《銀海総合掲示板》 作:にわか太郎
それから、しばらくノアはルナと過ごした。
あのキノコグラタンを食べて以来、ノアは味を感じるようになり、ルナは嬉しそうに様々な料理を作った。ノアはこれまでの食事を取り返すように、ルナの作る料理を余さず平らげ、その度に、舌鼓を打つ。
その様子をルナは笑顔で見守る。穏やかで、楽しい時が続く。
朝、昼、夜、食事の度に、ルナと話をするのがノアの日課となっていた。
だが、それも長くは続かなかった。
「……え?」
キノコグラタンを食べていたルナが、驚いたように顔を上げた。
「今日、イーヴェゼイノを発つ」
「……どうして?」
身を乗り出すようにして、ルナが聞いてくる。
ノアは言った。
「最初に俺には名前がないと言ったな」
ルナはうなずく。
「あれは正確には嘘だ。親がつけたものではないが、生じた時に頭に浮かんだ名が存在する」
「そうなの? なんていうお名前?」
静かにノアは首を左右に振った。
「知らない方がいい。俺は人助けの旅をしている。俺の願いが見つかると思ったからだ。だが、同胞達とともに秩序が救わない者を救ったことで、様々な世界から目をつけられてしまった」
ノアの話に相づちを打ちながら、彼女は真剣に聞いてくれている。
「すでに長居をしてしまったが、これ以上ここにいればイーヴェゼイノも戦火に巻き込まれる。いらぬ戦に、ルナを巻き込むことになるかもしれない」
「そんなこと、わたしは」
「そういうわけにはいかない。誰かが望まぬ戦いに巻き込まれるなら、俺が旅する意味もなくなる」
ノアがそう言えば、ルナもそれ以上否定することはできなかった。
「ルナと生活した日々は、俺にとってかけがえのない思い出だ」
ノアは静かに言う。
「ありがとう。俺はこの日を一生、忘れないだろう」
「影ちゃんは強いね……」
ルナは顔を俯かせ、言葉を紡いだ。
「……ごめんね、影ちゃん。私も一つだけ、影ちゃんに嘘をついていたの」
彼女は涙をポロポロとこぼし、手でそれを拭いながら嗚咽混じりに言う。
「私の夢は……お嫁さんになることだって、言ったよね……?」
「……ああ。花嫁になって、子をもうけ、幸せに暮らすのだろう」
「……でも、でもね……本当はそれは、できないの……しちゃいけないことなの…………」
「知っている」
ルナは一瞬唖然とし、涙を拭く。
「ルナの胎内は<渇望の災淵>と繋がっているのだろう。ゆえに、子を生んでしまえばアーツェノンの滅びの獅子が誕生してしまう」
「……そっか、影ちゃんには全部お見通しなんだね」
眉を下げ、彼女は俯きながら言う。
「アーツェノンの滅びの獅子は、破壊衝動を持つ幻獣の王。銀水聖海を滅ぼす災厄と言われているの」
目を伏せ、震える唇でルナは打ち空ける。
「そんな……誰にも祝福されない子を……わたしは産みたくない……だから……」
一筋の涙がこぼれ落ちる。彼女は言った。
「わたしの夢は、叶わないの……」
とめどなく落ちそうになる涙を、ルナは両手で何度もぬぐい、くるりとノアに背を向けた。
「ご、ごめんね。こんなこと言っても仕方ないから、言わないつもりだったんだけど……影ちゃんは色々お話ししてくれたのに、隠してたらだめかなって思って……」
悲しみを押し殺しながら、ルナは懸命に笑顔を浮かべる。
「大丈夫。きっと、違う夢が見つかるから」
「諦めるのはまだ早い」
「……え?」
ノアは言う。
「アーツェノンの滅びの獅子を切り離すことができるかもしれない」
「……どうやって?」
「ここに滞在する間に、災淵世界のことを調べた。アーツェノンの滅びの獅子を、滅ぼすための聖剣があるはずだ」
「霊神人剣エヴァンスマナのこと? でも、あれは……聖剣世界ハイフォリアの象徴よ。狩猟貴族たちは、イーヴェゼイノを憎んでるわ。協力はしてもらえないと思う……」
「可能性はある」
ノアは魔法陣から、ハインリエル勲章を取り出した。
「これは、かつて俺が救った狩猟貴族ジェインから譲り受けたものだ。これを持って、レブラハルド男爵を訪ねるといい。必ず力になってくれるだろう」
差し出されたハインリエル勲章を見た後、再びルナはノアに視線を移した。
「……わたしが、もらっていいの?」
「ルナのおかげで、俺はキノコグラタンの美味さを知った」
ノアが本心から言っているのがわかったのだろう。ルナは嬉しそうに微笑んだ。
「改めて礼を言う。ルナは恩人だ、ありがとう」
大きく開かれた瞳に、涙が滲む。彼女はそれを拭いながら、ノアの背中に手を伸ばす。
「……あなたが……」
ぎゅっとノアを抱きしめて、ルナは言った。
「あなたが、わたしの子どもだったらよかったのに……」
「そのようなものだ」
ルナの胸の中で、ノアは言う。
「俺は親を知らぬ。もしも、母がいたら、このように愛をくれたのだろう」
「寂しいね」
「ああ」
ルナの言葉に、ノアははっきりと同意を示す。
「……しばしの別れだ。いつか、また会おう。互いの目的を果たした後に」
「絶対、約束だからね」
ノアはうなずき、そして言った。
「決して違えぬ」
ゆっくりと名残惜しそうに、ルナは手を放した。
「最後に頼みがある」
「なあに」
「キノコグラタンを作ってくれ」
ノアがそう口にすると、彼女は満面の笑みを浮かべて、うなずいた。
「……沢山、作るね。影ちゃんが、わたしのことを忘れないように、たっくさん!」
「くははっ!」
ルナはいそいそとキノコグラタンの下準備に取りかかる。ノアはそれを手伝い、終始、笑顔でとりとめもない話しをした。また会えると信じ、いつか奇跡は起こると信じ、再会を誓って──
次回は掲示板形式になりそうです