YAWARA!クロス・ソウル ~熱血武蔵巴、不屈の柔道一代記~ 作:月影 流詩亜
インターハイ準決勝を明日に控え、俺たち選手は指定された合宿所で共同生活を送っていた。
全国から集まった猛者どもと同じ屋根の下で寝起きするってのは、いくら俺でも多少は気疲れする。
ピリピリとした緊張感が常に漂っていて、まるでゲッターチームの基地みてえな雰囲気だ。
まあ、あっちは硝煙とオイルの匂いだったが、こっちは汗と湿布の匂いだがな。
「巴! いつまで寝てんだ! 今日こそ洗濯当番、サボるんじゃねえぞ!」
朝っぱらから、竜子のやかましい声が部屋に響き渡る。 こいつの声は、目覚まし時計よりよっぽど効果があるぜ。
「…うるせえな、分かってるよ…別にサボったことなんざ一度もねえだろうが…」
俺は寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドから這い出す。
隼はとっくに起きていて、黙々と道着の手入れをしていた 。こいつの几帳面さは、ある意味尊敬に値する。
合宿所の大食堂は、朝から選手たちの熱気でごった返していた。 他校の連中と顔を合わせると、自然と互いに牽制し合うような空気になる。
特に、明日の準決勝で当たる可能性のある奴らとは、目があっただけで火花が散りそうだ。
(ふん、どいつもこいつも、殺気立ってやがるぜ…だが、不足はねえな)
俺は山盛りの飯を掻き込みながら、静かに闘志を燃やした。
嵐の前の静けさ、とはよく言ったもんだ。
◇
しかし、畳の上では無敵の俺も、日常生活、特に「家事」という分野においては、赤ん坊同然だということを、この合宿生活で思い知らされることになった。
洗濯当番の日。 俺は、生まれて初めて洗濯機という機械と真剣に向き合った。
洗剤の量? 知るかそんなもん。
とりあえず、全部ぶち込んどけばいいんだろ。
「巴! お前、何やってんだ!
洗剤のボトル丸ごと入れようとしてんじゃねえよ! 泡だらけになるだろうが! 」
竜子に後頭部をひっぱたかれ、危うく大惨事を引き起こすところだった。
その後も、洗濯物の干し方が雑だとかなんとか、いちいち口うるせえ。
(ちくしょう…なんで俺がこんな女みてえな真似を…! ゲッターロボの整備の方が、よっぽど簡単でやりがいがあるってもんだぜ…!)
料理当番の日は、さらに悲惨だった。
「巴、アンタ、キャベツの千切りでなんでまな板まで切ろうとしてんの!? 」
「火加減が分からんのなら、鍋から目を離すなと言っただろうが! 」
「きゃああ! 巴ちゃん、それ、塩じゃなくて砂糖よ! 」
俺が包丁を握れば厨房が戦場と化し、俺が火の前に立てば黒煙が上がる。
最終的には隼に、
「巴は見てるだけでいいわ。
お願いだから、何もしないでちょうだい。
食料が無駄になるわ」
と真顔で言われ、料理当番から外される始末だ。
そんな俺の不器用っぷりは、あっという間に他の選手たちの間でも噂になったらしい。
「おい、聞いたか? 武蔵野三中の武蔵って子、柔道は鬼みてえに強いのに、家事は全然ダメなんだってよ」
「マジかよ! あの可憐な見た目で、洗濯も料理もできないとか、逆に萌えねえか? 」
「いやいや、そこがいいんじゃねえか!
守ってやりたくなるタイプだろ!」
……おい、最後の奴、ちょっと表へ出ろ。
俺の意思とは無関係に、「武蔵巴、驚異のギャップ萌え伝説」みてえなものが、まことしやかに語り継がれようとしていた。 まったく、いい迷惑だ。
◇
その日の午後、厳しい練習を終えて道場から合宿所に戻ると、ロビーに見慣れない人影があった。 俺より少し背が低く、黒縁メガネをかけた、気弱そうな少年。手には、何やら紙袋を抱えている。
「…早乙女…みちるか? 」
声をかけると、少年はビクッと肩を震わせ、こちらを振り向いた。
地区大会の時に俺にサインをねだってきた、あの変なガキだ。
「む、武蔵さん! こ、こんにちは! お疲れ様です!」
みちるは顔を真っ赤にしながら、深々と頭を下げた。
「お前、なんでこんなところにいるんだよ…?
まさか、わざわざ九州まで応援に来たのか…?」
俺が尋ねると、みちるはコクコクと力強く頷いた。
「は、はい! 武蔵さんの試合が見たくて、お小遣いを貯めて、夜行バスで…! 」
夜行バス…だと…? このガキ、本気か。
「こ、これ、差し入れです! 母と一緒に作りました! よかったら、召し上がってください! 」
みちるは、そう言って紙袋を俺に差し出した。
中には、手作りのクッキーと、おにぎりが入っていた。 不格好だが、心のこもっているのが伝わってくる。
「…お、おう。わざわざ悪ぃな…」
俺は、なんだか気恥ずかしくて、ぶっきらぼうに礼を言った。
手作りの差し入れなんてもらったのは、生まれて初めてかもしれねえ。 巴武蔵としての記憶にも、こんな経験はねえ。
「明日の準決勝、テレビの前じゃなくて、この目で応援したかったんです!
武蔵さんの戦う姿は、僕に勇気をくれるんです! だから…頑張ってください! 僕、ずっと応援してます! 」
みちるの、一点の曇りもない、純粋な眼差し。
その真っ直ぐな言葉が、俺の心の奥底に、じんわりと染み込んでくるようだった。
なんだか、胸のあたりが温かくて、でも少し照れくさいような…武蔵としての記憶には存在しねえ、初めて感じる感情だ。
「…ふん。 まあ、見てろよ。 お前の期待に応えて、必ず勝ってやるからよ」
俺は、そっぽを向きながら、そう答えるのが精一杯だった。
顔が熱い。こいつの前だと、どうにも調子が狂っちまう。
みちるは、俺の言葉にパアッと顔を輝かせ、「はい!」と力強く返事をした。
その笑顔は、なんだか太陽みてえに眩しかった。
◇
その日の夕食後、俺は合宿所の談話室で、明日の対戦相手の資料に目を通していた。
すると、少し離れたソファで、見慣れた二人組が話しているのが目に入った。
猪熊柔と、どこかで見たことのある長身で優男風の男。 確か、都予選の時にも柔の応援に来ていた、風祭とかいう奴だったか。
二人は、何やらぎこちない雰囲気で会話を交わしている。
風祭が熱心に何かを語りかけ、柔は頬を染めながら、時折俯いたり、相槌を打ったりしている。
どう見ても、ただの友人同士って感じじゃねえ。いわゆる、アレだ。 「いい雰囲気」ってやつだ。
俺は、それを遠巻きに眺めながら、なんだか無性にイライラしてきた。
(…なんだアイツら、イチャイチャしやがって…試合前だぞ、試合前。 あんなことで浮かれてて、勝てると思ってんのか……? )
別に、俺には関係ねえことだ。
誰が誰とどうなろうと、俺の知ったこっちゃねえ。 だが、なぜか胸の奥がチクリと痛むような、面白くねえ気分になる。
(…これが、嫉妬ってやつか…? バカな、俺が? あの猪熊柔に…? )
いや、違う。 断じて違う。 俺はただ、ああいう甘ったるい空気が性に合わねえだけだ。
そうに決まってる !
俺は、自分の恋愛経験のなさ……武蔵として生きていた頃も、巴として転生してからも皆無だ……
ほんの少しだけ、自覚させられたような気がした。
「…くだらねえ」
小さく悪態をつき、俺は資料から顔を上げた。
今は、そんなことを考えている場合じゃねえ。
明日の試合に集中しねえと。
◇
夜、消灯時間間近の部屋。
俺と竜子、隼は、それぞれのベッドに腰掛け、静かに言葉を交わしていた。 明日に迫った準決勝への緊張感が、部屋の中に満ちている。
「巴…いよいよ明日だな。 相手、相当強いらしいぜ」
竜子が、いつになく真剣な表情で言う。
「ああ。だが、不足はねえ。叩き潰してやるだけだ」
隼も、静かに口を開いた。
「あなたの力は、全国でも十分に通用する。それは、これまでの戦いが証明しているわ。油断さえしなければ、必ず勝てる。私たちは、信じているわよ、巴」
二人の言葉が、俺の心に温かく染み渡る。
ゲッターチームの仲間たちとは違う、この新しい仲間たち。 こいつらの信頼を、裏切るわけにはいかねえ。
「…おう。お前らのためにも、負けるわけにはいかねえな。 見てろよ、俺が必ず決勝の舞台に連れてってやる」
俺がそう言うと竜子はニカッと笑い、隼は小さく頷いた。
言葉は少なくとも、俺たちの間には確かに強い絆が結ばれているのを感じた。
◇
部屋の電気が消え、俺は一人、ベッドの中で目を開けていた。
窓の外からは、九州の街の微かな灯りと、虫の声が聞こえてくる。
今日の出来事が、次々と思い起こされる。
不器用な洗濯、みちるのひたむきな応援、猪熊柔と風祭の姿、そして、竜子と隼との誓い。いろんな感情が、俺の中で渦巻いている。
武蔵としての記憶。
ゲッターロボでの激しい戦い。
そして、巴としてこの世界で出会った、新しい仲間たち、新しい目標。
それら全てが、今の俺を形作っている。
(どんな感情が湧き上がってこようと、畳の上に立てば、俺のやることは一つだ)
勝利への渇望。 それが、俺の魂の核だ。
俺はそっと目を閉じ、意識を集中させた。
明日の戦いのイメージを、頭の中で何度も繰り返す。
(必ず勝つ。そして、あの猪熊柔の待つ決勝の舞台へ…!)
静かな夜の闇の中で俺の魂は、決戦の朝に向けて、ますます激しく燃え上がっていくのを感じていた。