛えれば鍛えるほど、かつての自分の肉体とのギャップを思い知らされる。
それでも、何もしないよりはマシだ。ランニングの後には、公園の鉄棒で
ゲッターロボのパイロットとして叩き込まれた基礎体力向上のためのメニューを、この少女の体で可能な範囲でこなしていく。
最初は数回しかできなかった懸垂も、今では連続で20回はできるようになった。
……まあ、周りに見られたら完全に不審者だろうがな。 早朝で誰もいねえからいいものの。
家に帰ってシャワーを浴び、朝食を済ませると、今度は学校だ。
母さん……紀子さんには、「巴は朝から元気ねえ」なんて言われるが、俺にしてみりゃこれでも全然足りねえんだ。
学校生活は、まあ、なんというか…平和だ。平和すぎる。
授業は正直退屈だが、サボるわけにもいかねえ。 休み時間には、高橋だか木村だか、クラスの女子たちがキャアキャア言いながら話しかけてくる。
「巴ちゃん、今日の体育、また活躍しちゃってよ! 」
「巴ちゃんがいると、ドッジボール負けないんだよねー! 」
どうやら俺は、この学校の女子たちの間では「運動神経抜群のクールビューティー(?)」みたいな扱いになっているらしい。 解せねえ。
俺はただ、体が鈍るのが嫌で、体育の授業でもつい本気で動いちまうだけなんだが。
この間なんか、隣のクラスの男子が因縁つけてきやがった。
まあ、俺が廊下でうっかりぶつかっちまったのが原因だが。
そいつが何人か仲間を連れてきて囲んできたんで、面倒くせえと思ったが、さすがに手は出せねえ。
この体で下手に殴りでもしたら、大問題だ。
だから、俺はただ、そいつらを睨みつけた。
ゲッターチームで幾多の死線を潜り抜けてきた、あの頃の眼光で。
「…なんか用か、お前ら。 俺は急いでるんだが」
地を這うような声でそう言ったら、奴ら、顔を真っ青にして逃げていきやがった。
肩で風切ってた割には、
その一部始終を見ていたらしい女子たちが後で、
「巴ちゃん、かっこよかったー! 」
「あの男子たち、ビビってたね! 」
なんて騒いでいやがった。
…だから、なんでそうなるんだ。
俺はただ、面倒事を避けたかっただけなんだが。
まあ、そんなこんなで、俺の学園生活は、俺の意思とは裏腹に「男前伝説」を更新し続けているらしい。 いい迷惑だ。
◇◇
平和な日常。
それは確かに、俺たちが命を懸けて守ろうとしたものの一つだろう。
だが、いざその中に身を置いてみると、どうにも落ち着かねえ。
心の奥底で、何かが「足りない」と叫んでいる。
夜、自分の部屋で一人になると、決まってゲッターロボのことを思い出す。
竜馬の無鉄恐な笑顔、隼人の冷静な分析、そして俺自身の、あの巨体を操る時の高揚感。
メカザウルスや百鬼帝国の化け物どもとの激しい戦闘。
アドレナリンが全身を駆け巡り、生死の境目で己の全てをぶつけ合う、あの感覚。
(あの頃は…毎日が戦いだったが、充実もしていた…)
今の俺には、それがない。
守るべきものも、戦うべき敵も、そして命を懸けて乗り込むゲッターロボもない。
あるのは、この少女の体と、持て余した時間だけだ。
時々、どうしようもなく体が疼くことがある。
そういう時は、部屋の中で一人、シャドーボクシングをしたり、ゲッターロボの操縦マニュアルを思い出してイメージトレーニングをしたりする。 だが、そんなことをしても、虚しさが増すだけだった。
「俺の魂は…一体、何を求めているんだ…? 」
この世界に来てから、何度そう自問自答したか分からねえ。
ゲッター線は、俺に「ご褒美」としてこの新しい生を与えてくれたのかもしれない。
だとしたら、そのご褒美を、俺はどう使えばいいんだ?
ただぼんやりと、この平和な世界で生きていけばいいのか?
(そんなのは…ごめんだ…!)
俺は、巴武蔵だ。ゲッターチームの一員として、最後まで戦い抜いた男だ。
こんなところで
何か…何か、俺の魂が燃え上がることができるものが、この世界にもあるはずだ !
そう信じてはいたが、具体的に何をすればいいのか、皆目見当もつかなかった。
ただ、漠然とした焦燥感だけが、俺の胸の中に渦巻いていた。
◇◇
そんなある日の放課後だった。
特にやることもなく、家に帰ってリビングでぼんやりとテレビを眺めていた。
弟の勇は友達の家に遊びに行っていて、家には俺一人。
チャンネルを適当にザッピングしていると、ふと、ある映像に目が釘付けになった。
画面には、白い道着を身に纏った二人の人間が映し出されていた。激しく組み合い、技を掛け合っている。……柔道、か。
前の世界でも柔道をしていたが、女子の柔道は初めて見た。
(ふーん、これが女子の柔道ってやつか…思ったより、動きが速えな…)
最初はそんな程度の感想だった。だが、次の瞬間、俺の視線は画面の中の一人の選手に吸い寄せられた。
小柄だが、引き締まった体躯。 切れ長の強い意志を秘めた瞳。
そして何よりも、その動き。相手の力を利用し、柳のように受け流したかと思えば、次の瞬間には雷のような速さで技を繰り出す。
『ここで出たー! 猪熊柔、鮮やかな一本背負いーっ! 』
アナウンサーの興奮した声と共に、その小柄な選手……猪熊柔が、自分よりも一回り大きな相手を、まるで木の葉でも舞わせるかのように宙に投げ飛ばした。
畳に叩きつけられた相手は、完全に戦闘不能。審判の「一本!」の声が、会場に響き渡る。
「…………っ!」
息を飲んだ。
いや、呼吸するのを忘れていた。
なんだ、今の技は…!?
あの小さな体から、どうやったらあんな力とスピードが生み出せるんだ…!?
画面の中の猪熊柔は、汗を拭いもせず、凛とした表情で一礼している。
その立ち姿は力強いだけでなく、どこか神々しいほどの美しさを湛えていた。
俺の全身に、電流が走ったような衝撃が突き抜けた。
心の奥底で、何かがカチリと音を立てて噛み合ったような感覚。
(こ、これだ…! これだったんだ…!!)
ゲッターの魂が共鳴している。
間違いねえ。 この感覚は初めてゲッターロボに乗った時や強敵と対峙した時に感じた、あの武者震いに似ている。
画面の中の猪熊柔は再び相手と組み合い、今度は目にも止まらぬ速さで足技を繰り出した。
相手はバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。
そこですかさず抑え込み、完璧な一本。
その一連の動きは、まるで洗練された舞踊のようでありながら、同時に恐ろしいほどの破壊力を秘めていた。
力と技、静と動、そして美しさ。
その全てが、猪熊柔という一人の人間の中で、完璧な調和を保って存在しているように見えた。
(すげえ…なんて強さだ…そして…なんて、美しいんだ…)
「美しい」
俺が戦いや強さに対してそんな言葉を抱いたのは、これが初めてだったかもしれねえ。
竜馬の無茶苦茶な強さも、隼人の研ぎ澄まされた技も、確かに凄かった。
だが、猪熊柔の柔道には、それらとはまた違う種類の心を鷲掴みにするような魅力があった。
それは、ゲッターロボの力とは違う。鍛え上げられた肉体と精神、そして磨き抜かれた技だけが到達できる、純粋な「武」の極致。
俺が心のどこかでずっと探し求めていた、魂の燃焼場所。
それが、あの四角い畳の上にあるような気がした。
「俺の求める『武』の魂は…こんなところにもあったのか…!」
テレビの画面は、次の試合に移っていた。だが、俺の目には、もう何も映っていなかった。
ただ、先ほどの猪熊柔の姿だけが、鮮烈な残像となって焼き付いていた。
◇◇
気づけば、俺は拳を握りしめ、興奮で全身を打ち震わせていた。
「やりてえ…! 俺も、もう一度柔道をやりてえ…!」
心の底から、叫びが込み上げてくる。
あの畳の上で、あの猪熊柔という選手のように、自分の全てをぶつけて戦ってみたい。
あの高みに、俺も到達してみたい。
そう思った瞬間、俺の心は決まった。
今まで感じていた漠然とした焦燥感や虚無感が、嘘のように消え去っていく。
代わりに、明確な目標が、熱い炎となって胸の中に灯った。
(そうだ、柔道だ! 俺がこの世界でやるべきことは、これしかねえ! )
俺は、すぐさま立ち上がった。
いてもたってもいられなかった。
ちょうどその時、母さんが買い物から帰ってきた。
「ただいまー。あら、巴、テレビ見てたの? 」
「母さん! 俺、話がある! 」
いつになく真剣な俺の様子に、母さんは少し驚いた顔をした。
「どうしたの、そんなに改まって。…もしかして、学校で何かあった? 」
「いや、そうじゃねえ!
あのな、母さん…俺、柔道をやりたいんだ! 」
俺の言葉に、母さんは目を丸くした。
「柔道…? 巴が? な、なんでまた急に……」
無理もねえ。
今まで武道や格闘技の「か」の字も口にしなかった(ように見えた)娘が、突然柔道をやりたいと言い出したんだからな。
俺は、さっきテレビで見た猪熊柔の試合のこと、そして、その柔道にどれほど心を揺さぶられたかを必死に説明した。
言葉は
「…だから、俺は、柔道をやりたいんだ! 本気で! 」
俺の真剣な眼差しを、母さんはじっと見つめていた。 そして、ふう、と一つため息をついた。
「巴…あなたがそんなに真剣に何かをやりたいって言うのは、初めてかもしれないわね……」
少し寂しそうな、でもどこか嬉しそうな、複雑な表情だった。
「でも、柔道って、女の子にはちょっと危なくないかしら…怪我でもしたら……」
心配する母さんの気持ちも分かる。
俺だって、この華奢な体でどこまでやれるか、正直不安がねえわけじゃねえ。
だが、それでもやりたいんだ !
「大丈夫だ、母さん!
俺は、丈夫だけが取り柄みてえなもんだし、それに、やるからには中途半端なことはしねえ!
必ず、強くなってみせる! 」
……最後のは、半分ハッタリだが。でも、やる気だけは誰にも負けねえ自信がある。
母さんはしばらく黙って考えていたが、やがて、困ったように笑って言った。
「…分かったわ。 巴がそこまで言うなら、お母さん、反対はしない。
ただし、勉強も疎かにしちゃダメよ?
それから、絶対に無理はしないこと。いいわね? 」
「! ほんとか、母さん!? 」
「ええ。 あなたが本気でやりたいことを見つけられたなら、お母さんは応援するわ」
「やったぜ…! ありがとう、母さん! 」
思わず叫んで、母さんに抱きつきそうになった。……いや、さすがにそれは気持ち悪がられるかと思って、寸前で踏みとどまったが。それでも、嬉しくてたまらなかった。
(よし…! これで、第一関門突破だ! )
柔道への道が、確かに開かれた。
あの猪熊柔のいる世界へ、俺も足を踏み入れることができるんだ !
◇◇
母さんの許可を得て、俺の心は完全に柔道一色に染まっていた。
その日の夕食時、父さん……剛健さんにも柔道を始めたいと伝えた。
父さんは最初驚いていたが母さんが、
「巴が本気でやりたいって言ってるのよ」
と助け舟を出してくれ最終的には、
「そうか、巴が武道か。いいじゃないか、精神も鍛えられるしな。頑張れよ」
とあっさり認めてくれた。弟の勇は、
「えー、姉ちゃんが柔道? 面白そうじゃん!」と興味津々だった。
(待ってろよ、猪熊柔…! この武蔵巴、必ずお前のいる場所まで辿り着いてやるぜ! )
心の中で、そう高らかに宣言する。
もちろん、今の俺の実力じゃ、あの猪熊柔に追いつくなんて夢のまた夢だってことは分かってる。だが、目標は高く持たねえと意味がねえ。
その夜、俺は早速自分の部屋でパソコンを開き、「武蔵野市 柔道 道場」と検索をかけた。
いくつか候補が出てきたが、どこがいいのかサッパリ分からねえ。
(道場か…ゲッターチームの道場は、もっと殺風景で、血と汗の匂いが染み付いてたな…)
ふと、そんなことを思い出す。流竜馬の親父さんがやっていた道場は、まさに武の鍛錬場という感じだった。あそこでは、厳しいながらも充実した日々を過ごした。
(この世界の道場は、どんな感じなんだろうな……)
期待と、ほんの少しの不安。
だが、それ以上に、新しい世界へ飛び込むことへの高揚感が、俺の全身を包んでいた。
明日、早速いくつかの道場に見学に行ってみよう。そして、俺の魂が「ここだ!」と叫ぶ場所を見つけ出すんだ。
武蔵巴、十三歳(中身はゲッターロボのパイロット、巴武蔵)
俺の新たなる戦いが、今、始まろうとしていた。
はい、こちらの世界で、柔さんは幼少期から柔道の大会に出場しています。
ご都合主義ですが、お許しください。