物事には必ず理由がある。それはどんなに小さく、わかりにくい連想ゲームになっても確実に、だ。
例えば、『風が吹けば桶屋が儲かる』という話がある。
なぜ、風と桶屋に因果の関係があるのか。
それはまず、風によって地面から砂が巻き上がることから始まる。
その砂は人間の目に入り、それを取ろうとして目をこすったりする。
だが、医療技術の発達していない時代では、最悪視力を失ってしまうこともあった。
そして、その時代では盲目の人間は、三味線を弾いて生計を立てていたらしい。猫の皮で作られた三味線を。
その材料集めのために猫が乱獲され、天敵の減った分ネズミが繁殖する。
そのネズミが桶をかじり、新しい桶を購入することになり、桶屋は儲かる。
だから、『風が吹けば桶屋が儲かる』という因果が成り立つのだ。
――では、今目の前に映っているものの『理由』は?
水上を走るボート。
デッキチェアやビーチパラソル。
肉の焼ける匂いと、Cクラス生徒の笑い声。
Cクラスの行動は、『浜辺での豪遊』だった。
「うわぁ……まさに『バカンス』って感じだね」
さすがに一之瀬にとっても意外だったようだ。
金田との会話を思い出す。
彼は『豪遊』というワードに少し反応していた。
つまり、これは金田と対立した意見の結果……つまり、『龍園の選択』だ。
……あの『北風』が、『太陽』のようなことをするのか?
周りの様子を見る限りでは、『龍園に従った報酬』にも、『おこぼれにあやかった』ようにも見えない。
『龍園が一方的に決定して、反対意見を封じた』というよりは……。
「あの……龍園さんが、呼んでます……」
一人の男子が俺たちを呼びに来た、
態度は委縮。完全に龍園におびえているような印象だ。
案内された先には、優雅にデッキチェアに座っている『王』がいた。
「誰かと思ったら、この前の『探偵』じゃねえか。それも一之瀬付きとはな」
「ついさっき『偶然』会ってね。向かうところが同じだったから、一緒に行こうってことになったんだ」
さも当然のようにごまかす一之瀬。
『善人であること』と『嘘をつかないこと』は両立しないのはわかるが、それにしても嘘のつき方に違和感がない。これも『Bクラス』の要因の一つなのだろうか。
「それにしても、ずいぶん楽しそうだね?一応『試験』って言われてるのに」
「見ての通り、俺たちは夏のバカンスってのを楽しんでるのさ。なあ?」
視線の先には正座させられた生徒が三人。この前の暴力事件の三人だ。彼らもすっかり委縮している。
龍園は近くにあるテーブルの上のボトルをつかんで一口した後、「ぬるい」といって石崎に新しいボトルを取りに行かせた。
「100だか200だかのCPのために、飢えやら暑さやらに耐えるのか?想像するだけで笑えて来るな」
……まさか、300ポイント全部使い切った?
それなら、伊吹や金田が点呼不在になろうがマイナス要素はない。
「これが俺のやり方だ。それ以上も以下も存在しない」
石崎から渡されたボトルを呷り、龍園はそう言い切った。
どこかで聞いたことがある“王の宣言”に似ている。支配は宣言するものではなく、見せつけるものなのだろう。
ボトルを片手に、デッキチェアに沈み込む龍園。
彼の背後で風が波を連れてきて、白い砂をわずかに舞い上げた。
……ああ、これはまさに“演出”だ。
Cクラス全体を太陽の下にさらし、勝者のように笑わせる。
暴力で屈服させた三人を正座させ、敗者の姿を全員に刻み込ませる。
その中心に王が座る――見事な支配の完成形。
だが、それだけでは終わらない。
この男は見せびらかすだけの愚か者ではない。
豪遊は支配のアピールに過ぎず、その裏には別の動きがあるはずだ。
それがおそらく、伊吹と金田につながる。
「そうか。なあ龍園、伊吹って女子に心当たりあるか?あと金田って男子だ」
「うちのクラスの人間だな。それがどうした?」
「気づかない、とでも思ってるのか?」
「……何がだ?」
反応した。つまり、二人には意味がある。
「さあ、何のことだろうな?」
そういって、俺たちはCクラスキャンプを後にした。
龍園の鋭い視線を受けながら。
風が吹けば砂が舞う。
砂が舞えば、人は目をこする。
目をこすれば、何かが見えなくなる。
今、俺の目の前に見えているのは砂嵐の一部。
それも多分、『桶屋』が儲かるために自作自演で砂をまき散らすタイプの砂嵐。
だが、砂の向こうで誰かが静かに手を伸ばしている。
龍園翔――あの男は、ただ太陽でいるだけでは満足しない。その熱波で地上を丸ごと焼き尽くすような、そんな凶暴な本性を秘めている。
既に俺たちのクラスには、砂塵に紛れて近づいてきた人間たちがいる。
彼らの『手』を、考えなければ。
その後、俺たちはそのままBクラスキャンプに戻った。
金田の様子をそれとなく聞いたが、目立った動きは無かった。
本人にもCクラスキャンプの話をしたが、「関係ありません」の一点張りで流された。
まあ、仕方ないとは思う。
夜はほかの生徒が手に入れた魚や果物を分けてもらった。トウモロコシやトマトなどの夏野菜があったのは驚きだ。
この島はどうも、『この試験』を前提に学園側が整備しているのかもしれない。
調味料はないが、素朴な味が舌に残る。
一之瀬に許可をもらったので、明日Dクラスに分けにいくことになるだろう。
その時に、A・Cの話もするつもりだ。
星之宮先生は、今回は接触してこなかった。
食事の時に現れはしたが、ほかの生徒との交流を少しだけして帰った、
さすがに、教員の過干渉はルール違反なのだろう。……俺にやけに干渉してきたが。
天然の塩味が効いた焼き魚を片手に。俺は滝つぼ近くの岩に腰掛ける。
頭の中にあるのは、Cクラスのこと。
一連の展開を整理しよう。たぶん、こんな感じで進行したはずだ。
1・龍園が『豪遊』を宣言した。
300ポイントを惜しみなく使うという『試験放棄』にも見える。……龍園のことだからそんな単純な話ではないと思うが。
『300ポイント』で『Cクラス』を買った、と解釈もできるか。
それならば間違いなく『お得な買い物』だろうな。
2・金田と伊吹が、おそらくは同時に反発した。
一人ずつ反逆したとは考えにくい。最初の一人の追放を見て自分も同じことをするのか、というところを考慮に入れる必要がある。
『豪遊』に反発したなら、二人の考えは『徹底倹約』か『最低出費』にしかならない。
3・龍園は暴力を持って追放した。これは確定。ふたりの顔の腫れが証拠だ。二人以外の生徒にも、『自分に逆らうやつはこうなる』という一種の見せしめにもなった。
この時点で、金田と伊吹の『リタイア』が選択肢に入る。『自分を追い出した腹いせ』でやってもおかしくはない。
『龍園の報復を恐れた』という可能性は否定できないが、どのみち300ポイントを使い切るであろう以上、二人のリタイアは何の損害にもなりえない。
点呼不在の-120ポイントは、決して無視できない。0ポイントにして踏み倒し、という線もあるか。
つまり、『二人がわざわざ試験を続行する理由は存在しない』。
――では、なぜ二人は残っている?
――なぜ、Aクラスだけは無事だった?
この二つの問いに答えられれば、龍園の意図はより明確になる。
単に「全クラスをリーダーの読み間違いで自滅させる」ような幼稚な作戦ではないはずだ。
あの男がやるなら、その先に「確実に一撃で仕留める」何かがある。
……いや、それどころか、もうその準備は終わっている可能性もある。
その『準備』が豪遊であり、金田たちだ。
『派手な豪遊』を見せているなら、金田たちが『本命』になるはず。
つまり……
「九条君」
「……一之瀬」
考え事は、一之瀬の声で中断された。
片手には俺と同じように串に刺さった焼き魚持っている。
「となり、座るね?」
そういって、一之瀬は隣に腰掛けた。
「今日はお疲れさま。ごめんね、偵察役みたいな事させちゃって」
「いや、むしろいてくれて感謝するのはこっちだ。いなかったら多分Aの方は騒ぎになってたし、龍園のほうもどうなってたか」
どうにも俺は、一旦時間がたって振り返りにならないと『引く』という選択肢が出てこないし、腹芸のような駆け引きもできない。精々皮肉で返すのが限界だ。
間違いなくAとは暴力上等になっただろうし、龍園のほうも似たような感じになっていたと思う。
ワイワイと火を囲んで騒いでいるBクラスと、そこから少し離れた俺たち。
山内や池は、きっと羨ましがるんだろうな。
櫛田なら……どうだろう。『仲いいんだね』とかは言うかもしれないが、本心は違うはずだ。
「あのさ……やっぱり龍園君、何か狙ってると思う?」
「ああ。間違いなく『リーダー当て』狙いだ」
一之瀬の問いに、俺は即答した。
ほぼ間違いなく、龍園の目的は『リーダー』だ。
この試験で一番『勝ち』を当てるなら、それはリーダー当て以外にない。
それはポイントの話ではなく、試験の構造そのものがリーダーを中心に作られている。
仮にリーダー云々を一切排除して試験を考えれば、節約とスポット争奪の椅子取りゲームになる。
稼いで、節約して、一番稼いだ人が勝ち。単純な話だ。
そこに『リーダー』のシステムを入れて複雑化したこの試験。
『リーダーを当てられたら占有ボーナス無効』というリスクがあるからややこしくなっているだけだ。これだけは異質すぎる。
どれだけスポットを駆け回っても、リーダーを当てられたら一瞬で0。一発逆転の戦術として強力なものだからだ。
そして、リーダー当てを全クラスで行えたなら、300使いきっても半分取り戻せるわけだ。それも最後の最後に追加されるから、どれだけ使っても稼ぎなおせる。
じゃあ次に考えるのは『どうやって他のクラスのリーダーを見つけるか』になる。
「九条くんは、どうしたら止められると思う?」
「一応、万が一の時の『最後の手段』は見つけてる。ただ、Bにとっては結構な出費かもな」
「……方法、聞いてもいい?」
一之瀬の声は、火の音に溶けるように柔らかかった。
俺は一瞬だけ、返事を飲み込む。言葉を間違えれば、彼女を無用に不安にさせるからだ。
少し間をおいて、俺は口を開く。
「高円寺がヒントになった。本心にはわからないけど、俺は『仮病でもリタイアはできる』ってメッセージに受け取った。
だから、『仮病でリーダーをリタイアさせる』ってのはできるかもしれない」
『リーダーの変更には正当な理由が必要』
ひっくり返せば『正当な理由があればリーダーの変更は可能』ということだ。
例えば『リーダーが体調不良でリタイアした』とか。
『リーダーは常に1名は立てなければならない』というルール上、リタイアしたらその場で新しいリーダーを決めないといけないはず。
「だから、試験終了直前……6日目の夜とかにリーダーをリタイアさせて入れ替えれば、当てられる可能性は大きく減る。0とは言えないし、リスクもあるけどな」
「そうなると……これから3箇所追加で占有しないとね。Dクラスみたいに」
リタイアは一人-30ポイント。Dクラスが高円寺の穴埋めにやってることと同じことをすれば補填はできる。
焼き魚にかじりつきながら、一之瀬は言った。彼女だけでもわかるが、ほぼほぼDクラスの上位互換状態だ。
……まあ、DにはDの『良さ』があるが。
しばし沈黙。川のせせらぎと、遠くで笑い声が響く。
俺は焼き魚の身を骨から外しながら、頭の中で地図を描いていく。
各クラスの拠点。安全な移動ルート。そういったものを、頭の中だけで。
「九条くん」
「ん?」
「……ありがと」
「何がだ?」
「作戦もそうだし……ちゃんと考えてくれてるのが、わかるから、ね?」
一之瀬はそう言って、小さく笑った。
その姿が、とっくにいなくなった人間と重なる。
――この笑顔に弱いのは、自覚している。だから余計に、彼女を負けさせたくないと思う。Dへの裏切りにならないように自制はするが、できれば手を貸したいと思ってしまう。
俺は視線を火に戻し、心の中でひとつ決めた。
――龍園の狙いを、必ず止める。
少なくとも、BもDもリーダーを当てられないくらいには。
最近難産です……。
原作を1から再考察して作成するため、次回は結構かかるかもしれません。