《銀海総合掲示板》   作:にわか太郎

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運命は未だ

 

同時刻。銀水聖海。

 

樹海船アイオネイリアは銀水聖海を飛んでいた。

 

乗っているのは幼い少年、二律僭主ノア。そして彼の執事であるロンクルスだ。彼らは無神大陸を築いた後も、そこを拠点に方々へ旅をしていた。

 

「僭主、前方に目的の銀泡を発見しました」

 

「……あれか」

 

ノアはぼんやりと目の前の銀泡を見つめた。

 

「災淵世界イーヴェゼイノ。ロンクルス、あそこに私の望みがあると思うか?」

 

傍らに立つ執事に、ノアは問う。

 

「断言はできません」

 

ロンクルスは答えた。

 

ノアは未だ己の望みを探している。

 

《廃淵の落とし子》である彼は何の欲求も持たず、何の願いも持たない。それでも、融合世界において秩序に囚われていたロンクルスを救った。

 

他者を救うことこそが、ノアの望みにつながるのではないか。ロンクルスがそう提案し、旅を続けていた。そのため、幾つもの小世界を訪れた。

 

予想外の出会いもあった。

 

同胞ができた。

 

幾人か救えた者もいる。

 

しかし、それを経てもノアの欲求や望みは薄いままだった。知識の上ではそれらを知っていても、彼は未だ自身の生を実感し(にく)かったのだ。

 

「私を滑稽だと思うか?」

 

その問いを受け、ロンクルスは主を振り向いた。

 

「《廃淵の落とし子》は誰かの追憶より生まれる。元々、この身はまともな生命ではない。それを加味しても、私は少しばかり特殊な生まれだ」

 

ノアは言った。

 

「私は秩序のようなもので、生きてなどいないのかもしれない」

 

「いいえ……いいえ、ノア様」

 

ロンクルスは即座に否定した。

 

「もしも貴方が生の実感を知らないのであれば……それはまだ生まれていないだけでございます」

 

ノアはロンクルスを見返した。

 

「……知っている」

 

「だとしても、実感がないのでございましょう?」

 

「ああ」

 

ノアは首肯し、返答する。

 

「であれば、今回の旅で何かが得られるかもしれません。僭主はこの銀海に吹く自由なる風、秩序に従わない唯一の御方にございます。なればこそ……きっと、この旅で何かしらの意味を見出だせるはずです」

 

「意味、か」

 

ロンクルスは跪いている。

 

じっと黙って、主の次の言葉を待っていた。

 

「では、見つけに行こう」

 

「はい」

 

樹海船アイオネイリアは速度を上げ、銀泡の中へ入っていく。黒穹を通り過ぎれば、そこは土砂降りの雨が降り注ぐ空だった。

 

「ぐっ……う……」

 

突然、ロンクルスが膝をついた。

 

荒い呼吸を繰り返し、額から汗を垂らしている。

 

「……融合(ゆうごう)病か?」

 

「はい……どうやら、この世界の雨は融魔族と相性が悪いようでございます…………」

 

融合病とは人が呼吸をするように、融魔族は常に周囲にあるものを取り込み、融合してしまう。その際に取り込んでしまう毒素などと融合してしまうことで、発症する一種の病気だ。

 

「引き返すか?」

 

ロンクルスの体調を慮っての言葉だったが、彼はその手で主の言葉を制止する。

 

「いいえ。それには及びません」

 

執事は頭上を見上げる。そこには樹海船の上を飛んでいく鷹の姿があった。彼が魔法陣を描けば、鷹が引き寄せられ、その手に捕まえられた。

 

「<融合転生(ラドピリカ)>」

 

ロンクルスの根源が、鷹の中に入っていき、融合を果たす。その鷹は翼を大きく広げると、ふわりと飛び上がり、ノアの肩の上にとまった。

 

「この世界の鷹ならば、雨に対しても耐性が得られるでしょう。しばらくこの姿で過ごせば、元の姿に戻ったときも、毒性を無効化できます」

 

「そうか」

 

ノアは樹海船をゆっくりと降下させ、荒れ地に着陸させた。

 

彼は樹海の外に出て、その世界を歩いていく。

 

いつまで経っても雨は止む気配がなく、暴風が木々を薙ぎ倒していく。時折地震が起きて、大地が真っ二つに避ける光景を何度も目にした。

 

「知識の上では理解していたつもりだったが……変わった世界だ。泡沫世界ではないのに荒れている」

 

「それがこの世界の秩序なのでございましょう。この地に生きる住人にとっては、この荒れた状態こそが安定しているのでございます」

 

ノアの顔ぐらいの高さで飛びながら、鷹と融合したロンクルスが説明した。

 

「この辺りは人がいないようでございます。街を探してきましょうか?」

 

「ああ」

 

「少々お待ちください」

 

ロンクルスは東の空へ飛び去っていった。

 

鷹の姿のため本来の速度は出さないだろうが、それでも彼の力ならばすぐに街を見つけるだろう。

 

ノアは雨が降り続ける世界を眺めながら、あてもなく歩いていく。するとチャプ、チャプッと水たまりになにかが跳ねる音が聞こえた。

 

それは断続的に響いており、音の間隔はどんどん短くなっていく。

 

チャプ、チャプッ、チャポンッと弾むように音が鳴る。それはまるで楽しげにダンスを踊っているかのようだった。絶え間なく聞こえる音に誘われるように、ノアは歩いていく。

 

心なしか先程よりも足取りが軽くなったような気がしていた。そうして、彼の目の前に広い水溜まりが姿を現した。チャプ、チャプッ、チャポンッと水音を鳴らしながら、水溜まりの上で踊っている少女がいる。

 

ワンピースを着ており髪はショートカット、弾けんばかりの笑顔で、土砂降りの雨を楽しんでいた。この世界がそれを祝福しているのか、雨が降る中、日の光が降り注ぎ、彼女を照らしている。

 

少女は一人だが、まるで見えない相手がそこにいるかのように踊っている。

 

まだ会ったこともない誰か。

 

これから出会うであろう誰か。

 

そんな運命の相手に恋をしているのだろうということが、ノアにも朧気ながら理解できた。

 

……彼女こそが、本来の自身を望みへと導いてくれた少女。来世にて己が母親となる少女、ルナ・アーツェノンだ。そんな少女にノアは目が離せずにいた。すると、少女がノアに気がつく。

 

彼女は驚いたような顔をした後、ぱっと輝くような笑顔を見せて、ノアのところまで走ってきた。

 

「こんにちは!」

 

元気よく少女は挨拶をする。

 

「ああ」

 

ノアは返事を返す。

 

「わたしはルナ。ルナ・アーツェノン。あなたのお名前は?」

 

「名前はない」

 

ノアは即答した。

 

二律僭主は秩序に従わぬ不可侵領海。彼と関わったと知られれば、その者は不利益を被る恐れがある。ゆえに彼は大抵の場合において名乗らない。

 

「お名前がないの?どうして?お父様かお母様は?」

 

「私に親はいない。名付けた者もいない」

 

淡々とノアはそう説明した。

 

「そうなの?じゃ、幻獣みたいに生まれたの?」

 

興味津々にルナは聞いてきた。

 

ノアが別世界の者だというのは分かっているようだ。

 

「似たようなものだ。私は何処(いずこ)かの追憶から生まれた《廃淵の落とし子》。ゆえに、親はいない」

 

「そっか。じゃ、寂しいね」

 

ノアの前でしゃがみ込み、ルナは彼の頭を撫でた。

 

「寂しくはない」

 

「そうなの?強い子なんだ」

 

「強いわけでもない」

 

言っている意味がわからなかったか、不思議そうにルナは首をかしげた。ノアが幼子の姿をしているため、余計に分からないのだろう。

 

「寂しさとは誰かとともにありたいという欲求から生じるものだ。私には欲求がない。だから、強いわけではない」

 

「そうなの?そんなことあるのかなぁ?」

 

うーん、とルナは頭を悩ませている。

 

「あなたはどこから来たの?」

 

「銀水世界リステリアだ。この世界はなんという?」

 

「ここはね、災淵世界イーヴェゼイノ。そうだ!お腹空かない? せっかく来たんだから、災淵世界のお料理を作ってあげるね!」

 

返事をするより早く、ルナはノアの腕をつかみ、走り出した。 

 

仕方がなくノアは彼女の後について言った。

 

ルナが森の方へ入ろうとすると、一匹の鷹が飛んできて、ノアの肩にとまった。

 

「あれ?お友達?」

 

「ロンクルスだ」

 

「よろしく、ロンクルスちゃん」

 

にっこりとルナは笑う。

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

「……えっ!?」

 

すると、ルナは驚きと同時に固まった。まさか、鷹が喋るとは思ってもみなかったのだろう。

 

「……言い忘れていたが、ロンクルスは融魔族だ。今は鷹と融合し、この世界の毒素に適応するため、その姿をとっている」

 

「そうだったの?」

 

ルナは不思議そうな顔でノアを見つめる。

 

無理もないだろう。

 

「じゃあ、改めてよろしくね。ロンクルス……さん?」

 

と、ロンクルスとの接し方に戸惑いつつも、彼女はその場から動き始めた。

 

「どこに行く?」

 

「近くにお料理ができる小屋があるの。森には良い食材が沢山手に入るから、作って貰ったの」

 

ルナの説明を聞きながら歩いていると、その小屋が目の前に見えてきた。

 

彼女はドアを開け、中に入る。

 

椅子とテーブル、それから調理場があった。

 

「ご飯作るから、ちょっと待ってて。あ、そうだ。ロンクルスさんは何が食べられるのかな?」

 

じーっとルナは鷹に視線を合わせる。

 

「なんでも食べられる」

 

ノアはそう答えた。

 

「オッケー」

 

笑顔で言って、ルナは包丁とまな板を取り出す。

 

食料庫から様々な野菜、肉や魚を持ってくると、手早く調理を始めた。

 

たちまち、室内には香ばしい匂いが漂い始めた。

 

ノアには無論、嗅覚がある。だが、それを美味しそうな匂いだと感じることはできない。

 

ただ、何の食材で作られた料理なのかが分かる。

 

それだけだった。

 

「はい。どうぞ。召し上がれ!」

 

テーブルに並べられたのは、イーヴェゼイノで人気のある料理の数々だ。

 

雨豚(あめぶた)の果実ソース焼き

 

翼竜の卵オムレツ

 

岩亀(いわがめ)の岩塩スープ

 

水溜り野草のサラダ

 

ノアはナイフとフォークを使い、静かにそれを食しつつ、ロンクルスにも分け与えていた。

 

自らも料理を食べながら、その様子を楽しげに見ていたルナは、ふと気がついたように言った。

 

「あの……お口に合わないかな?」

 

「いや」

 

ノアは正直に言った。

 

「私は味を感じないのだ」

 

「え……?」

 

ルナは目を丸くする。

 

「ご病気なの?」

 

「舌は正常だ。料理の食材を当てることはできる。だが、美味いというのがわからない。それがわからなければ、味を感じるとは言えないのだろう?」

 

そう問われ、ルナは返事に戸惑った。

 

肯定するのが、ノアに申し訳なく思ったのだろう。

 

「気にかけることはない。先程言った通り、私は《廃淵の落とし子》だ。そのため、普通に生きている者とは違う。それだけのことだ」

 

当たり前のようにノアが言うと、ルナははらりと涙をこぼした。

 

「あ……」

 

慌ててそれを手で拭って、ルナはノアを元気づけるように満面の笑みを作ってみせた。

 

「あのね、わたし、頑張ってみようかな」

 

「……頑張るとは?」

 

理解が追いつかないといった風に、ノアは聞いた。

 

「《廃淵の落とし子》でも、美味しいって感じる料理を作ってみる!」

 

突拍子もないことを言われ、ノアは一瞬言葉を返すことができなかった。

 

見慣れぬ主の姿を、ロンクルスは興味深そうに見つめている。

 

「いや……料理が悪いわけではない。そういうことではなく、なにを食べても同じなのだ」

 

「大丈夫!」

 

ノアの話をまったく聞いていないかのように、ルナは彼の手を握って力強く言った。

 

「わたし、花嫁修業をしてるの。将来、子どもができるでしょ。それでね、好き嫌いがない子に育てたいの!だから、料理が上手くならなきゃ!」

 

「…………」

 

呆気にとられたようにノアは彼女を見返した。

 

「……しかし、そういうことではないのだが……?」

 

「大丈夫!わたしに任せておけば大丈夫だから。ね!」

 

満面の笑みでルナは言う。

 

その強引さが、不思議と心地よかったのか、ノアはほんの僅かに笑みを覗かせた。

 

「わかった」

 

「ありがとう!」




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