ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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『真実は光のように逃げる』—フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』(意訳)


真実は光のように逃げる

曇天の空。けれど、雨が降る気配はなかった。

曇り空に太陽は見えず、やや蒸し暑いくらいの気温の中、勝負の時は刻一刻と迫ってくる。

 

 

審議の日の朝。

先日、Cクラスを訪れたその日の夕方、俺は堀北と合流し、ボイスレコーダーを渡した。

 

録音された内容は、俺、堀北、綾小路、櫛田、平田の五人で共有し、戦略を練った。

 

相手は何を主張してくるか。

逆にこちらは、どこまでを主張すべきか。

 

仮に、相手の証言がこの録音内容と矛盾すれば――その瞬間、これは『証拠』へと変わる。

 

そして、昨夜。

 

『……九条か? 綾小路だ』

 

『明日の審議に、おまえは参加しないでほしい。

おまえがいることで、逆に相手がぼろを出さなくなる可能性がある』

 

『審議の方はこっちに任せてくれ。

真犯人がいるなら、この瞬間が一番油断する時期だ。

九条は調査を続けてほしい』

 

そんな電話だった。

 

 

――あの男のことだ。どこまで読んで、どこまで計算しているかはわからない。

 

それでも、わざわざ俺に連絡を寄越したのは、何らかの『意味』があるのだろう。

 

釘を刺したのか。誘導しようとしているのか。

……あるいは、単に『手駒』としての確認か。

 

……まあ、どちらでもいいか。

 

前回は、俺が表。あいつが裏。

今回は、あいつが表で、俺が裏。

 

表に立つ者と、裏を探る者。

今は、後者が俺の役目だ。

 

 

生徒会室へと向かう人波から、俺は静かに背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審議が始まった頃合いを見計らって、俺は人通りのない校舎裏へ足を向けた。

 

事件が起きた特別棟は、決して人通りが少ないわけではない。

だが、部活前後など、「無人になる時間帯」は確かに存在する。

 

お互いに迂闊な行動ができなくなる審議中。

今この瞬間こそ、『黒幕』が最も動きやすいと考えるのが妥当だ。

 

そう判断して特別棟へ向かう途中、俺は『それ』に気づいた。

 

――気配があった。

 

足音はない。声もない。

それでも、確かに「誰かに見られている」と感じた。

 

無遠慮な詮索ではない。だが、単なる好奇心でもない。

静かに距離を取りながら、こちらの出方をうかがう――獣のような気配。

 

――尾行、か。

 

俺は気づかなかったフリをしたまま、事件のあった場所へと歩を進める。

 

『気づいていないフリ』ができるなら、それは一つの手になる。

わざと背を向け、わざと隙を見せる。

そのうえで、『相手に動かせる』余地を与える。

 

それが有効かどうかは――次の一手で見極めればいい。

 

事件現場。

監視カメラの制限がなく、『自由』が許される空白地帯。

 

誘導は完了した。

仕掛けてくるなら、今だ。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、探偵。捜査は順調か?」

 

 

 

 

 

 

沈黙を割ったのは、低く、乾いた声だった。

 

背後。

振り向くと、そこに立っていたのは――派手な制服のまま、ポケットに手を突っ込み、不敵に笑う男。

 

「お前が『絵描き』か?」

 

俺の問いに、男は口角をゆがめて笑う。

 

「ずいぶんとお上品な言い回しを使うなぁ。

まぁいい。龍園翔、Cクラスの『王』だ」

 

肩をすくめて、皮肉を返す。

 

「それで?その王様が、近衛兵もなしに、一般市民に何の用だ?払う税金はないぞ」

 

「……お前のことは聞いた。

俺が留守の間に殴りこんできた命知らずってな」

 

その目は笑っていない。

唇だけが吊り上がり、獣が牙を見せるような笑みを浮かべている。

 

警戒心はない。

俺を『観察』しに来た。それだけだ。

本気で手を出す気も、逃げる気もない。

ただ、俺の『色』を測りにきた。

 

「どうだ? その賢そうな頭で、もう犯人はわかったか?」

 

軽く投げるような言葉。

けれど、言外に『この事件の全貌をすでに見ている』という空気すら漂わせていた。

 

「……俺が何をしてるか、興味でも?」

 

「こそこそ嗅ぎまわってるネズミがどんな奴か調べに来たんだよ。

おまけに――こっちから仕掛ける手間も省けるってな」

 

風が吹いた。

校舎裏のわずかな隙間を抜けて、龍園の長髪を揺らす。

その目は、冷たい観察者のそれだった。

 

追い詰めるでもなく、挑発するでもなく――ただ、見ている。

この場で何かを仕掛けてくる気はない。

だが同時に、「いつでもできる」という自信が滲んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やってるの?」

 

そこに――声が割って入った。

 

龍園の背後。

柔らかな声色と共に、空気が変わった。

 

「……一之瀬」

 

 

警戒をそのままに、視線を向ける。

そこに立っていたのは――女子生徒。

制服をきちんと着こなし、けれど威圧感ではなく、まっすぐなまなざしでこちらを見据えている。

 

「龍園君。こんなところで何をやってるのかな?

そっちの子は、Dクラスだよね?

ただでさえ今は審議中。

そんな中でまた事件が起きたら……まずいのは、龍園君の方じゃないかな?」

 

言葉にとげはない。けれど、明確な牽制だ。

『あなたのやり方は知ってる。

この場で火を点けるなら、燃えるのはあなたの方』

 

そう告げる、穏やかな防壁。

 

 

 

龍園が小さく鼻を鳴らすのが聞こえた。

 

「……今日のところはご挨拶だ。

せいぜい、俺が狩りがいのある獲物になってくれよ?」

 

 

去っていく足音。

その背中からは、怒りも焦りも感じられなかった。

 

 

ただ――獣が獲物に爪痕を残し、『狩りの時間』を楽しみにしている、そんな余裕。

 

 

龍園が背を向け、そのまま校舎の影へと姿を消した。

残されたのは、乾いた余韻のような風と、俺。

そして、割って入ってきた少女だけだった。

 

「無事でよかった。怖い思い、しなかった?」

 

柔らかな声音。

だが、俺に向けられたというより、自分自身に対する確認のような響き。

『守るべき秩序』を保てたことに対する、安堵に近い感情を滲ませていた。

 

「ありがとう。

だけど……今のところ、危害を加えられたわけじゃない」

 

「そっか。うん、それなら、よかった」

 

そう言って、彼女は微笑んだ。

この時点で、『善人』であると判断できる。

それも、櫛田と違って『天然もの』の善性。

 

「きみ……Dクラスの生徒、だったよね?」

「ああ。九条凪斗だ」

「私は一之瀬帆波。Bクラスだよ」

 

それだけの簡潔な自己紹介。

だが、それ以上の飾りは不要だった。

声の調子、表情、語調――どれも自然で、作為のない言葉。

『信頼されること』に、無意識のうちに長けた人間。

第一印象として、それは強く残った。

 

「九条君……どこかで聞いたなと思ったら、思い出した。

この前、職員室で『満点回答の九条君』って話が出てたんだ」

 

「教師が生徒の成績を雑談のネタにするのは……どうかと思うけどな」

 

苦笑気味に返すと、彼女はくすっと目を細めた。

 

「まあまあ。満点って、すごいことだよ。自信、持っていいと思う」

 

その言葉には、純粋な賞賛と、どこか『見守るような温かさ』が宿っていた。

それは決して押しつけがましくもなく、気負いもさせない距離感。

 

「……こうして話してみて、やっぱり普通じゃないなって思った。

でも――たぶん、悪い人ではなさそう」

 

「そう断じられるほど、俺は多くを語っていないと思うけど」

 

「にゃはは。でも、語らなくても伝わることは、あるよ?」

 

再び、柔らかな笑み。

人懐っこい……けれど、リーダーとしての眼差しも潜んでいる。

先ほどの龍園とは、あまりに対照的だった。

 

 

 

――『北風』と『太陽』。

 

 

 

CクラスとBクラス、2つのクラスのリーダー。

その在り方は、まるで正反対のベクトルに思えた。

 

「長く立ち話するのもよくないよね。……じゃあ、またね、九条君」

 

小さく手を振り、彼女は軽やかな足取りで去っていく。

誰かに紹介されたわけでもないのに、不思議と心に残る後ろ姿だった。

 

 

一之瀬帆波。

――なるほど。確かに『優等生』の名は伊達ではない。

 

 

その背が完全に見えなくなった、そのとき。

ポケットの中で、携帯が震えた。

 

ディスプレイに表示された名前――綾小路 清隆。

 

「……綾小路」

『……今、審議が終わった。生徒会室前で待ってる』

 

 

事件は、まだ終わっていない。

むしろ、ここからが始まりだ。

 

静かに深呼吸をひとつ。

俺は足を踏み出した。




そろそろ、『原作とのズレ』みたいなのをまとめたほうがいいですかね?

次回以降のあとがきでかのうならまとめてみようかな……。
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