ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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「我々は知らぬ間に檻の中にいる」――ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(意訳)


我々は知らぬ間に檻の中にいる

初日が終わった。

 

帰り支度をしながら、軽く周囲を見る。

何人かはもうグループを組み、放課後に遊びに行くようだ。

莫大な資金がある以上、当然ではあるかもしれない。

 

これから、何をしようか。

誰もがそんな思いで、クラスを出ていく。

 

 

自分のやることは、すでに決まっていた。

 

「一人で帰るのか?」

 

綾小路の隣にいた、女子。

名前は知らない。

まずやろうと思ったのは、彼女に話しかけることだった。

 

怪しまれない程度に声をかける。

結果は、無視。

何も言わずとも、「あなたに興味がありません」という回答が見て取れる。

でも、だからと言って止まらない。

止まっては、いけない。

 

「……初日で、ああも冷静な態度を取れるのは珍しいと思ってな」

「……何が言いたいの?」

 

返答があった。

 

高校初日。周りは他人ばかり。

大体の場合は、誰かに話しかけたりするんじゃないだろうか。

極端に友好的でもなく、最低限を話すでもなく。

”一切他人にかかわらない”という姿勢は、俺の目からは消えなかった。

 

 

「お前が誰なのか、何があったのかなんて知らない。でも、何か何かに勝とうと、抗っているようには見えた」

 

 

「……別に。あなたに話すことは何もないわ」

 

 

当然だ。

今日初めて会ったばかりの赤の他人に、自分の個人事情を話すようなことはあり得ない。

だったら、こちらから一歩踏み込む。

 

「……なら、無理に聞かない。ただ――その戦い方は、きっと誰かを壊す」

「……っ」

 

 

それは自分かもしれないし、友人かもしれない。家族かもしれない。

別に彼女がどう思おうと、何をしようと自由ではある。

「突然話しかけてきた変な奴の、上から目線な小言」と判断されるかもしれない。

 

でもそれは、「話しかけない理由」にはならないし、いつか彼女の後悔につながるかもしれない。

 

だったら、ここで話すことに意味はある。

彼女は、それ以上何も言わなかった。

ただ、視線だけが一瞬、こちらをとらえた。

 

無表情の奥に、わずかに揺れる何か。

警戒か、反発か、それとも関心か。

 

それを追及はしない。そういう距離感でいい。

少なくとも、今は。

 

「じゃあな。……名前くらいは、次に聞かせてくれよ?」

 

返事はなかった。

だが、彼女はすぐには教室を出ていかなかった。

 

 

 

 

 

教室を出てから向かったのは、生活必需品購入のための売店。

これから必要なものは、早いうちに準備したい。

そんな中で、見つけた。

 

 

日用品売り場の一角。

「一人3点まで」という注意書きの貼られたかごの中。

0PPと書かれた商品たちが並んでいた。

素材は安く、使い心地も想像できる程度の出来。

10万という大金を持った人間なら、本来目もくれないほどの、価値の低い物品

だが、『0PP』という表示だけが異質に浮いて見えた。

 

生活必需品で、無料のものがある……?

 

試しに1点だけ、自分のかごに入れてみる。

買い物かごにそれを入れ、さらに進むと、同じように『0PP』の値札がついた簡素なタオルや石鹸。

 

そういえば、と頭に浮かんだのは、昼に目にした学食のメニュー表。

その片隅に、確かに「山菜定食 0PP」という文字があった。

 

 

ポイント浪費者への救済策?

まさか、生活は最悪『無料』でも維持できるように設計されている?

 

だとすれば、10万という初期支給額は「自由に使える金」ではなく――

 

浪費を誘う『罠』。

あるいは、試されている……?

 

――この学園は、生徒を自立させる気などないのかもしれない。

問いは深まる。けれど、答えはまだわからない。

なら、自分で見つけるしかない。

  

 

 

 

 

 

「相席いいか?」

「ああ、構わない」

 

翌日昼、学食。

昨日の記憶にあった山菜定食を注文し、空いた席に座る。

そこにやってきた人物。

手には日替わり定食が乗っている。

 

「助かる。えっと、九条、でよかったよな?」

「ああ、そっちは綾小路、だっけ」

 

綾小路清隆が、なんの偶然か昼食を共にすることになった。

 

 

 

 

「それ、山菜定食か?0ポイントの。ずいぶん倹約家なんだな」

「0ポイントが気になったってのはある。まあ、試しってことで。」

 

当たり障りのない会話。

自分も相手も、あまり会話をするタイプではないからか、少し淡々となってしまう。

 

「それにしても、無料で食えるメニューがあるなんて、変わった学校だな」

 

「確かに。昨日見たけど、売店にも0ポイントの商品がいくつかあった。

 おかげで、10万ポイントの価値が逆に曖昧になってくる」

 

「……そうか。それって、もしかして――」

 

綾小路の言葉の続きは、そこで明るい声に遮られた。

 

 

 

「ねえ、私も一緒していいかな?」

 

 

 

突如、そんな声がかかる。

櫛田桔梗が、そこにいた。

笑顔は眩しいほど明るく、声に一切のためらいがない。

けれど、その明るさにどこか演技にも似た“完成度”を感じるのは気のせいか。

 

 

 

 

「九条くん。昨日、バスで席を譲ってくれたよね?本当にありがとう!」

 

 

「ふたりとも静かだねー。ごはんは楽しく食べなきゃ損だよ?」

 

 

「それって、山菜定食?九条くんってもしかして、ベジタリアンっていうんだっけ?そんな感じなのかな?」

 

 

当たり障りない会話が続く。

昨日のバスの話になり、櫛田には礼を言われた。

なんと、綾小路も後ろにいたらしい。

バスの一件から始まった話は、櫛田の主導で広がっていく。

 

明るさ、親しさ、距離感。会話の内容。

すべてが完璧。

だからこそ逆に、不自然に映った。

 

普通のやつなら気づかないだろう。

でも俺には、ほんの少し引っかかるだけで充分だった。

 

なぜそう感じるのか。

自分でも、明確な理由は説明できない。

ただ、これまでの人生が、そういう“違和感”を嗅ぎ分ける嗅覚を鍛えてくれた。

 

それが正しいかどうかは、まだわからない。

 

 

 

「ちょっと二人とも真面目じゃない? せっかくの学園ライフだし、もっと楽しまなきゃもったいないよ?」

「ああ、そうだな」

 

綾小路の反応は相変わらずの無表情で、櫛田の言葉を受け流すだけだった。

俺は、山菜定食の味気なさを噛みしめながら、黙ってそれを聞いていた。

 

 

「それにしても、毎月10万ももらえるなんて、本当にすごい学校だよね!」

 

自分の箸が一瞬止まった。

すぐに気を取り直して食事を再開しながら、頭の中で繰り返す。

 

毎月10万。本当に?

笑っている櫛田の顔を見ながら、ふと思う。

学園も、クラスも、日常も、どこか作り物めいている気がするのは、気のせいか。

 

誰かが用意した舞台で、自覚もないまま踊っているような。

山菜定食の味が、やけに舌に残った。




今回のタイトルの言葉ですが、実際に存在しないが、意訳で通るとChatGPT を使用して確認しました。
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