「綾小路」
「九条か」
「あっ……く、九条、くん……」
生徒会室前。
向かった先には、綾小路と佐倉がいた。
どうやら佐倉の説得に成功し、証人として立ってもらったらしい。
俺の調査と合わせて――生徒会の前で、最低限の土台は整えたというわけか。
「結論から言うと、現状では痛み分けに近い」
綾小路は、まるで用意された台詞のように、無駄のない声音でそう告げた。
俺は頷き、短く問いかける。
「詳しく聞かせてくれ」
「まず、九条の調査結果と佐倉の証言。
それに堀北の主張を合わせて、ある程度の説得力は得られた。
だが――」
言葉を継いだ綾小路の目は、何も映していないかのように澄んでいた。
それが彼の平常であることは理解している。
だが、それが今回のような不条理の前では、ときに空虚にも映る。
彼は、淡々と続ける。
「決定打には至らなかった。
『須藤は相手を傷つけた。Cクラス側は挑発こそした可能性はあるが、物理的被害は出していない』
……その理屈で、処分に差をつける提案をされた」
正論だ。
論理としては、整っている。
『喧嘩両成敗』、現実でもよくある話だ。
両方に罰則を与え、『揉め事はどちらにも害でしかない』と判断させ、再発を防ぐ。
けれど、それは事件が『偶然』で起きた場合だけだ。
今回のように、誰かに仕組まれた場合では、効果はない。
『今回はダメだった。じゃあ次は別の方法でやろう』
そうなってしまう。
――本当に、『悪意』は逃げ道づくりがうまい。
「具体的な処分内容は?」
一瞬沸いた感情を抑え、話に意識を戻す。
俺の問いに、綾小路は即座に応じた。
「須藤に1週間、Cクラス側――小宮たちに3日間の停学処分。
双方に非があるという前提での裁定だ」
俺は無言で頷いた。
論理の体裁は整っている。
両者停学。ただし、証拠がある分須藤にはより重い処罰。
だが――それは真実とは違う。
「……」
声を発さずに、頷く。
生徒会、そして学校側が『公平な裁判』という衣を纏って下した判断――
だがその実、事件の真実からはわずかにズレている。
いや、『ズラされている』のか。
「堀北は、当然異議を唱えた。
これは『意図的な事件』だ、と。
須藤を使って、Dクラスの印象を悪化させるための計画的な挑発だったと主張した」
「……で、その主張に対する結論は?」
「明日の16時に再審を行う。
それまでに、『自分の嘘を認める者』あるいは『自らの非を申し出る者』が現れなければ――
退学処分も視野に入れる、というのが生徒会長の裁定だった」
「退学、か……」
重い言葉だった。
それが、どこまで現実味を持っているかはさておき、明確に『最後通告』の意味を含んでいる。
「追い詰めた、というより――」
「『猶予』を与えた、ってところか」
綾小路が言葉を継ぐ前に、俺はその意図を先読みするように呟いた。
彼はわずかに目を細める。
「時間を稼いでいる可能性もある。
Cクラスが『次の手』を用意するために、な」
「あるいは、こちらに『動け』という暗黙の意思表示かもしれないな」
その瞬間、綾小路と視線が重なった。
真意は測れない。だが、互いに『ここからが本番』であるという理解は一致していた。
生徒会の裁定は、まだ終わりではない。
むしろ、舞台が整ったというだけのことだ。
――そして、ここからが戦いだ。
「佐倉」
「はっ、はい……っ!」
不意に名を呼ばれて、佐倉は小さく肩を跳ねさせた。
こちらを見上げる目は、怯えと戸惑いに揺れている。
けれど、その奥に──確かに、何かが宿っていた。
「ありがとな」
「……えっ?」
呆けたような声が返ってくる。
だが俺は、ゆっくりと続けた。
「君が動いてくれなければ、ここまで持っていけなかった。感謝してる」
「ああ、今回の一件、最も重要だったのは佐倉の証言だ」
「そ、そんな……わたし、わたしなんて……何も……」
言葉を否定するように、佐倉は小さく首を振る。
だがその震えが、単なる怯えだけではないことを、俺は知っていた。
「いや。お前の勇気が、誰かの未来を変えた。……それだけで十分だ」
「……綾小路、くん……」
佐倉は目を見開いたまま、ゆっくりとうつむいた。
長い前髪の奥で見えない表情──けれど、わずかに震える肩が、緊張と、そして解放を物語っていた。
沈黙が一拍、二拍。
その静寂の中で、佐倉の唇が、かすかに動いた。
「……あの……九条君。綾小路君。
わたし、また、何かできることがあれば……」
その声は弱々しくも、確かに前を向いていた。
過去から逃げていた少女が、自分の意思で歩き出そうとしている。
俺たちは、その小さな決意に、静かに頷いた。
「頼らせてもらう」
「ああ、力を貸してくれ」
その瞬間、佐倉の顔がふっと明るくなった。
「っ……はいっ!」
声は震えていた。けれど、そこには迷いがなかった。
今の彼女は、確かに誰かに届いたのだ──自分の行動が、誰かの力になったという実感が。
小さな勇気が、生まれたのだ。
俺は背を向けて歩き出す。
振り返らない。
けれど、彼女の足音がその場を動かないことだけは、背中越しに伝わってきた。
──いつか、きっと、また出番が来る。
そのときはもう一度、この声を呼ぼう。
その名を、信じて。
――だが、見えない『悪意』はもう一つ。
その日。
綾小路は堀北と明日の審議の準備があるとのことで、佐倉とともに寮に戻った、その時。
佐倉宛に大量投函された便箋。
大量の、隠し撮りと思える写真の束。
もう一つの『悪意』が、懐まで迫っていた。
原作とのズレ
1.クラス全体の学力が上昇。95CPの原因。
2.櫛田、堀北退学作戦を保留。九条を取り込み信用勝負路線を検討中
3.綾小路、ちょっとだけ積極的に動く。ただし手柄は堀北に渡す。