《銀海総合掲示板》 作:にわか太郎
パブロヘタラ宮殿。法廷会議室。
破砕音が法廷会議室の中心を食い破る。
砕け散った石床の只中。
幾重もの歯車が噛み合い、軋み合い、その全身を人の形へと無理やり組み上げたかのような異形が、ゆっくりと立ち上がる。
銀とも鉄ともつかぬ鈍い光沢。
頭部、胴、両腕、両脚。
その全てが歯車の連なりで構成されており、回転するたびに耳障りな金属音が鳴り響く。
ひとつの身体でありながら、無数の機構が独立し、駆動しているような不気味さがあった。
それは、秩序を体現した人型の歯車だ。
濃密な圧迫感。
ただ、存在しているだけで周囲の魔力の流れを押し潰し、空間そのものへ異常を生じさせるような圧倒的な魔力。円形席に座していた学院同盟の生徒達の顔色が、一斉に変わる。
「……な、何だ……あれは!?」
「ば、化け物……」
「正帝……まさか、あれが……?」
理解が追いつかない。
だが、先程までアムル達の言葉を疑っていた生徒達にとって、目の前の存在だけは否定しようがなかった。あまりにも異質で、あまりにも場違いで、そしてあまりにも強大かつ整然とした魔力。
ドミエルは周囲を見回しもせず、ただ教壇上の三人を視界に収める。そして、次の刹那──
「<
ドミエルが腕を薙いだ。
放たれたのは無数の赤き斬撃だ。
それが扇状に拡散し、教壇ごとアムル達のいる空間を断ち切らんと迫った。
だが、その瞬間──
「させない」
デュエルニーガの星の瞳が一際、鋭く煌めく。
彼女は一歩前へ出ると、掌に赤い魔力を集中させた。それは混沌そのものを収束させたかのような、荒れ狂う赤星の極光だ。
「<
混沌に満ちた赤き流星が尾を引きながら、一直線にドミエルへ殺到した。その混沌の流星は、飛来する<
そうして相反する魔力が衝突し、爆音が講堂を揺さぶった。赤い閃光が視界を埋め、爆ぜた混沌が断罪の刃を呑み込み、激しい衝撃波となって四方へ拡散する。教壇の周囲で席が弾け飛び、石造りの床に新たな亀裂が走る。 ただの余波ですら、生徒達にとっては致命となりうる威力だった。
そして、
「伏せろ」
夕闇の外套が
半透明の防壁が幾層にも重なり、荒れ狂う爆炎と飛散する石片、漏れ出した魔力の奔流を次々に受け止めているのだ。爆風が防壁に叩きつけられる
反魔法は余波に含まれた魔力の波を打ち消し、障壁は生徒達の席ごと守り抜いた。
「う、あ……っ」
「こ、こんなの……」
「無理だ……勝てるわけが……」
そうして生徒達の喉から漏れるのは、困惑ではなく恐怖。そう、たった一撃の応酬。
それだけで、彼らが今まで戦ってきたどの魔法戦とも比較にならぬ次元の違いが、痛いほどに理解できてしまう。腰を抜かしてその場から動けぬ者も現れ、階段席のあちこちで悲鳴が上がった。
その爆発の只中。
赤き流星の爆煙に紛れるように、アムルが静かに一歩、前へと踏み出していた。そして──
アムルは手を前に突き出し、魔法陣を描く。そこに現れたのは七重螺旋の黒き粒子を描く砲塔だ。
講堂がガタガタと揺れ、それは放たれる。
「──<
瞬間、終末の火が唸りを上げて炸裂した。
砲塔の先から迸ったのは黒き滅びの奔流。
放たれた終末の火が、軌道上の空間を歪ませながら正帝に猛然と襲いかかる。
「なっ……」
「こ、こんな威力の魔法が……!?」
その威容を見ただけで、何人かは完全に腰を抜かす。足に力が入らず、席にへたり込み、ただ震えることしかできない。
「おい!立てっ、急げっ!」
そこでカズマが叫ぶ。
彼は蒼白な顔をしながらも、迷うことなく生徒達の方へ走り、混乱する者達を先導し始めた。
「ここにいたら巻き込まれる!動ける奴からさっさと逃げるぞ、早くしろっ!」
その声に弾かれるようにして、生徒達もようやく動き出す。 互いに肩を貸し合い、転びかける者を支え、反魔法と障壁に守られた通路へと雪崩れるように撤退していった。
講堂に残るのは、三人と一体。
轟音の中、ドミエルは<
幾重もの歯車が回転を速め、身体の随所から赤い断層のような光が漏れる。その終末の火は歯車の身体を抉り、外殻の歯車を幾枚も削り飛ばしていたが、それでもなお、正帝は押し切られない。
そして、再び赤く染まった手が振り抜かれる。
「<
無数の赤い刃弾が終末の火を裂いた。
全てを灰燼に帰す滅びの力。それを正面から切り分け、進路を抉じ開けながら、正帝ドミエルは一気に教壇上へ踏み込んでくる。
だが、
「<
ズガンッ、という音とともに正帝の影が踏み抜かれた。瞬間、奴の全身を構成する歯車が軋む。
「……っ……」
僅かに、しかし確かに。
その胸奥へ奔った根源の震えが、異形の機体を内側から狂わせる。噛み合っていた歯車の一部が不整合を起こし、甲高い異音と共に回転を乱した。
学院同盟の生徒達には何が起きたのか理解できなかった。だが、あれほど圧倒的だった正帝が、一歩踏まれただけで明確に揺らいだことだけは見て取れた。正帝は初めて二律僭主をまともに見る。
「貴様……」
その刹那、ノアの眼前に黒七芒星が描かれる。そして、そこへ更なる魔法を重ねた。
「<
黒七芒星を纏った<
「<
夕闇に染まった掌が、深化した蒼き恒星を掴む。
次の瞬間、その威力が爆発的に増幅した。黒七芒星を潜り、<
「<
混沌に満ちた赤き流星が、先程よりも更に濃密な魔力を纏って顕現する。
アムルも、再び砲塔を構えた。
七重螺旋の黒き粒子が終末の火を灯す。講堂の残骸がビリビリと震え、その黒き灰燼の熱量だけで、周囲の空気が焼け爛れていった。
「<
──世界を滅ぼす終末の火。
──黒七芒星を纏った蒼き恒星。
──混沌に満ちた赤き流星。
三方向から三種の深層大魔法が、一斉に正帝ドミエルへ牙を剥く。その中で、ドミエルの歯車の身体がミシミシと軋んでいた。<
胸部を中心として歯車の隙間に赤黒い罅が走り、内部の回転機構に明らかな狂いが生じていた。
それでもなお、正帝は膝をつかない。
むしろ、その全身を構成する歯車が一斉に唸りを上げる。そして、その異音とも咆哮ともつかぬ機構音が講堂全体を震わせた。
ギ、ギ、ギ、ギ、ギギギギギィィイイイ!!!
砕けた床石、崩れた席、宙に舞う粉塵。
その全てが、正帝の周囲で引き寄せられるように震え始める。そんな時だった。
パブロヘタラの深部から突如、水銀の如き液体が三つの深層大魔法に向けて飛びかかる。そして、その周囲に纏わりつくかのように水銀が深層大魔法を覆い──ドミエルが、低く告げた。
「<