翌日日曜、朝。
俺は私服に着替えて、来客を待っていた。
数分前、携帯にメールが届いた。
「これから向かう。櫛田さんも一緒」という平田の短いメッセージ。
文面に乱れはなかったが、その短さが彼の焦りを物語っていた。。
「九条君!」
「来たか、二人とも」
数分後、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、私服姿の平田と櫛田がいた。
「立ち話もなんだ、入ってくれ。
椅子はひとつしかないが、ベッドでも壁でも好きに使ってくれ」
「お邪魔しまーす!」
「ありがとう」
二人を中に招き入れる。
部屋に入ったのを確認して、ドアに鍵をかける。
セキュリティ以上に、今は情報の確認と漏洩防止が第一だ。
「それで、九条君。まずは聞かせてくれ。
『過去問が手に入った』というのは、本当なのかい?」
「ああ、これだ。確認してくれ」
そういって、俺は封筒を渡す。
昨夜、堀北会長名義で部屋の郵便受けに投函されていた封筒だ。
二人は封筒を開け、中身に目を通す。
「……確かに。毎年同じ内容だね」
「でも、範囲が全然違うよ?」
五教科4年分。
流し読みを終えた二人が、そうつぶやいた。
念のため、と並べてあった出題範囲まとめと内容を、交互に比べている。
「……まずは、聞かせてほしい。『どう思う』?」
二人が落ち着いたところで、そう問いかける。
自分の中では仮説ができている。
あとは、二人がどう思うか、だ。
「……これは、意図的なものだと思う。」
「私も。毎年同じ内容なんて、いくら何でも不自然だよ」
「ああ、俺もそう思った」
偶然ではなく、確信的に同じ問題を出している。
その一方で、明らかに違う範囲は何だ?
「でも……仮にこの過去問が『本物』だとしたら、問題はもう一つあるよね?」
そう口を開いたのは、平田だった。
「もし、本当にこれと同じ問題が出るとしたら……
僕たちが今やってる勉強は、今やっている勉強は、まるごと空振りってことになる」
そう。
テスト直前まで全く違う範囲を勉強していたのであれば、何時間勉強しようが結果なんて出ない。
山登りの準備をしていたのに、実際はダイビングをする羽目になるようなものだ。
一方で、比較的たどり着きやすい『過去問』という手段。
真面目に勉強するのが当たり前、という生徒なら、復習用の教材替わりで過去問を先生に要求することは、珍しくないはず。
「出題範囲を信じて勉強している生徒は、結果を出せない。
一方で、過去問を持つ生徒は、本当の出題範囲どころか、『正解』まで手に入る。。
……これは、試験の公平性を根本から壊す行為だ」
仮に、この試験範囲の間違いが意図的であるなら。
『普段から過去問の使用による復習が日常的である、勉学に真面目な生徒』のみを選別するふるいになる。
「意図的に“ズレ”を作って、そこに罠を仕掛けた……ってこと?」
「この後試験までに修正される可能性、というのもある」
「えっ?」
「まだ断定はできないけど、過去問のほうを真実とするなら、どこかで『帳尻合わせ』をする必要がある。
例えば、『試験の出題範囲が変更になった』って感じで。
これなら、公平性を保ったまま、過去問の入手をした生徒がより有利になる
問題は、それが『仕掛け』なのか、『ただの不備』なのか……ってことだ」
「つまり、“罠”か“事故”か……
ってことだよね?」
櫛田がぽつりとつぶやいた。
――問題は、これが意図的か、否か。
『意図的に違う範囲を公開した』のか、『間違った範囲を公開してしまった』のか。
とくに前者である場合、最も被害を受けるのは勉強が苦手、あるいはあまり勉強をしない生徒。
それでも、『退学』という縄が首にかかってる以上、危機感を覚えて必死になるやつもいる。
しかしその努力は、『間違った範囲の勉強』という形で無駄になり、最終的に退学になる。
真面目に勉強をしようが、怠けていようが関係ない。
『本番で点数をとれるか』という実力主義の結果主義。
……あまりに歪んだやり方に、二人から見えない位置で拳を握りしめていた。
このズレが“事故”なら、誰かが単にミスをしたというだけの話だ。
だが“罠”なら、その裏には意思がある。
つまり、この学園のどこかに、生徒の“選別”を望む存在がいるということになる。
「……とにかく、いつまでも考え事で終わらせるわけにはいかない」
感情を抑え、あくまで冷静に話を進める。
必要なのは、これからどう動くか、だ。
例え罠だとしても、それに気づいた今、動かなければ意味がない。
みすみすどこかの誰かに、自分の命綱を渡すような真似はしない。
「まずは、事実を確認しよう。出題範囲が、他クラスでも同じだったのか。それとも、僕たちDクラスだけが違っていたのか」
平田が今後の方針の第一歩目を提案する。
「……そうだね。もし、私たちだけが違っていたなら、もう偶然なんかじゃないもん」
「ああ。月曜になったら、誰かが職員室に行って、出題範囲について『もう一度』確認する必要がある」
目下最優先事項は、『範囲変更の可能性』の確定。
確実にやるなら、職員室に聞きに行くのが一番いい。
問題は、『誰が行くか』。
少なくとも俺が言ったら、必要以上に警戒される可能性は捨てきれない。
下手をしたら、本当に試験範囲が例年と狂う可能性まで出てくる。
「それなら、私が行こうか?」
櫛田が、自然な笑顔を浮かべて言った。
「私なら、自然に聞けると思うよ。
『中学時代に、先生が試験範囲を間違えて伝えちゃったことがある』って言えば、そこまで怪しまれないんじゃないかな?」
「助かる。頼んだ」
「僕は、これからノートとかを準備してくるよ。午後にもう一度集まって、九条君の問題集を修正しないか?九条君はこれまで大きく動いてくれた。今度は僕たちがやるよ」
少しずつだが、歯車が動き始めている。
俺たち三人は、まだ“チーム”じゃない。
だが、それでも今は――前に進める気がしていた。
余談ですが、物語の裏(九条の関与、影響がない部分)は原作、およびアニメ準拠です。
つまり、堀北サイドの勉強会は失敗しています。(ただし、問題集のおかげで原作ほどっ崩壊していない可能性はある)