《銀海総合掲示板》   作:にわか太郎

37 / 73
無神大陸にて

 

深層十二界。無神大陸。

 

ノアが停滞世界と神族との繋がりを断ち切り、第五魔王が崩壊し始める停滞世界を己が魔法でもって、無理やり維持してからしばらくが経った。

 

その間、正帝と転生者達による世界の存続を賭けた戦争。魔弾世界テルネスへの侵攻などの大騒動が起こったが、そんな争いの日々も終わり、ただただ平和な日が続いていた──ある日のことだ。

 

無神大陸に一人の狩人が訪れた。名はジェイン、聖剣世界ハイフォリアの狩猟貴族である。

 

彼は赤子を抱え、ノアの古城へ駆け込んできた。

 

「頼もうっ!頼もうっ!私は聖剣世界ハイフォリア、レブラハルド男爵の従者ジェイン・アンチェス。二律僭主への謁見を願いたい!!」

 

ジェインは息を切らし、肩で大きく呼吸しながらも、その通った声で叫んだ。見れば、彼の装いはボロボロで、いたるところに血が滲んでいる。

 

深層十二界に入るには相応の力が必要だ。ジェインにはそこまでの魔力はなく、無神大陸に来るまでかなりの無茶をしたのだろう。それを差し引いても、辿り着いたのは僥倖という他ない。

 

「聖剣世界ハイフォリア……なるほど、卿は狩猟貴族か」

 

ジェインを出迎え、ノアは納得したように呟く。

 

だが、やがて彼の様子を見たノアは目を細めた。

 

彼の腕の中を注視すれば、赤子が抱きかかえられていたのだ。しかし、この深層十二界において、赤子を抱えながら海を渡ろうというのは自殺行為だ。ゆえに、ノアはまず話を聞こうと思った。

 

「……話を聞こう。しかし、狩猟貴族は(こう)()という己が良心の示す秩序の虹に従い、進むべき道を征くと聞く。卿も自らの虹路に従い、ここに来たのではないのか?」

 

「いえ、私は……」

 

ノアの問いかけにジェインは言い淀む。しかし、言いづらそうにしながらも、彼は説明した。

 

「虹路に背き、ここまで来ました……」

 

ノアは変わらず無表情でジェインを見る。

 

「……我が聖剣世界では聖王、あるいは天主の許可なく不可侵領海と関わりを作ってはならないのです。私がこれからしようとしていることは、明らかな罪……大罪です」

 

「なるほど」

 

ノアはジェインの言葉を聞き、目を閉じる。

 

「それを承知で私の(もと)に──大魔王の支配する深層十二界にまで足を運んだ理由。それは卿が抱きかかえている、その赤子に関係することか?」

 

「はい。人から人へ、根源の移植を行いたい」

 

決意の籠った表情でジェインは言う。

 

「この子は私の息子、ジャミル」

 

赤子に視線を向けながら、ジェインは言った。

 

「この子は生まれつき根源が欠けている。聖剣世界の医師の話では一年は保たないだろう、と」

 

「失礼します」

 

ロンクルスは赤子の胸に手を添える。そうして魔眼を光らせて、その根源を覗いた。

 

「……確かに、生まれてきたのが不思議なほどでございます。先天的に根源の欠けた胎児というのは希に存在しますが、普通は母親の胎内にいる内に亡くなるものかと」

 

「根源を移植して赤子の命を救いたいのか?」

 

ノアの問いに、ジェインは強く頷く。

 

「できなくはない」

 

ノアがそう口にすると、

 

「本当かっ!?貴公にできるのかっ!?」

 

ジェインは縋りつくようにノアの服を掴む。そして何よりも強い、希望に満ちた瞳を向けてきた。

 

「だが、移植が可能でも根源を抜き取られた側は滅びる。いったい、誰の根源を使うつもりだ?」

 

二律僭主は目を細め、狩猟貴族に問うた。

 

その問いにジェインは迷わず答える。

 

「無論、それは私の根源だ」

 

その問いにノアは深く目を閉じ、瞬間──

 

「くっ、くはっ、くはははははははは!!」

 

今まで誰も見たことがないような声で、ノアは彼の憂いを吹き飛ばすかのように笑った。

 

ノアの笑声が無神大陸に木霊する。

 

くつくつと笑うノアに茫然としているジェイン。

 

他の無神大陸の住人──側近のロンクルスでさえも驚きを隠せないのか、その目を丸くしている。

 

しばらくしてから笑い声は止み、ノアは薄く笑みを浮かべながらジェインに語りかける。

 

「卿は運がいいな」

 

「……何が、でしょうか?」

 

ジェインは茫然としていた意識を抑え、目の前に立つ不可侵領海の幼子へと問う。

 

「私は自らの望みを探すため、世界が救わない者達を救っている。仮に卿がその赤子に根源を移植すれば、その根源は消え、卿の滅びは確実なものとなるだろう。しかし──」

 

言葉を溜め、彼は言う。

 

「たとえ卿の魂が救われたとて、ジャミルは親なき子となる。その赤子には、まだ親が必要だ」

 

ノアは徐ろに後ろを振り返る。

 

すると背の高い人影が見えた。

 

「呼んだか?兄弟」

 

無神大陸の地を踏み、やがて男は止まった。

 

その姿は一見して、ただ背の高い人間の男だろう。しかし、その魔力は人間のものではない。

 

神族だ。

 

「ああ、卿に頼みがある」

 

ノアは男を見上げ、言った。

 

「言われずとも理解しているつもりだ。要は未来から、あの魔法を引っ張ってくりゃいいんだろう?イイぜ。丁度、暇してたところだ」

 

そう言うと彼は指を鳴らし、権能を発動する。

 

「二律僭主、彼はいったい……?」

 

ジェインはノアに問うが、ノアは答えなかった。その理由は単純──

 

「動くな」

 

ロンクルス達は、ノアの様子を静かに見守る。

 

すると彼の身体の輪郭はブレ、まるで波打つように揺れている。おそらくはノアの後ろで腕を組み、待機している神族の権能だろう。

 

そうして輪郭のブレも収まり、安定した頃。

 

ノアは二つの魔法陣を描いていた。

 

「<背反影体(ダヴエル)>」

 

それは秩序に反する影体を生む<背反影体(ダヴエル)>。

 

それを根源の外殻に纏うことで、これから発動する魔法の秩序と時間軸を同調させる。

 

「いったい何が……」

 

ジェインは訳も分からず、困惑する。その様子を尻目に、ノアはもう一つの魔法を展開した。そうして魔法陣を描き、発動されたもう一つの魔法。

 

ノアは自身の掌を上に向ける。

 

「<根源母胎(エレオノール)>」

 

生み出されたのは輝く球体──疑似根源だ。それを右手の上に浮かべ、左手で別の魔法陣を描く。

 

そこに左手を潜らせると、それは立体的な影となった。影の手を伸ばし、ジャミルの胸に触れる。

 

すると、その手はすうっと胸をすり抜け、赤子の身体の内側に入った。ノアは何かを掴むように拳を握る。そうして影の腕を引き抜いた。彼が手を開けば、そこには輝く光の球が──根源がある。

 

ジャミルの根源と疑似根源。

 

二つの根源に魔法陣が描かれる。すると、二つの根源は立体的な影へと変わった。その二つが近づいていき、影と影が混ざるように一つになる。

 

再びノアが魔法陣を描く。

 

影の根源は少しずつ色を取り戻していき、やがて一つの輝く根源が現れる。ノアは影の手でそれをつかみ、赤子の体内に戻す。彼が手を引き抜けば、魔力の粒子がその子から溢れ出した。

 

成功したのだ。

 

弱々しかったジャミルの根源は、擬似根源を移植されたことで力強く、強靱に変わり、赤子の全身に必要な魔力を供給していた。

 

同時にノアの根源からは<根源母胎(エレオノール)>の記憶が消え、やがて影の粒子となって消えていった。

 

「……な、にが……?」

 

膝から崩れ落ち、彼は辿々しく言葉を口にする。

 

ジェインは困惑しながらも、その目から涙をポロポロと溢した。腕の中に抱かれている我が子、そして命を捨てるだった自分が──生きている。

 

「分からぬか?」

 

ノアはジェインに問いかける。

 

「それが命を投げ捨てようとした卿への罰だ。罪を抱き、子を抱き、そして──共に生きよ」

 

ジェインはハッとし、二律僭主を見上げる。彼は目を開き、涙で潤ませながら唇を震わせる。

 

「──生きよ、ジェイン。卿はジャミルから父親を奪うつもりか」




我が子とともに生きる。それこそが──
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。