Cクラスからの訴え取り下げの数時間後、堀北鈴音は屋上にいた。
空は曇り。もうすぐ雨が降るかもしれない。
目の前には、自分たちのクラスの担任である茶柱がいる。
彼女はこちらに背を向け、一人煙草を吸っていた。
背中越しに見る煙が、雨雲を誘っているように見えた。
「何でしょうか、こんなところに呼び出して」
「単刀直入に聞こう。どんな手を使った?」
「よくやった」、と褒められるわけでも、「卑怯者」と揶揄されることもなく。
私が最初に受けた話は「手段の公開」だった。
回りくどい前置きもなければ、遠慮もない。
──だけど、すぐに察する。
茶柱先生が言っているのは、Cクラスからの訴えが突然取り下げられた件のことだ。
「何のことでしょうか」
「ごまかすな。理由もなく相手が訴えを取り下げるわけがないだろう。」
……やはり。私たちがしたことは、第三者から見れば「何かした」としか思えない展開だった。
だが、決定的な証拠など存在しないはず。だから、私は──
「ご想像にお任せします」
問いをかわすのではなく、はぐらかす。
今の私は、そうすることしかできない。
「では質問をかえよう。Cクラスを退けた作戦。誰が考えた?」
「……どうしてそんなことが気になるのですか?」
先生は、私の中にある何か──あるいは、私たちのクラスの変化の兆しを探っている。
そして、その中心にいる人物の名を、心の中で思い浮かべる。
綾小路清隆。
「おまえがAクラスに上がりたいなら、一つアドバイスをしてやろう。
今のうちに、綾小路という人間をできるだけ把握しておけ。さもなければ手遅れになる」
「……どういう意味でしょう?」
彼の存在が、私たちの勝利の鍵となっていたことは間違いない。
だが、それ以上のことは──私には何一つ、掴めていない。
『手遅れ』とは、いったい何のことだろう?
「……『なぜ』綾小路がお前たちの手助けをしていると思う?
『なぜ』優秀なのにその力を表に出さないと思う?」
「それは……」
答えられない。
綾小路君。
彼とは入学初日からの付き合いだが、いまだにその真意も、目的もわからない。
「Dクラスは、この学校の言葉を借りるなら『不良品』の要素を持った人間たちの集まる場所だ。
……これは私個人の見解だが、Dクラスにおいて最も不良品たる生徒は……
綾小路だ」
綾小路君が、最大の不良品。
何を言っているのかよくわからない。
でも、もし綾小路君が『不良品』なのだとしたら──
――もう一人の『彼』は?
「……では、九条君は?
先生はかつて、九条君のことを『異端』といいました。綾小路君と同じくらい『異常』だ、とも。
彼は一体どうなんですか?」
そう。
私たちのクラスにおいて、もう一人の変わった存在。
九条凪斗君。
先生から見た彼は、いったい何なのだろう。
「九条、か……。
あいつも哀れなものだ」
先生は煙草を携帯灰皿に捨て、曇り空を見ながらつぶやいた。
その目は、どこか遠い過去を映しているように見えた。
「これも、私個人の見解にすぎない。
――あいつは『不良品』ではない。
だが……何かが決定的に『逸れて』いる。
だから、『異端』だ」
Dクラスなのに『不良品』ではない。
でも、何かが『逸れている』?
「……意味が、分かりません」
「だから、おまえも『不良品』なんだよ、堀北」
胸に、小さな棘が刺さったような感覚。
悔しさでも、怒りでもない。
ただ──認めたくない現実に、静かに突き動かされたような。
「『なぜ』九条はあそこまで他者を救おうとする?
『なぜ』その実力を誇示しないと思う?」
――自分で考えろ。
先生が言っているのは、おそらくそういうこと。
私は記憶の中の九条君を思い出す。
いつも冷静で、独特の立ち位置にいる存在。
一人でいることが多く、放課後は一人何処かへ行ってしまう。
かと思えば、なんの気まぐれか平田くんや櫛田さんを中心に、交友関係はある。
須藤君以外の勉強会の二人、池君と山内君とも、何か話している姿を見かけたことがある。
考え方や行動は、おそらく彼だけが違う。
それどころか、私が話しかけなければ『Aクラスに上がる』ことすら興味がなかったかもしれない。
ここまでは、綾小路君も似たようなもの。
でも、そこからは違う。
積極的に誰かに寄り添い、支えることにためらいがない。
あの問題集も、『考える』、『理解する』ことに重要点を置いていた。
彼自身の勉強は、おそらく『教えること』そのもの。
私自身も実感したが、『誰かに教える』というのは高い理解力を持っていなければならない。
つまり、相手より深く理解し、相手より深く考え続けなければならない。
絶え間なく。
――『自立』の理由は、『誰かを助けるため』?
それはたしかに、綾小路君とは正反対の在り方だ。
基本的には無関心で、いざというときに最低限のサポートをしてくる綾小路君。
対して、最初から徹底的にサポートに回ってくる九条君。
実力を隠す綾小路君と、実力を隠さない九条君。
どちらも、私にとってはAクラスに行くために重要な存在。
なのに、同じくらい得体が知れない。
同じくらい、真意が見えない。
――彼らは、いったい何?
「綾小路は、力を隠すことで、自分という存在ごと覆い隠している。
九条は、その真逆だ。
力も、目的も、隠さない。
むしろ──すべてを『明示』しているようにさえ見える。
……それでも『わからない』。
『得体が知れない』。
それを『異常』と言わずして、何だというんだ?」
部屋の中に、静かに音が響く。
──ノートパソコンのキーボードを叩く音。
学生寮の部屋の一つで、部屋の主――佐倉愛里はいつものように、自分で撮った写真を整理していた。
この学校に入学してから、投稿した写真はもう数十枚。
コメントには、「かわいい」、「素敵」みたいな、うれしい内容が返ってくる。
……この学校の規則で、コメントに返信できないのが、少しだけ寂しい。
――ここ数日は、コメントを見るだけで怖かった。
「僕のために着てくれた」
「いつも見ている」
そんな、私を監視しているような内容があったから。
――コメントが怖くて。
でも、誰かに話しかけるのも怖くて。
一人で大丈夫、って自分に言い聞かせて。
そうやって、何とか乗り越えようとした。
――でも、違った。
助けてくれた人たちがいた。
『あの二人』のおかげで、私は今もここにいる。
「九条くんと、綾小路君……」
私のことを、『変な目』で見ない二人。
二人がいなかったらなんて、考えるだけで恐ろしい。
「……あの二人は、全然違うのに。似てる気がするのは、どうしてだろう」
九条くんは、最初に話しかけてくれた。
困っていた私を、誰よりも早く見つけてくれた。
定期テスト前の勉強会でも、わたしが何かわからないことがあったら、すぐに気づいてくれた。
わたしが、何か言うよりも、早く。
「佐倉、考え方はあっているが前後の文を見落としてる」
「それは応用だ。先に基礎の方を確認してくれ」
その言葉に、どれだけ救われたか分からない。
人と接することが苦手なわたしには、とてもありがたかった。
そして綾小路君。
今回の事件でわたしは、偶然にも事件の目撃者になってしまった。
……最初は、巻き込まれたくなかったから、逃げた。
でも、綾小路君はそれを咎めなかった。
「佐倉の好きなようにすればいい」
「あれもこれも考えて、抱え込まなくていい」
そう言ってくれた人は、初めてだった。
口数は少なくて、何を考えているのか分からなくて。
でも、気づくと心が軽くなっている。
二人とも、どこか「普通じゃない」のに、
まぶしくて、遠くて。
……なのに、まったく違う光を放っている。
―わたし、どうして……
こんなに……気になるんだろう?
九条くんは、たぶん『まっすぐ』な人。
他人の痛みにとても敏感で、誰かを見捨てることができない。
その姿はあたたかくて、やさしい。──けれど、時々、怖くもなる。
近くにいるのに、触れてはいけないような……
どこか綺麗で、不思議で。
たとえるなら『お月様』みたいな人。
暗い夜道で迷っている人を、やさしく照らしてくれるけど、その光の正体は、どこか遠くのもの──手が届かない場所にあるような。
綾小路君は、何も見せない。
でも、たしかに『みんなを見ている』。
教室の中にいても、どこか違う場所からこの世界を眺めているような、そんな距離感。
でも、本当はとても強い。
まるで、『お日様』みたいな人。
自分の姿を見せず、ただ静かに燃えている。
近づけば、焼かれてしまいそうなほどに強くて、まぶしくて、そして孤独な光。
私には、きっと届かない人。
なのに──どうしてだろう。
―わたしは、空を見上げている。
その日、わたしは夢を見た。
風のない、静かな曇り空の浜辺――
どこまでも灰色に染まった空の下、私は一人で立っていた。
雲は重く、海は鈍く光っていた。
どこにも色がなくて、時間さえ止まってしまったみたいだった。
今にも雨が降り、海が荒れてしまいそうな。
それに自分もまきこまれて消えてしまいそうで、怖かった。
足元の砂が崩れていくような、不安定な感覚。
このまま、自分の輪郭まで曖昧になって、世界に溶けてしまいそうだった。
そのとき――
空の彼方に、誰かが現れた。
大きな翼を背に抱え、
まっすぐに飛ぶ、ひとつの影。
それは……綾小路くん、だった。
でも、今の彼じゃない。
言葉もなく、ただ雲の中を切り裂いていくその姿は――
まるで空そのものを支配するみたいに、美しくて、遠かった。
彼が飛ぶたび、曇天が――砕けるように、吹き飛ばされていった。
灰色が消え、まばゆい陽光が差し込んでくる。
暖かくて、眩しくて。
それでも、空を飛ぶ『彼』から目が離せない。
いつの間にかわたしは、彼に手を伸ばしていた。
その光の中へ、彼のいる場所へ――
でも、届かなかった。
どれだけ背伸びをしても、
どれだけ名前を呼ぼうとしても、
声は空に吸われていった。
眩しすぎて、涙が出そうだった。
いつの間にか、雲の隙間から、太陽が顔を見せて――
―その瞬間、目が覚めた。
気のせいか、最後に海で何かが光った気がした。
瞼の奥に、あの光がまだ残っていた。
あの人は、どこまで飛んでいくんだろう。
私は、どこまで近づけるんだろう。
わからない。でも――
あの光が、どうしようもなく、心に残っていた。
夕方ごろから降り出した雨は、夜になって少し激しさを増した。
堀北鈴音は、数時間前のことを思い出す。
―私は、彼らをもっと知らなければならない。
彼らのことを、もっと。
そう思って、まず私は綾小路君を知ろうとした。
学校からの帰り道。
綾小路と並んで、横断歩道の信号待ちをしていた時のこと。
思い切って、彼に問い詰めてみた。
――あなた、いったい何者なの?
――俺の詮索はするな。
冷たい……いや、違う。
あの時の、綾小路君の無機質な目が焼きついたままだ。
その時は、何も言えなかった。
でも、だからと言って『はい、わかりました』と諦めるわけにもいかない。
綾小路君は、自分のことを簡単には明かしてくれない。
それでも、彼を知る必要がある。
そしてそれは、もう一人についても、同じこと。
九条君。
彼は綾小路君とは逆に、『すべてを曝け出して尚、わからない』という異常性。
―手がかりは、一応ある。
彼の入試の回答だ。
九条君の思想が、そこにある。
一つ、彼にとって『平等』の本質は『再起』であること。
二つ、彼にとって『実力』の本質は『意志』であること。
三つ、その思想には『いじめにあった姉』の死が関係しているであろうこと。
―これらを考えて、私は一度止まる。
『家族の死』
そんなセンシティブなものに、関係ない人間がずけずけと踏み込んでいいのか?と。
それでも、私は進まなければいけない。
彼の部屋のインターホンを鳴らす。
『――はい、九条です』
「私よ、堀北」
少しだけ間を置いて、私は続けた。
「あなたと話したいことがあるの」
―あの時、私は『箱』を開けたのだから。
『考え方ひとつで、世界は変わって見える』ということを、私は本気で信じることにした。
九条君の部屋で、私は一人椅子に腰かけている。
「夏とはいえ、雨で冷えただろうから」と、九条君はキッチンにお茶を取りに行った。
一人待っている間、周囲を見渡す。
九条君の部屋。
今まで何度か訪れたことのある世界は、同じものなのに、どこか違って見えた。
たとえば、彼の机に整然と並べられたノートや書籍。
前はただ「几帳面な人ね」としか思わなかったけれど、今は違う。
各教科で何冊かに分けられたノートは、おそらく何度も清書を繰り返している証拠。
問題集への加工や、九条君自身の理解の確認のため、何回も同じ内容を精査しているから。
時計やカレンダーなどにアナログなものが多いのは、彼の趣味嗜好以上に、効率を追求しているわけではないから。
本棚には、心理学や教育、社会制度に関する本が並んでいる。
その中に少し『いじめ』、『更生』などを題材としたものがあるなんて、今まで気づかなかった。
少しだけある文学小説は、内容が重めなものが中心。
『車輪の下』、『銀河鉄道の夜』、『異邦人』。
人間の存在そのものに問いかけるような作品が中心だった。
壁際に置かれた、伏せられたままの写真立て。
きっとお姉さんに関係があるもの。
……これは、気安く触れない方がいい。
この部屋は変わっていない。でも私の見方が、変わってしまった。
まるで、目に見えない『輪郭』が、部屋中に浮かび上がってくるようだった。
ふと、部屋の奥から湯を注ぐ音が聞こえた。
やがて足音。気配が戻ってくる。
「どうぞ」
九条君は湯気の立つ湯呑を、机の上に置いた。
器は素朴な色合いの、少し縁が欠けた陶器。0PPの安物かもしれない。でも、丁寧に洗われていた。
「ありがとう」
私はそのまま湯呑を手に取る。
温かさが、少しだけ指先に染み込んでくるようだった。
彼は自分のベッドに腰を下ろした。相変わらず無駄な動きは一つもない。
いつも通りの、静かな九条君――のはずなのに、今はどうしてか、その沈黙が少しだけ違って見えた。
……この沈黙を破るのは、きっと私の役目だ。
口を開くのに、ほんのわずか勇気がいった。
けれど、それでも。
「九条君。まず、あなたに一つだけ、謝らないといけないことがある。
茶柱先生が言っていた、あなたが満点を取ったという入試の回答……それを、私は見たの。
綾小路君が、手に入れたものを」
彼の目が、わずかに動いた。
それでも、表情はほとんど変わらない。
私は視線を逸らさず、言葉を継ぐ。
「……自分でも、覚悟が足りていたとは思ってる。
でも、あれを見て――何も言わずにはいられなかった。
……ごめんなさい」
「別に、それは構わない」
九条君は、淡々と答えた。
「この学校では、PPでなんでも手に入る。
俺の入試の回答を『買った』のなら、不自然な話じゃない。
買ったのが綾小路なら……まあ、そういうことか。興味がわいたからだろ」
あくまで淡々と。
けれどその言葉の裏では、わずかな情報から関係性・動機・状況を読み取っている。
―やはりこの人は、並の相手じゃない。
目の奥に、静かな光が宿っていた。
それは、情報に対する嗅覚と、信念による冷静さの両方を示しているようで――
私は、九条君の沈黙を破らず、そのまま言葉を継いだ。
「……あの回答、読ませてもらったわ。
最初はただ、『満点を取った内容』がどれほどのものか、確認したかっただけ。
でも――それ以上だった」
思い返すだけで、胸の奥がざわめく。
「論理は筋が通っていて、整っていた。
けれどそれ以上に……あなたの『感情』や『意志』が、にじみ出ていた」
彼は黙ったまま。
けれど私は、それを拒絶とは受け取らなかった。
「……あなたに、何があったの?」
九条は視線を少しだけ逸らした。
しばらく沈黙が続いたあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……『実力』っていうものの歪みを見ただけだ」
――空気が冷たくなった気がした。
彼の声は冷静で淡々としていたが、その一言に重みがあった。
「歪み?」
「……言葉遊びに聞こえるかもしれないけど、『頭がいい』も『運動ができる』も『社交性がある』も、全部『実力』じゃなくて『能力』だ。
『勉強ができる』ことと、『テストで100点が取れること』は違う。
中間がいい例だ。真面目に勉強しようが、過去問を丸暗記しようが、『赤点にならなければいい』、『点数を取れればいい』。
……多分、PPで『テストの点数を買う』ってのもありなんだろうな」
PPで点数を買う。
勉強することは当たり前と思っている私からしたら、信じられない行動。
でも、それを当たり前のように出してくる九条君。
見ているものが、あまりにも違いすぎる。
「一般的な実力の正体は『結果が出せるか』。過程は一切問われない。この学校でも多分そうだ。
そして、大体の場合、それは『免罪符』に代わる。
『結果を出せば、何をしても許される』ってな」
――思い出されるのは、今回の事件。
仮に須藤君が退学などの処罰になっていたら。
それは、『CクラスがDクラスに勝った』ということになる。
つまりは、そういうこと。
『冤罪でも、判決で相手を有罪にできれば勝ち』。
こちらを見た九条君の瞳には、冷たく、でも激しく燃えるような『何か』があった。
手に持った湯呑から、暖かさを感じない。
ぬるくなった、というよりも、まるで――
「俺は、そうやって犠牲になった人間を、誰よりも知っている」
彼を中心に、冷たい水の中に沈んでしまったような感じがした。
―九条君は『そういうもの』を見てきたのだろうか?
その夜、私は不思議な夢を見た。
以前、空を飛ぶ綾小路君らしき姿を見た、浜辺の夢。
霞がかった空の下、静かな浜辺に立っていた。
昼か夜かもわからない、色の失せた世界。
波の音だけが、規則正しく耳に届いている。
以前の私は、空を見上げていた。
でも、今回は違う。
気が付くと私は、海の方へ歩いていった。
何かに導かれるように、砂の上を、波の中を――
やがて水面は頭上へと消え、全身が冷たく沈んでいく。
深く、深く。
私はどんどん沈んでいく。
陽の光はもう届かない。
ただ静寂だけが、世界を満たしていた。
いつの間にか、私は海底を歩いていた。
あたりには深海特有の、色鮮やかな珊瑚が生えている。
どこか幻想的で、どこか神秘的。
だけど、進むにつれて、だんだんと白い珊瑚が目立って来る。
『白い珊瑚は死んでいる』
昔、何かの本かテレビ番組で、そんな内容を見たことがあった。
辺りの珊瑚が真っ白になったころ、『それ』は見えた。
崩れかけたアーチ、折れた柱。
けれどその中心部だけは、なぜか真新しくて――
純白の珊瑚が幾重にも積み上げられた、円形の区画。
四方にはまるで『墓』のような柱が立ち、白い珊瑚で丁寧に装飾されていた。
彼がいたのは、その中央。
―九条君?
だが彼は、こちらを見ない。
その背を、白い珊瑚の墓標に預けるようにして、
静かに、何かを見つめている。
私は歩み寄ろうとした。
理由もわからないまま、声をかけようとした。
でも、声は出なかった。
その瞬間、冷たい潮が周囲を包み、
静寂は激しい流れへと変わった。
視界が歪み、体が引き離されていく。
白い珊瑚の輪が遠ざかって――
そして、私は目を覚ました。
ただの夢。
けれど、なぜか体が冷えている。
夏の暑さなんて消えてしまうほどに。
あの珊瑚の墓は、いったい――誰のためのものだったのだろう?
現在、続きを書き溜め中です。しばらくお待ちいただければ幸いです。