ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「正しさを選ぶのではなく、選んだものを正しくする」―野村克也(意訳)  


正しさを選ぶのではなく、選んだものを正しくする

日本の暑さは、『熱』そのものよりも『湿度』が厄介だ。

 

たとえば、砂漠の暑さと、ジャングルの暑さでは、感じ方がまるで違う。

 

日本の気候は、間違いなく後者に近い。

高温多湿――つまり、ジャングルのような不快さ。

 

熱と湿気によって作られた“疑似サウナ”は、人間の体力と判断力を確実に削っていく。

 

 

この島も、例外ではない。

最低限の整備はされているだろうが、その環境は天然ものに近い。

草木が生い茂り、日光を隠す一方で、独特の湿気と蒸し暑さが漂っていた。

地面にはぬかるみも多く、歩くだけでも足を取られそうだ。

 

 

須藤、池、山内は先行して拠点にする場所を探している。

 

「できれば水辺がいい」という要望はしたが、別に叶わなくてもいい。

 

 

―本当に、彼ら三人が退学にならなくてよかった。

 

 

ああいった積極性は、人を引っ張っていくのに向いている。

誘導ではなく、行動の起点として頼もしいくらいだ。

 

『ファーストペンギン』とかいうらしい。ここは逆の環境だが。

 

 

「みんな、ここで一旦休憩にしよう!」

 

平田の一言で、全員が休憩モードに入る。

暑さに愚痴を言うものもいれば、疲労でしゃがみ込む者もいた。

 

堀北は、表情一つ変えずに腰を下ろすが、やはりぎこちない。

できれば、キャンプで安静にしていてほしい。

 

 

「ここからは、僕らも探索に行こうと思うんだ。

ベースキャンプの設置場所で、ポイントの節約にもつながるしね」

「そうなの?」

「うん。例えば、影が多い場所にキャンプを張れば、日光を遮るために追加のポイントを節約できるかもしれない。日射病のリスクも減るしね。

 

一緒に行ってくれる人はいるかな?」

 

―ガサリ、と平田の頭上の木が揺れる。

見上げると、高円寺が木の上で挙手していた。

 

入学式以前、バスの中で見かけたのだが、相変わらずマイペースというか、唯我独尊というか。

一人だけ樹上にいることも含めて、とことん規格外な男だ。

 

そのあと、何人かが手を挙げる。

「私もよかったら」と、櫛田も参加した。

 

櫛田の参加をきっかけに、さらに人数が増える。

自分と、綾小路も参加した。

綾小路の参加を見て、佐倉も手を挙げる。

 

―まあ、『そういうこと』なのは露骨に分かる。

 

「ありがとう。

これで12人。三人ずつのチームで行こう!」

 

その号令をきっかけに、それぞれが探索に乗り出した、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中は、さっきよりも空気が重たく感じられた。

湿気のせいか、それともこの学校が仕掛ける『何か』のせいか。

ぬかるんだ土や露出している木の根に足を取られないようにしながら、俺たちは進む。

 

俺は、平田、軽井沢とともに行動することになった。

クラスリーダーとその交際相手とのセットだが、特に気にするようなことも無い。

 

「……ねえ、九条君」

 

突如、軽井沢が足を止めた。

俺と平田もそれに続いて足を止め、彼女の方を見る。

 

「……さっきは、ありがと」

 

さっき。

ああ、最初の相談か。

 

「トイレの話か」

「……うん」

 

素直な感謝、というより、用意していたセリフをようやく口にできたような口調だった。

 

「僕からもお礼を言わせてほしい。

もしかしたら、もっと大変なことになっていたかもしれない」

 

平田が続いてくる。

 

 

「俺は別に、必要だと思ったからやっただけだ。

……さすがに娯楽品だったら止めていた」

 

「まあ、あたしもポイントは重要だと思ってるから、そこまではしないって。

ね?平田君」

「ああ。そうだね」

 

軽井沢の話に平田が合わせる。

 

……やけに息の合ったやり取りだ。

これが偶然の一致か、それとも――

 

 

二人が何かを『演じている』のはほぼ間違いない。

実際、カップル特有の話みたいなもの、例えば「先日どこに遊びに行った」とかそういう話はない。

軽井沢が何かを提案して、平田が合わせるというのがほとんどだ。

 

 

 

まあ、今の状態なら気にする必要はないかもしれない。

でも、壊れそうなら、その時は。

 

 

 

「あれ?……ちょっと待って」

 

軽井沢が突然、両手を耳に添えて音を探り始める。

 

「なんか……水の音がする」

 

耳を澄ますと、確かに水の流れる音が聞こえる。

結構流れが急な激しい音。

……滝?

 

「本当かい!?」

「行ってみよう」

「こっち!こっちから音がする!!」

 

 

軽井沢を先頭に、音の場所へ向かう。

おそらく、水場は『スポット』の可能性が高い。

 

 

……つまりは、早いもの勝ちである。

 

 

 

「ごめんね。ここはBクラスがさっき占有しちゃったんだ」

「そ、そんなぁ~……」

 

 

まあ、残念な話ではあるが、こういうこともある。

――いや、むしろこれが、実力至上主義の現実か。

 

軽井沢が聞いた水音の正体は、やはり滝だった。

ただし、タッチの差でBクラスに占有されてしまっていたが。

 

一之瀬に申し訳なさそうに謝られた軽井沢は、その場にへなへなと崩れ落ちる。

気持ちはわかるが、これは仕方ない。

 

 

「まあ、今回は仕方ないよ。

Bクラスの拠点が分かっただけでも良かったんじゃないかな?」

 

 

平田の慰めの言葉に、軽井沢は少しだけ顔を上げて、

 

「……そ、そうだよね。水場の場所もわかったし」

 

と、なんとか笑みをつくって立ち上がる。

そのとき、背後から軽やかな足音が聞こえた。

 

 

「こんにちは。九条君」

 

 

振り返ると、そこにはBクラスの担任――星之宮先生が立っていた。

穏やかな笑みを浮かべているが、その目は鋭く、どこか探るような光を宿している。

 

 

「星之宮先生」

 

軽く会釈する俺に、彼女は涼しげに笑ってみせた。

 

「少し、時間をもらってもいいかしら? 九条君だけで」

 

平田と軽井沢が戸惑ったようにこちらを見るが、俺は軽くうなずいてから2人に目で合図する。

「少しだけ」と手で示すと、2人は気を利かせてその場を離れた。

 

 

 

星之宮先生は、滝の近くにある岩に腰かけ、俺にも隣に座るよう促す。

 

「あなたに、ちょっと気になっていることがあるの」

 

その声音は穏やかだったが、その奥にある何か――警戒か、あるいは興味か――を感じた。

 

「俺の何が、でしょうか」

「全部よ」

 

問い返すと、先生は少しだけ口元を歪めた。

冗談に聞こえたが、その目は笑っていなかった。

 

星之宮先生から、どこか穏やかさが消えた。

 

 

「教師として、生徒のプロフィールはある程度把握してる。

当然、あなたのもね。

だから私たちは、『あなたに何があったのか』も知ってる」

 

……そうか。

学校側はすでにすべてを把握している。

この学校に来た以上、過去も込みで評価されているということか。

でも、誰にどう評価されても関係ない。

 

「……そうですか。

別に、俺は自分の過去を恥じることはありません」

「『それ』」

 

星之宮先生の目が細くなる。

何かを掴んだような、そんな表情だった。

 

「普通の人だったら、あれを『恥じない』なんて言わない。

トラウマみたいなものよ。少なくとも。10代の子供が受け止められる内容じゃない。

 

でも、あなたは『受け止めた』。

そしてその上で、『誰かのために』行動してる。

 

……どうやって乗り越えたの?」

 

『乗り越えた』。

ああ、先生はそう解釈してるのか。

 

『家族の死というショックを克服して、成長した』と。

 

正直、その考え方は嫌いだ。

『誰かを犠牲にしなければできない成長』なんて、あっていいはずがない。

人の人生や命を、『人生の肥やし』にするなんて、馬鹿げてる。

 

 

そして、それを「自己責任」、「なるべくしてなった」と上から目線の責任論で終わらせることも。

 

でも、第三者から見れば、そう思ってしまうのは仕方ない。

自分のことではないから、想像と推測で補完するしかないのだ。

 

 

「……乗り越えてなんかいませんよ」

「え?」

 

「今でも思い出すし、たぶん一生忘れることもありません。

あれが『仕方ないこと』なんて認めません。

 

でも、泣くのも怒るのも『あの時』に全部やりました。

でも何も変わらなかった。

 

――だから、引きずってでも、前を向くしかないんです。

その果てにどうなっても、俺は胸を張って死んでるでしょう」

 

 

どこか冷めた言い方だったかもしれない。

でも、それが俺の本心だった。

 

 

星之宮先生が少しだけ眉をひそめた。

 

 

 

「それは……強さなのか、麻痺なのかしら」

「どっちでも同じです。

ただ、『自分と同じような経験をする人間は居てはいけない』。

『自分が倒れたら、次に倒れる誰かを助けられない』。

それだけです」

 

彼女の目が、また少し変わる。

探るような視線から、わずかに哀しみを含んだものへ。

 

 

「……ほんとに、油断ならない子ね。残念だなぁ」

「……それは、俺がBクラスに所属していないからですか?」

 

問い返したのは皮肉のつもりではなかった。

ただ、彼女の真意を知りたかった。

 

星之宮先生はくすりと笑う。

 

「さあ、どうかしらね?」

 

そう言って、彼女は岩から立ち上がる。

会話は終わりのようだった。

 

「失礼します」とだけ言い、俺も立ち上がる。

 

背を向けて歩き出す。

もう一度だけ、彼女の視線を背中に感じた気がしたが、振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平田達と合流して休憩場所に戻ると、そこには先行探索組の山内がいた。

かなりハイテンションだったので話を聞くと、なんと水辺のスポットを見つけたとのこと。

池と須藤は、そこで見張りをしているらしい。

 

山内は、まるで宝を発見した子どものように身振り手振りで語っていた。

誰が見つけたにせよ、「見張り役」、「報告役」で分担しているのだから、俺にとっては三人全員の功績だと思う。

 

案内されるままに行くと、そこは川の上流。源泉部分の近くには、何かの機械があった。

おそらく、あれで占有をするのだろう。

 

 

「凄いよ池くん!

きれいな水に日光を遮る日陰。地面も整備されているみたいだし、ここならベースキャンプにするのに理想的だよ!」

「だろ!川の水も多分飲んで大丈夫なはずだぜ!」

 

自信満々に池が答える。

川の水の安全性までわかるのは、なにか理由があるはずだ。

後で聞いてみようか。

 

そして、そうなると『もう一人』をないがしろにしてはいけない。

 

 

「山内、報告ありがとな。助かったよ」

「へ?お、おう!俺は気配りのできる男だからな!」

「山内君もありがとう。助かったよ」

 

 

平田からもお礼を言われて、山内は恥ずかしそうに頭を搔いた。

一見地味だが、報告役も立派な仕事だ。

スポット発見という『華』は勝手に評価される。

だから俺は、報告役という『見えない華』を評価する。

 

 

「ここをベースキャンプにしようか。みんなはどう思う?」

「あたしは賛成!」

 

 

平田の確認に、反論する者はいない。

さっき水場を逃した軽井沢は、真っ先に賛成した。

 

「問題はここを占有するかなんだけど……」

「するだろ?川も使えるし、ポイントだって入るんだぜ?」

 

池が「当然占有するもの」として意見を述べる。

自分たちの功績にもかかわっていることだから、占有したいのもあるだろう。

 

「でもその場合、8時間ごとにリーダーが更新しないといけないよね?」

「そっか、他のクラスに見られたら……」

 

平田と軽井沢が、問題を掲示する。

『リーダー判明のリスク』。これを解決しないと、占有にいい顔はしないだろう。

 

「そこはこう、囲んで隠せばいいんじゃね?」

「仮設トイレ用のテントを使うのもありじゃない?」

 

山内、佐藤がさらに話を広げる。

それを気かけに、占有に天秤が傾いた。

 

「そうだね。みんなはどう思う?」

 

全員が賛成の声を上げた。

炎天下の捜索が終わる、という誘惑もあると思うが、水場で日陰という好条件を逃したくないのもある。

 

「じゃあ後は、誰がリーダーになるかだね。

皆はどう思う?」

 

その言葉に、今度は全員が黙り込む。

それは、リーダーという役割への『責任』からか。

 

 

 

「その話なんだけど、ちょっといいかな?」

 

櫛田が手を挙げる。

 

「色々考えてみたんだけど、平田君や軽井沢さんは嫌でも目立っちゃうでしょ?私も同じ。九条君も警戒されちゃうと思うんだ」

 

「……確かにそうだね」

「九条君も、Bクラスは間違いなく警戒してると思う。

あたしたちさっき、Bクラスのキャンプを見つけたんだけど、向こうの先生が九条君を呼び出してた。

二人きりで話したい、って」

 

その発言で、視線が集まる。

山内と池の視線が少し違うのは、たぶん『女教師と二人きりで話をした』ということに対してだろう。

 

 

「でも、リーダーを任せるなら責任感のある人がやったほうがいいよね。その両方を満たしているのは……堀北さんだと思う。

どうかな?」

 

櫛田の話は、周囲をまとめるのにも強い。

『優等生』の信頼が、彼女の話にプラス評価をしているのもある。

 

「賛成だよ。堀北さんさえよければ、引き受けてもらいたい。どうかな?」

「嫌なら、俺がやってもいいぜ?」

 

平田が堀北を押し、須藤が代理提案をする。

後は、堀北の『選択』次第。

 

少しの間の後、堀北は声を出した。

 

 

「わかったわ。私が――」

 

やる。

そう言おうとしたところで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その役目、俺にやらせてくれ」

 

意外な人間が、声を上げた。

綾小路清隆が、名乗りを上げた。

 

 

「……綾小路君?」 

 

「堀北も、この前の一件で警戒されていると思う。特にCクラスには。

実際、Cクラスの龍園が『今度は自分が相手をする』と船で言っていたのを見ている」

 

「龍園くんが……」

 

櫛田の顔が曇った。

龍園。

以前特別棟で出会った、Cクラスの『王』。

須藤の一件で堀北を警戒したというのは、理解できる。

 

 

……『裏の実行役』の存在を知らなければ、だが。

 

「それなら、表向きのリーダーと、実際のリーダーを分けたほうがいい。

Dクラスは堀北がリーダー、と表向きにアピールすれば、リーダーがばれる危険も減る。

 

……それに、さっきから堀北の様子がおかしい。

たぶん体調が悪いんだと思う。責任を分散させて、休ませたほうがいい」

 

「あなた……」

 

堀北は一瞬だけ眉をひそめ、視線を落とした。

 

「もちろん、堀北にも動いてほしいことはある。表立った行動で、リーダーの誤認を頼みたい」

「それなら、僕も協力するよ。堀北さんだけに無理はさせられない」

「私も!」

「俺もやるぜ!」

 

平田、櫛田、須藤が一斉に援護に入る。 

その目的は様々だろうが、『堀北に無理をさせない』という方針は一致していた。

 

 

「……わかったわ。あなたに任せる」

 

そうして、Dクラスのリーダーは、綾小路に決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、『選択』はいつやってくるかわからない。

そのきっかけも。

 

「やっほ~。……ずいぶんいい場所、見つけたんだね?」

「Dクラスは、川をキャンプ地にしたのか」

 

 

リーダー決定の数時間後、まだ日が赤くなるよりも前。

Bクラスの一之瀬と、神崎という男子が、キャンプにやってきていた。

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