ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「人間が獲得できる最高の行いは、理解することを学ぶことである。なぜなら、理解することは自由になることであるから」  ──スピノザ(意訳)


人間が獲得できる最高の行いは、理解することを学ぶことである。なぜなら、理解することは自由になることであるから

その日の放課後。

俺は差し入れのタオルやドリンクを準備して、バスケ部の練習場所に向かった。

 

時刻は19時前。

ほとんどの生徒はすでに下校し、校舎は静まり返っている。

だが、その中で一人、須藤は汗を流しながら黙々と練習を続けていた。

 

その動作一つ一つから、バスケへの情熱や強い意識が見て取れる。

一見、無駄にも見える反復練習の積み重ね。

だが、それは須藤が本気で夢を見ている証拠だった。

 

 

――だからこそ、今話さなければならない。

 

 

「お疲れ様。随分と熱が入ってるな」

「……あ?お前……」

「同じクラスの九条だ。覚えてなくても無理はない」

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、堀北にでも頼まれたのか?」

 

須藤は差し入れを渡すと一瞬戸惑ったが、すぐに不信感むき出しで聞いてきた。

 

「いや、話は聞いてるけど関係ない。

最終的にどうするかは、おまえが決めることだからな」

 

俺の言葉に、須藤はじっとこちらを見据える。

その視線には、わずかに警戒と戸惑いが混ざっていた。

 

 

「……あいつ、堀北はよ。俺の夢まで馬鹿にしたんだよ。そんなくだらない夢捨てろって。

勉強なんて、将来何の役にも立たないのによ」

 

そう言って、須藤はスポーツドリンクに口をつけた。

その声には、怒りというよりも、諦めと苦さがにじんでいた。

 

――『勉強なんて将来役に立たない』。

多くの学生が、多かれ少なかれ思うことだ。

だが、彼にとってそれは、夢を踏みにじられた象徴でもあるのだろう。

 

「勉強の有用性……はともかく、役に立つかもしれないものはあるぞ」

「は? 勉強とバスケに何の関係があんだよ?」

 

少しだけ須藤の口調が強くなる。

『否定された』と少なからず思ったのかもしれない。

 

 

「俺はバスケのルールとか、詳しいことは正直よく知らない。

でも例えば――おまえが将来、海外の強豪校に行きたいって思ったら、英語が必要になるんじゃないか?」

「……」

 

須藤は何も言わず、わずかに視線を落とした。

そこにあったのは反発ではなく、考えるための“沈黙”だった。

 

「役に立つか立たないかじゃない。

でも、選択肢や手段を増やす、ってことにはつながるはずだ」

 

少し風が吹き抜けて、体育館の扉がわずかに揺れた。

汗ばむ空気に混ざって、練習後の熱がまだ残っている。

 

「さっきの練習、見てたよ。

一人で遅くまで必死になって練習して……その努力はすごいと思う。

誰に強制されたわけでもなく、自分の夢のために動いてる。それって、簡単なことじゃない」

「お、おう……」

 

須藤が少し照れたように目を逸らした。

素直に褒められることに、慣れていないのかもしれない。

 

 

「だからこそ、お前は『チームプレイの大切さ』みたいなものをわかってると思う。

勉強の意味や価値がどうこうじゃなくて、『チームプレイの練習』って感覚でやってみたらどうだ?」

 

「チームプレイの、練習……」

 

その言葉を、須藤は小さく反芻するように繰り返した。

勉強の大切さや社会人生活がどうこうといった理屈は関係ない。

大切なのは、『何かのために行動する』という行為そのものだからだ。

それが勉強であれ、部活であれ、そこに上下関係は存在しない。

 

一方で、今回のように退学などが関連している場合は特殊だ。

最終的な決断は本人ではあるが、『今優先するのは何か』ということを考えてもらわなければならない。

 

「ただ、堀北が直接話しにくるまでは、おまえの判断でいいと思う。

今回の件で、先に謝るべきなのは堀北の方だからな。

でも……向こうが頭を下げたら、おまえもちゃんと謝ってやってくれ」

「……………」

 

須藤は何も言わなかった。けれど、その目からは最初のようなトゲが消えつつあった。

 

「おまえにとっての『バスケ』が、堀北の『Aクラス』だからさ。

だから、お互いに譲れない部分があるのは当然だろ?」

「……………」

 

須藤は、何も言わなかった。

少なからず、言葉は届いていると信じたい。

 

「そろそろ俺も帰るよ。じゃあな、また明日」

 

俺は須藤に背を向けて、寮に帰る。

あとは、須藤たち次第だ。

 

 

 

 

 

須藤との話から数日後。

 

「ねえ平田君、この内容なんだけど……」

「九条くーん。こっち、見てもらっていいかな?」

 

図書室の勉強会には、思った以上に静かで落ち着いた空気が流れていた。

 

テストまで2週間弱。少し余裕があるとはいえ、集まった生徒たちは真剣な表情で問題と向き合っていた。

 

「改訂版」の問題集は、日曜の午後から平田・櫛田・そして俺の三人で協力して作り直したものだ。

だが、今この場に櫛田の姿はない。

彼女は、池や山内の説得に回っている最中だった。

 

正直、人数は多くない。だが、学ぶ空気はむしろ良くなってきている。

平田は一人ひとりに声をかけながら、時折こちらを見てうなずいてくる。

 

この空気を作れるのは、やはり平田の「信頼」あってこそだと思う。

 

 

「この部分、注目してくれ。ここは言い換えると――」

 

問題集の解説と添削は、俺の担当だ。

櫛田の依頼もあって優先させたのは数学と英語。

それぞれ数学・理科は平田が。国語、社会は櫛田が中心に作成してもらった。

俺は英語と、全体の解説作成を担当している。

 

内容の根幹理念は変わっていない。

単なる知識の詰め込みではなく、「どう考えれば答えにたどり着けるか」の重視。

万が一に備え、少しだけ以前の範囲も混ぜてある。

 

『知識を持っていること』と、『それを言語化して他人に伝えること』は、まったく別の力だ。

こうして問題集の作成、解説をしていること自体が、自分にとっての勉強になっているのかもしれない。

 

平田の論理性、櫛田の情報処理、そして俺の論法と解説。

 

バランスがうまくかみ合ったことで、一つの形になってくれた。

二人には感謝だな。

 

 

「ん?……櫛田からか」

 

携帯が、わずかに振動した。

ポケットから取り出すと、櫛田からのメール通知。

 

『山内くんと池くんの説得、成功したよ!

 あと、綾小路君から連絡があって、須藤君と堀北さん、仲直りしたって!

 明日の放課後、勉強会を再開します』

 

その一文を見て、俺は小さく息を吐いた。

特に須藤たちの和解はありがたいことだ。

平田に目で合図し、画面に「了解。俺も参加したいんだが、いいか?」とだけ打ち込む。

 

「九条君。誰からだい?」

「櫛田からだ。……須藤たち三人とも、堀北たちの勉強会に参加するって。俺も参加していいか聞いてるところだ」

「よかった!これで、だいぶ揃ってきたね」

 

いよいよ、堀北たちの勉強会が再開する。

残された時間は、あと二週間弱だ。

 

 

 

 

翌日。

堀北たちの勉強会への参加を取り付けた俺は、図書室で三人の勉強を手伝っていた。

 

「この公式、前にやったやつだな!」

「うっし、ちょっと思い出してきた!」

 

池と山内の勉強意欲は思った以上に高まっている。

 

二人には櫛田がメインでついている。

 

「ほんと、櫛田ちゃんの問題集のおかげだよなぁ!」

 

池が歓喜の声を上げた。

『池と山内の意欲を上げるため、問題集の修正は櫛田の発案』――そういう建前だが、どうやら実際にも効果はあるようだ。

 

「あ、え~と、九条?これなんだけど……」

「見せてくれ。……。ここだ。ここの計算で間違えてるな。ここ間違えると一気に狂うから、いったんここで確認してみろ」

「お、おう……」

 

池は、櫛田とのマンツーマン(定期的に俺と交代)で勉強している。

山内はたまに恨めしそうに見ているが、つい先ほどは逆だった。

 

そして須藤は……

 

「いい、須藤君?文法一つで意味が変わってくる。まずは該当箇所を探して、どうなるか考えなさい」

 

「おう、え~っと?ここの意味がかわってくるから……」

 

須藤は堀北とマンツーマン状態だ。

お互いまだぎこちないながらも、少しずつ距離を詰めていっている。

この調子なら、定期テストも何とかなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「なあ、九条。ここの文なんだが、教えてくれないか?」

 

突然、綾小路が話しかけてきた。

特に今まで問題で詰まったようでもなく、もくもくと自習していただけだが、それが突然。

 

「見せてくれ……」

 

綾小路がノートを差し出してくる。

そのページには、ただ一行だけ――英文が記されていた。

 

 

ノートの中身を確認してから、もう一度綾小路を見る。

 

 

 

――観察されている。

 

 

 

どういう思考で、どういう言葉を返すか。

それを、綾小路は冷静に測っていた。

 

俺はペンを取り、綾小路のノートに静かに書き添える。

 

「……ああ、ここはこの一文に注目してくれ」

 

ノートを返す。

綾小路は中身を確認すると、何も言わず、静かにうなずいた。

まるで何かに納得したかのように。

そしてそのまま席へと戻っていった。

 

言葉は交わさずとも――たしかに、何かが通じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――What's your outlook?』

"――今後の見通しは?――"

 

 

『――I've given all I can. It's not enough.』

"――手立ては尽くした。でも、まだ足りない――"




個人考察をしてみました。
一巻(中間テスト編)はDクラスの見せ場。
世界観の説明やキャラクター紹介が中心のもの。

と解釈しています。
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