《銀海総合掲示板》   作:にわか太郎

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転生の果てに

 

数刻後。パブロヘタラ宮殿。

 

その部屋には七七本もの細い水路があった。

 

いくつもの段差を通る立体的な造りとなっており、全ての水路は中心にある巨大な水槽につながっている。

 

その中に、幼いノアが服を着たまま仰向けになって浮かんでいる。

 

水槽の外には隠者エルミデが立っていた。

 

「これは知識の水槽と呼ばれるもの。この水には私たちリステリアが集めた知識が融けています。これによって、あなたが何者かを知ることができます」

 

「私が何者か、か」

 

ノアは天井を見上げ、呟くように言葉を発した。

 

「はい。貴方たち《廃淵の落とし子》は、この世界の《淵》である《追憶の廃淵》から生じた存在です。貴方たちは、滅びた世界への追憶により発生するのです」

 

丁寧な口調でエルミデは説明する。

 

「生まれたばかりの私が言葉を解するのはそのためか」

 

「そうなりますね。《廃淵の落とし子》というのは、数多の追憶を体現した存在。そういった意味では、貴方は普通の子供よりも優れているのでしょう」

 

「…………」

 

「どうかされましたか?」

 

急に黙りだしたノアを心配するように、エルミデは声をかける。

 

その数瞬の間に一体、幾許の想いがノアの脳裏によぎったのだろうか。

 

「……一つ、聞きたいことがある」

 

しばらく黙っていたノアは、意を決したように目を見開き、エルミデへと問いかけた。

 

「……?ええ、構いませんが……」

 

「私は羽化世界の主神、フレイネアの追憶により、元首シューザとして蘇るはずだった。違うか?」

 

ノアが問う。

 

「ええ。彼女は《追憶の廃淵》を利用し、かつての元首シューザを蘇らせようと動いていました」

 

エルミデは首肯し、そう答える。

 

「では──」

 

続けてノアは言う。

 

「羽化世界に日本(にほん)という国はあるか?」

 

「ニホン、ですか……?」

 

「そうだ」

 

エルミデは顎に手を当て、熟考する。

 

どれほどの時が経ったのだろうか。

 

彼は顎に重ねていた手を離し、申し訳なさそうな表情でこちらを見つめる。

 

「申し訳ありません。そのような国は、少なくとも羽化世界に存在しないはずです」

 

「ほう」

 

「ですが、その記憶を確かめる術が無いわけではありません」

 

エルミデは魔法陣を描く。

 

「あなたがどのような追憶から生まれた存在なのかを、この知識の水槽にて確かめます」

 

不規則に明滅する水路は、やがて一つの結果に収束していく。

 

七七本の水路の内、四本の水路だけが光を放ち、残りは消灯した。

 

「終わったか?」

 

ノアが問う。

 

しかし、返事がなかった。

 

彼が振り向くと、エルミデはある水路の前で立ち尽くしている。

 

水槽から出て、ノアはそこまで歩いていく。

 

「どうした?」

 

「……水路が涸れました」

 

ノアは水路を見下ろす。

 

先ほどまでは流れていた水が、確かにすっかり涸れてしまっていた。

 

「なにを意味する?」

 

「順を追って話しましょう」

 

エルミデはそう言って、ノアに向き直る。

 

「まずあなたの一部は羽化世界の住人たちによる追憶に間違いないでしょう。といっても、ごく一部ですが……」

 

彼はノアの服を指さす。

 

「この服とあなたの話し方、平たく言えば語彙です。彼らの元首シューザが着ていた服と同じもの、同じ話し方のようです。そういう意味では、フレイネアの計画は半ば成功していたのでしょう」

 

エルミデがそう言った後、深刻な顔つきとなった。

 

「しかし貴方の根幹となる記憶、そして根源はまったく別の追憶から形作られました。いえ、形作られたというよりは寧ろ……」

 

エルミデは言い淀む。

 

「どうした?」

 

「それは羽化世界への追憶ではありません。貴方は違う世界の追憶が混ざり合い、誕生したのでしょう。ですが──」

 

彼は言葉を続ける。

 

「混ざり合った未知の追憶より生じた根源。それとすらも更に別の、未知なる追憶と混ざり合うことで、貴方の根源は形作られているようなのです」

 

「どの世界の追憶だ?」

 

静かにエルミデは首を横に振った。

 

「わかりません」

 

ノアが問う。

 

「……わからないことがあるのか?」

 

 意外といった風にノアが問う。

 

「……初めてのことです。《追憶の廃淵》が存在するリステリアには、滅びた世界の追憶が集まってくる。この水槽には滅びた世界の知識がすべて蓄えられているのです。しかし、あなたを形作る二つの追憶はそのいずれにも該当しません」

 

不可解そうにエルミデは言った。

 

「それは、なにを意味するのだ?」

 

「恐らくは、滅びていない世界への追憶が《追憶の廃淵》に届けられ、生じたのがあなたということでしょう」

 

自分で口にしておきながらも、信じがたいといった風にエルミデは見解を述べた。

 

「滅びた世界への追憶しか引き寄せないのだろう?」

 

ノアが問う。

 

「ええ、本来ならば。しかし、《追憶の廃淵》のことは全てがわかったわけではありません。銀海は広い。この海のどこかに、滅びの秩序を宿した世界や主神、また不可思議な秩序を有した世界があるのでしょう。その世界や、その世界に生きる者であれば、例外となり得るかもしれません」

 

「…………」

 

そう言うエルミデを尻目に、ノアはかつての己が故郷。日本(にほん)の街並みを追憶していた。

 

懐かしいと感じる、その故郷を──。

 

「喜ばしいことだと思いますよ」

 

エルミデが、途端にそんなことを言い出す。

 

不思議そうにノアは言った。

 

「なぜ?」

 

「《廃淵の落とし子》たちは皆、故郷を持ちません。彼らが故郷と信じる世界はすでに滅びているのですから。しかし、あなたを生んだ世界はまだ存在する可能性が高い。滅びの秩序を宿す世界、そして更に未知なる秩序を擁した世界。それを探せば、貴方はその世界に辿り着くことができるでしょう」

 

一瞬、考えた後にノアは言った。

 

「そうか」

 

「よろしければ、探すのを協力しましょう」

 

「よいのか?」

 

「ええ、勿論です」

 

その顔に笑みを浮かべ、エルミデは答える。

 

「誰にとっても故郷というのは大切なもの。それを捜せず、困っているというのなら、手を差し伸べるのが人の情というものでしょう。もしかしたら、探している内に同郷の方と巡り合い、故郷へと帰る機会が生まれるかもしれません」

 

そう言って、彼は歩き出した。

 

「どうぞこちらへ、お食事にしましょう。なにか食べたいものはありますか?」

 

「食べたいもの?」

 

ノアが不思議そうに聞き返す。

 

「ええ。あなたの追憶が、あなたのお好きなものを形作っているはずです」

 

「……食事は結構だ。食べる気はしない」

 

「そうですか。貴方の故郷は、食事の必要がない世界なのかもしれませんね」

 

「それはない」

 

ノアは即答した。

 

今までにない反応に彼は驚く。

 

「そうですか。では、貴方は特別なのでしょうね。それでは、なにかしたいことはありますか?」

 

そう彼が言うと、ノアはじっと考え始める。

 

そうして長い沈黙の後に、彼は言った。

 

「特にない」

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