ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「悪は勝てぬ。だが、悪は必ず準備をしている。」 ――W・S・チャーチル『第二次世界大戦回顧録』(意訳)


悪は勝てぬ。だが、悪は必ず準備をしている。

「綾小路」

「九条か」

「あっ……く、九条、くん……」

 

生徒会室前。

向かった先には、綾小路と佐倉がいた。

 

どうやら佐倉の説得に成功し、証人として立ってもらったらしい。

 

俺の調査と合わせて――生徒会の前で、最低限の土台は整えたというわけか。

 

 

「結論から言うと、現状では痛み分けに近い」

 

 

綾小路は、まるで用意された台詞のように、無駄のない声音でそう告げた。

 

俺は頷き、短く問いかける。

 

「詳しく聞かせてくれ」

「まず、九条の調査結果と佐倉の証言。

それに堀北の主張を合わせて、ある程度の説得力は得られた。

だが――」

 

言葉を継いだ綾小路の目は、何も映していないかのように澄んでいた。

それが彼の平常であることは理解している。

 

だが、それが今回のような不条理の前では、ときに空虚にも映る。

 

 

彼は、淡々と続ける。

 

「決定打には至らなかった。

『須藤は相手を傷つけた。Cクラス側は挑発こそした可能性はあるが、物理的被害は出していない』

……その理屈で、処分に差をつける提案をされた」

 

正論だ。

論理としては、整っている。

『喧嘩両成敗』、現実でもよくある話だ。

両方に罰則を与え、『揉め事はどちらにも害でしかない』と判断させ、再発を防ぐ。

 

けれど、それは事件が『偶然』で起きた場合だけだ。

今回のように、誰かに仕組まれた場合では、効果はない。

 

『今回はダメだった。じゃあ次は別の方法でやろう』

 

そうなってしまう。

 

 

――本当に、『悪意』は逃げ道づくりがうまい。

 

 

「具体的な処分内容は?」

 

一瞬沸いた感情を抑え、話に意識を戻す。

俺の問いに、綾小路は即座に応じた。

 

「須藤に1週間、Cクラス側――小宮たちに3日間の停学処分。

双方に非があるという前提での裁定だ」

 

俺は無言で頷いた。

論理の体裁は整っている。

両者停学。ただし、証拠がある分須藤にはより重い処罰。

 

だが――それは真実とは違う。

 

「……」

 

声を発さずに、頷く。

生徒会、そして学校側が『公平な裁判』という衣を纏って下した判断――

だがその実、事件の真実からはわずかにズレている。

いや、『ズラされている』のか。

 

 

「堀北は、当然異議を唱えた。

これは『意図的な事件』だ、と。

 

須藤を使って、Dクラスの印象を悪化させるための計画的な挑発だったと主張した」

「……で、その主張に対する結論は?」

「明日の16時に再審を行う。

それまでに、『自分の嘘を認める者』あるいは『自らの非を申し出る者』が現れなければ――

退学処分も視野に入れる、というのが生徒会長の裁定だった」

「退学、か……」

 

 

重い言葉だった。

それが、どこまで現実味を持っているかはさておき、明確に『最後通告』の意味を含んでいる。

 

「追い詰めた、というより――」

「『猶予』を与えた、ってところか」

 

綾小路が言葉を継ぐ前に、俺はその意図を先読みするように呟いた。

彼はわずかに目を細める。

 

「時間を稼いでいる可能性もある。

Cクラスが『次の手』を用意するために、な」

 

「あるいは、こちらに『動け』という暗黙の意思表示かもしれないな」

 

その瞬間、綾小路と視線が重なった。

真意は測れない。だが、互いに『ここからが本番』であるという理解は一致していた。

 

生徒会の裁定は、まだ終わりではない。

むしろ、舞台が整ったというだけのことだ。

 

――そして、ここからが戦いだ。

 

 

 

 

 

 

「佐倉」

「はっ、はい……っ!」

 

不意に名を呼ばれて、佐倉は小さく肩を跳ねさせた。

こちらを見上げる目は、怯えと戸惑いに揺れている。

けれど、その奥に──確かに、何かが宿っていた。

 

「ありがとな」

 

「……えっ?」

 

呆けたような声が返ってくる。

だが俺は、ゆっくりと続けた。

 

「君が動いてくれなければ、ここまで持っていけなかった。感謝してる」

「ああ、今回の一件、最も重要だったのは佐倉の証言だ」

 

「そ、そんな……わたし、わたしなんて……何も……」

 

言葉を否定するように、佐倉は小さく首を振る。

だがその震えが、単なる怯えだけではないことを、俺は知っていた。

 

「いや。お前の勇気が、誰かの未来を変えた。……それだけで十分だ」

「……綾小路、くん……」

 

佐倉は目を見開いたまま、ゆっくりとうつむいた。

長い前髪の奥で見えない表情──けれど、わずかに震える肩が、緊張と、そして解放を物語っていた。

 

沈黙が一拍、二拍。

その静寂の中で、佐倉の唇が、かすかに動いた。

 

「……あの……九条君。綾小路君。

わたし、また、何かできることがあれば……」

 

その声は弱々しくも、確かに前を向いていた。

過去から逃げていた少女が、自分の意思で歩き出そうとしている。

 

俺たちは、その小さな決意に、静かに頷いた。

 

「頼らせてもらう」

「ああ、力を貸してくれ」

 

その瞬間、佐倉の顔がふっと明るくなった。

 

「っ……はいっ!」

 

声は震えていた。けれど、そこには迷いがなかった。

今の彼女は、確かに誰かに届いたのだ──自分の行動が、誰かの力になったという実感が。

 

小さな勇気が、生まれたのだ。

 

俺は背を向けて歩き出す。

振り返らない。

けれど、彼女の足音がその場を動かないことだけは、背中越しに伝わってきた。

 

──いつか、きっと、また出番が来る。

そのときはもう一度、この声を呼ぼう。

 

その名を、信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが、見えない『悪意』はもう一つ。

 

 

その日。

綾小路は堀北と明日の審議の準備があるとのことで、佐倉とともに寮に戻った、その時。

 

 

 

 

 

佐倉宛に大量投函された便箋。

 

大量の、隠し撮りと思える写真の束。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一つの『悪意』が、懐まで迫っていた。




原作とのズレ
1.クラス全体の学力が上昇。95CPの原因。
2.櫛田、堀北退学作戦を保留。九条を取り込み信用勝負路線を検討中
3.綾小路、ちょっとだけ積極的に動く。ただし手柄は堀北に渡す。
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