《銀海総合掲示板》   作:にわか太郎

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正帝再臨

 

半月後──

 

鋼鉄世界ドルケフ。

 

そこは、あらゆるところに溶銑が届けられる中層世界の一つ。大地そのものが鋼鉄で出来ており、その上空には巨大な浮遊大陸が鎮座していた。

 

そして、浮遊大陸の中央には巨大な宮殿があり、その周囲をぐるりと囲むように都市があった。

 

それは学院同盟、銀水学院パブロヘタラだ。

 

そして、その上空に巨大な影がもう一つ。

 

黒穹を飛ぶ巨大な樹海が降下し、やがて鋼鉄世界の上空に滞空する。船上には鬱蒼とした樹海が生い茂っており、その漆黒の空には七条のオーロラが冷たく輝いていた。それは二律僭主ノアが有する大陸型の船──樹海船アイオネイリアだ。

 

「……ようやくか」

 

そこで一人の幼子がぽつり、と呟く。

 

それは第一魔王、壊滅の暴君アムルの声だ。

 

そして、重苦しく口を開いた彼に賛同するように、後方で控えている幾人かが首を縦に振った。

 

その内の一人が腕を組み、ただ立ち尽くしているアムルの横へと一歩踏み出す。それは願望世界の主神、希輝星デュエルニーガである。

 

「そう。これで、ようやく踏み出せる。絡繰世界の、正帝の奸計を阻むための一歩を。ラーヴァシュネイクの復興も、あの子が優しく笑っていられる世界も……これでやっと創ってあげられる。ありがとう、第一魔王アムル。貴方達の助力に最大限の感謝を」

 

「気にするな。でなければ、お前達の願いは叶えられん」

 

アムルが笑う。

 

そして、デュエルニーガも微笑みを浮かべた。

 

「……私も約束しよう。これから先、どんなことがあろうとも私は貴方と運命を共にする、と」

 

言葉と共に、彼女の星の瞳が強く輝きを放つ。

 

それはまるで、アムルに寄り添うかのような優しい光を放っているのだ。そして、二人の間にしばしの静寂が流れた後。

 

溜め息とともに、後ろから声が聞こえた。

 

「で、話は変わるんだが……これからパブロヘタラに行って、あとは正式に学院同盟に加盟すりゃ話は終わりなんだよな?」

 

デュエルニーガの言葉に続くようにして、後ろの木々にもたれかかっている者──佐藤カズマが今までの苦労を思い出しながら、言葉を口にした。

 

弱々しい声だ。

 

彼は生気のない顔で俯いており、その口から放たれる言葉の節々からは彼の疲労が見て取れる。

 

そんな彼の姿を一瞥し、アムルは徐ろに告げた。

 

「……いや、単に学院同盟として受け入れられるだけでは意味がない。ゆえにパブロヘタラを一度、正帝の傀儡という立場から脱却させる必要がある。こちら側の勢力と併合させた上でな」

 

彼がそう言うと、カズマは訝しむように問うた。

 

「本当にできるのか?そんなこと」

 

「考えはある。それに、そうでなくては奴らの凶行を抑えることなどできん」

 

カズマは更に俯き、ぶつぶつと愚痴をこぼす。

 

「マジか……でも、ここでやんなきゃ結局、後で痛い目見るのはこっちなんだよな。はぁ……俺、何でまたこんな厄介事に巻き込まれてんだよ」

 

だが、そんな彼の様子を眺めるように見る者が一人。二律僭主は樹海船を操船しながら言った。

 

「なに、卿にとっては何時(いつ)ものことだろう」

 

やがてノアは、アイオネイリアを浮遊大陸を覆う結界の側に置く。そうして船に数人を残した上で、残る全員が<飛行(フレス)>にて樹海から飛翔した。

 

幽玄樹海より飛び立った無数の影は鋼鉄の空を横切り、浮遊大陸を覆う結界へと迫っていく。そうして、その結界に迫らんとした時だった。

 

突如、結界にぽっかりと穴が空く。

 

おそらくはパブロヘタラによるものだろう。

 

そのまま結界を素通りし、やがて一同はパブロヘタラ宮殿の入口に向けて降下していった。

 

そうして前回と同じく大地を歩み続け、その先に待っていたのは石造りの一室だ。そこにコツコツという足音が響く。パブロヘタラの門番だ。

 

「──さて。ここに貴殿らが再び足を運んだということは、学院同盟へ正式に加盟する意思を固めたということだな?」

 

開口一番に門番がそう問うと、ノアは頷く。

 

「ああ、卿らの同盟に加盟する用意ができた」

 

「……それでは学院名及び、主神と元首の存在を確認させてほしい」

 

そう言うとアムルとデュエルニーガが前に出る。

 

「学院の名は赤星学(せきせいがく)()ラーヴェラルオズマ。世界主神は希輝星デュエルニーガ、便宜上の世界元首は第一魔王アムル・ヴィーウィザーが務める」

 

「……第一魔王だと?」

 

門番が驚愕混じりに魔眼()を見張る。

 

「まさか……では、貴殿も二律僭主と同じく不可侵領海の一人だというのか?」

 

「つい先日なった。驚くのも無理はない」

 

「……いや、相分かった。しかし、だ」

 

彼はデュエルニーガの方に視線を移し、その魔眼()を光らせるようにして彼女の深淵を覗く。

 

「そちらの主神といい、貴殿らの深淵はまるで見えんな。察するに相当深く、深層に沈んだ世界の出身とお見受けする。それにアムル殿が深層十二界に君臨していることを抜きにせよ、貴殿らの深さは相当なもの……失礼。些か、不躾が過ぎたようだな」

 

門番はくるりと身体の向きを変える。

 

「では、改めてパブロヘタラへ歓迎しよう。貴殿らとともに、銀海の凪を願って手を携えられることを我々は誇りに思う。……それに今日は、全学院が揃って会議を行う重要な日でもある。新たにこの学院同盟へ加わった貴殿らを皆に紹介するには、これ以上ない機会だろう」

 

「そうか。であれば、都合が良い」

 

ノアは目を瞑り、言った。

 

「案内を頼もう」

 

「承知した。では、こちらへ」

 

 

 

 

 

 

パブロヘタラ宮殿。法廷会議室。

 

コツコツという靴音が廊下に響き渡る。

 

宮殿の中を歩き、転移魔法陣に乗ってアムル達が向かった先は法廷会議室。学院同盟における重要な決定や法廷会議の際に使用される講堂だ。

 

本来、辿るべき未来においては第三深層講堂と呼ばれる場所である。そうして廊下を歩き、しばらくするとアムル達の目の前には扉があった。

 

そこを開けると部屋の周囲には大勢の人集りが見える。学院同盟に加盟する生徒達だろう。そこには闘技場の観客席のように、円形階段状になった席が設けられており、中央の教壇は六角形となっていて、格式高い机と椅子が設置されている。

 

学院同盟の生徒達は皆、各々の席に座っており、席から教壇を上から覗くような形になっていた。

 

そうして扉が開かれた瞬間──

 

ざわり、と。幾重にも連なる席の空気が、一つの生き物のように波打った。

 

無数の視線が一斉に降り注ぐ。好奇、警戒、猜疑、あるいは値踏みするような眼差し。その全てを浴びながらも、アムル達は歩みを止めない。

 

先導する門番が、六角形の教壇へ進み出る。

 

「諸君、静粛に」

 

大きく響いたその声は、講堂全体に張り巡らされた<思念通信(リークス)>の術式に乗り、隅々にまで響く。

 

そして、ざわめきが収まっていった。

 

教壇の中央に立った門番は告げる。

 

「本日、この法廷会議に先立ち、学院同盟へ新たに加わる学院を貴殿らへ紹介する。学院の名は、赤星学府ラーヴェラルオズマ」

 

「ラーヴェラルオズマ……?」

 

「聞いたことがないな」

 

「どこの世界の学院だ?」

 

「元首は、あの子供か……?」

 

無遠慮な視線がアムルへ向く。

 

だが、当の本人は気にした風もなく、静かに教壇の中央へと歩み出た。隣にはデュエルニーガ、少し遅れてノアとカズマ達も並ぶ。門番は一同を一瞥し、それから講堂全体へ向けて告げた。

 

「諸君も知る通り、学院同盟への加盟は一学院の独断では決まらない。理念、秩序への姿勢、及び他学院との協調性。その全てを法廷会議にて審議し、承認を得て初めて正式加盟となる」

 

一拍の間が空く。

 

「よって、これより赤星学府ラーヴェラルオズマの加盟審議を執り行う」

 

厳かな声とともに、講堂の空気が引き締まった。

 

円形の席に座す生徒達は、それぞれに真剣な面持ちで教壇を見下ろしている。やがて、前方の席から一人の生徒が立ち上がった。

 

「では、まず確認したい。赤星学府ラーヴェラルオズマは、この学院同盟に何を求めて加盟を望む?」

 

当然の問いだった。この場にいる誰も、アムル達の真意など知らない。ただ一つ、新参の学院がやってきた。それだけの認識でしかない。

 

ゆえに問う。何のためにここへ来たのか、と。

 

アムルは淡々と答えた。

 

「正帝の奸計を阻止するためだ」

 

その一言が落ちた瞬間、講堂の空気がぴたりと止まった。次いで、先程までの好奇や値踏みとは異なる波が、円形の席を巡って広がっていく。

 

「正帝……?」

 

「何の話だ」

 

「それが加盟の理由か?」

 

不信と困惑が入り混じった声が、あちこちから漏れた。当然だろう。

 

この場にいる者達にとって、自分達はどこの馬の骨とも知れぬ新参の学院に過ぎぬ。しかも、その口から出たのは友誼を求む言葉ではなく、正帝の奸計を阻むためなどという不穏極まる文言だ。

 

前方の席から、別の生徒が立ち上がった。

 

「確認する。赤星学府ラーヴェラルオズマは、学院同盟を戦に利用するつもりなのか?」

 

「違う」

 

アムルは即座に否定する。その幼い容貌には不釣り合いなほど、低く、揺るがぬ声だった。

 

「学院同盟を利用するつもりはない。むしろ逆だ。お前達が正帝に利用される前に、それを止めにきた」

 

講堂が、わずかにざわつく。先程までの困惑に、今度は露骨な不快と警戒が混じり始めていた。

 

「止めにきた、だと?」

 

「さっきから正帝だの奸計だの……根拠もなく、そんな話を信じろと言うのかっ?」

 

「新参の学院が、いきなり我々を操り人形扱いとはな」

 

円形の席のあちこちから、刺々しい声が飛ぶ。

 

無理もない話だった。

 

彼らにとってアムル達は、今日この場に現れたばかりの学院だ。信義も実績もなく、ただ不穏な警句だけを口にしているに過ぎない。

 

門番もまた、容易には口を挟まなかった。

 

あくまでこの場は法廷会議。結論は一部の強権ではなく、生徒達の議論と合意によって定まる。

 

それを承知しているからこそ、アムルは正面から言葉を重ねた。

 

「お前達が知らぬのも当然だ。奴は表に姿を現していない。だが、銀水聖海に統一された正義をもたらすと称し、その過程で幾千、幾万の犠牲を積み上げることも厭わぬ者がいる」

 

「……戯言にしか聞こえんな」

 

前方の席に座る一人が、冷ややかに告げた。

 

「仮に、そんな存在がいたとしてだ。なぜ我々が、その標的だと言える?」

 

「理由は単純だ」

 

アムルは講堂をぐるりと見渡した。

 

無数の視線が交錯する。疑い、反発、嘲り、戸惑い──その全てを見据えたまま、彼は言った。

 

「学院同盟は、浅層から中層に跨って広く結ばれた連帯だ。ゆえに価値がある。個々の学院ではなく、多数の意志が集う場だからこそ、一度(ひとたび)掌握されれば、その影響は広範に及ぶ」

 

その言葉に、幾人かの顔色が変わる。

 

「証拠は?」

 

短く、鋭い問いが放たれた。

 

「学院同盟の裏に、そんな存在が潜んでいるという証拠を示せ」

 

「口先だけならどうとでも言える」

 

「こちらは、恐怖を煽る言葉で動くほど愚かではないぞ」

 

返ってきた反応は、尤もなものだった。

 

ゆえにアムルは、感情を荒げることなく答える。

 

「現時点で、この場にいる全員が納得するだけの形ある証拠を並べることはできん」

 

途端、講堂の空気が冷える。

 

「では、話にならないな」

 

「やはり、同盟を攪乱しに来たのではないか?」

 

「正帝などという正体不明の存在を持ち出し、我々に猜疑を植えつける。それ自体が敵対行為と受け取られても仕方あるまい」

 

次々と声が上がる。しかし──

 

「だからこそ、加盟を望む」

 

「……何?」

 

「外から警告するだけでは意味がない。内部に入り、お前達と同じ場に立ち、同じものを見て、同じ危機に対処する。そのために、ここへ来た」

 

静かだが、強い声だった。

 

「俺達の目的は正帝の計画を阻止し、その過程で無為に踏みにじられる命を減らすことだ。ゆえに、お前達に従えなどと言うつもりはない」

 

前方で、別の生徒が眉をひそめる。

 

「結局のところ、お前達は危険が迫っていると言うだけで、その危険の輪郭すら示していないではないか」

 

「それとも、我々が知らぬ何かを知っている優位に立ち、主導権を握ろうとしているのかっ?」

 

場の空気は、徐々に硬直していく。新参への不信が疑念となり、疑念が拒絶へ変わりつつあった。

 

カズマが小さく息を吐く。

 

「……ほら見ろ。だからこうなるって言ったんだよ」

 

ぼやくような声だったが、この緊張の中では妙にはっきりと響いた。

 

ノアは腕を組んだまま、講堂を見上げる。

 

その視線の先では、なおも不信の波が広がっていた。円形の席に連なる生徒達は皆、教壇に立つ新参の学院を値踏みするように見下ろしている。

 

彼らにとって赤星学府ラーヴェラルオズマとは、今日この場に現れたばかりの名も知らぬ学院でしかない。まして、正帝などという聞いたこともない存在を持ち出されては、容易に受け入れられるはずもなかった。

 

「話にならんな」

 

前列の一角から、低い声が落ちた。

 

「貴様らは危機を語る。だが、その実体を示せぬ。証左もなく、我々の中に敵が潜んでいるなどと口にするのは、ただ疑心を煽っているに過ぎん」

 

「しかも、内部に入らねば止められぬと言う」

 

別の席からも声が重なる。

 

「それは結局、我々の内側へ入り込むための方便ではないのか?」

 

「学院同盟は、恐怖で結束する集まりではない」

 

「根拠なき言葉で秩序を乱す者を、どうして受け入れられる?」

 

冷ややかな声音が幾重にも連なり、講堂の空気を固くしていく。門番もまた沈黙を守っていた。

 

この場で決めるのは、あくまでパブロヘタラに集う生徒達自身だ。ゆえにこそ、反発が強まるほど、この審議は厳しいものとなる。

 

だが、アムルは微塵も怯まぬ声で告げた。

 

「ならば問おう」

 

その一言に、ざわめきが僅かに止まる。

 

「お前達は本当に、この同盟が完全に自分自身の意思のみで成り立っていると言い切れるのか」

 

鋭くも静かな問いだった。

 

「何……?」

 

「浅層から中層に連なる多数の学院。その意志を束ね、秩序を形作る。それ自体は尊ぶべきものだ。だが、だからこそ付け入る価値がある」

 

アムルは講堂を見渡す。

 

「誰か一人を操ればよいわけではない。方針を定める場に、ほんの僅かでも外からの意志が差し込まれれば、それはやがて全体を歪める。正義の名の下に、気づかぬ内に多くを切り捨てる道へと誘導されるだろう」

 

「詭弁だな」

 

即座に切り返す声が飛ぶ。

 

「それでは、どんな集団にも同じことが言える」

 

「そうだ。ゆえにこれは、学院同盟だけの問題ではない。だが、お前達は広く結びつき、強く影響を及ぼせる場にいる。利用する側から見れば、これほど都合の良い土台はない」

 

「だから、自分達が救ってやると?」

 

誰かが嘲るように言った。

 

「随分な物言いだな、新参」

 

その言葉に、講堂のあちこちで乾いた笑いが漏れる。しかし、アムルは感情を動かさない。

 

「救うなどと驕るつもりはない。俺達だけで全てを防げるとも思っていない」

 

淡々と、だが確かに響く声だった。

 

「だからこそ協力を求めている。お前達を見下しているのではない。お前達が知らぬところで踏みにじられぬよう、共に止めたいだけだ」

 

その言葉に、一瞬だけ講堂が静まる。

 

だが、それも長くは続かなかった。

 

「ならば、その共に止めるべき敵が実在すると示せ」

 

「示せぬなら、受け入れる理由はない」

 

「我々は空想の敵と戦うために集っているのではないぞ」

 

拒絶はなおも強い。

 

むしろ先程よりも、場の空気は厳しさを増していた。新参の学院が同盟の根幹に疑義を差し挟んだ以上、簡単に引き下がれる者もいないのだろう。

 

その時だった。

 

──ゴォン……ッ。

 

鈍く、腹の底へ響くような音が鳴った。

 

講堂の床が、僅かに揺れる。

 

「……っ……?」

 

誰かが息を呑む。

 

次の瞬間。

 

ズガァアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

パブロヘタラの深部より、凄まじい震動が巻き起こった。法廷会議室そのものが悲鳴を上げるように激しく軋み、席が大きく揺れ、天井から石片がぱらぱらと降り注ぐ。

 

「なっ……!?」

 

「地震か……!?」

 

生徒達の顔から余裕が吹き飛ぶ。

 

明らかに何かが、宮殿の深部からこちらへ向かって突き上げてきている振動だった。

 

「違う、下からだッ!」

 

六角形の教壇の中央、床石が一本、また一本とひび割れていく。 亀裂は蜘蛛の巣のように広がり、やがて眩い光がその隙間から漏れ出した。

 

「退けっ!!」

 

門番が叫ぶのと、床が爆ぜたのはほぼ同時だった。轟音と共に石畳が内側から粉砕される。

 

砕けた床片が宙へ舞い上がり、激しい衝撃波が講堂全体を薙いだ。生徒達が思わず腕で顔を庇い、悲鳴と怒号が四方から上がる。

 

その爆心の中からゆらり、と一つの影が立ち上がる。それは異様な威圧だった。

 

ただそこに現れただけで、講堂の空気が塗り替えられる。 重く、圧倒的で、まるで場が別領域へと変質したかのような錯覚を覚えるほどの存在感。

 

教壇の中央。

 

砕けた床の只中に、それは立っていた。

 

「やはり、ここにいたか」

 

低く響く声が、静まり返った講堂を支配する。

 

誰もその名を知らない。

 

だが、紅く燃えるアムルの双眸だけが、一切の迷いなく目の前のそれを射抜いていた。

 

「……正帝ドミエル」

 

無論、生徒達にその名の意味はわからない。

 

だが、先程まで新参の学院が語っていた正帝という言葉と、今まさに現れた異形の威圧とが最悪の形で結びついたことだけは理解できた。

 

「まさか、本当に……」

 

「では、こいつが……?」

 

困惑と戦慄が一気に広がる。

 

ドミエルは周囲の生徒達には一瞥すらくれず、ただ真っ直ぐにアムル達だけを見据えていた。

 

その視線には、明確な敵意がある。

 

「余計な口を利く前に、沈めておくべきだったか」

 

その言葉と共に、空気が爆ぜた。

 

ドミエルの姿が掻き消える。

 

否。あまりに速く踏み込んだがゆえに、視界から消えたように見えただけだ。次の瞬間、既に正帝は教壇の上からアムル達へと肉薄していた。

 

「……!!」

 

凄絶な破砕音。そして次の瞬間、正帝の一撃が容赦なくアムル達へと襲いかかった。

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