最近、便利屋が熱い。
便利屋自体が熱を持っているわけじゃないが、便利屋が熱い。
便利屋に依頼が殺到する、それも前年比2倍だ、業界全体でだ。
俺はその情報を知り合いから仕入れ、便利屋を始めることにした、この空前の便利屋ブーム、理由が分からないが流行とはそう言うものだろう、これに乗らない手はない。
俺は体力だけは自信があった、中高を運動部で過ごし、大学には行かなかったが建設業で体力を付けてきた、それと水周りの設備の知識、虫の駆除方法、掃除のやり方、犬の手懐け方まで一通り勉強している、しっかり便利屋を名乗れると自負している。
なんでも出来てこその便利屋ですから、当然なんでも断らずに依頼を受けたいものだ。
その自負を、本物にするため事務所を構えた。
事務所とは名ばかりの掃除用具やなんやかんやを仕舞う倉庫と直接依頼を受けるための応接室があるだけの簡素なものだが、それでも自分の、自分だけの城と言う意味では感慨深いものが込み上げてくる。
事務所含め一式揃えるために貯金がほとんど無くなった、まさに不退転の決意で背水の陣、島津の退き口かくや……ううん、玉砕したくはないがそれだけ攻めたわけだ、気合も入るというもの。
今日は事務所での初めての営業日、初日から依頼が舞い込んでくるとは思わないが、ご近所さんや周囲の個人営業の店舗には宣伝している、好意でチラシを置いてくれるお店もあった。
あとは、待つばかり。
偉そうな革の背もたれ付き椅子に深く腰を下ろして、受話器を睨見つける。
──ぷるっ
ワンコールで受話器を取り素早く自己紹介をする。
「もしもし、こちら便利屋サトウです、本日はどのようなご依頼ですか?」
返ってきたのは、沈黙。
「……」
沈黙は数秒から数十秒にわたり、時間が止まったかのような錯覚さえ覚えた、俺は本当に電話をしているのかと、自分自身に疑いを向け始めた頃に、電話の向こうからやっと声が聞こえた。
「あの……綺麗に……なりたいんです……」
「あぁ……え?」
耳を疑った、細い声と言われたのだから、耳どころか受話器も疑った、しかし、もう一度お願いしますと問い直す勇気は無かった、恐らくだが美容整形のクリニックと間違えているんじゃないだろうか。
このまま無言で相手の出方を見よう、そう思って少し待った、電話をしながら無言でいるのは変な話だが。
「あの……1億円……とかで……どうですか?」
電話の向こうにいる人は、やはりか細い声で話す、か細いながらも女性の声の特徴があった、変声期前の子供と比べ少し低いかそれくらいの感じがある。
ウチは美容整形ではなく便利屋、便利屋として相談に乗る、そうう事なら俺にも出来るはず、もう既に報酬の話をしだした電話の向こうの依頼主に向けて俺から話をする。
「申し訳ないんですが、整形の依頼は受けておりません、美容整形のクリニックではなく便利屋ですから。便利屋として相談に乗ることは可能ですよ」
「あっ……」
反応は驚きだった、驚かれても困るのだが、驚いたということは便利屋は整形もこなせると思っていたのか? 生憎整形できるのはコンクリートと刺身くらいだ。
「あ……あの……さっきのこと……」
「いえ、お気になさらず」
「ありがとうございます……あの……変な話をしてすいません……」
「いえいえ、これも何かのご縁ですから、この件で便利屋としての範囲でなにかお力になれますか?」
さて、反応はどうだろうか。
「それなら相談したい事が……あります、その……電話では話しにくいので……私の家まで、来て下さい、お願いします」
「はい、ご住所はどちらですか?」
「東地区の__」
「はい、ありがとうございます、そうですね……十分後にはお伺い出来ると思います」
「あの……待ってます……」
「分かりました……それではまた後ほど」
__プツッ
ふう、一時はどうなるかと思ったが、普通に依頼を受けてしまった、これが初仕事で良いのだろうか、良いんだろうな、便利屋だから選ぶことはないだろう、なんなら普通美容整形に誘導する所をこっちに引っ張ったわけだからな、美容関係はそれほど経験が無いが……“姉さん”に後で聞こう。
事務所から出て、営業車に工具や掃除用具を載せていることを確認して、運転席へ乗り込んだら、ナビに先ほど控えた住所を打ち込み、発進。
運転すること十分、予定通りの到着だ。
「到着したは良いけど……お化け屋敷か……?」
住所通りに辿り着いた筈だが、目の前にあるのはツタが屋根まで覆う一軒家、どうみても人が住んでいる形跡が見当たらないが、こういう家が良いと言う変わり者の線もある、ひとまず玄関にあたる場所まで草を踏み締めながらノックをしてみる。
__ガチャ。
扉の鍵が開く音がした、人は居るんだろう。
「あの……中へどうぞ……」
扉の向こうからは電話口で聞いた声と同じ声が聞こえてくる、良かった依頼主の家で間違いないようで。
俺はドアノブに手を掛け、回し、押して入る、家の中は……意外なほど真新しく、外見ほど汚れては居ない。
「あれ……扉の前から声がしたのに、誰も居ない……」
やっぱり幽霊か? 出迎えてくれてもいいだろうに……、と、玄関から奥に続く廊下の曲がり角に手が見えた、手招きしていて、こちらに来いという意思表示だろう。
「シャイなのかな……」
つぶやきは聞こえないように、ぼそっと、吐く息と一緒に外へ出した。
手招きする方に廊下を歩いていく、やはり汚れがない、逆に今度は生活感がなくなってきた。
廊下の曲がり角にたどり着くと、手招きしていた手は襖の間から今度は生えていた。
和室、あったんだ。
襖に手を掛け、横に引くと……
「お待ち……してました……」
そこに居たのは口の両端が大きく裂け、赤いコートを着込んだ女性。
「え? 口裂け……女?」
都市伝説の怪異が、そこに正座している。
「はい……口裂け女……です」
驚いた、驚いた……都市伝説の怪異……本当に居たなんて、いやでも、なんで電話を、それも“綺麗になりたい”なんて……
「私……口裂け女ですけど……あの、怖く……ないですか?」
「あの……そんなに怖くなくて……」
そう、そんなに怖くない、綺麗な女性だ、耳のしたまで口が裂けているだけで、それだけ見ればむしろケガをしている人のようにも見える……怖いという感情が、都市伝説ほど湧いてこなかった。
「ぽ……」
ぽ……?
「やっぱり、良い人……ですね」
「あ、えぇ……ありがとうございます?」
なんで褒められた? 口裂け女さんは何がしたいんだろうか……依頼は一応あるのだろうが……
「そうだ…………一応、口裂け女なんで……聞きますね、私、綺麗?」
なんか、今更感。義務的にやる質問だったのかな、それ。
「あの、お綺麗ですけど……口裂けとはおっしゃいますが、貴方は一般的に美人と言われる顔立ちです」
「ぽ……」
ぽ……? もしかして、八尺様兼任?
「決めました」
何を決めたのか分からないが、何かが決まった口裂け女さんだ。
決意の籠もった目線で俺を射抜く。
「お付き合い……申し込んでもよろしいですか……?」
お付き合い……お付き合い? お付き合いって、お付き合い? 俺の知っているお付き合いは接待と恋愛の二通りしか無いが、接待ではないのかな? まさか恋愛感情を怪異さんに会った初日に持たれるなんてこと無いだろうし。
「同伴……とか……ぽ……」
頬を染めてらっしゃる、既に俺と脳内で同伴してらっしゃる、何処に同伴してるんだろう、まさか家じゃないよな、いやまさか。
「お背中……流したり……ぽぽ……」
同居してる……脳内で同居までレベルアップしてる……俺の甲斐性そんなに良かったかな、口裂け女さんが惚れ込むくらい甲斐性見せた事あったかな。
「あの、口裂け女さん……?」
「末永く……お側にいたり……ぽぽぽ……」
もうそれは八尺様ではないだろうか、頬を染めてらっしゃるがもう八尺様ではないだろうか?
断る、受け入れる、保留、俺の取る選択肢は三つ、逃げるは選択肢に入らない、口裂け女は足が速いと評判だから。
受け入れても、良いんじゃないだろうか……断っても保留にしても、この口裂け女さんとは縁が切れるような気がしない、不思議な話だが、二度と会わない人ではない、そう思える。
それに、受け入れれば……メリットは多いのだろう、それが口裂け女さんが望むものとズレていたとしても。
「あの、口裂け女さん……俺の所、来るってことでイイんですか?」
「あ、是非……あぁ、頬が熱くなります…………」
……ひとまず、従業員から始めようかな。
便利屋、初めての仕事で都市伝説の怪異“口裂け女”と出会い、見初められ、同居することに。
後日、便利屋の市場価値がまた上がっていた、便利屋が熱いって、まさか都市伝説の怪異が便利屋を利用しているからだった?
便利屋は何でもするが、利用者もなんでもありだったか。