人間は誰もが希望にすがる。
だが、『期待』という言葉には『裏切り』がつきまとう。
入学して半月以上が経った。
Dクラスは、あらゆる意味で『自由』だった。
特に授業中やその前後。
遅刻、欠席は当たり前。
授業中も居眠り、私語をはじめとした、授業に一切耳を傾けようとしていない姿勢。
中には「女子生徒の中で一番の巨乳はだれか」というアンケートまでやっている。
……さすがに回答は拒否した。
自分が品行方正な人間であるとはかけらも思わないが、それにしたって劣悪な環境だ。
一方で、先生の態度が気になる。
これらの一切に口を出さない。
淡々と、カリキュラムをこなす機械のような対応。
はっきり言って『普通じゃない』。
「――今日はここまで。よく復習をしておくように」
今日の授業が終わった。
他のやつらはそれぞれが自由に教室を出ていく。
彼ら彼女らは「今日はどこ行く?」とか、「これ買った」みたいな話ばかり。
「…あなた、質問の仕方が独特ね」
唐突に話しかけられた。
「そうか?えっと……」
「堀北鈴音よ」
やっと名前が分かった。
「そんなに変な質問をしたつもりはないけど」
「変な質問よ。少なくとも私にとっては」
堀北は一冊のノートを広げる。
そこに書かれていたのは、3つ
日付と、科目と、俺の質問内容だった。
『4/10 国語(現代文)
「“弱さ”が文学で美化されることがありますが、現実でそれはただの“甘え”として否定されます。文学に描かれる“弱者”の価値とは、現実とどう違うのでしょうか?」』
『4/12 現代社会
「“機会の平等”と“結果の平等”は、実際どちらが社会にとって健全ですか? 仮に“機会”が平等でも、結果が極端に偏るなら、その制度に欠陥はないのでしょうか。」』
『4/19 現代社会
「“実力主義”が掲げられる社会において、弱者の存在は“結果”としてのみ扱われるべきでしょうか。それとも、その過程や環境要因もまた、“評価”の対象に含まれるべきだと考えますか?」』
「こんな質問をする人間を、私は見たことがない。
あなたは一体、何を考えているの?」
ノートの内容から、記憶を引っ張り出す。
たしかに、自分はこの質問をした。
教室の空気は、まるで“質問”という行為自体が場違いなものだと言わんばかりだった。
けれど、俺は問わずにはいられなかった。
「『正しさ』ってのを決めるやつがいるなら、それは誰なんだろうなって思った。それだけだよ」
堀北の眉がわずかに動く。
「『当然のこと』だとか『常識』だとかいうけどさ。
それがもし、誰かを潰す理由になるなら、俺は納得できない」
「……なるほどね。奇妙な理屈だわ」
「理屈じゃない。これは『選択』だ」
そういって、教室を出る。
向かう先は、職員室だ。
「失礼します。1年Dクラス、九条凪斗です。
茶柱先生はいらっしゃいますか。」
「九条か。何の用だ」
茶柱先生は、いた。
まっすぐそこに向かい。口を開く。
「率直に伺います。
この学校の『実力主義』とは、具体的に何を指していますか?」
先生の目が一瞬だけ鋭くなった気がした。
「悪いが、その質問には答えられない。だが、実力を証明する場は与えられている」
帰ってきたのは回答不能。
それならば、さらに一歩踏み込む。
「この学校で、『平等な機会』と『公正な評価』は、同義として扱われているのでしょうか?」
「それも同じだ。答えられない。」
相変わらず、答えはない。
けれど、茶柱の口調は最初よりも慎重だった。
「では、最後です。
もし、生活態度や授業態度も含め『実力』の評価対象だとしたら……
具体的に『何』がポイントに影響しているか、知らされることはあるんでしょうか?」
先生が笑みを浮かべた。
無意識の「肯定」が混じったような気がした。
まるで、問いが正鵠を射ている、と伝えているような。
「すまないな。それも答えられない。」
「そうですか。ありがとうございました」
礼を言って、職員室を出る。
「待て、九条」
出口の前で、先生に呼び止められた。
視線を向ける。
笑っていた。
だが、目の奥に何かが光ったことは、見逃さなかった。
「『どこまで』気づいた?」
こちらを試すかのような言い方。
「まだ『全体像』は見えていません。
ただ――『何かが、意図をもって隠されている』ということは、確信しています」
嘘偽りない、現在の回答。
それだけを伝えて、職員室を出た。
答えがわかるのは、きっともうすぐ。
5月1日に、『何か』がある。
この一か月、「不自然」なことがあまりにも多すぎた。
教師は放任、クラスは無秩序、そのくせ罰は一切なし。
ならば、それは意図的に『見逃されている』ということだ。
茶柱先生は言った。
「実力を証明する場は、与えられている」と。
だがそれは、間違いなく俺たちが望んだ形ではない。
問題は、「その証明を評価する『目』が、どこにあるのか」ということ。
そしてそれが、誰にも見えていないこと。
今日、5月1日。
「支給日」であり、「真実の日」。
俺の仮説が正しいかどうかが、試される。
「やっぱりか……」
朝。起きてすぐに端末を手に取り、PPの増加を確認する。
――結果は、ゼロ。
つまり、今月支給されたのは、0PPということ。
これがシステムトラブルでないなら、の話だが。
俺はこの一か月、クラスメイトを観察し続けてきた。授業中の態度や私語。休み時間の行動。遅刻に居眠り、無断欠席。数えてあげればきりがない。
教師がそれらを一切注意しない事実に、最初は違和感しかなかった。
だけど、気づいた。
この学校で行われているのは、「教育」ではなく「選別」ではないかと。
「金と自由」を餌に、網を仕掛けているのではないかと。
俺は授業中に、あえて“評価されそうな”質問をいくつか投げかけた。
文学における弱者の価値、平等の形、実力主義の限界……。
教師はどれも真正面からは答えなかった。
だけど、わずかな表情の揺らぎや口調の変化。それだけで十分だった。
俺の問いは、的を射ている。
それが『公にされるべきではない問い』であることも、同時に。
教材や生活用品の購入にも、慎重に行った。
支出は最低限。学食は山菜定食を中心に、たまに安いものを。
調査のために誰かにおごることもあった。
確信している。
この学校は、「ルールを教えないまま、評価だけを下す世界」だ。
それは教育でも育成でもない。
ただの『選別』だ。
なぜ、こんなことをしているのか?
……その答えが、今日、明かされる。
「え~っ、どういうこと?」
「やっぱり、お前も?」
当然というべきか、教室は騒がしかった。
黙って真っすぐ、自分の席に着く。
「九条君!」
平田が話しかけてくる。
内容はすぐに分かった。
「ポイントのことだろ?残念ながら、俺も振り込まれてないよ。」
「そうか……ありがとう」
そういって平田は戻る。
教室内のざわめきは続く。
誰もが不安そうな顔をしている中茶柱先生が入ってきた。
「席に就け。朝のHRを始める」
HRという『儀式』は、この学校の存在意義を示すものだ。
仮にポイントが増える日を『祝祭』と呼ぶのなら、減る日はいったい何と呼ぶのだろう?
俺にとっては……結果が全てを言い表す、この場所の真実を知る日だ。
HRが始まって、真っ先に口を開いたのは山内だった。
「せんせー。ポイントが振り込まれてないんすけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか?」
当然の疑問。
だけど、それは俺の中ではすでに別のものへと変わっている。
「……いや、今月分はすでに振り込まれている。それは間違いない。このクラスだけ忘れられたということもない」
「でも実際、振り込まれてないし」
「……おまえたちは、本当に愚かだな」
今までとは違う、たった一言。
何かの化けの皮がはがれたような口調で、先生は話し出す。
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や居眠り、携帯を触った回数、391回。ひと月だけで随分とやらかしたものだ。逆に感心するよ」
「この学校では、クラスの成績、および評価が、毎月のポイントに反映される。査定の結果お前達に今月振り込まれるポイントは……ゼロ、だ」
ゼロ。
その一言が、クラス中に絶望として伝染する。
「なぜ、疑問を疑問のまま放置しておく?まともに動いたのは、九条ただ一人だけだ」「初日に言ったはずだ。『この学校は実力で生徒を測る』と。お前たちはみんな仲良く評価ゼロ。クズということだ」
教室が一瞬、静寂に包まれた。
平田は固く眉を結び、櫛田は俯いて何かをこらえている。
俺は……ただ、自分の胸に湧く熱を確かめるように、拳を軽く握った。
九条のPP使用用途は以下の通りです。
使用内訳:
- 生活費(日用品、文房具など):約5,000PP
- 文献購入(個人的な趣味含む、哲学書など):約3,000PP
- 購買での昼食:約4,000PP
- 交際費(クラスメイトと遊びに行くなど、その際の一部支払い込み):約2,000PP
- 調査に伴う消費(クラスメイトへの差し入れ等):約1,000PP
残り:約85,000PP