ようこそ"反"実力至上主義の教室へ   作:宗谷

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『人は評価されるものではなく、理解されるべきだ』――カール・ロジャース(意訳)


人は評価されるものではなく、理解されるべきだ

教室に静寂と絶望感が満ちている。朝のHRはいつもと違う空気が広がっていた。

 茶柱先生の声が低く響く。

 

「これが、この学校特有の評価制度、通称『Sシステム』だ。リアルタイムで生徒を査定し、その評価を数値として産出する。

このとおり、お前達Dクラスは、見事に自分たちが何の価値もない『不良品』であることを、証明したわけだ」

 

『不良品』という一言に、俺は一瞬嫌悪を感じた。

つまり、Dクラスの生徒は『人だと思われていない』ということだからだ。

 

「しかし感心もしたよ。一か月で全てのポイントを吐き出したDクラスは、お前たちが初めてだ」

 

怒りによる衝動か。

誰かが席を立とうとした音がしたが、すぐに静まり返った。

全員、目を伏せている。そこにあるのは、後悔か、不安か、それとも……。

 

 

「先生!せめて、ポイント増減の詳細な理由を聞かせてください。」

 

平田が立ち上がる。

『明かされない判定による一方的な通達』ということ自体への反感もあると思う。

でも、その程度で先生は譲らなかった。

 

 

「人事考課。実社会と同じだ。詳細な事情は公開できない。」

 

冷たい言葉。

平田も言葉を失い、着席してしまった。

説明が続く。

 

「これは、各クラスが現在保有するクラスポイント(CP)だ。PPはCP×100で計算され、毎月1日に振り込まれる。入学時点では、全クラスに1000CPがあたえられていた」

 

目の前のボードに記入されていくのは、各クラスの成績。

 

Aクラス、940CP。

Bクラス、680CP。

Cクラス、490CP。

Dクラス、0CP。

 

「……あのっ、ポイントが増える機会はあるんですか?」

 

次の問いに、先生の視線がクラスを一周する。

 

「当然あるぞ。その結果としてCクラス以上のCPを得れば、お前たちはめでたくCに昇格。逆に向こうはDに降格となる。」

「直近で言うなら、次の定期テスト。成績次第では、最大100CPが加算される。だが……」

 

先生は、持ってきた用紙をボードに貼る。

書いてるのは生徒の名前と、点数。

 

「これが前回の小テスト結果だ。揃いもそろって『クズ』のような点数だな」

 

クラス全体が呻く。

 

「次回以降、中間、期末テストで一度でも、一科目でも赤点をとった生徒は、即『退学』となる」

 

震える声が教室を満たす。

退学。

学校という機関における最大の罰則。

この学園では、未来そのものの剝奪にも等しい。

 

「ああ、それともう一つ。この学校は高い進学率と就職率を誇っているが、お前らのような不良品が、自由に好きな大学、好きな就職先に行けるなんて上手い話が世の中で通るわけがないだろう?その恩恵を受けることが出来るのは、『Aクラスのみ』だ」

 

Aクラスだけが“救済”される。

 教室は完全な恐怖と諦観に包まれていた。

 

 

 

 

 

「九条君、一緒にお昼を食べましょう」

 

授業を挟んで昼休み。

予想もしない奴から予想もしない提案をされた。

 

突然の状況に、一気にクラスが騒がしくなる。

 

 

「お、おいまじかよ? 堀北が……九条を誘ったぞ……」

「うそだろ。あの堀北が? てか喋るんだ、あいつ……」

「ていうか、九条くんってなんかしたっけ? さっき先生の話はあったけど……」

 

ざわめきの渦の中心に、俺と堀北がいる。

普段、必要最低限しか口を開かない堀北が、自分から話しかけた。

しかも、よりにもよって俺にだ。

 

 騒ぐ周囲に目もくれずに堀北の表情を観察する。

無表情、そして静かな口調。けれど、どこか強い意志を宿した目。

 

「理由を聞いてもいいか?」

「当然。無意味な付き合いをするつもりはないわ」

「わかった。場所は……学食でいいか?」

 

小さく頷く堀北。

その一瞬の間に、櫛田がこちらを振り返り微笑み、池や山内は「まじかよ」と小声で茶化す。

その空気の中で、綾小路はただ無言で俺たちを見ていた。

何か興味を持ったのか、それともすでに何かを察しているのか。その判断はつかない。

 

「……じゃあ、行こうか」

「ええ。時間は有限よ」

 

並んで教室を出る。

歩調を合わせることはなかったが、不思議と歩幅は揃っていた。

 

堀北鈴音。

彼女の真意を測るには、もう少し観察が必要だ。

 

食堂への道は、静かだった。だが、その沈黙こそが、思考を巡らせるのに最適な環境だった。

 

 

 

「率直に言うわ。Aクラスに行くために協力して」

 

学食で注文を終え、トレイをもって席に座る。

真正面に座った堀北の第一声は、簡潔に本題を明かすものだった。

 

「あなたに興味を持った理由は、三つある。

一つ。小テストの結果。中学レベルの問題ばかりとはいえ、最後の三問を正解したこと。クラスで唯一の満点を、遊ばせておく理由はないわ。

二つ。HRの先生の話。この一か月で『意図的に隠されている何か』に気づいたこと。

三つ。授業中の質問。『実力主義とは何か』『評価の不透明性』を正面から突いたのは、私が知る限り、あなただけ」

 

一呼吸置いて、堀北は視線を俺に固定した。

 

「Dクラスにいる自分が納得できない──だからこそ、『本物の実力』を示せる人間を傍に置きたいの」

 

堀北にとっての『実力』。

それはおそらく、学業成績のことだ。

一般的な高校や大学の入試みたいな、『テストの成績』を基準にした評価。

 

「放課後、私は茶柱先生に直談判しに行くわ。あなたも付き合う?」

 

――なるほど、次のフェーズに進むつもりらしい。

 

 

「わかった。俺も付き合う。ただ、こっちからも一つだけ、条件を付けさせてくれ。

 俺は、恩とか貸しとかを鎖にして縛り合うつもりはない。協力は協力として、動機を隠すつもりも、利用されるつもりもない」

 

俺は箸を手に取りながら、静かに続けた。

 

「提案は乗る。だが、俺にも『自分の条件』があることを忘れないでくれ」

 

堀北は軽く頷いた。

その眼には、わずかの安堵と、次の戦略を練る鋭さが浮かんでいた。

 

 ――これが、俺たちの本格的な『協働』の始まりになる。

 

俺たちはトレイを脇に寄せ、食堂を後にした。

午後の授業よりも重い一歩を踏み出して。

 

 




九条の小テスト結果は『100点』です。

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