放課後。
須藤は居心地が悪いのか、まっすぐ部活に行ってしまった。
教室の隅でこそこそ囁かれる声が、ますます彼を孤立させている。
「須藤のせいで、今月も0ポイント生活かよ……」
「それな。最悪じゃね?」
「あいつ、いっそ退学になってたほうがよかったんじゃない?」
「だよね~。マジ最悪……」
クラス内での須藤の評価は、はっきり言って最悪に近い。
そんな空気が張り詰めている中、平田が声を張り上げた。
「みんな、聞いてほしい!」
ざわめきが一瞬で凍りつく。視線が一斉に彼に集まった。
「僕は、同じクラスの仲間を信じたい。みんなで協力して、目撃者や手がかりを探したい」
「は~い、あたしもさんせ~」
「平田君が言うなら……」
軽井沢を筆頭に、女子が数人手を挙げる。
続けて動いたのは櫛田だ。
「私もそう思う。まずは、私たちが信じてあげないと」
その言葉に賛同の声が広がる。
それに追随して、山内と池が声を上げた。
「櫛田ちゃんが言うなら」
「もちろん大賛成!」
次に視線が俺に向けられた。
「九条君、君も……」
「当然だ。部活終了後、まずは須藤と話してみる。
無実かどうか以前に、まず内容を確認したい」
俺は平田の言葉を遮るように答えた。
後悔しないために、行動は早いほうがいい。
まずは、『情報の正確性』。
事件の内容を調べるなら、張本人に直接聞くのが一番早い。
「ありがとう。……やっぱり、九条君はすごいね。誰よりも仲間思いで、誰よりも行動力がある」
「……別に。俺はただ、後悔したくないだけだ」
早く動き、情報を集め、正確に見極めて、考える。
それが、あの頃の俺に必要だったこと。
……そして今も、変わらない。
「須藤、お疲れ」
「……九条」
部活終了を見計らって、俺はバスケ部に向かった。
須藤に差し入れのスポーツドリンクを渡し、声をかける。
以前より警戒心はない。
というより、口調からは『戸惑い』に近いものがあった。
「正直に言う。話を聞きたい。あの日、何があったのか。事件のあった場所まで案内してくれ」
「お前、ほんと直球だな……」
須藤は苦笑気味に答え、静かにうなずいた。
案内されたのは、特別棟の一角。
「ここか?」
「ああ、この間の部活帰り――レギュラーに選ばれたその日によ、Cクラスの小宮ってやつに呼び出された。近藤ってのも一緒だ。」
「最初は、ただのやっかみだと思ってよ。
1年でレギュラーに選ばれたのは俺だけだったし、それが気に食わないだけなんじゃねえかって。
あいつらとは部活中にも何度か言い争ったりしてたからな。」
「ここで無視しても絶対また部活中に色々言われると思ってよ。
いい加減終わらせたいと思ったんだよ。
そんで特別棟に行ったらもう一人いた。
石崎って奴だ。
2人のダチらしくて、ついてきたらしいんだ」
「そんで小宮と近藤は俺に
『Dクラスのお前がレギュラーなんて気に食わない』、『痛い目見たくなけりゃバスケ部をやめろ』
って言ってきたんだよ」
「それで、喧嘩になった、ってことか?」
須藤は、短くうなずいた。
「……ああ」
須藤の発言内容に違和感は感じない。
そもそも『夢』への情熱から、それに関わることで嘘をつくとも考えにくい。
周辺を見まわして、『ある事実』に気づく。
――監視カメラが、ない。
この廊下には、どこにも設置されていない。
死角になっているというより、『最初から映るはずがない』場所だった。
「ここでやり合ったってことは……誰にも見られていないってことか」
「たぶん……あいつらもそれを分かってて、ここを選んだんだと思う」
須藤の声には、わずかな苛立ちと後悔が混じっていた。
つまり、事実はこうだ。
『Cクラスの三人と須藤が、この監視カメラのない場所で衝突し、今、責任を問われているのは須藤だけ』
おそらく、目に見えるほどの『怪我』が証拠になってしまった。
偶然か。あるいは、計算か。
どちらにせよ……この一件には明確に『意図』が存在する。
誰かが、この『絵』を描いた。
監視カメラのない場所で事件が起き、自分たちは証拠を残さず、相手の行動のみ証拠が残っている、という状況を。
この状況を作ったのが誰であれ、証拠の不均衡は意図的だ。
だからこそ、判断を急いではいけない。
今は感情ではなく、情報と論理で動くべきだ。
「他には何かあるか?」
「……ない。俺が話せるのは、これで全部だ」
「……わかった。助かった」
嘘はない。
ならば、次にすべきことは決まっている。
「須藤、最後に少し手伝ってくれないか?あの日、誰に、どういう感じで暴力をふるったか、俺を相手役にして再現してほしい」
「……は?」
須藤が目を丸くする。
だが、これで見えてくるものがある。
『具体的な暴力の内容』と『被害者の調査』。
それが、この嘘で塗り固められた事件の、綻びになるかもしれない。
静かな校舎の片隅で、俺たちはもう一度――過去を再現することにした。
須藤と別れた後、俺は寄り道をして電気屋へと足を運んだ。
明日の「接触」に備えて、準備しておくべきものがある。
――ボイスレコーダー。
本来なら、『カメラの映像』という証拠が欲しかった。
だが、それがない以上、『言った』、『言わない』は重要な手掛かりになる。
だが、それはあくまで『誠実な者』の話だ。
もし、相手に最初から『嘘をつく準備』があったとすれば……。
こちらにも、最初から『記録を取る準備』が必要になる。
『そんなことはしていない』、『証拠がない』で逃げる手段は、嫌というほど知っている。
選んだのは、ポケットに収まる小型の機種。
……残りPPのほとんどを使い切るところだった。
音質と録音時間だけ確かめて、すぐにレジへ向かう。
そのときだった。
通路の反対側で、見慣れた制服の人影が目に入る。
――佐倉愛里。
Dクラスの生徒。けれど、いつも一人。
たまに櫛田が話しかける程度。
以前の勉強会では、何度かひっそりと隅で参加していた。
教室でもほとんど誰とも話さず、いつも縮こまるように座っている。
気配を消すように歩くその姿は、まるで……
他者そのものを拒絶しているかのようだった。
俺の視線に気づいたのか、佐倉はこちらを見て一瞬立ち止まる。
……俺の視線に気づいたのか、佐倉はこちらを見て一瞬立ち止まる。
数秒の沈黙の後、佐倉が小さく唇を動かした。
「あ……九条、くん……」
「佐倉」
「……ごめんなさい。じゃあ、また……」
そう言って、佐倉は頭を軽く下げて、そそくさと歩き去っていった。
目は合わせていなかった。
だが、俺の方へ向いた一瞬の視線には、微かに揺らぎがあった。
俺はレジに並びながら、意識の一部でその光景を反芻していた。
佐倉愛里。
Dクラスの中でも、もっとも目立たない存在。
だが──だからこそ、その『変化』は目を引いた。
ほんのわずかな挙動。
けれど、それは他の誰にも気づかれないまま、確かに『異物感』として残った。
……その瞬間、通路の奥――店員の一人が、わずかに視線を逸らしたのが見えた。
こちらの視線に気づいたというより、佐倉の動きに反応していた。
視線は……執拗ではない。だが、興味を隠しきれていないようにも見える。
俺の勘が、微かに軋んだ。
佐倉の歩き方が、ほんのわずかに速くなる。
顔を伏せ、肩をすぼめるようにして出口へ向かう姿に、何かが引っかかった。
だが、この段階で声をかけるべきではない。
今の俺には彼女との接点も、関係性もない。
下手に踏み込めば、それこそ彼女の警戒を招くだけだ。
……けれど、この違和感は覚えておくべきだろう。
佐倉愛里。
Dクラスの女子生徒。
そして、他者を避けるように生きている――
――理由が、何もないとは限らない。
「お買い上げ、ありがとうございます」
店員の声で思考が一度途切れる。受け取った袋を手に、俺は通路を振り返る。
もう佐倉の姿はなかった。
けれど──あの視線。あの逃げるような歩み。
そして、通路の奥でわずかに逸らされた『店員の視線』。
偶然だと片付けるには、直感が騒ぎすぎていた。
問題は、今の俺が『須藤の事件』で時間を割かれているということだ。
けれど──
──もし、佐倉が何かに巻き込まれているとしたら?
──もし、それが誰にも気づかれず、静かに進行しているとしたら?
――嫌な予感がする。
杞憂であることを祈りたい。
だが祈るだけでは、誰も、何も守れない。
ボイスレコーダーの袋を鞄に仕舞い込み、俺は店を後にした。
目下優先は須藤。
だが、佐倉のことも放ってはおけない。
──問題は、多い。
暴力事件編は難産だったため、完成させてから順番に投稿させていただきます。
書くことないので、自分の考察でも。
「暴力事件編」はBクラス(秩序・善)とCクラス(混沌・悪)で対比した見せ場。
佐倉(学園の内外をつなぐキャラ)の登場。
堀北が須藤の生存フラグ(成長フラグ)を立てる。ただし、須藤が自分で一歩踏み出さないといけない。
綾小路が佐倉の生存フラグ(成長フラグ)を立てる。
あたりがあると思っています。