《銀海総合掲示板》 作:にわか太郎
出発当日──
東京駅。特別急行列車乗り場。
赤煉瓦の駅舎を内に抱え、無数の線路が伸びる都市の結節点。そこは人の流れが絶えず動き続ける首都の玄関口──東京駅だ。
そんなホームに四つの人影が見えた。
「──これから、この特別急行列車に乗り、県境にある駅まで向かう。忘れ物はないか?」
そう声を発したのは日車寛見だ。
今日は田舎遠征の当日。普段は冷静な彼も、この日のために用意してきた段取りを頭の中で一つ一つ確かめるように、僅かに気を張っている。
そんな彼の問いに、他の三人は頷いて答えた。
「そうか。では、行くぞ」
そしてホームに滑り込む列車のブレーキ音が、短く空気を震わせる。出発の時刻が来た。
各々はそれに乗り込み、指定された席へと座る。
外では発車のアナウンスが流れ、やがてガタンと揺れ始めると、そのまま列車は動き始めた。
「楽しみですね、魔砕村に行くの」
ふふっ、とユメが小声で笑う。
「ああ」
そんな彼女の言葉に日車は素っ気なく返すが、彼の口角はユメの笑顔につられて上がっていた。そうして車窓からの景色をしばらく眺め続け、そこからどれほどの時間が過ぎ去ったのだろうか。
列車は徐々に減速し、アナウンスがなった。
もうすぐ県境の駅に着くのだろう。
「……ユメ、時間だ」
「…………うぅ、ん……?」
日車は横の席で眠るユメの肩を揺すり、起こす。
彼女のまぶたがゆっくりと持ち上がった。ユメの様子を見るに、まだ夢の名残が残っているのか、焦点の合わない瞳がしばらく宙を漂っている。
「……着いたんですか?」
「もうすぐだ」
短く答える日車の声に、彼女は小さく伸びをした。その時、列車がもう一段階速度を落とす。
鉄の軋む音が低く響き、窓の外には見慣れない景色が広がっていた。
高層ビルはとうに消え、代わりに広がるのは静かな町並みと山の稜線。今までの都会の喧騒とは異なり、緑に溢れた景色が四人の視界を満たす。
やがて列車は駅へと滑り込むように停車する。
そこはまるで、地方にある小さな新幹線の駅といったような雰囲気だ。
『特別急行列車をご利用いただき、ありがとうございました。乗り換えのお客様は審査ゲートへとお進みください』
そんなアナウンスが響く中、各々は降車した。
「……さて、ここから俺は関所で書類の手続きを済ませてくる。それまでは各々弁当を買うなり、そこのベンチで座って待つなり、好きにするといい」
「じゃあ僕と陽介さんは駅弁を買った後、関所の前で待機しています。ユメさんは?」
「私も駅弁、二つくらいは買っておこうかな?ホシノちゃんへのお土産にも丁度良いし……」
そう言い、日車とは階段で別れた。
そして残された三人は駅弁を買いに、ホームにある店頭の方へと足を運ぶ。そこから十分ほどが経ち、用事を済ませた一行が関所へ向かうと──
そこは空港の入国審査のような場所だった。
雰囲気から察するに、ここが関所なのだろう。
「用事は済んだか?」
そこに佇む日車が一行に声をかける。
どうやら彼も手続きが済んだようで、ファイルに書類を仕舞いながらそう言った。
「バッチリですよ!美味しそうな弁当も買えましたし、あとは魔砕村に行くだけですよね?」
「そうだ。あれに乗ってな」
「……あれ?」
ユメが疑問を浮かべるも、彼は何を言うでもなくスタスタと歩いていく。そうして日車に着いていくと、やがてまた別のホームへと辿り着いた。
そこにあったのは列車だ。しかし、
「……日車さん、あれって」
「装甲車だな。最初は俺も驚いたが、県の陸軍による払い下げのものらしい」
「け、県の陸軍って……」
それは巨大な装甲車だった。
先ほど乗った魔装甲列車よりも更に威圧感があり、そして四両編成で構成されている。先頭と後方の間にある少し長めの二両が客室のようだ。
前後にそれぞれ砲塔を載せており、車体は厚い装甲板で覆われている。それがホームの上に鎮座している様子は、あまりにも場違いな光景だった。
「それより、もう発車するぞ。早く乗り込め」
「はい。じゃあ二人とも、行きますよ」
乙骨が徐ろに振り返り、残る二人へ声をかける。
そうしてユメとおじさんは遅れて状況を把握したのか、慌てた様子で装甲車へと乗り込む。
──その後方から小さき双眸による、畏れを含んだ視線が向けられていたとも知らずに。
◇
突然だけど、僕には前世と前々世がある。
そんな僕の名前は
そうした記憶も朧気にあってか、僕は普通の子供よりも若干達観した性格をしていた。そう、達観していたはずなんだけど……僕は今、人生で最も強い恐怖に駆られていた。祖母である
思えば、ここに至るまでに驚くべきことは山とあった。この世界に「魔素」という概念が存在すること。この世界の田舎が思っていたよりも、遥かに危険であるということ。今だってそう。この装甲車に乗って、田舎に向かうということが僕は信じられなかった。いや、そもそも魔法という概念自体が前世と前々世には存在しなかったので、今世ではそのギャップの差に驚いてばかりだが。
しかし、今抱いている感情に比べれば、そんなものは屁でもない。だって、あれは──
「……じぃじ、ばぁば」
僕は無意識に祖父の袖をキュッと掴んだ。
「……どうした」
「どうしたの?空」
疑問を浮かべながらも優しい声色で、祖父母が僕のことを気にかけてくれている。嬉しかった。
……だけど。
それ以上に、
僕は徐ろに、前にいる四人の男女を見た。
──瞬間、その後ろの空間から三眼が出現し、ぎょろりと目線を走らせる様子を幻視する。
僕は怖気が走り、竦んだように身震いしながらも三眼を凝視し続ける。すると、視界が暗転した。
それは木乃伊のような姿をしている。それは即身仏のような姿をしている。そして、何より──
その木乃伊のような者の周囲には、邪悪な姿をした巨大な赤子が蹲るように佇んでいた。そこに坐すかのように、木乃伊は意外にも一種の神々しささえ感じさせつつ、無言で
それでいて、空には何の影響も及んでいない。
猛毒のような邪気が渦巻く『■』に坐り、宇宙を越えた超次元から睥睨する■■の
それは本来、空が知るはずもない存在だった。
だが、その木乃伊らしき者は意外にも細心の注意を払いながら、空のいる場所を静かに眺めていた。まるで、壊れ物を扱うかのように丁寧に。
その理由も何もかも、空には分からない。
ただ、ひたすらに怖かった。
そして、木乃伊が何かを口にした瞬間──
視界に光が満ちた。空はハッと意識が戻り、すぐさま辺りをキョロキョロと見渡す。
先程の三眼は消えている。
そうして辺りを見渡し、気づけば空達は装甲車の中にいた。……さっきのアレは夢だったのか。
「空、大丈夫?さっきから唸っていたみたいだけど……何かあったの?」
祖母である雪乃が優しく問うてくる。それに対し、空は出来る限りの笑みを浮かべて答えた。
「……だいじょうぶ。なんでもないよ!」
「そう?もし困ったことがあったら、じぃじやばぁば達に遠慮なく言ってね」
そう言って、雪乃は空の頭を優しく撫でる。
幸生もまた然りだ。
その気持ちよさに空は身を委ねていたが、気づけば魔砕村の駅に着いていたようだ。
先程のアレは何だったのか。
そんな疑問が空の頭をよぎるも、ふるふると頭を振り、感じていた怖さと一緒に忘れることにした。何より、ここから空の新しい生活が始まる。
これから始まる田舎での新生活。
そんな期待に胸を躍らせ、ここに杉山空のスローライフは静かに幕を明けたのだった。