YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~ 作:月影 流詩亜
あっという間に中学の三年間が過ぎ、俺は、流竜子、神谷隼と共に武蔵野第三高校に進学した。
まあ、三人揃って同じ高校を選んだのは、半分以上柔道を続けるためみてえなもんだがな。
制服もセーラー服からブレザーに変わったが、相変わらずこういう女物の服は窮屈で仕方ねえ。
武蔵野三高の柔道部は、中学の時よりはマシだったが、それでも都内じゃ無名に近い存在だ。
だが、俺たち三人の加入で、少しは風向きが変わるかもしれねえ。
特に俺は、中学時代の地区大会での無茶苦茶な勝ちっぷりが一部で噂になっていたらしく、入部早々、先輩たちからも「あの武蔵巴か……」と注目されることになった。
「巴、竜子、隼! お前ら一年坊主の力、存分に見せてもらうからな! 」
柔道部のキャプテンが、やけに熱い目で俺たちにハッパをかけてくる。
花園先生も、中学から引き続き俺たちの指導を見てくれることになった。心強い限りだ。
(高校生になっても、俺のやることは変わらねえ。 ただひたすら強くなる。 そして、いつかあの猪熊柔の首を取る……!)
新たな決意を胸に、俺の高校柔道生活が始まった。 山嵐柔道クラブでの稽古も続けているから、毎日が柔道漬けだ。だが、それが今の俺には心地よかった。
◇
そして、高校に入って最初の大きな大会、インターハイ東京都予選がやってきた。
会場は、あの日本武道館。 中学の地区大会とは規模も、選手のレベルも、会場の熱気も段違いだ。
全国へと繋がるこの大舞台に、俺の魂は否応なく高ぶった。
「いいか、巴! いつも通り、アンタの好きに暴れてこい! 」
「隼、油断するなよ。 相手は高校生だ」
「巴こそ、猪熊柔のことばっかり考えて、足元を
竜子と隼も、それぞれのやり方で気合を入れている。 こいつらも、確実に強くなっている。
団体戦では、俺たち一年トリオの活躍もあって、武蔵野三高は予想以上の快進撃を見せた。
そして、個人戦。 俺は、自分の階級で順調に勝ち進んでいった。
中学時代よりも体つきがしっかりしてきたのか、この少女の体に秘められたパワーは、さらに増している気がする。
相手の高校生たちも、中学の奴らよりは骨があったが、それでも俺の敵じゃねえ。
「な、なんだあの武蔵野三高の一年…パワーが半端ねえぞ……!」
「技はまだ荒いが、あの身体能力と勝負度胸は本物だ……」
会場のあちこちから、そんな声が聞こえてくる。ふん、もっと驚け。 こんなモンじゃねえぞ、俺の実力は。
一戦一戦、集中力を高め、相手を分析し、そして全力で叩き潰す。 ゲッターロボで戦っていた頃の、あの感覚が蘇ってくるようだ。
◇
トーナメント表を睨みつけ、勝ち進んでいくうちに、ついにその名前が俺の視界に入ってきた。
『西海学園 猪熊柔』
その三文字を見た瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
テレビや雑誌でしか見たことのなかった、俺が追い求める目標。 あいつが、この同じ会場にいる。そして、順当に勝ち進めば、決勝で当たることになる。
(…やっと、やっと会えるんだな、猪熊柔…! )
ゴクリと唾を飲み込む。 武者震いが止まらねえ。
隣の試合場で、ちょうど猪熊柔が試合をしていた。 俺は自分の試合の合間に、食い入るようにその姿を見つめた。
白い道着に身を包み、凛とした佇まいで畳の中央に立つ猪熊柔。
テレビで見た時よりも、ずっと小柄に見える。
だが、その全身から発せられる「気」は、尋常じゃねえ。
まるで、見えねえオーラが体中から立ち上っているかのようだ。
試合が始まると、その印象は一変する。
小柄な体からは想像もできねえほどのスピードとパワー。 相手の動きを完璧に読み切り、柳のように受け流したかと思えば、次の瞬間には雷光のような速さで技を繰り出す。
鮮やかな一本背負いが炸裂し、相手は為す術もなく畳に沈んだ。
「…………っ」
息を飲む。 これが、全国レベルの天才柔道家、猪熊柔の実力か。
正直、今の俺が勝てる相手とは思えねえ。
だが、それでも俺の魂は叫んでいた。
「戦いてえ!」と。
猪熊柔も、俺の勝ち上がり方に気づいているようだった。
時折、鋭い視線がこちらに向けられるのを感じる。
その視線は、俺の実力を値踏みしているようでもあり、同時に、未知の強敵に対する興味を孕んでいるようでもあった。
(いいぜ、猪熊柔。 お前のその目に、俺の柔道を焼き付けてやる! )
◇
そして、ついにその時が来た。
インターハイ東京都予選、個人戦決勝。
俺、武蔵巴と、西海学園の猪熊柔。
日本武道館のメインアリーナ。数えきれねえほどの観客が見守る中、俺たちは畳の両端に向かい合って立った。
会場の全ての音が消え、俺と猪熊柔、二人だけの世界になったような錯覚に陥る。
張り詰めた空気。 互いの呼吸すら聞こえてきそうだ。
俺の心臓は、破裂しそうなくらい激しく鼓動している。
だが、不思議と恐怖はねえ。 あるのは、強敵と相見えることへの純粋な興奮と、勝利への渇望だけだ。
その時、観客席の一角が騒がしくなったのが分かった。
「こ、これは世紀のスクープの匂いだぁーっ!
無名の新星・武蔵巴、ついに天才・猪熊柔と激突!
この瞬間を撮り逃すわけにはいかん!」
安っぽいカメラを構え、目を血走らせている小柄な男。 あれが、噂に聞くエブリデイ・スポーツの松田耕作か。 相変わらず、騒々しい奴だ。
別の場所では、白髪白髭の、仙人みてえなジイさんがニヤニヤしながら俺たちを見ている。
「ほっほっほ…こりゃあ、面白え小娘が出てきたわい。 柔のやつ、油断すると足元を掬われるかもしれんぞ」
あの人が、猪熊柔の祖父であり、日本柔道界の重鎮、猪熊滋悟郎。
その隣には、いかにもお嬢様といった風情の、プライドの高そうな美少女が腕を組んで座っている。
「なんなのよ、あの武蔵野三高の娘…見た目は可愛いけど、妙に殺気立ってるじゃないの…でも、ちょっと気になるわね……」
あれは、確か聖プレジデント学園の本阿弥さやか。 猪熊柔のライバルの一人だと聞いたことがある。
いろんな奴らの視線が、俺と猪熊柔に突き刺さる。 だが、そんなことはどうでもいい。今、俺の目に見えているのは、目の前の猪熊柔ただ一人だ。
「はじめっ!」
主審の声と共に、試合開始!
俺は、開始と同時に猛然と前に出た。
セオリーなんぞクソ食らえだ。 この野獣みてえな俺の柔道で、天才を喰ってやる!
組み合った瞬間、電流が走ったような衝撃を感じた。 猪熊柔の体は見た目以上にしなやかで、そして強い。
俺のパワーを巧みに受け流し、逆に俺の体勢を崩しにかかってくる。
「くっ…!」
だが、俺も負けてはいねえ。ゲッター3で培った踏ん張りと、無尽蔵のスタミナで食らいつく。
力任せに技を繰り出す俺に対し、猪熊柔は最小限の動きでそれを捌き、鋭いカウンターを狙ってくる。
巴投、大外刈り、払い腰。俺の得意技が、次々と猪熊柔に防がれ、あるいは浅い効果しか与えられねえ。
逆に、猪熊柔の得意技である一本背負いや体落としが、何度も俺を襲う。 その度に、俺はゲッター仕込みの反射神経と身体能力で、必死にそれを回避する。
(こいつ…強い! 今までの奴らとは、次元が違いすぎる…!)
戦いながら、俺は戦慄していた。
これが、猪熊柔。俺が追い求めてきた目標。
その実力は、俺の想像を遥かに超えていた。
だが、それは猪熊柔も同じだったかもしれねえ。 俺の型破りな動き、常識外れのパワー、そして何よりも、絶対に諦めねえという獣みてえな闘志に、少なからず戸惑いを感じているはずだ。
(この子…ただパワーがあるだけじゃない…まるで、野生動物と戦っているみたいだ…その瞳の奥に、何か底知れないものを感じる……!)
猪熊柔の額にも、汗が滲んでいるのが見えた。
◇
試合時間は、あっという間に過ぎていく。
ポイントは互角。どちらも決定的な技を決められねえまま、試合は延長戦にもつれ込んだ。
会場の興奮は最高潮に達している。
観客は、この無名の新人と天才の死闘に固唾を飲んで見入っている。
俺も猪熊柔も、体力は限界に近いはずだ。
だが、互いに一歩も引こうとしねえ。気力だけで戦っているようなもんだ。
(まだだ…まだ終わらせねえ…! こいつを倒すまでは…! )
最後の力を振り絞り、俺は渾身の大技を仕掛けた。 相手を抱え上げ、脳天から叩きつけるような、俺オリジナルの変形大外刈りだ!
だが、その瞬間、猪熊柔の目がカッと見開かれた。俺の動きを、完全に読んでいやがった。
俺が技を仕掛けたその刹那、猪熊柔はまるで水が流れるように俺の力を利用し、体を捌き、そして……
閃光のような速さで、俺の懐に潜り込んできた。
「しまっ――!」
気づいた時には、俺の体は宙を舞っていた。
鮮やかすぎるほどの一本背負い。視界が反転し、畳が目の前に迫ってくる。
そして、背中に強烈な衝撃……
ドスン!!
「…い、一本!! それまで!!」
主審の声が、遠くに聞こえる。
俺は…負けたのか…?
畳に大の字に倒れ込んだまま、俺は動けなかった。全身の力が抜け、指一本動かせねえ。
天井の照明が、やけに眩しく感じる。
悔しい…悔しい…悔しい……!
ゲッターロボで戦っていた時でさえ、こんな完全な敗北感を味わったことはなかったかもしれねえ。
「…大丈夫? 」
不意に、頭上から声がした。
見上げると、そこには猪熊柔が立っていた。
汗で濡れた髪を掻き上げ、少し息を切らしながら、俺に手を差し伸べている。
◇
俺は、しばらくその手を見つめていた。
そして、無言でその手を取った。
猪熊柔の小さな手は、驚くほど力強かった。
引き起こされながら、俺は絞り出すような声で言った。
「…完敗だ。お前の勝ちだ、猪熊柔」
だが、すぐに顔を上げ、真っ直ぐに猪熊柔の目を見据えて、宣言した。
「だがな…次は、次は必ず俺が勝つ! この借りは、必ず返すぜ! 」
俺の言葉に、猪熊柔は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにふわりと微笑んだ。
その笑顔は、テレビで見た時よりもずっと魅力的で、そしてどこか挑戦的な光を宿していた。
「…ええ。待っているわ、武蔵巴さん」
その瞬間、俺たちの間に、確かにライバルとしての絆が生まれたのを感じた。
会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こる。この激闘を称える、温かい拍手だ。
「ふぉっふぉっふぉ! こりゃあ、とんでもない試合じゃったわい! 柔も、ようやく本気で戦える相手を見つけたようじゃのう!」
滋悟郎の爺さんが、満足そうに笑っている。
「武蔵巴! 猪熊柔に肉薄! 天才相手に一歩も引かず! 新星、鮮烈デビュー! これは大スクープだ! 明日の一面は決まりだぜえええっ! 」
松田耕作は、興奮のあまり鼻血を出しそうになっている。
「…生意気な子…でも、確かに強かったわ…あの猪熊柔を、あそこまで追い詰めるなんて……」
本阿弥さやかも、複雑な表情で俺を見ていた。
◇
表彰式。俺の首には、銀色のメダルがかけられた。金メダルを首にした猪熊柔が、少しだけ眩しく見える。
悔しい。 死ぬほど悔しい。 だが、それ以上に、清々しい気持ちもあった。
全力で戦って、そして負けた。
今の俺の実力は、ここまでだ。
「巴、凄かったぜ! マジで感動した!」
「惜しかったわね…でも、次は絶対に勝てるわよ、あなたなら」
竜子と隼が、涙目で俺を慰めに来てくれる。
「ああ、分かってる。この悔しさは、絶対に忘れねえ…!」
猪熊柔という、明確な目標。
そして、倒すべきライバル。
俺の柔道人生は、今日、新たなステージへと進んだんだ。
武道館の外に出ると、空は燃えるような夕焼けに染まっていた。 まるで、俺の心の中の闘志を映しているかのようだ。
(待ってろよ、猪熊柔! インターハイ本戦…いや、もっと先の、世界の舞台で、必ずお前にリベンジしてやるからな!)
銀メダルを強く握りしめ、俺は夕焼け空に向かって、そう誓った。
武蔵巴の本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。