あの中間テストから、ひと月。
「では、今月のクラスポイントを発表する」
6月の末、もうすぐ7月になるという今日のHRは、誰もが真剣な表情をしていた。
中間試験を終えた現在、クラスポイントの増加があるかもしれない。
その一点だけが、このクラスを支えていた。
「これが、今月のクラスポイントの結果だ。
ポイントは来週振り込まれる。……よくやった、とは言っておこう」
Dクラスは――95CP。
池の叫びを起点に、一斉にクラスが沸き立った。
今まで0PPの貧乏生活から一歩踏み出せたのだから、当然だ。
誰もが、久しぶりの収入に思い思いの言葉を口にしかけて、すぐに止まった。
『私語による減点』。
それは、クラスに秩序を与えたが、感情を奪ったようにも思えた。
「喜ぶのはまだ早いぞお前たち。
他クラスの連中はお前たちと同等以上のポイントを増やしている。
今回は中間テストを乗り切った1年へのご褒美として、最大100ポイントが全クラスに支給されることになっている」
確かに、他のクラスもポイントが上昇している。
Aクラスに至っては1004CPと、入学時点以上の結果だった。
Aクラスまではまだ遠い。
でも、今、この瞬間は。
踏み出したこと自体に価値がある。
「やっと0ポイント生活から抜け出せるぜ!」
「私、これからは無駄遣い控えなきゃ……」
HRが終わって。
来週、ようやく振り込まれるかもしれないPP(プライベートポイント)を前に、Dクラスの教室は、一際浮ついた空気に包まれていた。
点数の行方が、もうすぐ明らかになる──。
ただそれだけの事実が、希望にも不安にもなり得るのが、この学校の厄介なところだ。
『あらゆる行動が評価……つまりポイントにつながるかもしれない』。
そんな考えが、クラス中に浸透していた。
個人のミスが、個人の責任で済むならまだいい。
だが、実態は違う。
すべては「クラスポイント」によって連帯されている。
PP……つまりプライベートポイントの算出基準にもなっている。
『自分の行動が、クラス全体を巻き添えにする』。
その構造が、生徒の足を静かに縛っている。
自制にもつながるし、萎縮にもつながる。良くも、悪くも。
行動の一つ一つに『クラスポイントに影響が出るかもしれない』と考えるようになる。
『みんなに迷惑をかけないように』と自ら行動を制限するようになる。
けれど、その努力が報われることは少ない。
いざ何かあれば、「自業自得」で片づけられる。
都合の悪いときは「自己責任」で見捨てられ、
都合のいいときだけ「連帯責任」で縛り合う。
それが、Sシステムの『罠』だ。
『実力の結果』という建前と、『有事の際、都合よく処分できる理由が欲しい』という本音の同居。
『あいつのせいでクラスのポイントが減った』
『だから、あいつには何をしても許される』という、腐りきった免罪符。
『実力』の名のもとに『人間の選別』を行う。
どこまでも、偽善的で。
そして、救いがないほどにおぞましい。
──それが、自分にとって『すべてを奪ったもの』であるのが、余計に。
中間テストから、少しずつクラスの空気は変わり始めている。
堀北は相変わらず他人と距離を置きながらも、必要とあらば意見を口にするようになった。
俺とは、授業中にした質問の話が多い。
「あれはどういう意味?」、「私はこう考えるのだけど」といったような意見交換が何回かあった。
たまに、綾小路が参加してくるのは、興味か、観察か。
櫛田は笑顔を崩さない。いつもと変わらぬ態度で誰にでも声をかける。
その裏にある本質に気づいている者は、おそらくいない。
彼女の『社交性』は、均衡の上に成り立った支配だ。
だがそれが、クラスを成り立たせている一面もある。
だから、否定はしない。
彼女が、『意図的に誰かを陥れようとしない』限り。
たまに『取引』の一件からか、部屋にくるようになった。
……一度、山内と池に問い詰められたこともある。
その際は『次回テストに向けた問題集の計画会議』とごまかした。
そして──綾小路。
正直、一番『よくわからない奴』だ。
普通なら、2か月ぶりのPPに、大なり小なり喜ぶのではないだろうか。
だが彼は、沈黙の中にいる。
必要最低限しか話さず、目立つことを避けている。
たまに学食に同伴することもあるが、ほぼほぼお互いに無言。
たまに櫛田や平田が入ってきて、潤滑剤になってくれていた。
『友人』というには遠く、『他人』というには近い。
そんな関係だった。
希望に踊るクラスメイトたちがいる。
偽りの笑顔でそれを支える者がいる。
孤独を貫こうとする者がいる。
沈黙の中で何かを隠した者がいる。
『人』の集まりでできた……どこか自分には遠い気がする世界があった。
明日、もし振り込まれるなら、それは誰かが結果を出した証だ。
振り込まれないなら──『悪意』がある。
おそらく、この学校にクラスポイントの『マイナス』は存在しない。
実力競争を掲げる以上、『開幕即脱落』などという展開は想定されていない可能性が高い。
長期的な『選別』の中で、クラス同士の『対立』だけでなく、『共闘』もまた評価の対象となるはずだ。
クラスとして、あるいは個人として――
『誰と組むのか』、『誰を信じるのか』。
……そして、望まなくても『誰かを切り離さなければならない場面』が、きっと来る。
それを『必要な切り捨て』と呼ぶのは、簡単だ。
だが――
本当に、そうするしかなかったのか。
そうなる前に、方法はなかったのか。
一人でも、一つでも多くの『選択肢』を残すために、俺は考え続けなければならない。
この学校の『悪意』は、そこが知れない。
これから先、相対するのは強者ばかりだ。
能力も、性格も、まだあいまいな集団。
Aクラス――940CP、という異常な減点の少なさは、おそらくクラスポイントの把握と、その人物による支配。
『自分たちは選ばれた存在』という自負やプライドもあるだろう。
Bクラス――あの、やけに酒の匂いのする星ノ宮先生のクラス。真面目で品行方正な生徒が多い、と櫛田が言っていた気だする。
特に、Bクラスの中心にいる『一之瀬』という生徒の話が多かった。
Cクラス――何やら独裁政治になっているとかいう話があるが、定かではない。
櫛田の話だと、『龍園』という生徒が中心だとか。
目下、重点して警戒するのはCクラス。
『中間テスト』という最初の罠を切り抜けて、少し余裕のある状況。
何か、仕掛けてくるかもしれない。
小さく息を吐いた。
明日、この教室が笑いに包まれるか、沈黙に支配されるか。
それは、誰の意思でも、誰の祈りでもなく、
結果だけが語るのだ。
……語って『しまう』のだ。
原作よりも全体のテストの点数が上がったため、ポイントも上がりました。