《銀海総合掲示板》   作:にわか太郎

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氾濫する影

 

「久しいナ、侵入者。キサマ達を待っていタ」

 

聞き覚えのある声が辺りに響いた。

 

それは整然とした声色で、どこまでも悠然とした態度を崩さない。銃口を向けてくる兵達の奥に、それはいた。それは主神、神魔射手オードゥス。

 

紛うことなき魔弾世界テルネスの主神である。

 

「なるほど。待っていた、か」

 

「これはこれは……」

 

腕を組み、己の優位を疑わずに立つオードゥス。

 

そんな奴に対する黄金も泰然と立ち尽くし、水銀は嘲笑にも似た笑みを浮かべて言葉を漏らす。

 

「……どういうことだよ?」

 

そんな様子を見て思わず、一護は呟いた。

 

「なに、簡単な話だよ」

 

それに対し、最初に答えたのはラインハルトである。そして、続くようにメルクリウスも答える。

 

「要するに、我々は誘われたのだよ。その理由は皆目見当もつかんし、全くもって興味もないがね。何より、復讐というわけではなさそうだ。そんな秩序から外れた思考に(かま)けていられるほど、そこにおられる主神殿も暇ではないだろうからね」

 

「……なん、だと……?」

 

一護は呆然と先にいるオードゥスを見やる。

 

「その通りダ。ワタシは無益な復讐を成すため、キサマ達をこの魔弾世界へ誘ったのではなイ」

 

「……では、いったい何故(なぜ)?」

 

パンドラは魔眼()を光らせ、主神を見る。

 

そしてオードゥスは宣言するかのように答えた。

 

「それはキサマ達が本来、この海にあるべきでない異物だからダ。銀水聖海の規律を乱し、あらゆる秩序に背かんとする不適合者の集団。転生者(・・・)

 

「……っ……!」

 

「この二千年、ワタシは手勢を用いて無神大陸を襲撃し、キサマ達の力と行動を分析してきタ。そして、この海に存在し得ない転生の秩序についてモ。ゆえにキサマ達のような不適合者(いぶんし)が生まれ続けては、秩序は不要な生命(いのち)で満たされ、やがて銀水聖海は緩やかに滅びていくことになル。それでは、この海の秩序を保つことなど到底叶わヌ。……しかし、ようやくキサマ達を排除するための戦力を創り出すことに成功したのダ」

 

大仰な物言いでオードゥスは続ける。

 

「何より、ワタシの言葉を聞いてキサマ達も些か以上に覚えがあったはズ。ワタシが放った言葉の意味、ワタシの正体についてもナ……」

 

「なるほど。では、既に成り代わっていた後だった(・・・・・・・・・・・・・・)ということかね?」

 

オードゥスは魔力を解放し、魔力場をかき乱す。

 

「その疑問は正しイ、水銀の蛇。ワタシの名は正帝ヴラド。銀水聖海に規律を敷キ、全ての悪を排除することで完全なる正義を実行する絡繰機構ダ。そして──」

 

瞬間、オードゥスの隣にある空間が歪む。

 

すると、罅割れるように何かが現れた。

 

それは無数の歯車の集合体であり、これまで戦ってきたどの絡繰神とも別次元の力を宿している。

 

「魔戦絡繰エルガンデ。この強大なる絡繰神と、魔弾世界(ワタシ)がキサマ達の敵として立ちはだかル。投降しろとは言わなイ。キサマ達に待ち受けているのは、ただ一つの滅びだけなのだかラ」

 

「エルガンデは、転生者を滅ぼします──」

 

「させるかよ──ッ!」

 

複数の魔力が弾け、同時に基地が鳴動した。

 

最初に動いたのは黒崎一護だ。彼は二刀の斬月を即座に抜き放ち、斬撃を重ねて十字状にする。

 

「──月牙十字衝ォォッ!!」

 

それは魔力(れいあつ)を斬撃に変換し、十字状にして放つという単純極まりない攻撃。しかし、喩えるための表現とは究極に近ければ陳腐になっていくもの。

 

一護の斬撃とて、その例に漏れない。

 

だからこそ、その攻撃力も絶大の一言に尽きる。

 

ドガアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!

 

火山要塞デネヴが揺れ、けたたましく震動する。だが、それを意にも介さぬとばかりに仕掛けてきたのは神魔射手オードゥス──否、正帝である。

 

彼は九つの尾銃を蠢動させ、転生者達へと照準を合わせる。そこから放たれたのは、魔弾世界の深層大魔法<魔深流矢波濤砲(ベレニツィア・ノイン)>だ。そして、その動きに合わせて魔戦絡繰エルガンデも動き始める。

 

「エルガンデは絡繰兵装を解放します」

 

そう口にすると、全身の歯車が回り始め、その身体からは銅色の魔力が立ち上っていく。そして、いつの間にか手には歯車の巨剣が握られていた。

 

正車輪剣(せいしゃりんけん)ベルテクスバロッゼオ」

 

突き出された剣の先に魔法陣が描かれる。

 

そして正車輪剣は分解されていき、それぞれの部位が転生者達を襲わんと四方八方に飛び散った。

 

「<正車輪弾雨断滅絶砲(バロッゼオ・アビス)>」

 

そうして車輪が転生者達の周囲をぐるりと取り囲み、徹底的なまでに周辺の逃げ場を塞いでいく。

 

そして──

 

「発射」

 

エルガンデの号令とともに、それは放たれた。

 

「はて、おかしいですね──」

 

そこで声が上がる。それはパンドラのものだ。

 

彼女は首を傾げ、放たれる車輪を避ける素振りも見せずに、撃ち放たれたそれに無抵抗で蹂躙されていく。車輪は足を砕いて、胴を裂き、骨を削り取り、臓腑を抉り出し、首を斬り落としていく。

 

そして根源すらも滅び尽くしたことを確認したエルガンデだが、ふと少女らしき声が聞こえた。

 

「『ここで貴方が魔法を撃ち放ったこと……それは何かの覚え違いではありませんか?』」

 

エルガンデは視線を鋭くし、前方を見る。

 

──瞬間、そこには魔女が立っていた。

 

まるで最初から何事もなかったかのように、どこまでも悠然とした態度で、その場に立っている。

 

そして魔法は初めから放たれてはおらず、握っていたはずの正車輪剣も消えている。つまり──

 

「事象を書き換えている、とエルガンデは理解しました」

 

事象改竄。

 

あらゆる事象を自分好みに書き換え、現実にすることが出来る権能。目の前の存在は、それを可能とする存在なのだろう。そう、絡繰は理解した。

 

しかし、エルガンデは整然とした声で言う。

 

「ですが、エルガンデは警告します。貴方の力、貴方が有する深さでは、深淵世界を攻め落とすために製造された魔戦絡繰には決して及びません」

 

「それはどうでしょうか?」

 

向けられる鋭い視線に、パンドラは全てを受け入れるかのような慈愛に満ちた眼差しで見つめる。

 

だが、そこで周囲に動きがあった。

 

「<魔弾爆裂青砲(ガルラ・ゼドム)>ッ、てーーっ!!!」

 

それは深淵総軍による総攻撃である。

 

巨大な魔法陣の大砲から魔弾が射出されていく。

 

彼らとて、このまま背景に紛れて終わるつもりはないのだろう。そうしてマスケット銃を手に取る兵士だが、何故か彼らの様子に違和感を覚える。

 

しかし、そんな疑問も銃声にかき消され──

 

「──させんよ」

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!

 

刹那、魔弾世界テルネスが激しく震撼した。

 

みしみしと要塞が嫌な音を響かせている。

 

顕れたのは黄金に輝く聖槍だ。それは既存秩序が耐えられぬと泣き叫ぶ声にも等しい轟音で、撃ち放たれた十発の<魔弾爆裂青砲(ガルラ・ゼドム)>を薙ぎ払った。

 

そして黄金は水銀へと目配せをする。

 

「カール」

 

「承知した、獣殿」

 

続けざまにメルクリウスが占星術を発動した。

 

そこで時間が、空間が、全てが激しく鳴動する。

 

「『Ab ovo usque ad mala.(始まりから終わりまで)』」

 

世界が歪む。全てが粒子と化していく。

 

「『Omnia fert aetas.(時はすべてを運び去る)』」

 

時間の秩序へと干渉し、因果律を崩壊させ、世界ごと過去の時間軸へ跳躍。同座標に存在する両界を修正力により、現在の世界と過去の世界を鬩ぎ合わせ、それに負けた過去の一点のみを滅ぼす。

 

素粒子間時間跳躍(エレメンタリーパーティクル)因果律崩壊(タイムパラドックス)>。

 

あまねく時の秩序(ほうそく)をさえ超越した占星術。

 

結果こそ過去の一点を滅ぼすのみに留めているものの、あまりにも凄まじい世界干渉だ。これほどまでに別世界の秩序へと干渉できる存在は、幾千幾万の転生者達の中でも恐らくは彼だけだろう。

 

それこそ魔王でさえ不可能やもしれぬ絶技。

 

メルクリウスは魔戦絡繰エルガンデに対し、エルガンデが製造された時間軸のみ崩壊させていく。

 

そして歯車が砂塵のように崩れていく刹那──

 

「……!」

 

ガゴンッという音が辺りに響いた。

 

「……やはり一筋縄では行かない、か。いやはや、理解していたつもりではあったのだが──」

 

メルクリウスは神眼()を細め、呟く。

 

それと同時、エルガンデは自身の歯車を回し、崩壊していく時間軸を無理やり食い止めたのだ。そして更に歯車を回転させ、その身体も修復する。

 

「無駄です。深淵世界を攻め落とすために製造された魔戦絡繰に、そのような概念的な搦め手は通用しません」

 

「やれやれ、我が身の不徳を恥じるばかりだよ」

 

「言ってる場合かッ──!」

 

二人の横から一護が飛び出てきた。

 

そして、遅れてユーハバッハも飛び込んでくる。

 

「<苦悶の環(クヴァール・クライス)>」

 

エルガンデを取り囲むように光の柱が複数現れ、そこから<神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)>が出現する。そして、それがエルガンデの深奥にある根源へと飛翔した。

 

「無駄だと、何度言えば──」

 

「見えているぞ、魔戦絡繰エルガンデ」

 

瞬間、ユーハバッハが真後ろに出現する。

 

そうして絡繰は振り向きざまに正車輪剣を創り、それをユーハバッハへと叩き込もうとするが──

 

「……っ……!」

 

「どうした、剣を握る手が震えているぞ。そんな剣捌きでは、目の前の蟻一匹まともに(ほふ)れまい」

 

「……何を」

 

あり得ない。エルガンデは驚愕に目を見開く。

 

何故なら剣が確実に命中するよう、エルガンデは運命を操作した。しかし、現実は違う。その剣は敵を捉えることさえできておらず、ただ震えた手で滅却師(クインシー)の王の真横を大振りに薙いだだけ。

 

そんな疑問にユーハバッハは鷹揚に答えた。

 

「何をしたのか、か。極めて単純な話だ。お前は運命を操り、我が身に剣が当たるという未来を絶対の運命として現実のものとした。しかし、その未来(うんめい)は選ばれなかった。……何故なら、その未来は我が力によって書き換えられ、既に当たらぬものとして改変されていたからに他ならない」

 

「…………」

 

聖文字(シュリフト)はA──<全知全能(ジ・オールマイティ)>。その力は言わずとも、お前の神眼()には正しく映っているはずだ」

 

エルガンデは呟くように言葉を発する。

 

「未来の改変、ですか」

 

「その通りだ」

 

ユーハバッハは頷くが、エルガンデは更に目線を鋭くし、滅却師(クインシー)の王が発した言葉を否定する。

 

「……エルガンデは否定します。そもそも貴方の格と深さでは、私に対して力を及ぼすことなど到底不可能なはず。カラクリを見せなさい」

 

「ならば、その身に我が名と力を刻んでやろう」

 

そしてユーハバッハから影が氾濫し、火山要塞デネヴの一角を覆う。それは<影の領域(シャッテン・べライヒ)>だ。

 

「……さあ、来るがいい。我が名はユーハバッハ、お前達の全てを奪う者だ」




陛下、カッコいいよね……
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