ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「地獄への道は善意で舗装されている」―サミュエル・ジョンソン


地獄への道は善意で舗装されている

翌朝。

船内アナウンスで目が覚めた。

 

 

『生徒の皆様にお知らせします。

まもなく、島が見えてまいります。

 

しばらくの間、非常に意義ある景色を御覧いただけるでしょう』

 

 

『意義ある景色』。

やはり、ただのバカンスで終わるはずがない。

 

 

着替えて甲板に出ると、すでに多くの生徒たちが島を眺めていた。

海の向こう、朝靄の中にゆっくりと姿を現す島影。

綺麗というよりは、静かに不穏だった。

 

「九条」

「綾小路」

 

背後から名を呼ばれる。振り返ると、綾小路がいた。

 

「……これが、ただのバカンスだと思うか?」

「いや、この学校だ。移動が豪華な分、こっちを落として調整しているかもな」

 

口調はいつもどおり穏やかだが、その目は油断なく島を見つめている。

綾小路清隆――静かな仮面の奥に、何を思っているのかは、やはり読みにくい。

そこへ、櫛田が軽やかな足取りで近づいてきた。

 

「おはよう、九条くん、綾小路くん」

 

櫛田は最低限の挨拶だけして、島の方を見つめる。

 

「感動するなぁ……。二人も、そう思わない?」

 

声の調子は浮かれているようでいて、どこか空回りしている。

 

「そういえば、堀北さんは?一緒じゃないの?」

 

ふと櫛田が問いかける。

詳しいことはわからないが、櫛田はやたらと堀北を気にしている。

多分『警戒』だろうが、俺はその背景を知らない。

 

 

「旅行を満喫するようなタイプじゃないし、部屋にいるんじゃないか?」

 

綾小路がそう答える。

 

「あはは……そうかも」

 

櫛田は軽く笑って見せたが、その視線はずっと島の方に向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から島に上陸するにあたり、諸注意事項の説明が行われる。全員、それまでここで待機するように」

 

停泊場所は、舗装された港ではない。

白い砂浜が広がる、まさしく『無人島』の風景だった。

ペンションなんて、さっきの島の景色の中にも存在しなかった。

 

ここで違和感は、確信に変わる。

バカンスではない。これは、試練だ。

 

私物の持ち込みは禁止。服装は学校指定のジャージ。

観光ではあり得ない指示が、次々と告げられる。

 

 

「まず、一時的に学生証は没収する。代わりにこの腕時計を着用しろ。許可なく外した場合、ペナルティを課す」

 

教師たちが手際よく腕時計を配りながら、全体を見回している。

やがて、マイクを持った一人の教師が前に出る。

 

 

「Aクラス担任の真嶋だ。今日この場に無事にたどり着けたことを、まずは嬉しく思う。

だがその一方で、1名の生徒が病欠で参加できなかったことは、残念でならない」

 

欠席1名。

うちのクラスではないが、誰のことだろう?

 

静かなざわめきが起こる。だが、詳細の説明はない。

 

 

「では、これより本年度最初の『特別試験』を行いたいと思う!」

 

 

真嶋先生の声が、砂浜に反響する。

『特別試験』。

つまり、学校は『また』生徒を騙したわけだ。

 

「期間はこれより一週間、君たちには、無人島で集団生活をしてもらう!

ここから先は、すべて君たち自身で判断する必要がある!

さあ、サバイバルの始まりだ!」

 

 

教師たちは容赦なく告げる。生徒たちの顔に緊張と不安が走る。

 

俺は、どこか冷めた見方で先生たちを見ていた。

もう慣れたのだ、この学校の『異常』には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、今から詳細なルールを説明する」

 

真嶋先生のあの宣言の後、俺たちは各クラスごとに分かれて担任の話を聞いている。

 

「佐枝ちゃん先生。俺たち、『バカンス』って言われてこの島にやってきました。

こんな騙し討ちのような形での試験は聞いてないですよ!」

 

最初にそう異議を唱えたのは、意外にも池だった。

だが、それに対する茶柱先生の答えは淡々としていた。

 

「その言い分は理解しよう。

だが安心しろ。これは過酷な生活を強いるものではない。海で泳ぐのも、バーベキューするのもお前達の自由だ」

 

「じゃあバカンスでもいいんですね!」と池が一瞬だけ顔を明るくしたが、続く説明で現実を思い知ることになる。

 

茶柱先生から告げられたのは、以下の通り。

 

1.各クラスには、この試験専用のポイントが300与えられる。これを使用して、配布されたマニュアル内のものを購入できる。

 

 

念のため確認したが、『相場の変動』や『マニュアル毎の変更』はなかった。

つまり、『Dクラスだけ飲料水の価格が3倍』みたいなことはない。

 

 

2.このポイント(pt)は試験終了後、残額がそのままCPに加算される。

 

このことを聞いて池と山内が「毎月3万、毎月3万!」とテンションを上げていたが、正直無理だろうな。

 

 

3.島内には「スポット」が存在し、占有することで使用権と1ptが得られる。

 ただし、占有は8時間ごとに更新が必要。怠ると自動的に権利消失。

また、他クラスの占有したスポットを許可なく使用は禁止。無断使用はペナルティ。

 

 

4.スポットの占有・更新はリーダーのみが行える。リーダーの変更には正当な理由が必要。常に1名は立てなければならない。

 

更新は専用キーカードで行い、どうやら生体認証(指紋?)でもされているようだ。

 

 

 

5.試験最終日に「他クラスのリーダーを当てる権利」が与えられる。成功すれば+50pt、失敗すれば-50pt。行使は任意。

逆にこちらのリーダーを当てられた場合、50ポイントのペナルティ。

さらにスポット占有のボーナスは無効になる、

 

6.以下の行為などにはペナルティが発生する

 

 ・体調不良などによるリタイア

 ・島の環境破壊

 ・一日二回の点呼の不在

 ・他クラスへの窃盗、略奪、暴力行為(加害者のPP全没収、クラスは即失格)

 

※特に10人以上のリタイアで「-300pt」

 

 

実質的な完全敗北。

……いや、待て。本当にそうか?

 

『なぜ失格ではなく-300扱いなのか』

『そもそも失格と-300ptが別扱いなのはなぜか』

 

この辺りは、後で考える価値がありそうだ。

 

 

7.各クラスへの初期支給物資は以下の通り。

 

 ・8人用テント ×2

 ・懐中電灯 ×2

 ・簡易トイレ ×1

 ・マッチ1箱

 ・各生徒用アメニティバッグ

 

加えて、以下の支給は無料&無制限

 

・簡易トイレ用のビニール袋+吸水ポリマー

・女子用生理用品

・日焼け止め

 

 

 

「先生、仮に300ポイントを全て使用してしまった後にリタイアする者が現れたらどうなるんでしょうか」

 

堀北が質問する。

……気のせいか、少し体調が悪そうだ。

念のため気にかけておこう。

 

「その場合リタイアするものが増えるだけだ。ポイントは0から変動しない」

 

「この点呼とはどこで行うんですか?」

「担任は、自分のクラスと共に試験終了まで行動を共にする。

お前たちがベースキャンプを決めたら、私はそこに拠点を構えて点呼を行う。

一度ベースキャンプを決めたら正当な理由なく変更は認められない」

 

 

拠点の選択もこっちの判断任せか。

『正当な理由』は……まあ、自然災害や他クラスの工作だろう。

 

……念のため、マニュアルに変な薬や罠でも載っていないか、後で確認しておくとしよう。

 

 

「以上だ。では、私も準備があるのでな。あとはお前たちの判断で行動しろ」

 

そういって、先生は船に戻った。

 

 

残された俺たちは、さっそく今後の行動方針を決めようとしたが、いきなり「待った」がかかる。

声の主は、軽井沢を筆頭とする女子グループの数人。

代表代わりになっているのは、長谷部という女子だ。

他には、佐藤、篠原、王もいる。

 

軽井沢本人は黙っているが、目線が泳いでいるところを見るに、どっちにも付きたいが、できない理由があるといったところだろうか。

 

 

「ねぇ、平田君。ある程度は、ポイント使ってもいいんじゃない?」

「私たちも、可能な限り節約したいけど……『アレ』は……さすがに」

「ヤダ……」

「死んじゃう……」

 

女子たちの視線の先にあるのは、災害用の簡易トイレがある。

まあ、そうだろうな。

いくら遮蔽用の小型テントがあるとはいえ、あれで用を足すのは人間誰でもきつい。

『それ以上の利益』がある場合を除き、だが。

 

「たった一週間我慢すれば、3万なんだぜ?

トイレくらいこれでいいだろ」

「それによ、うまくいけば一気にCクラスに追いつけるんだぜ?」

 

そしてこれがその『利益』。

仮に一切ポイント使用をしなかった場合、300CPの加算になる。

文字通りの大躍進と月のPP支給。

何より『上位クラスに追いつける』というのが大きなメリットだろう。

 

 

だが、人間の欲求では『利益』よりも『精神面の健康』が重要視されることもある。

 

「あのさぁ、我慢できない子もいるって話をしてんの!」

 

隙を見つけたとばかりに、軽井沢が動く。

彼女は気が強く、櫛田とは違う意味で女子の中心だ。

『クラスリーダーである平田の交際相手』という付加効果も多きい。

 

 

―だが、どことなくぎこちない。

『何かを真似て、何かを隠している』ように見えるのは、きっと気のせいではない。

 

 

 

「ポイントで購入できるものには、普通のトイレもあるね」

 

平田がマニュアルの中にある『購入品カタログ』を見せる。

確かにそこには、仮設トイレの項目があった。

女子たちは一気に沸き立ち、購入を要求する。

 

 

「ポイント使用は、最低でも過半数以上の票を集めてから言ってくれ。

感情で動く女子の要望を聞いていたら、話にならんぞ、平田」

「何よそれ!!」

 

 

だが、今度は男子が黙っていない。

その一人、幸村の言葉に軽井沢が噛みつき、一気に不穏になってくる。

 

 

 

「九条君、君の意見を聞いてもいいかな?」

 

平田の発言で、一気に視線が集まってくる。

 

 

俺の答えは、もう決まっている、

後は、それを納得させられるか、だ。

 

「娯楽用品ならともかく、トイレやシャワーみたいな衛生面に関しては、ある程度使ったほうがいいと思う」

「九条までそっちにつくのかよ!?」

「まさか、女子にいいカッコしたいからか!?」

 

まさか女性陣につくとは思わなかったのだろうか。

池たちから非難が飛んでくる。

だが彼らは今、頭に血が上っているだけなんだ。

 

ちゃんと、『なぜ必要なのか』を説明して、納得させられるなら大丈夫のはずだ。

この試験、というよりこういった環境で注意するべきなのは。

 

 

「違う。『もっと危険なこと』を対策するための必要経費の話だ」

「……危険なことって?」

 

池があっけにとられたような顔をしてくる。

 

「まず、単純に衛生環境。

『トイレをケチって感染症になって全滅』なんて笑い話にもなりはしない。

それに、極限環境に近いと、些細なことでもストレスがたまりやすい。災害時のトラブルとか、聞いたことないか?」

「あ~、確かに、映画とかでもあるあるだよな。喧嘩になるとか、派閥争いとか」

 

山内が話に乗ってきた。

話の裏付けとして、ありがたいことだ。

 

 

「映画ならまだいいほうだ。

でも、これは現実。

最悪『一線超える』可能性まである。」

「一線……」

 

櫛田が少し顔色を悪くした。

まあ、予想がついたんだろうな。

 

「……あまりいい話じゃないけど、口喧嘩ならまだ軽いほうだ」

 

冷静に、不安を煽らずに、事実を述べるように心がける。 

 

「最悪の場合、殺人・傷害・性犯罪まで行きかねない。

まして、ここは周囲の目がない無人島。

限界になって、『ばれなきゃいい』で暴走する可能性は、ゼロじゃない」

 

俺の話を聞いて、ほとんどの生徒が顔を青くする。

女子グループなんて特にだ。

『自分が被害者になるかもしれない』という恐怖をあおってしまったが、今回はこのまま進めさせてもらう。

 

「さ、さすがにそこまでは……ないんじゃないかな?」

「うん……」

「過剰かも……」

 

長谷部をはじめとした女性陣と、平田が反論してくる。

だが、ただの冗談なら災害時に事件なんて起きていない。

 

「災害時のそういった大事は、夢物語じゃない」

「確かに、漫画でも見たことあるな。そういうことが多いって。

まあ、大体酒が絡むけど」

 

今度は池が合わせてくる。

……本当に、二人はこういったときに頼りになる。

 

「酒があろうとなかろうと、だ。

今回乗りきっても、今後完全にクラスが崩壊していれば、何の意味もない。

『必要経費』として最低限は使ったほうがいいと思う」

 

「……理解した。俺も、少し過剰になっていたかもしれない」

「あたしも……」

 

幸村と軽井沢が矛を収めたのを皮切りに、全員が冷静になる。

池はさっそく篠原に謝ってるし、櫛田はさっそく女子の要望を聞いていた。

 

 

この試験は『自由』をテーマにした試験。

いや、違う。

 

 

 

 

 

 

――これは、『統率』の試験だ。

 

意見を抑えるのでも、押し切るのでもない。

「異なる声」を一つの未来へと導く、それが俺の選んだ答えだ。

 

300ptは、その予算であり、言い方は悪いが誘導の餌。

遠足とかでよくある『おやつは300円まで』と同じ理論だ。

『余ったお金はお小遣いにしてもいいよ』という誘惑付きの。

 

小学校時代にそんなクラスメイトがいた気がする。

 

 

「九条。お前はこの試験のテーマをどう思う?」

 

綾小路が問いかけてきた。

今考えたことを、正直に話す。

 

「俺は『統率』だと思った。『異なる意見をまとめて、自分の狙った方向に誘導できるか』を『実力』として定義した試験だ」

 

「……そうか。やっぱり、おまえは面白いな」

 

その声に、僅かに含まれた『探るような響き』は、風に紛れて消えていった。

綾小路は平田達に合流しようとするが、今度は俺が止める。

伝えておかなければならないことがある。

 

「待った、綾小路。お前にも伝えておきたいことがある。

 

堀北の様子がおかしい。体調不良だと思うから、少し気にしておいてくれ」

 

「……わかった」

 

 

そういって、綾小路は去っていった。




「最近ポエムが多い」という意見があったので、ちょっと修正して試験開始にしました。

また書き溜めるためしばしお待ちください。
ご意見、ありがとうございました。
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