《銀海総合掲示板》 作:にわか太郎
銀水聖海の静寂を切り裂き、一筋の炎が走る。
それは船でもなければ、銀海を泳ぐ魔法生物でもない。ただ一つの幼き影が膨大な魔力を纏い、銀の海を蹴り飛ばして深淵へと進む姿であった。
この海の深淵を目指し、未だ底の見えぬ海を生身で奔るのは──第一魔王、壊滅の暴君アムル。二律僭主ノアと同じく、幼き身でありながら不可侵領海へと至った銀水聖海でも屈指の強者だ。
「…………」
彼は銀の海を無言で潜り続ける。
自らが君臨する深層十二界、そして九十九層世界たる銀水世界リステリアよりも深き深淵へと。
押し寄せる銀水の重圧も、もはや並の小世界なら圧搾して塵にするほどに凄まじい。だが、アムルが身に纏う紅蓮の炎は、その圧倒的なまでの圧力から己の身を守り、道なき道を切り開いていく。
そうして彼の
黙々と潜り、その先に見えたのは──
「ここか」
そこにあったのは輝かしく光を放つ無数の星々──凝縮された小さな銀河であった。
それは銀泡よりもなお、眩く光を放っている。
「……記憶通りだ。これが混沌か」
そこは凝縮された魔力、凝縮された秩序。銀水聖海における全ての力が集う場所である。
力試しとばかりにアムルは、その小さな銀河へと近づき、年端もいかぬ幼き手でそれに触れた。
その瞬間──
「なるほど。あいつが言っていた通りだ」
光が、混沌が彼の身体を侵食しようとしていた。
だが、彼の右手が紅蓮に染まり、全てを侵食しようとしていたはずの混沌を容易く弾き返す。
「本来の俺ならば苦労しただろうが」
アムルは前方に終末の火を放ち、空間を燃やして生まれた黒灰を使って魔法陣を描いた。
あまりにも強大すぎる魔力が魔法陣を中心に膨れ上がり、混沌の銀河さえも震撼させたのである。
「<
終極の黒炎が混沌を飲み込み、吹き飛ばした。
憎悪を吸い取り、力に変える《心火の魔眼》。
この一年で彼は様々な戦いを経験し、その度に多くの憎悪を、多種多様な悪意を吸い取ってきた。
結果、彼が三千年かけて積み上げていくはずだったそれを、この一年で大きく上回る結果となった。それは混沌すらも撥ね除ける純粋な力だ。
銀河が割れるように、彼の前に道が出来ていた。アムルは悠々と自らが作った道を飛んでいく。
やがて見えてきたのは赤い銀泡だ。
混沌に包まれ、普段はその存在が隠されているのだろう。だが、先程の<
アムルが銀泡を降下していくと、最初に目に映ったのは鮮やかな赤い色である。夕焼けのようにも見えるが、明らかにそれとは違う不気味な色だ。
広大な海は血のように赤く、荒れ狂っている。
海の深い場所、その深淵では赤い星々が大渦を作っていた。先の混沌よりも更に深い。
あまりにも深すぎて第一魔王、壊滅の暴君たるアムルをしても少ししか底を見通せないほどだ。
「あれが<
眼下を見据えながら、アムルは想いを吐露する。
ここは深淵世界。そして、<
これから対面するのは未来における我が子。
何よりも大切な家族となる赤子だ。だが、幼子はそれを知識として知っていても実感が沸かない。
「行くしかない、か」
しかし、何かに導かれるかのようにアムル・ヴィーウィザーは<絶渦>に飛び込んでいった。
すると、混沌さえも容易く引き裂きそうな星々が、アムルの身に猛然と襲いかかる。刹那、彼の全身が紅蓮に染まり、魔力が爆発的に高まった。
幼子は苦痛に顔を歪めるも、深淵の《淵》に身を晒しながら、その流れには呑まれていない。混沌とした赤き星々が幼子の身体に衝突するが、アムルの紅蓮の身体を滅ぼすことはできないのだ。
そうして大渦をねじ伏せ、彼は更に沈んでいく。
目指したのは<絶渦>の深淵だ。
銀水聖海における何よりも深き場所。
そこにいるはずであろう赤子を求めて、彼は紅蓮を纏い、いと深き深淵へと潜航していく。
そうして沈んでいった果てに、幼子はとうとう人影らしきものを視認した。赤子である。
大きくくりっとした目がアムルを見つめた。
「あー」
そう、赤子が声を上げる。
あー、と次第に赤子は大声で泣き始めたのだ。
頭が割れそうになるぐらい大きく、今までのどんなものよりも激しく心を揺さぶる。
すると<絶渦>が荒れ狂い、激しく渦巻いた。
「これが<絶渦>を操る力か」
アムルは赤子の持つ能力を知っていたものの、実際に目の当たりにしたことで驚いた。
恐るべき力を誇る<絶渦>の勢力が増し、異質かつ不気味な赤い海がさらに輝いたのである。赤い星々は更に濃くなり、その内部は遍く生物の存在を許さぬほどの滅びの力で溢れ返った。
銀泡が終わる瞬間のような大爆発が、<絶渦>の至るところで発生したのだ。
そして、その爆発の大渦がアムルに襲いかかる。
それは紅蓮の身体でさえ削ろうとするが、幼子は更に力を高め、大爆発から自身を守りきった。
荒れ狂う<絶渦>が彼を敵と定め、意思があるかのように滅びの爆発を更に起こす。
「…………」
アムルは徐ろに右手を紅蓮に染め、迫りくる大爆発をその掌で握り潰そうとした時だった。
彼の両眼が燃え盛った。感じたのは曖昧な憎悪。
《心火の魔眼》が自ずと発動し、憎悪を吸い取っているのだ。この<絶渦>のただ中で、憎悪を抱く存在など一つしかない。
アムルは赤子に視線を向ける。
その子から憎悪の炎が燃え上がり、それがアムルの魔眼の炎へと変わっていく。次第に泣き声が小さくなっていき、赤子はその目を閉じていった。
それと同時に<絶渦>の勢力は穏やかになり、アムルを呑み込もうとする流れも止まった。赤子に視線を移す。すやすやと寝息を立てながら、赤子はぐっすりと眠りについていた。
アムルは何を言うでもなく赤子──ムルガに魔法陣を描き、<
そうしてムルガを連れ、浮上を始めた。
「──待って」
声が聞こえた。
キラキラと赤い星々の渦の中に、一つ真っ白に輝く星があった。その白い星がひと際大きく光を放つと、そこに一人の少女が現れたのだ。
「私は希輝星デュエルニーガ。願望世界ラーヴァシュネイクの主神」
少女は言った。
「その子を<絶渦>の外に出してはならない。外に出せば、その子は多くの銀泡を滅ぼし、そして滅ぼされる」
「知っている」
アムルがそう答えると、少女は目を見開いた。
「……なぜ?」
「俺がこの子と同じだからだ」