《銀海総合掲示板》   作:にわか太郎

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深淵を穿つ銀泡

 

アムルの<銀界魔弾(ゾネイド)>によって、絡繰世界デボロスタは、急速にこの海の深淵へと沈んでいく。

 

空は破れに破れ、地は剥がれ落ち、海は蒼き粒子と化して滅びていくのだ。黒穹に存在するあらゆる構造物さえもが、蒼き灰燼へと変わっていく。

 

かつての栄華を誇った絡繰世界は見る影もない。

 

残ったのは正帝と、かつて分割した<絡繰の淵槽>のみ。あとは深淵へと沈むのを待ち、デボロスタは滅びの末路を辿るだけだろう。だが、

 

「──仕方あるまい」

 

カタリ、とどこかで歯車が回った。

 

「先の不適合者による強襲といい、もはや正帝ドミエルでは完全なる正義を実行できない。この海の正義は実現されないだろう」

 

それはさして苦渋の決断といった様子も見せず、淡々とその事実のみを口にする。

 

「予定より計画は早まるが……致し方あるまい。だが、未来の知識により必要最低限の<絡繰の淵槽>は残すことができた。あとはそこから再起し、新たな秩序機構として正帝に改良を施すまで」

 

また別の秩序機構が声を上げる。

 

その無機質な声色からは、奴らにとって自身や世界の敗北さえもが、元から計画の内に入っていた。そんな雰囲気さえ感じさせる。

 

「──まずは正帝ヴラドからだ。次に銀水聖海の正義、正帝アイゼル。そして最後は……」

 

「問題ない。元より我々の計画に狂いはなく、秩序の異変も今や想定の範囲内だ。完全なる正義、その実現への障害にはなり得ない」

 

口々に秩序機構は言う。

 

すると突然、ひとりでに魔法陣が描かれた。現れたのは蛍火のように光る水銀の粒子であり、それが集まるようにして、人の形を形成していく。

 

そうして完成したのは絡繰神ではない。

 

仮面を被った一人の男だ。

 

「ゆえに、正帝ヴラド(■■■)。お前には観測者、必要であれば紡ぎ手として暗躍してもらう。その過程で世界や秩序をどう書き換えようと構わない。それが最終的に完全なる正義に繋がれば……」

 

秩序機構──正帝ドミエルに続くように、正帝ヴラドたる仮面の男は頷き、言葉を発する。

 

「それが俺達、正帝の使命だ。……だからこそ、正帝ドミエル。お前は残れ」

 

新たな正帝は仮面の奥で目を細め、そう言った。

 

「……?それはどういう……」

 

彼の言葉に旧き正帝(ドミエル)は疑問を抱くが、その疑問に答えたのもまた新たな正帝(ヴラド)だった。

 

「その方が効率的だからだ。新しきを打ち立てる(たび)に、旧き時代の正帝が消えゆく。……これまでの経験を、新たな正帝に組み込むのはいい。だが、それでは非効率だ。旧き時代の智慧や言葉も、また新しきには必要不可欠。ゆえに消える必要はない」

 

カタリ、と歯車が嚙み合うように回った。

 

「なるほど」

 

旧き正義の代行者は頷いたかのように、発した言葉で新しき正義の思想に納得を示す。

 

「では、お前の言う通りにしよう。これより二つの秩序機構はともに手を携え、この海に完全なる正義の楔を打ち立てる」

 

ドミエルの宣言に続き、ヴラドも言葉を発する。

 

「……まずは手筈通り、銀海の強者達を正帝の傀儡(かいらい)として仕立てていくとしよう。後々の計画に支障が出ては困る。話はそれからだ」

 

「承知した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深淵世界。願望世界ラーヴァシュネイク。

 

「これは……」

 

混沌とした赤い空を見上げ、純白のドレスを身に纏った少女がぽつりと言葉を漏らす。

 

──願望世界ラーヴァシュネイク。

 

そこは銀水聖海の遥か底、深淵に至った唯一の世界。人々の願いが空に輝く星として浮かび上がる、この海で最も深きに位置する小世界だ。

 

その少女は、赤き海の中心にて、混沌に満ちた無窮の空をただただ呆然と見つめていた。

 

赤い星々が渦巻き、全てを呑み込まんと渦動する大海。それは深淵に到達した世界でもなお、いと深き深淵に位置する大災厄。<(ぜっ)()>である。

 

そんな彼女は何を思い、その空を見上げているのか?それはラーヴァシュネイクの領海に迫りくる、一つの巨大な影にあった──

 

「銀泡……?」

 

巨大な影の正体。

 

それは蒼き粒子を纏い、ボロボロと崩れゆく巨大な銀泡。絡繰世界デボロスタである。その銀泡は徐々に銀水聖海の深淵へと迫り、やがて深淵を取り巻く混沌の銀河へと衝突していった。

 

凝縮された魔力、凝縮された秩序によって銀泡よりも眩い光を放つそれは、銀滅魔法と化した絡繰世界の入界を阻むが、それをお構い無しとばかりにデボロスタは願望世界へと押し入っていく。

 

そうして混沌との拮抗を破り、絡繰世界と願望世界の空と大地が交わりかけたその時──

 

「あー」

 

<絶渦>の奥底から赤子のような声が聞こえた。

 

それに純白のドレスを纏った少女──深淵世界の主神たる希輝(きき)(ぼし)デュエルニーガは反応し、大海の深淵をその神眼()にて見据える。

 

刹那、海の中にて変化は起きた。

 

赤い海を漂う星々が渦を巻き、その勢力を増しつつあるのだ。それは見えざる手にて深淵をかき乱し、迫りくる銀泡に向けて混沌を炸裂させる。

 

万物を呑み込む<絶渦>の渦動だ。

 

大爆発は容赦なくデボロスタに向けられ、絡繰世界は甚大な損傷を負う。全てを呑み込まんとする強大な<渦>へと吸い寄せられていくのだ。

 

「世界の外で、いったい何が……?」

 

デュエルニーガの疑問は至極当然のものだ。

 

しかし、幾ら神眼で魔法の深淵を覗こうにも、大元となる原因が分からない。これが意図的に仕組まれたものであることまでは理解できるが、デュエルニーガの理解が及ぶのはそこまでだった。

 

なぜ、これほど強大な世界が落ちてきたのか。

 

しかし、それは考えても仕方ないことだと、やがて彼女は察した。そうしてデュエルニーガは瞼を閉ざし、<絶渦>の流れに身を揺蕩わせる。

 

かつてのラーヴァシュネイク。二度と戻らぬ世界繁栄の時代を瞼の裏に映し、その意識をゆっくりと途切れさせていく。そうして途切れていく意識の()(なか)、最後に聞こえたのは赤子の声だった。

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