スキル【10匹の熊】 作:switch2当選しました
01/ 一匹目の怪獣、朝倉アサヒ:スキル名【転生】
暦は三月に入ったばかりで、卒業と入学で忙しない季節だった。
駅のホームのベンチに座り込む中学生、朝倉アサヒもまた、卒業を控えた身だ。
入学の予定は先程消えてなくなった。
高校受験に失敗したのだ。
ここは国立冒険者学校の最寄り駅。
駅名もそのまま「冒険者学校前駅」だ。
朝十時から学校の掲示板で合格者発表があり、保護者連れの中学三年生たちで賑わっていたのも随分前の話だ。
気づけば人波はまばらで、次の電車を待つ数人が視界に入る程度になっていた。
正午を過ぎ、更に二時間、三時間と経って、駅の時計は十五時を指している。
アサヒはホームのベンチから立てなかった。
一人一つ、特別な【スキル】を持って生まれてくる。
この世界の基本的なルールだ。
目に見えて判る才能として、人々はそれぞれ社会の中で活かしている。
とりわけ戦闘に向いた才能は、人を冒険者にして、ダンジョンに向かわせた。
面接時に試験官に言われたセリフを思い出す。
「君のスキルには伸びしろがない、か……」
この世に生まれた瞬間から、アサヒは神童だった。
赤ん坊の姿にして、成人並みの思考能力、成人並みの身体能力。
あたかも大人同士が会話するかのように、親と新生児が会話をする。
スキルが全ての評価に影響する社会において、誰もがアサヒの将来を嘱望した。
幼稚園でも、小学校でも絶賛され続けていた。
中学校に入った頃、周りの大人の一部が疑念を抱き始めた。
そして高校に上がれなかった。
十五歳になったアサヒの能力は、赤ん坊の頃と一切変わっていなかった。
02/ 二匹目の怪獣、一色イロハ:スキル【カンテラ】
「ギルドに入りませんか?」
ベンチに深く沈み込み俯くアサヒの前に、いつからか少女が立っていた。
「私の祖父がかつて主宰した『10匹の熊』というギルド。
これを復活させようと思っています」
「復活ってことは、今はない?」
「はい。祖父の死と同時に解散しています」
知らないギルドだ。
二つ前の世代でしかも解散済みならばとも思うが、それでも著名なギルドなら耳に覚えくらいある筈だ。
「ギルドランクは?」
「Cランクでした」
さもありなん。
アサヒに限らず、ギルドメンバーと近しい人物がようやく知っているくらいの無名ギルドだろう。
なぜそんな無名のギルドの復活を目指すのか。
なぜ自分に声をかけているのか。
今までのアサヒなら気にもとめない疑問だったろう。
さほど美味い話にも聞こえない、響かない提案だ。
だが今のアサヒにとっては。
この家に帰る気力も、家族に合わせる顔も無いアサヒにとっては、時間を食い潰すための有意な提案だった。
「詳しく話してくれよ。
⋯⋯まず何故俺を誘う?」
我が意を得たりとばかりにイロハは頷いた。
「『神童』朝倉アサヒさんですよね。私たちの世代で最も期待されている人」
「……今一番触れられたくない話なんだけど?」
アサヒは思わずイロハを睨めつけたが、どこ吹く風とイロハは続けた。
「知っています。この度は本当に残念でした」
「知っていてそれはちょっとノンデリが過ぎないか?」
「そうですね、すみません。
私も予定が崩れて慌てていたのかも」
イロハはアサヒの隣のベンチに腰掛けた。
「元々は冒険者学校で話しかけるつもりでした。
同じクラスにはなれないと考えていましたが、同じ学校であればきっかけがあるのでは、と」
「だけどその様子なら知っているんだろう」
「ええ……はい。SNSで見かけただけで、確証はなかったんですけど。
あの朝倉アサヒが落ちたと」
友人か、同じ中学校か、あるいは同じ地域に住む人間でさえアサヒの顔を知っているだろう。
受験番号を知らずとも、掲示板の前で立ち竦むアサヒの顔を一目見た者なら察せたはずだ。
その中にその情報を発信した者の一人や二人いるに違いなかった。
それほど有名人で、それほど期待されていたのだ。
「元々は推薦で入る方だと思っていたので、合格発表の日にお会いしようとは思っていませんでした。
自分の受験で精一杯だったこともありますし」
そう言ってイロハはアサヒの顔を覗き込んだ。
「ですが『落ちた』という事を知ったとき、もしかしたら発表の場の近くで会えるかもしれない……。
まだ居るかもしれないと考えて、ここに戻ってきたのです」
目論見は正解だ。けれど当ては外れている。
「確かに会えてはいるけれど、残念だな。
当の俺は一般入試で不合格になる程度のやつなんだよ。
神童なんて言われていても、十五歳で馬脚が見えた」
アサヒが神童と呼ばれていた理由として、大きすぎる先駆者の存在があった。
03/ 十匹目の怪獣、ジュリエット・ジャガー:スキル名【10倍】
世界最強のスキルホルダーにして冒険者、ジュリエット・ジャガー。
大航海時代より以前から世界最強として君臨する彼女のスキルは【10倍】。
思考能力、身体能力、そのたありとあらゆる能力を十倍とするスキルの持ち主だ。
寿命でさえもそのスキルの範疇で、彼女は五世紀以上前から、当代最強として、そして歴代最強として今に至るまで君臨し続けている。
「生まれたての頃、ジュリエット・ジャガーと同じ結果を出した。
本当にただそれだけだったんだ。
今なら解るよ、一歳の頃には取り返しのつかない差がついていた」
赤ん坊の腕力が十倍になることと、赤ん坊の時点で成人男性と同等の腕力を持つことは、似ている様で全く異なる。
ジュリエットは成長とともに十倍の係数が反映され続けた。
アサヒは成人男性の身体能力を変わらず持ち続けた。
今になってようやく気付いたのだ。
大衆が神童と持て囃してくるそれにはタイムリミットがあった。
アサヒが特別に持っていた物は、人々が二十歳になる頃には当然に備え持つ程度の物だった。
できるだけ早く気づかねばならなかった。
「あんたがこんな遅い時間にこの駅に来たのは正解だ」
アサヒは一度唇を噛み締めた。
「父さんは『寿司を買って帰る』と言ってた。
母さんは『ケーキを作っているね』と言ってた。
どっちも大好きだったんだ」
しかし学校側にはアサヒのスキルの底が見極められていた。
成人同等の能力を持つということは、誰しもが加齢と共に持ちうる能力ということだ。
先の【10倍】スキルの完全下位互換だとしても、例えば【1.1倍】のようなスキルの持ち主が成人したとき、アサヒは全ての能力でそのスキルに敗北するだろう。
「ガキのうちに何かやっておけば良かったんだ。
それだけで両親の一生の自慢になるような……」
イロハが口を挟まずにいることが僅かに救いだった。
「タイムリミットがこんなに近いなんて、まるで解っていなかった」