ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「連帯なくして、自由なし」―ジャン=ジャック・ルソー「社会契約論」(意訳)


連帯なくして、自由なし

「驚かせちゃったかな?」

 

一之瀬が、申し訳なさそうに微笑んだ。

だがその後ろに立つ神崎は、Dクラスの面々を一人一人、正確に見つめていた。

 

男子生徒の神崎は、今回が初対面。

名前だけは櫛田経由で知っているが、立ち位置は『Bクラスのサブリーダー』程度の情報しかない。

立ち姿には隙がなく、まるで教師や上級生と対峙しているかのような緊張感を覚える。

鋭い目線が、こちらを一人ずつ、正確に、無言で値踏みしていた。

 

場に居るだけで空気が引き締まる。

言葉を交わさずとも伝わる「警戒と判断」の構えに、須藤がわずかに視線を逸らす。

 

『優しいリーダー』である一之瀬を支える、『冷静な参謀役』。

そう思った瞬間だった。

 

 

「一之瀬さん。提案があるわ」

 

それまで沈黙していた堀北が、一歩前に出る。

その声には、先ほどまでの不安や体調不良の影は感じられない。

 

「今回の試験、BクラスとDクラスは停戦しないかしら?」

「はにゃ?」

 

一之瀬が思わず間の抜けた声を漏らした。

驚きとともに、ほんの少し警戒の色がその目に浮かぶ。

 

「私たちがいくら高得点を取っても、今の段階ではあなたたちには届かない。

それなら、お互いに消耗するよりは――敵を減らす選択を取るべきだと思うの」

 

 

頭の中で現在のCPを思い出す。

現在、Dクラスのクラスポイントは95CP。一方で、Bクラスは663CP。

その差は、568CP。

 

今回の試験で得られる最高得点は、ポイントを一切使用しないことで得られる300ポイントと、すべてのクラスリーダーを当てることでの150ポイント。

この試験でポイントがマイナスになることはないから、最低結果は0ポイント。

よって、Bクラスのポイント変動はないと仮定。逆にこちらのリーダーを当てられた場合の-50ポイントも無いものとして計算する。

 

この時点で、Dクラスの最高得点は545CP。Bクラスには追い付かない。

もちろん、『一切の減点要素がない理想の状態で』という条件も追加される。

 

残りの差額である118ポイント以上を獲得するためには、スポットの占有しかない。

スポットを片っ端から占有しても、単純計算で1日3回の更新で3ポイント。これが7日分として21ポイントが一箇所あたりの理想値。

よって、6箇所以上を初日から占有しなければいけない。

もちろん、リーダーがばれるようなことも、スポットが見つからない、なんてことも無く。

 

 

整理すると、こんな感じだ。

 

現在のDクラスのCP=95。

減点要素が一切起こらない状態で、一切のポイント使用をしなかった場合=300。

Bクラスも含めたすべてのリーダーを当て、かつ自分たちのリーダーは当てられなかった場合=150-0。

他のクラスが0ポイントで試験が終了する=-0。

スポット6箇所×1日3回の更新(1日=24時間なので8時間で割って3回)×7日分=126。

 

95+300+150-0-0+126=671CP。

 

ここまでやってようやく、Bクラスを追い抜くことができる。

 

 

「――この計算は、あくまで『理想状態で最大限の結果を出した場合』の話よ」

 

堀北の声で意識が戻る。

どうやら、彼女も同じことを話していたようだ。

 

 

「現実には、リーダーが当てられれば-50、スポット占有のポイントも無効。

……つまり、『勝てないわけじゃないけれど、現実的ではない』。

それなら、欲を張るよりも堅実に行ったほうがいい。

 

だから、あなたたちと組んで確実性をとりたいの。

当然、その証明として、Bクラスのリーダーを当てることはしないわ。

その場合でも、671-50で621CP。これが現実的な最高結果よ。

 

今後を考えると、もっと低くなるでしょうね。

食料などの購入、誰かのリタイアでもポイントは減る。

試験が終わって私たちは……250CP前後になるはずよ。

 

お互いに敵が減る。クラスポイントの分、あなたたちのほうが得をする。

でも、逆に潰し合えばCクラスやAクラスに隙を与える。

それでは、お互いに得にならないでしょう?」

 

 

「……冷静な分析だな」

神崎が、短く評価するように呟いた。

 

「情報共有はどうする?」

「自由。ただし、場所や危険の兆候だけは積極的に行いたいわね。クラスの利益以上に、重傷者や『最悪の事態』を防ぐために」

「リーダー情報のやり取りは?」

「必要ないわ。そう簡単に信じてもらえないことは承知の上よ。

こちらもそちらもリーダー不明。お互い様でしょう?

 

あくまでも、お互いの安全と最低限の信頼のための停戦よ」

 

 

「うーん……確かに、問題はないけど……」

 

一之瀬が少し視線を泳がせてから、口元に笑みを戻す。

 

 

 

「もう一つだけ、こっちの提案をしてもいい?」

「……何かしら?」

 

 

 

一之瀬は目線をこちらに向けた――正確には、俺に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この試験中、九条君をBクラスに貸してくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲に、一瞬の沈黙が走る。

驚き、困惑、そして警戒。

 

 

「……理由を、聞いてもいいかしら?」

「もちろん。

一番の理由は、『友好関係の証明』かな?」

 

 

一之瀬の言葉に、Dクラス側の空気がわずかに緊張をはらんだ。

須藤が小さく眉をひそめ、軽く口を開きかけたが、何も言わずに口を閉じた。

一部の生徒は驚きを隠せず、ざわつきかける声を堀北が手で制す。

 

その間にも、一之瀬の表情は穏やかなままだった。

笑顔は柔らかいが、その瞳には明確な意志が宿っている。

 

 

 

「AクラスとCクラスからの攻撃を防ぎたいんだ。

もしも向こうが偵察に来た時にDクラスの誰かがいれば、相手も警戒するかもしれないでしょ?

『DとBが組んだかもしれない』って。

それはキャンプにいても、探索に出ても効果がある。

 

九条君を選んだのは……この前の事件の時に知り合って、少しだけ仲がいいから。

平田君や櫛田さんだと、あまりにも同盟関係が露骨にばれちゃう。

『クラスの中心がほかのクラスにいるわけがない。きっとなにかあるんだ』ってね。

『かもしれない』って予測のほうが、相手の警戒度は上がると思うんだ。

『ばれてもばれなくても問題ない人』が来てくれるのがありがたいかな。

 

それに……九条君って、周りのことをよく見てるでしょ?うまく立ち回ってくれそうだし、安心して任せられると思うんだけど、どうかな?」

 

 

彼女の言葉は、交渉というよりも『選択肢の提示』に近かった。

つまり、「もし断るなら、それでも構わない」という余白が用意されている。

だからこそ、場に漂う圧力は不思議と控えめで――だが、確かな重みを持っていた。

 

一方で、彼女の視線が向けられている俺自身は、その提案の裏にある「狙い」に焦点を当てていた。

 

一之瀬帆波は、おそらく『善人』だ。

櫛田からの話、先日の佐倉や須藤の事件での行動からもわかる。

 

その一方で、それはただの『お人よし』ではない。以前龍園を止めた時のように。

善性をただの『綺麗事』だけで終わらせる人間でもない。

 

 

 

――それなら、一番可能性があるのは、『査定』?

 

 

 

わずかに警戒を強めた俺を、一之瀬はなおも柔らかく見つめていた。

 

 

「だから、こっちからも一人Dクラスに預けるよ。バランスは取るつもり。

 

 

……神崎君、お願いしてもいいかな?」

「了解した」

 

神崎は一歩前に出た。

その動作は軍人のように無駄がなく、反論の意志すら見せなかった。

綾小路の横にいた須藤が一瞬肩を揺らした。

 

 

「つまり、お互いの『代表者』を交換するってことかぁ。

……まるで外交官みたいだね」

 

櫛田が呟いた。

 

 

「……質問してもいいかな?」

 

今度は平田が前に出る。

 

「お互いに仲間を交換する場合、朝と夜の点呼でポイント減点があると思うんだけど、どうするつもりだい?」

「まずは、先生たちに話をして、相手のクラスで点呼が認めてもらえるようにするよ。

駄目だったら、時間を限定しての交換にしない?

朝の点呼の後に交換、夜の点呼前にもう一度って感じで」

 

 

 

 

「……確かに、戦力としても情報面でも、彼以上の適任はいないかもしれないわね」

 

あえて“信頼している”という言葉は使わず、堀北は淡々と現実的な評価を下した。

 

「私としては、同盟関係の一環として受け入れても構わない。

ただし、本人の意思を最優先とするべきよ」

 

「僕も異論はないよ。九条君が納得できるなら、むしろ積極的に進めたほうがいい。

Dクラスを知ってる人が外にいてくれるっていうのは、安心材料にもなるからね」

 

平田の発言には、協力を前提とした誠意があった。

 

それでも――この判断に対して、クラスの中には未だ納得しきれない視線もある。

須藤や他の一部の男子が、一之瀬を、そして俺を交互に見ている。

 

だが、そのざわつきを打ち消すように、櫛田が笑顔で口を開いた。

 

「……さすがだね、九条君。

Bクラスの人たちからも信頼されるなんて、なんだかちょっと誇らしいよ」

 

それは本心か、あるいは空気を読むための一言か。はたまた嫉妬か。

いずれにせよ、それによって場の緊張が一度、緩んだのは確かだった。

 

 

「九条君。あなたはどう?

私たちとしては正直、受けてもらうのがありがたいわ」

 

 

俺は、堀北の言葉を受け止めながら、軽く息を吐いた。

受けるか否か――その判断は、単なる好意や損得だけで決めるべきではない。

 

この提案の背後には、『信頼』だけではなく、『測定』が含まれているのはほぼ確実。

Bクラスにとって、自分という存在がどう作用するのか――それを見ている者の目だ。

 

それなら、こっちも同じ返しをする。

 

そっちが俺を査定するように、こっちも見極めさせてもらう。

そして、そのための方法は――

 

 

俺はわずかに声を落として問いかけた。

 

「一之瀬、一つ聞かせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――君はこの試験のテーマを、なんだと思っている?」

 

彼女の微笑がわずかに揺れる。

だがすぐに、いつもの調子で返ってきた。

 

 

「――『団結』だよ」

 

 

一之瀬の目が、少しだけ細くなる。

さっきまでの柔らかい表情の裏にある、「確認したかったこと」が見えた気がした。

 

「サバイバルっていう環境と、その困難を、力を合わせて乗り越える。

少なくとも私は、そう思ってるよ」

 

 

 

 

俺はそれを確認してから、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとすぐ、俺たちは茶柱先生のもとへ行き、一之瀬、神崎との話を報告。

一之瀬の話にあった、『点呼免除』に関しては、双方の教師判断とすると言われた。

 

すぐに先生は無線機で、星之宮先生に連絡を取り、双方合意のもと、以下のような内容で同盟関係の締結が行われた。

 

 

 

一つ。 本試験期間中、高度育成高等学校1年DクラスおよびBクラスは、相互の敵対行動を控え、協力関係を構築するものとする。これをもって同盟関係とみなす。

 

一つ。 同盟の証として、両クラスは互いに相手クラスのリーダーを特定・指名しないものとする。また、この放棄は試験終了までの間、取り消すことはできない。

 

一つ。 同盟の象徴的措置として、Dクラスより九条凪斗、Bクラスより神崎隆二を、それぞれ相手クラスへ期間限定で派遣する。両名への権限に関しては、相手クラスの自由とする。

ただし、意図的に不利益を与えるような行動(例:スポット使用を認めないことによるペナルティの悪用)は禁止とする。

また、両名のポイント使用は原則禁止。使用時は相手クラスの代表者に許可をとることを義務付ける。

 

一つ。 点呼に関しては、両名とも派遣先クラスでの点呼参加を認める。この場合、点呼漏れに関するペナルティは適用されない。試験終了時までこれは継続するものである。

 

一つ。契約違反があった場合は、試験終了後に審議を行い、その背景を調査する。意図的なものであると判断される場合、試験でのポイントの全譲渡を持って和睦とする。

結果が0ポイントの場合、CPを譲渡するものとする。

 

 

以上の同盟協定は、星之宮知恵・茶柱佐枝両教諭の監督のもと、本試験期間中に限り有効とする。

 

生徒代表署名

 Bクラス:一之瀬帆波 / Dクラス:堀北鈴音

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Bクラスのキャンプ地へ向かう道は、思ったよりも長かった。

 

黄昏時の陽射しは木々に遮られ、湿った風が森の奥から吹き抜ける。

地面に落ちた木漏れ日を踏みしめながら、俺と一之瀬は歩き続けていた。

 

この時間になると、ある程度気温も下がってくる。

先ほどよりも涼しい風が、たまに吹き抜けていった。

 

 

「……こうして二人で歩くのって、なんだか新鮮だね」

 

先に口を開いたのは、一之瀬だった。

いつものように笑顔を浮かべながらも、その声には少しだけ緊張が滲んでいる。

 

「クラスメイトでもないし、チームでもない。

でも、今だけは同じ側なんだって……ちょっと不思議な感じ」

 

俺はそれに返事をせず、一歩歩幅を合わせた。

 

やがて、一之瀬の横顔がわずかに揺れる。

風の音に紛れて、それが笑みなのか、迷いなのかを測りかねた。

 

 

「なあ、一之瀬」

「何かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他にも意味があるんだろ、俺を要求したのは」

 

 

その言葉に、ほんの一瞬だけ、一之瀬の笑顔が止まった。

けれど、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。

 

「……やっぱり、そう思うんだね。

 

 

まあ、そうだよ」

 

彼女はあっさりと肯定した。

 

 

「『九条君が信頼できる』っていうのは本当。佐倉さんの件も、須藤君の件も、君が色々やってたのは知ってる。

だから、『どうしてそこまで誰かを気にするのか』が気になるのがひとつ。

 

 

もう一つは……さっき、星之宮先生と話してたの、ちょっとだけ聞こえちゃったんだよね。『乗り越えた』とか『引きずってる』とか……。

それが、気になった……かな?」

 

 

そう言って、一之瀬は少しだけ歩く速度を落とした。

まるで、こちらに合わせるように。

 

「誰かのために動けるって、すごいことだよ。でもそれって、たぶん……すごくしんどいことでもあるよね」

 

彼女の声には、どこか自分を重ねるような響きがあった。

 

 

「もしも、もしもだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――誰かのことを助けようとして、そのせいで、自分が壊れちゃったら、君はどうするの?」

 

 

俺は少しだけ言葉を探してから、静かに口を開いた。

 

「……それでも、俺はきっと、助けると思う」

「どうして?」

「……後悔する未来より、見捨てたことを引きずる未来のほうが、俺には耐えられないから」

 

一之瀬はしばらく何も言わなかった。

ただ、少しだけ息を吐いて、わずかに表情をほぐした。

 

「これは俺個人の意見だけど、『自己責任』なんて、8割ただの傲慢だ。

自分が責任を負いたくないから、『アイツが悪い、自分は関係ない』って終わらせて、後はほったらかし。それはどんな人間でもそうだと思う。

 

言い方は悪いけど、『認めたくないから割り切っている』とも言えるのかもな。

 

『弱いこと』も『間違えること』も、大なり小なりあるんじゃないか?

『すべてが強いし、一切間違えない』存在なんていやしない。いたらそれは人間じゃない『何か』だ。

 

だから、それ自体は否定しない。

『やればよかった』も、『やらなければよかった』も、どっちも同じだけ重いものだと思う。

 

それでも、その結果、『一番大切なもの』を失うくらいなら。俺は、『自分がどうしたかったか』を抱えて生きるつもりだ。

 

星之宮先生にも言ったけど、その結果どうなろうと胸を張って死ねる。『自分はやり切った』って」

 

 

 

 

「……やっぱり、君は不思議な人だね」

「そうか?」

「うん。……でも、ちょっとだけ羨ましいかも」

 

その言葉の中には、かすかな自己否定と、今なお迷い続ける一之瀬の“過去の影”が見えた。

 

だけど、今はそれ以上を聞かない。

 

なぜなら、それは――

彼女が「自分で答えを出すべき問い」だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

木々の隙間から見えた空は、ほんのりと茜色に染まりはじめている。

足元には、夜の気配が静かに忍び寄っている。

 

問いの答えは、きっと彼女自身が見つける。

それが明日なのか、もっと先のことなのかは――俺にも分からない。

 

そして俺たちは、再び静かに歩き出した。

茜の空と、まだ冷たい夜の境目を、並んで――。




さすがに二週間開けるのも気になったので投稿します。
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