《銀海総合掲示板》 作:にわか太郎
──数日後
深層九十九層。銀水世界リステリア。
パブロヘタラに加盟してより数日が経過した頃。一行は樹海船に乗り、銀海の遥か深く、九十九層に位置する銀水世界リステリアに訪れていた。
銀泡の内部へ侵入し、星々が煌めく黒穹を降りていくと、樹海船の遥か下では、天まで届かんばかりの高波が絶えることなく潮騒を響かせている。
「なあ、本当に行くのか?」
カズマが
「ああ。三千年の猶予があるとはいえ、早々に行動しておいた方がよいだろう。正帝の計画を阻むため、私達はこの海の深淵を覗く必要がある」
ハッキリとした口調でノアは言った。
「それは銀水聖海の未来を救うため、でございましょうか……?」
眉を顰め、ロンクルスはノアに問うた。
「……どうだろうな。今の私には望みもなく、己が生きる意味さえも見出だせていない。この海を救いたいのか、私自身でさえ分からぬのだ」
しかし、と彼は口にする。
「今の私には故郷を同じくし、心を支えてくれる仲間ができた。彼らと行動をともにしていけば、いつか私の望みも見つかるやもしれぬ」
ノアは口の端を僅かに釣り上げ、どこか希望を感じたように言葉を口にした。
「今の私は幸せだ、ロンクルス」
振り返る彼の表情に、ロンクルスは驚愕した。
それは無表情を貫き通す、何時もの主人とは真反対の顔。それを受け、ロンクルスは──
「……左様でございますか」
彼は敢えて触れなかった。
幸せそうな主人の顔を崩すような、無粋な真似はしたくなかったのだろう。
「ん?何だ、あれ」
そんなロンクルスの感慨をよそに、カズマは声を上げた。<
空から徐々に降り、大地へ足を下ろす間際、四人の
「あれは……」
ノアが目を凝らすと、それは巨大なクジラの上に乗っかる金髪の青年だった。その姿にカズマは目を細め、ホシノは心なしか目を輝かせている。
その青年をノアは知っていたのだ。
「エルミデか」
「久しぶりですね、ノア」
その青年は銀水世界リステリアの元首──隠者エルミデだ。彼は親しげにノア達へ語りかける。
「──その様子を見るに、どうやら同郷の方は見つかったようですね」
エルミデは後ろにいるカズマ達に視線を向け、彼らに優しく微笑んだ。
「ああ、大事な仲間達だ」
「それは何よりです。……ところで、本日はどういった用件で来られたのですか?」
不思議そうな表情を浮かべ、彼は言った。
「今日は卿に頼みがあり、ここを訪れた」
「頼み……」
エルミデは
すると何を思ったのか、彼は何かを察したように首を縦に振り、うんうんと頷いた。
「……ああ、いえ。言わずとも結構です。そうでしたか、なるほど……」
エルミデは改めて四人に向き直る。
「事の顛末は大凡把握しました。要は僕の魔法をあの樹海船にかけ、その力でもって深淵世界へと至りたい。そういうことですね?」
ノアは頷き、首肯する。
「ああ、卿が相手だと話が早くて助かる。早速、やってもらえるか?」
「ええ、勿論です。貴方達の旅が豊かなものになるように、ほんの心ばかりではありますが、助力させていただきましょう」
◇
樹海船アイオネイリア。
銀水世界リステリアを発った彼らは、深淵世界を目指し、ひたすらに飛び続けていた。
深淵世界は深すぎて、銀泡の輝きさえ、遠くからは観測することができない。向かうには、深淵に近い小世界を経由しなければならなかった。
それが銀水世界リステリアである。
そうして先程、隠者エルミデにかけてもらった魔法によって、樹海船アイオネイリアは深淵に近づくことができるようになったのだ。
この海で最も深く、最も過酷な場所。遙か深淵を目指して、四人は銀水聖海の底へと潜っていく。
すると順調に飛んでいた樹海船アイオネイリアが突如、激しく揺れ始めた。時間が経つほどに揺れは強くなり、結界が何かに突き破られた。
樹海の中には銀水が溢れかえり、アイオネイリアの木々を薙ぎ倒していく。それはまるで大津波に突っ込んでいるかのようだった。
「皆様」
樹海船を操縦するロンクルスは三人を呼んだ。
「どうやら、見えてきたようでございます」
ロンクルスが魔眼を光らせ、樹海船の進行方向を見据える。そこにあったのは無数の星々──凝縮された小さな銀河である。
銀泡よりも目映く輝く銀河の光は、深淵にあるためか、接近せねば見ることもできない。
「うおっ、眩し」
その銀河の光を直視してしまったのか、カズマは両手で目を覆い隠す。
「これが混沌か」
「キラキラ光ってるね〜」
続け様にノアとホシノが言った。
「ええ。引き寄せられた秩序や魔力が集まり、こうして銀河のようなものを形成しているのでございましょう。この混沌の中心に深淵世界があるはずでございます」
ロンクルスはそう分析した。
「行こう」
樹海船アイオネイリアは速度を上げる。
混沌の銀河が傍に近づき、光が船に触れた。
バシュンッと樹海の一部が消し飛び、船には大穴が空いた。それ以上、アイオネイリアは混沌の銀河に近づけず、その場で足踏みをするばかりだ。
「……おかしな現象でございますね。アイオネイリアは速度を上げている。止まっているわけではないのに、一向に銀河へ近づけません」
「様々な秩序が重なり合い、不可思議な現象を起こすのだろう」
ノアは
「……どうするんだ?」
カズマは横にいるノアへと問うた。
「直接行こう。卿らはここで待っているといい」
ノアは樹海船に空いた穴から外へ飛び出す。
そうして外へ出ると、眼下に広がるのは目が眩むほどの絶景──混沌の銀河だ。
本来の歴史であれば、ノアは混沌の光に手を触れ、纏っていた反魔法を一方的に消し飛ばされていただろう。だが今回の彼は違う。
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本来の歴史を知るがゆえに、ノアは初っ端から<
「行け」
そうして繰り出される二律僭主の影は、混沌へと牙を突き立て、その光を喰らっていく。
ジジジジジジッと影の牙と混沌の光の間で激しい火花が散る。暴れ狂う混沌を、ノアの影は両手で押さえつけ、更に深く光に牙を食い込ませた。
けたたましい轟音を響かせ、ノアの影は光を食らい始めたのだ。影が光を飲み込めば、それは同じく影に変わり、体外に放出された。
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影は目についた光に片っ端から襲いかかり、喰らって、喰らって、貪り喰らった。
徐々に影の範囲は拡大し始める。
ノアの影は手を伸ばし、光に掴みかかる。すると今度は食らわずとも、つかんだ光は影に変わる。
だが、ノアの侵食もまた進んでいた。
身体の殆どが光に変わってしまい、残ったのは頭部と、そして根源のみだ。
やがて頭部もみるみる内に光に染まっていき、やがてノアは完全に体を失った。その滅びの根源さえもが徐々に、徐々に侵食され始めている。
ここまでは正史通りだ。
ここからは己と混沌との、どちらが力で捻じ伏せられるかの勝負になる。
『僭主っ……!』
『……ノア!』
『ノア君!』
三人は悲痛な声を上げる。
その言葉に、返事があった。
「間に合ったようだ」
見渡すと、辺り一帯がすべて影に覆われている。
ノアの身体に満ちていた光が影へと反転し、それがふっと払われると、そこには元の彼がいた。
『……はー、脅かすなよ……』
思念越しに、ずさりとへたり込む音が聞こえた。
『……うへ。大丈夫だって分かってはいるけど、いざ事態に直面すると驚いちゃうよね……』
『混沌と……融合を果たしたのですか……?』
ホシノは安堵の声を、ロンクルスは疑問の声を漏らす。それにノアが答えた。
「ああ。ついて来い。私が道を作る」
ノアはそう言って、まっすぐ飛んでいく。
その言葉に従い、彼らは樹海船から出ると、彼の後を追った。
目の前には先程同様、混沌の光が立ちはだかるも、ノアは己の影でそれを染め上げていく。
そうしてノアは何かに気がついたように振り向いた。前方に眩い光が見える。
その向こう側に彼は魔眼を向けていた。
「……いかがなさいましたか?」
「ここはもう深淵世界のようだ」
ノアは手をかざし、目の前の光を払った。
すると、そこに赤い空と、同じく血に染まったような真っ赤な海があった。
激しく波打つ海の中に見えるのは、赤い星々。それらが巨大な渦を巻いていた。
「……これが……」
「願望世界ラーヴァシュネイク」
カズマが口にするより先に、ノアはその名を口にする。その言葉に、ロンクルスが振り向いた。
そしてノアは徐ろに海の中、真っ赤な星々が形成する大渦をその
「私は二律僭主ノア」
誰かに話しかけるように、ノアは名乗った。
「これから先、我が兄弟の子となる幼子よ。また何処かの未来で会おう」
そうノアは口にした。返事は待たない。
赤い海が激しく波打つ。
真っ赤な星々の大渦が轟音を立てていた。
誰も姿を現すことはなかった。
「……あの大渦の中に誰かいるのですか?」
ロンクルスが聞いた。
しばし考えた後、ノアは答えた。
「ああ。だが、もういい。ここに用はなくなった」
彼は身を翻す。そうして四人は願望世界ラーヴァシュネイクを後にした。