ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「あらゆる偉業は、最初は異端者の狂気として笑われる」— ベンジャミン・フランクリン(意訳)


間奏:異常と異端

Cクラスからの訴え取り下げの数時間後、堀北鈴音は屋上にいた。

 

空は曇り。もうすぐ雨が降るかもしれない。

 

目の前には、自分たちのクラスの担任である茶柱がいる。

彼女はこちらに背を向け、一人煙草を吸っていた。

背中越しに見る煙が、雨雲を誘っているように見えた。

 

「何でしょうか、こんなところに呼び出して」

「単刀直入に聞こう。どんな手を使った?」

 

「よくやった」、と褒められるわけでも、「卑怯者」と揶揄されることもなく。

私が最初に受けた話は「手段の公開」だった。

 

回りくどい前置きもなければ、遠慮もない。

──だけど、すぐに察する。

茶柱先生が言っているのは、Cクラスからの訴えが突然取り下げられた件のことだ。

 

「何のことでしょうか」

「ごまかすな。理由もなく相手が訴えを取り下げるわけがないだろう。」

 

……やはり。私たちがしたことは、第三者から見れば「何かした」としか思えない展開だった。

 

だが、決定的な証拠など存在しないはず。だから、私は──

 

「ご想像にお任せします」

 

問いをかわすのではなく、はぐらかす。

今の私は、そうすることしかできない。

 

「では質問をかえよう。Cクラスを退けた作戦。誰が考えた?」

「……どうしてそんなことが気になるのですか?」

 

先生は、私の中にある何か──あるいは、私たちのクラスの変化の兆しを探っている。

そして、その中心にいる人物の名を、心の中で思い浮かべる。

 

綾小路清隆。

 

「おまえがAクラスに上がりたいなら、一つアドバイスをしてやろう。

今のうちに、綾小路という人間をできるだけ把握しておけ。さもなければ手遅れになる」

「……どういう意味でしょう?」

 

彼の存在が、私たちの勝利の鍵となっていたことは間違いない。

だが、それ以上のことは──私には何一つ、掴めていない。

『手遅れ』とは、いったい何のことだろう?

 

 

「……『なぜ』綾小路がお前たちの手助けをしていると思う?

『なぜ』優秀なのにその力を表に出さないと思う?」

「それは……」

 

答えられない。

綾小路君。

彼とは入学初日からの付き合いだが、いまだにその真意も、目的もわからない。

 

「Dクラスは、この学校の言葉を借りるなら『不良品』の要素を持った人間たちの集まる場所だ。

 

……これは私個人の見解だが、Dクラスにおいて最も不良品たる生徒は……

 

 

 

綾小路だ」

 

 

綾小路君が、最大の不良品。

何を言っているのかよくわからない。

 

でも、もし綾小路君が『不良品』なのだとしたら──

 

 

 

 

 

 

 

――もう一人の『彼』は?

 

 

「……では、九条君は?

先生はかつて、九条君のことを『異端』といいました。綾小路君と同じくらい『異常』だ、とも。

彼は一体どうなんですか?」

 

そう。

私たちのクラスにおいて、もう一人の変わった存在。

 

九条凪斗君。

先生から見た彼は、いったい何なのだろう。

 

「九条、か……。

あいつも哀れなものだ」

 

先生は煙草を携帯灰皿に捨て、曇り空を見ながらつぶやいた。

その目は、どこか遠い過去を映しているように見えた。

 

 

「これも、私個人の見解にすぎない。

 

 

――あいつは『不良品』ではない。

だが……何かが決定的に『逸れて』いる。

だから、『異端』だ」

 

Dクラスなのに『不良品』ではない。

でも、何かが『逸れている』?

 

 

「……意味が、分かりません」

「だから、おまえも『不良品』なんだよ、堀北」

 

胸に、小さな棘が刺さったような感覚。

悔しさでも、怒りでもない。

ただ──認めたくない現実に、静かに突き動かされたような。

 

「『なぜ』九条はあそこまで他者を救おうとする?

『なぜ』その実力を誇示しないと思う?」

 

 

――自分で考えろ。

先生が言っているのは、おそらくそういうこと。

 

私は記憶の中の九条君を思い出す。

いつも冷静で、独特の立ち位置にいる存在。

一人でいることが多く、放課後は一人何処かへ行ってしまう。

かと思えば、なんの気まぐれか平田くんや櫛田さんを中心に、交友関係はある。

須藤君以外の勉強会の二人、池君と山内君とも、何か話している姿を見かけたことがある。

 

 

考え方や行動は、おそらく彼だけが違う。

それどころか、私が話しかけなければ『Aクラスに上がる』ことすら興味がなかったかもしれない。

 

ここまでは、綾小路君も似たようなもの。

でも、そこからは違う。

 

 

積極的に誰かに寄り添い、支えることにためらいがない。

あの問題集も、『考える』、『理解する』ことに重要点を置いていた。

 

彼自身の勉強は、おそらく『教えること』そのもの。

私自身も実感したが、『誰かに教える』というのは高い理解力を持っていなければならない。

 

つまり、相手より深く理解し、相手より深く考え続けなければならない。

絶え間なく。

 

 

――『自立』の理由は、『誰かを助けるため』?

 

 

それはたしかに、綾小路君とは正反対の在り方だ。

 

基本的には無関心で、いざというときに最低限のサポートをしてくる綾小路君。

 

対して、最初から徹底的にサポートに回ってくる九条君。

 

実力を隠す綾小路君と、実力を隠さない九条君。

 

 

どちらも、私にとってはAクラスに行くために重要な存在。

なのに、同じくらい得体が知れない。

同じくらい、真意が見えない。

 

 

 

 

 

――彼らは、いったい何?

 

 

 

 

 

「綾小路は、力を隠すことで、自分という存在ごと覆い隠している。

 

九条は、その真逆だ。

力も、目的も、隠さない。

むしろ──すべてを『明示』しているようにさえ見える。

 

 

……それでも『わからない』。

『得体が知れない』。

 

 

それを『異常』と言わずして、何だというんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中に、静かに音が響く。

──ノートパソコンのキーボードを叩く音。

学生寮の部屋の一つで、部屋の主――佐倉愛里はいつものように、自分で撮った写真を整理していた。

 

 

この学校に入学してから、投稿した写真はもう数十枚。

コメントには、「かわいい」、「素敵」みたいな、うれしい内容が返ってくる。

 

……この学校の規則で、コメントに返信できないのが、少しだけ寂しい。

 

 

――ここ数日は、コメントを見るだけで怖かった。

 

「僕のために着てくれた」

「いつも見ている」

 

そんな、私を監視しているような内容があったから。

 

 

――コメントが怖くて。

でも、誰かに話しかけるのも怖くて。

一人で大丈夫、って自分に言い聞かせて。

 

 

そうやって、何とか乗り越えようとした。

 

 

――でも、違った。

助けてくれた人たちがいた。

 

『あの二人』のおかげで、私は今もここにいる。

 

「九条くんと、綾小路君……」

 

私のことを、『変な目』で見ない二人。

二人がいなかったらなんて、考えるだけで恐ろしい。

 

 

「……あの二人は、全然違うのに。似てる気がするのは、どうしてだろう」

 

九条くんは、最初に話しかけてくれた。

困っていた私を、誰よりも早く見つけてくれた。

 

定期テスト前の勉強会でも、わたしが何かわからないことがあったら、すぐに気づいてくれた。

わたしが、何か言うよりも、早く。

 

「佐倉、考え方はあっているが前後の文を見落としてる」

「それは応用だ。先に基礎の方を確認してくれ」

 

 

その言葉に、どれだけ救われたか分からない。

人と接することが苦手なわたしには、とてもありがたかった。

 

 

そして綾小路君。

今回の事件でわたしは、偶然にも事件の目撃者になってしまった。

……最初は、巻き込まれたくなかったから、逃げた。

 

でも、綾小路君はそれを咎めなかった。

 

「佐倉の好きなようにすればいい」

「あれもこれも考えて、抱え込まなくていい」

 

そう言ってくれた人は、初めてだった。

 

 

口数は少なくて、何を考えているのか分からなくて。

でも、気づくと心が軽くなっている。

 

二人とも、どこか「普通じゃない」のに、

まぶしくて、遠くて。

……なのに、まったく違う光を放っている。

 

 

 

―わたし、どうして……

 

こんなに……気になるんだろう?

 

 

 

九条くんは、たぶん『まっすぐ』な人。

他人の痛みにとても敏感で、誰かを見捨てることができない。

その姿はあたたかくて、やさしい。──けれど、時々、怖くもなる。

 

近くにいるのに、触れてはいけないような……

どこか綺麗で、不思議で。

たとえるなら『お月様』みたいな人。

 

暗い夜道で迷っている人を、やさしく照らしてくれるけど、その光の正体は、どこか遠くのもの──手が届かない場所にあるような。

 

 

綾小路君は、何も見せない。

でも、たしかに『みんなを見ている』。

 

教室の中にいても、どこか違う場所からこの世界を眺めているような、そんな距離感。

でも、本当はとても強い。

まるで、『お日様』みたいな人。

 

自分の姿を見せず、ただ静かに燃えている。

近づけば、焼かれてしまいそうなほどに強くて、まぶしくて、そして孤独な光。

 

 

私には、きっと届かない人。

なのに──どうしてだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―わたしは、空を見上げている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、わたしは夢を見た。

風のない、静かな曇り空の浜辺――

どこまでも灰色に染まった空の下、私は一人で立っていた。

 

雲は重く、海は鈍く光っていた。

どこにも色がなくて、時間さえ止まってしまったみたいだった。

今にも雨が降り、海が荒れてしまいそうな。

それに自分もまきこまれて消えてしまいそうで、怖かった。

 

足元の砂が崩れていくような、不安定な感覚。

このまま、自分の輪郭まで曖昧になって、世界に溶けてしまいそうだった。

 

 

そのとき――

 

 

 

 

 

 

 

空の彼方に、誰かが現れた。

大きな翼を背に抱え、

まっすぐに飛ぶ、ひとつの影。

 

それは……綾小路くん、だった。

 

でも、今の彼じゃない。

言葉もなく、ただ雲の中を切り裂いていくその姿は――

まるで空そのものを支配するみたいに、美しくて、遠かった。

 

 

彼が飛ぶたび、曇天が――砕けるように、吹き飛ばされていった。

灰色が消え、まばゆい陽光が差し込んでくる。

暖かくて、眩しくて。

それでも、空を飛ぶ『彼』から目が離せない。

 

いつの間にかわたしは、彼に手を伸ばしていた。

その光の中へ、彼のいる場所へ――

 

 

 

でも、届かなかった。

 

どれだけ背伸びをしても、

どれだけ名前を呼ぼうとしても、

声は空に吸われていった。

 

眩しすぎて、涙が出そうだった。

いつの間にか、雲の隙間から、太陽が顔を見せて――

 

 

 

 

―その瞬間、目が覚めた。

気のせいか、最後に海で何かが光った気がした。

 

 

瞼の奥に、あの光がまだ残っていた。

あの人は、どこまで飛んでいくんだろう。

私は、どこまで近づけるんだろう。

 

わからない。でも――

あの光が、どうしようもなく、心に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方ごろから降り出した雨は、夜になって少し激しさを増した。

 

堀北鈴音は、数時間前のことを思い出す。

 

 

―私は、彼らをもっと知らなければならない。

彼らのことを、もっと。

 

そう思って、まず私は綾小路君を知ろうとした。

 

学校からの帰り道。

綾小路と並んで、横断歩道の信号待ちをしていた時のこと。

思い切って、彼に問い詰めてみた。

 

 

 

――あなた、いったい何者なの?

 

――俺の詮索はするな。

 

 

 

 

 

冷たい……いや、違う。

あの時の、綾小路君の無機質な目が焼きついたままだ。

その時は、何も言えなかった。

 

 

でも、だからと言って『はい、わかりました』と諦めるわけにもいかない。

 

綾小路君は、自分のことを簡単には明かしてくれない。

それでも、彼を知る必要がある。

 

 

そしてそれは、もう一人についても、同じこと。

 

九条君。

彼は綾小路君とは逆に、『すべてを曝け出して尚、わからない』という異常性。

 

 

―手がかりは、一応ある。

彼の入試の回答だ。

 

九条君の思想が、そこにある。

 

一つ、彼にとって『平等』の本質は『再起』であること。

二つ、彼にとって『実力』の本質は『意志』であること。

三つ、その思想には『いじめにあった姉』の死が関係しているであろうこと。

 

 

―これらを考えて、私は一度止まる。

 

『家族の死』

 

そんなセンシティブなものに、関係ない人間がずけずけと踏み込んでいいのか?と。

 

 

それでも、私は進まなければいけない。

 

彼の部屋のインターホンを鳴らす。

 

 

『――はい、九条です』

「私よ、堀北」

 

少しだけ間を置いて、私は続けた。

 

「あなたと話したいことがあるの」

 

 

―あの時、私は『箱』を開けたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

『考え方ひとつで、世界は変わって見える』ということを、私は本気で信じることにした。

 

九条君の部屋で、私は一人椅子に腰かけている。

「夏とはいえ、雨で冷えただろうから」と、九条君はキッチンにお茶を取りに行った。

 

一人待っている間、周囲を見渡す。

 

九条君の部屋。

今まで何度か訪れたことのある世界は、同じものなのに、どこか違って見えた。

 

たとえば、彼の机に整然と並べられたノートや書籍。

前はただ「几帳面な人ね」としか思わなかったけれど、今は違う。

 

各教科で何冊かに分けられたノートは、おそらく何度も清書を繰り返している証拠。

問題集への加工や、九条君自身の理解の確認のため、何回も同じ内容を精査しているから。

 

時計やカレンダーなどにアナログなものが多いのは、彼の趣味嗜好以上に、効率を追求しているわけではないから。

 

本棚には、心理学や教育、社会制度に関する本が並んでいる。

その中に少し『いじめ』、『更生』などを題材としたものがあるなんて、今まで気づかなかった。

 

少しだけある文学小説は、内容が重めなものが中心。

『車輪の下』、『銀河鉄道の夜』、『異邦人』。

人間の存在そのものに問いかけるような作品が中心だった。

 

壁際に置かれた、伏せられたままの写真立て。

きっとお姉さんに関係があるもの。

 

 

……これは、気安く触れない方がいい。

 

 

この部屋は変わっていない。でも私の見方が、変わってしまった。

 

まるで、目に見えない『輪郭』が、部屋中に浮かび上がってくるようだった。

 

 

ふと、部屋の奥から湯を注ぐ音が聞こえた。

やがて足音。気配が戻ってくる。

 

「どうぞ」

 

九条君は湯気の立つ湯呑を、机の上に置いた。

器は素朴な色合いの、少し縁が欠けた陶器。0PPの安物かもしれない。でも、丁寧に洗われていた。

 

「ありがとう」

 

 私はそのまま湯呑を手に取る。

 温かさが、少しだけ指先に染み込んでくるようだった。

 

彼は自分のベッドに腰を下ろした。相変わらず無駄な動きは一つもない。

いつも通りの、静かな九条君――のはずなのに、今はどうしてか、その沈黙が少しだけ違って見えた。

 

 

……この沈黙を破るのは、きっと私の役目だ。

 

 

口を開くのに、ほんのわずか勇気がいった。

けれど、それでも。

 

「九条君。まず、あなたに一つだけ、謝らないといけないことがある。

茶柱先生が言っていた、あなたが満点を取ったという入試の回答……それを、私は見たの。

綾小路君が、手に入れたものを」

 

彼の目が、わずかに動いた。

それでも、表情はほとんど変わらない。

 

私は視線を逸らさず、言葉を継ぐ。

 

「……自分でも、覚悟が足りていたとは思ってる。

でも、あれを見て――何も言わずにはいられなかった。

……ごめんなさい」

 

「別に、それは構わない」

 

九条君は、淡々と答えた。

 

「この学校では、PPでなんでも手に入る。

俺の入試の回答を『買った』のなら、不自然な話じゃない。

買ったのが綾小路なら……まあ、そういうことか。興味がわいたからだろ」

 

あくまで淡々と。

けれどその言葉の裏では、わずかな情報から関係性・動機・状況を読み取っている。

 

 

―やはりこの人は、並の相手じゃない。

目の奥に、静かな光が宿っていた。

それは、情報に対する嗅覚と、信念による冷静さの両方を示しているようで――

 

 

私は、九条君の沈黙を破らず、そのまま言葉を継いだ。

 

「……あの回答、読ませてもらったわ。

最初はただ、『満点を取った内容』がどれほどのものか、確認したかっただけ。

でも――それ以上だった」

 

思い返すだけで、胸の奥がざわめく。

 

「論理は筋が通っていて、整っていた。

けれどそれ以上に……あなたの『感情』や『意志』が、にじみ出ていた」

 

 彼は黙ったまま。

 けれど私は、それを拒絶とは受け取らなかった。

 

「……あなたに、何があったの?」

 

九条は視線を少しだけ逸らした。

しばらく沈黙が続いたあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『実力』っていうものの歪みを見ただけだ」

 

――空気が冷たくなった気がした。

彼の声は冷静で淡々としていたが、その一言に重みがあった。

 

「歪み?」

 

「……言葉遊びに聞こえるかもしれないけど、『頭がいい』も『運動ができる』も『社交性がある』も、全部『実力』じゃなくて『能力』だ。

 

『勉強ができる』ことと、『テストで100点が取れること』は違う。

 

中間がいい例だ。真面目に勉強しようが、過去問を丸暗記しようが、『赤点にならなければいい』、『点数を取れればいい』。

 

……多分、PPで『テストの点数を買う』ってのもありなんだろうな」

 

PPで点数を買う。

勉強することは当たり前と思っている私からしたら、信じられない行動。

 

でも、それを当たり前のように出してくる九条君。

見ているものが、あまりにも違いすぎる。

 

 

「一般的な実力の正体は『結果が出せるか』。過程は一切問われない。この学校でも多分そうだ。

 

 

そして、大体の場合、それは『免罪符』に代わる。

『結果を出せば、何をしても許される』ってな」

 

 

――思い出されるのは、今回の事件。

仮に須藤君が退学などの処罰になっていたら。

それは、『CクラスがDクラスに勝った』ということになる。

 

つまりは、そういうこと。

 

『冤罪でも、判決で相手を有罪にできれば勝ち』。

 

 

こちらを見た九条君の瞳には、冷たく、でも激しく燃えるような『何か』があった。

 

手に持った湯呑から、暖かさを感じない。

ぬるくなった、というよりも、まるで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、そうやって犠牲になった人間を、誰よりも知っている」

 

 

 

 

 

 

彼を中心に、冷たい水の中に沈んでしまったような感じがした。

 

 

 

 

 

―九条君は『そういうもの』を見てきたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、私は不思議な夢を見た。

以前、空を飛ぶ綾小路君らしき姿を見た、浜辺の夢。

 

霞がかった空の下、静かな浜辺に立っていた。

昼か夜かもわからない、色の失せた世界。

波の音だけが、規則正しく耳に届いている。

 

以前の私は、空を見上げていた。

でも、今回は違う。

気が付くと私は、海の方へ歩いていった。

何かに導かれるように、砂の上を、波の中を――

やがて水面は頭上へと消え、全身が冷たく沈んでいく。

 

 

深く、深く。

私はどんどん沈んでいく。

 

陽の光はもう届かない。

ただ静寂だけが、世界を満たしていた。

 

 

いつの間にか、私は海底を歩いていた。

あたりには深海特有の、色鮮やかな珊瑚が生えている。

どこか幻想的で、どこか神秘的。

 

だけど、進むにつれて、だんだんと白い珊瑚が目立って来る。

 

『白い珊瑚は死んでいる』

 

昔、何かの本かテレビ番組で、そんな内容を見たことがあった。

 

 

辺りの珊瑚が真っ白になったころ、『それ』は見えた。

 

 

崩れかけたアーチ、折れた柱。

けれどその中心部だけは、なぜか真新しくて――

 

純白の珊瑚が幾重にも積み上げられた、円形の区画。

四方にはまるで『墓』のような柱が立ち、白い珊瑚で丁寧に装飾されていた。

 

 

彼がいたのは、その中央。

 

 

―九条君?

 

 

だが彼は、こちらを見ない。

その背を、白い珊瑚の墓標に預けるようにして、

静かに、何かを見つめている。

 

私は歩み寄ろうとした。

理由もわからないまま、声をかけようとした。

 

 

でも、声は出なかった。

その瞬間、冷たい潮が周囲を包み、

静寂は激しい流れへと変わった。

 

 

 

視界が歪み、体が引き離されていく。

白い珊瑚の輪が遠ざかって――

 

 

 

そして、私は目を覚ました。

 

 

 

ただの夢。

けれど、なぜか体が冷えている。

夏の暑さなんて消えてしまうほどに。

 

 

あの珊瑚の墓は、いったい――誰のためのものだったのだろう?




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