ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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『われわれは、沈黙を罪で満たしていく』 — ジャン=ポール・サルトル


われわれは、沈黙を罪で満たしていく

あたりに夜の帳が下りる直前、俺たちはBクラスのキャンプに到着した。

すでに夜への備えは始まっており、所々から笑い声が上がっている。

仮設トイレやシャワー設備があるところを見ると、Bクラスの考え方はこっちと同じだったようだ。

つまり、『ある程度の出費は経費として割り切って、スポット確保で取り返す』という方針だろうか。

 

「お~い、みんな~!」

 

一之瀬が大きく手を振って全員に集合を呼びかけると、たちまちBクラスの生徒たちが集まってきた。

ざっと見渡してみても、そのほとんどが彼女に対して素直な好意や信頼を寄せているのが分かる。

 

 

……ただし、一人を除いて。

 

 

警戒か、監視か、それとも単なる対立か。

現時点では判断材料が少ないし、他クラスに過剰に干渉するのも本意じゃない。

ひとまずは『手遅れになりそうな事態』にだけ注視すべきだろう。

 

「一之瀬さん! おかえり!」

「あれ? 神崎君は? まさか、はぐれたとか!?」

「そっちの人は……うちのクラスじゃないよね? 金田君のクラスメイト?」

 

金田、と呼ばれた生徒が冷静に告げる。

この中で唯一一之瀬に好意的ではなさそうな『一名』だ。

 

「いえ……彼は確か、Dクラスの九条という生徒のはずです」

 

 

「えっとね? まず神崎君なんだけど、はぐれてはいないよ。これからそのこと、ちゃんと説明するね」

 

一之瀬は、場を和ませるように穏やかに続けた。

 

「今日、探索中にDクラスのキャンプを見つけたの。

それで、敵対関係になるのはお互いに損だよねって話になって……。

じゃあ代表を一人ずつ送り合って、しばらく一緒に行動してみようってことになったの。

 

あんまり大っぴらにはできないけど、他クラスへの牽制にもなるしね。

 

それで、Dクラスからは九条君が来てくれることになったんだ。

彼とは以前の事件でちょっと知り合ってて……だから、私が直接お願いしたの。

 

もちろん、神崎君にも了承を得てあるし、先生たちにも全部伝えてあるよ。

一週間だけの“仲間”だけど、みんなで仲良くしてくれたら嬉しいな」

 

 

一之瀬の言葉に、Bクラスの面々からはすぐに明るい反応が返ってきた。

 

「へえー、そういうのもアリなんだな!」

「一週間だけでも仲間なら、うちのルール、ちゃんと教えてあげなきゃ」

「なんかワクワクしてきた! 『同盟』とか『外交』って感じするよね!ゲームみたい!」

 

奇妙なことに、俺のことをまるで元から仲間だったかのように受け入れていた。

むしろ、「一之瀬が認めたなら、仲間として扱う」という信頼が空気に滲んでいる。

Dクラスとはまるで違う、Bクラスならではの柔らかい連帯感。

それは、理屈や損得よりも「関係性」を大事にするこのクラスの特性そのものだった。

 

ただ、その中にあって、やはり金田という生徒だけは違った。

周囲が笑っている中でも、彼は笑わなかった。

 

 

「金田君のクラスメイト?」という発言から、彼はBクラスの人間ではない。

ということは、AかCの人間。

俺のように条件付きでない限り、相手クラスには点呼1回で確か-5pt。

初日夜、最終日朝、残り5日分の朝晩で、12回の点呼不在。-60ptのペナルティ。リスク回避なしで出向するとは考えにくい。

 

 

……一之瀬が他クラスと同盟を結んだ?こちらと同じような内容で?

それならそれをさっき言わないのはおかしい。俺が来た時点でバレるなら、同盟自体が茶番以下だ。

それなら一之瀬以外が結んだ?相手はそれを受けた?実行役はクラスの幹部級の人間?

リーダーに無許可で勝手にするとは考えにくい。誰かに指揮権を譲っているなら、一之瀬の同盟のほうが格下になる。

 

だが、 『金田を拒絶している』わけでもなさそうだ。よく見ると、顔が赤く腫れている。

 

 

――どこかから逃げてきた金田を保護した?

それはどこで、相手は何?

向こうのクラスで何があった?

 

「ああ、九条君にも話しておかなきゃね。

彼は金田君。Cクラスの子だよ。

 

何でも、向こうのクラスでもめちゃって、クラスを追い出されちゃったんだって。

 

九条君たちが最初にいなくなってすぐくらいだったかな?

森の中で会ってね。しばらくこっちに泊めてあげることにしたんだ」

 

ああ、だから周りも受け入れているのか。

それが『金田への同情』によるものなのか、あるいは『一之瀬の許可』という後ろ盾があるからなのか。

それはまだ判断できない。

 

 

Cクラスというと……あの獣みたいな男、龍園のクラスだ。

『気に入らないやつを追放する』というのはおかしくはない。

それが、暴力を伴ったものであるのも納得はできる。

 

だが、それは『絶対に敵対しない被害者』と紐づいてはくれない。

 

 

「じゃあ、九条君。これからよろしくね?」

 

笑顔の一之瀬。気さくなBクラス。

そして、一歩引いた金田。

 

どこか暖かく、どこかにひびが入りそうな世界だ。

 

 

この学校の制度は、競争という名のもとに『悪意』を育て、それに抗う者を踏み潰すように設計されている。

この学校が定義する『実力者』の正体は……『他人を犠牲にしてでも自分の利益を追求できる人間』ではないか。

まだ数か月しか経っていない。

だが、それでもこの制度の本質が見え隠れしているのは、偶然とは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結果を出さなければ価値はない』

 

 

『ごめんね』

 

 

『あなたは……どうか、強く生きて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつてそれで、『どうなったか』を忘れてはならない。

 

一つ目が崩れて、二つ目が消えて、三つめが壊れた。

 

残った一つは、海の底。誰も見向きもしなかった。

 

 

 

だからこそ――

一之瀬のような『まっすぐな善』が壊される未来だけは、防がなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。狭いテントの中で目が覚めた。

体の調子はあまり良くない。

野宿で快眠できる人間なんて、そう多くはいない。いるとすれば、普段からキャンプなどに慣れている、ごく一部の例外だ。

 

 

……もっとも、自分は1年以上前から、熟睡できた記憶などないが。

 

 

他の人間を起こさぬように、静かにテントを出る。

空はかすかに白み始めていた。腕時計を見ると、まだ5時を少し回ったところ。

 

見慣れないテントと、笑顔の残像が眠るこの場所。

改めて、自分が『異邦人』であることを実感する。

クラスの違い以上に、“この空気”に自分はなじんでいない。

 

滝のそばで水を飲み、顔を洗っていると、背後から足音が聞こえた。

 

「……おはようございます、九条さん」

「……金田、だっけか。おはよう」

 

 

滝の近くで水を飲み、顔を洗っていると、金田がやってきた。

金田悟。Cクラスの生徒。

 

龍園に逆らって追放された、とは言うが、実際はどうなのだろうか?

 

両方の可能性を追っていく。

 

まずは、『金田が本当に追放者であった場合』。

龍園は、-60ptで『逆らうもの1名を排除する権利』を購入したのと同じだ。

スポット期待値が21ptだから、初日から3つ占有していればプラスになる。

もちろん、『スポットを的確に発見できる場合』に限ってだが。

 

一方で、『追放ではなかった場合』。

その理由は2つ。俺と同じような『同盟による生徒交換』か、『ポイント減点を承知で派遣した工作員』だ。

正直、こっちのほうが可能性が高い。理由もはっきりしているものがある。

 

 

「なあ、金田。お前と龍園のトラブル、もう少し詳しく聞きたいんだけど」

「……なぜ、あなたに話す必要が?」

 

 

「昨日の話の通り、俺は『両クラスの合意による出向』だ。だがそっちは『追放による排除』。

60ptマイナスでやることかと思ってさ」

「……知りませんよ。龍園さんのやることなんて」

 

 

龍園『さん』。

本気で敵対している相手に対して出てくる呼称じゃない。

口癖の可能性もあるが……それだけで済ませていいのか?

少なくとも、『龍園を嫌っていない』という可能性は否定できなくなった。

 

「じゃあ逆の質問だ。金田は今回の試験で『どうしたかったんだ』?

徹底して節約か、ここみたいにある程度使うのか。

 

それとも、全部使ってバカンスか?」

「っ!な、なんだっていいでしょう!?」

 

『バカンス』で反応した。

つまり、龍園と金田の方針の片方は『バカンス』ということになるか。

問題は、それがどっちか、だが……

 

 

「もういいでしょう?僕は行きます」

 

さすがに警戒心が強いか。

話を無理やり切り上げて、金田はテントに戻っていった。

 

 

 

 

 

「あれ~、九条くん?」

金田が去ってほんの数秒後。別の声が自分を呼んだ。

新しい声に振り向くと、星之宮先生がいた。

 

 

「星之宮先生。おはようございます」

「おはよう。よく寝れた?」

 

……それは、わかって言ってるのだろうか?

 

「『布団がなぜ生まれたか』を考えるくらいには寝れましたよ」

「あはは、本当に面白い子だね私もあまり寝れなかったんだよね~」

 

教師のキャンプは仲間で観てないので詳しくは知らないが、嘘を言っているようには思えなかった。

アルコールはすっかり抜けているようで、酒の匂いはしない。

まあ、生徒がサバイバル中に酒盛りなどしていては、教師としての面目がつぶれるか。

 

「……ねえ九条君。Bクラスはどんな感じ?」

「……部外者の俺や金田にも好意的な印象ですね。『優しい』クラスだと思います。

一之瀬の影響だと思いますが、それがいい方向になったんじゃないですかね?」

「おおっ、結構好印象だね」

 

実際、Bクラス……というか一之瀬には好感が持てる。

昨日の話に若干引っ掛かりはあるが、彼女自身の人徳によるクラスであるのは間違いない。

……どこか盲目に見える気がするのは、気のせいか。

 

 

「……まあ、一之瀬の人の好さは嫌いじゃないですし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それは、お姉さんに似てるから?」

 

喉を握りしめられたような感覚がした。

実際にそんなことは起きていないというのに、だ。

 

それは目の前の教師が、『自分の核』に踏み込んだことへの防衛反応。

別に自分を理解しようと踏み込んでくるのは構わないが、『あなたの個人的な秘密を一方的に知っています』、というのに嫌悪感を覚えるのは人間の常だ。

 

 

「ゴメンね?

でも、私はちょっと残念なんだ。

 

 

『アレ』がなければ、君はきっとBクラスだったもの」

 

 

『アレ』が何を言っているのかは、この内容なら想定が付く。

でも、だからと言って恥じることも、隠すこともしない。

その結果なんと言われようが知ったことか。

 

「もちろん、お姉さんの件を否定する気は一切ないわよ?お姉さん『以外』の件も。

それは、人としてもやっちゃいけないことだもの」

 

 

ああ、よかった。

彼女が『最低ライン』を超えないで。

もしも、超えていたなら。自分は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本気で殺してしまったかもしれない。

『あの日』と同じ思いで。『あの日』と同じような方法で。

『理不尽』への報復としての『理不尽』を。

今回は、邪魔者もいない状況だ。その辺の石で頭を砕いていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星之宮先生はさらに一歩、俺に近づいてくる。

茶柱先生とは逆の、柔らかな印象の中に、何かを狙う意図が見えた。

 

「ねえ、もしも君が望むなら……」

 

星之宮先生がその先を語ることはなかった。なぜなら……

 

 

 

 

 

 

「あれ、星之宮先生?九条君も」

 

唐突な明るい声で意識が動く。

一之瀬だ。まだ寝起きだからか動きがぎこちないし、寝ぐせも目立つ。

 

「じゃあ、私はこれで。

 

……この話は秘密ね?」

 

最後に、星之宮先生はこっそり囁いて去っていった。

 

 

『もしも望むなら』。

 

 

先生は、俺に何を提案してきたのだろうか。




また書き溜めで二週間ぐらい空きます。
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