YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~ 作:月影 流詩亜
オリンピック初戦の一本勝ち。
あの時の体育館の熱狂と、みちるの潤んだ瞳は、確かに俺の心に深く刻まれた。
だが、浮かれてる暇なんざ、一瞬たりともありゃしねえ。 あんなモンは、まだ序の口。
このオリンピックという舞台は、勝ち進めば進むほど、地獄の釜の蓋が一つずつ開いていくようなもんだ。
「一戦勝ったくらいで、いい気になるなよ、巴。本当の戦いはここからだ」
宿舎に戻るなり、山嵐先生に釘を刺された。
分かってるよ、そんなことは。
俺だって、ゲッターロボで何度も修羅場を潜り抜けてきたんだ。
初戦で調子に乗って、次の戦いで足元を掬われるようなヘマはしねえ。
二回戦の相手は東欧の小国、確かルーマニアとかいう国の選手だった。
昨日の試合で俺のパワーと、そして「大雪山おろし」の噂は、ある程度広まっちまったらしい。
そいつは、明らかに俺を警戒し徹底的に距離を取ってくる戦法だ。
(ちっ、こいつ、チョコマカと逃げ回りやがって…! まるで、恐竜帝国の小型メカみてえな動きしやがるぜ…!)
俺の得意な組み手に持ち込ませず、間合いを取りながらカウンター狙い。 こういうタイプは、正直言ってやりずれえ。
◇
試合は、序盤から膠着状態が続いた。
俺が前に出れば相手はサッと下がり、俺が技を仕掛けようとすれば巧みなステップでかわされる。 会場からは、少しずつため息が漏れ始めていた。
(このままじゃ、埒が明かねえ…! 何か、相手の意表を突くような動きが必要だ…!)
その時、俺の脳裏に、ふとゲッター1の戦闘シーンが蘇った。
あの重力を無視したかのような、変幻自在の空中殺法。 予測不能な動きで敵を翻弄し、一撃で仕留めるアノ戦い方。
(そうだ…柔道に空中殺法はねえが、あの「予測不能な動き」なら、応用できるかもしれねえ…! )
俺は、それまでの直線的な動きをガラリと変えた。 まるで踊るように畳の上を不規則なステップで動き回り、時にはフェイントを織り交ぜ相手の視線を惑わす。
柔道のセオリーからは、完全に逸脱した動きだろう。
「な、なんだ、あの日本の選手の動きは!? まるで、カポエイラか何かを見ているようだ! 」
「型破りもいいところだが…しかし、相手のルーマニア選手、完全に翻弄されているぞ! 」
観客席の解説者も、俺の奇妙な動きに度肝を抜かれているようだった。
相手のルーマニア選手は、俺の予測不能な動きに完全に戸惑い足が止まった。
その一瞬の隙を、俺は見逃さねえ。
(今だ!)
変則的なステップから一気に懐に飛び込み、相手のバランスを崩すと、そのまま強引な大内刈りで畳に叩きつけた!
「一本! 」
鮮やかとは言えねえかもしれねえが、これもまた俺の柔道だ。
ゲッターの魂は、畳の上でも生きている。
◇
続く三回戦。 相手は、韓国の選手だった。
こいつは、前のルーマニア選手とは対照的に低い姿勢から執拗に足技を仕掛けてくる、やりにくいタイプだ。
俺の得意な組み手にさせず、常に足元を狙ってくる。
(こいつの足技…まるで、ゲッター2のドリルアームみてえに、鋭くてしつこいぜ…!)
何度も体勢を崩されそうになり、危ない場面が続く。 俺も山嵐道場や強化合宿で、隼あたりを相手に足技の練習は積んできたつもりだが、こいつのスピードとタイミングは、それを上回っていた。
(パワーだけじゃ、こいつの足技は捌ききれねえ…! スピードには、スピードで対抗するしかねえか…! )
俺は、ゲッター2の超高速戦闘をイメージした。 敵の攻撃をギリギリで見切り、コンマ数秒の隙を突いて反撃する、あの神速の動き。
相手が低い姿勢から足払いを仕掛けてきた瞬間、俺はそれを予測し、逆にカウンターの小外刈りを合わせた。
だが、相手もそれを読んでいたのか、さらにその裏をかくような変則的な足技を繰り出してくる。
まさに、目に見えねえ足技の応酬。
観客席からは、どよめきと何が起こっているのか理解できねえといった困惑の声が上がる。
「な、なんだ今の攻防は!? 両者、足が何本もあるかのようだ! 」
松田の奴が、また訳の分からねえことを叫んでいる。
だが、俺には見えていた。相手の足技の僅かな「癖」と次の動きの「予兆」。
そして、相手が最大の技を仕掛けようと、一瞬だけ重心が浮いた、その刹那……
俺はゲッター2のドリルテンペストの如き、目にも止まらぬ速さで踏み込み、渾身の大外刈りを叩き込んだ!
「一本! 」
畳に倒れた韓国選手は、しばらく立ち上がれなかった。
俺も肩で大きく息をしていた。 正直、紙一重の勝利だった。
パワーだけじゃねえ、スピードと、そして何よりも「読み」の重要性を改めて痛感させられた一戦だった。
◇
俺がこんな風に、ゲッターロボの記憶を総動員して泥臭く勝ち上がっている頃、もう一方のブロックでは、猪熊柔が相変わらずの強さを見せつけていた。
あいつの試合を観戦するたびに、俺は驚かされる。
ただ美しいだけじゃねえんだ、あいつの柔道は。
相手の弱点を冷静に分析し、的確にそこを突き、そして確実に一本を取りに行く。
そこには、以前には見られなかった「クレバーさ」と「非情さ」みてえなものが加わっていた。
(…ちっ、あの女、パリの後、さらに進化してやがるな…ただ綺麗なだけのお嬢ちゃんじゃねえってわけか。ますます厄介な相手だぜ)
柔もまた、俺の型破りな戦いぶりに注目しているようだった。
時折、俺の試合を観客席からじっと見つめているその瞳には、ライバルとしての警戒心と、どこか俺の戦い方に対する興味みてえなものが混じっているように見えた。
お互いに言葉を交わさずとも、高め合っている。そんな奇妙なライバル関係が、俺と柔の間には確かに存在していた。
◇
そして、ついに迎えた準々決勝。ベスト4進出を賭けたこの一戦で、俺の前に立ちはだかったのは、今大会の優勝候補の一角と目されている、ロシアの選手だった。
名は、イリーナ・ボルコワ。 通称、「ザ・シベリアンベアー」。
その名の通り、まるでシベリアのヒグマみてえな、とてつもない巨体と規格外の怪力を誇るパワーファイターだ。
身長は俺より頭二つ分は高く、その腕の太さは、俺の太腿よりも太いんじゃねえかと思うほどだ。
試合前、畳の中央で睨み合う。 ボルコワの氷みてえに冷たい青い瞳が、俺を射抜くように見据えてくる。
その圧倒的な威圧感に、俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。
(…こいつは…ヤベえかもしれねえな。俺のパワーが、果たしてどこまで通用するんだ…?)
観客席の滋悟郎の爺さんは、
「ほほう、面白い相手が出てきたわい。 巴の小娘、あれをどう捌くか見ものじゃな」
なんて、他人事みてえに楽しんでいる。
くそっ、あのジジイ、後で覚えてやがれ !
◇
「Hajime!」
試合開始のブザーが、バルセロナの体育館に鳴り響いた。
俺は、ボルコワの巨体に臆することなく、真っ直ぐに前に出た。 そして、中央でガッチリと組み合う。
その瞬間、俺は今までに感じたことのないような凄まじい圧力を感じた。
まるで、鉄の塊と組み合っているみてえだ。
俺の得意な右組みも、ボルコワの怪力の前に簡単には形を作らせてもらえねえ。
「ぐっ…! こいつ、本当に人間かよ…!? まるで、ゲッター3と素手で殴り合ってるみてえなパワーだぜ…! 」
俺の渾身の力で技を仕掛けようとしても、ボルコワはビクともしねえ。
それどころか、逆に俺の体勢を崩し力任せに投げ飛ばそうとしてくる。
道場の床が、俺たちの力と力のぶつかり合いで、ミシミシと軋むような音が聞こえる。
会場全体が、この壮絶なパワー対決に息を呑んでいる。 竜子や隼、みちるたちの心配そうな顔が、視界の端に映る。
(…やべえな、このままじゃ、力負けしちまうかもしれねえ…!)
俺のパワーが初めて真っ向から受け止められ、そして押し返されそうになっている。
こんな経験は、この世界に来てから初めてだ。
◇
ボルコワの圧倒的なパワーの前に、俺は防戦一方に追い込まれていた。
「大雪山おろし」を狙おうにも、相手の巨体と熊みてえな怪力に阻まれ全く体勢に入ることができねえ。
(このままじゃ、押し潰される…!
完全に力でねじ伏せられちまう…!
だが、ここで引くわけにはいかねえんだ!
俺は、ゲッターの魂を持つ武蔵巴なんだからな!)
俺の脳裏にゲッター3の、あの不屈の闘志が蘇ってきた。
どんな強大な敵が現れようとも、決して諦めず、大地を踏みしめて立ち向かう、あの粘り腰。
(そうだ…パワーで敵わねえなら、それ以外の全てで勝負するしかねえ…! ゲッター3の魂を、この畳の上で見せてやるぜ!)
俺は一度大きく息を吸い込み、そしてボルコワの氷のような瞳を真っ直ぐに見据え返した。
ここからが、本当の勝負だ。
俺の柔道家としての、いや戦士としての真価が、今、試されようとしていた。
(見せてやるぜ…! ゲッターの魂をなめたら、どうなるかってことをな!)
次の瞬間、俺はそれまでの力任せの戦い方を捨て、新たな戦術へと切り替えるべく、意識を集中させた。
壮絶な戦いのゴングは、まだ鳴り止まねえ !