「失礼します」
「…失礼します」
放課後、訪れたのは指導室。
授業が終わり即、堀北とともに職員室へと向かったが、帰ってきたのは「茶柱先生は綾小路君と指導室に行ったよ~」という、酒の匂いを隠しきれていない女教師の一言。
踵を返して指導室へ行くと、すでに綾小路はおらず、茶柱先生が椅子に腰かけていた。
「堀北と…九条か。ずいぶんと珍しい組み合わせだな」「……まあ、珍しいと思われることは否定しません」
「九条君には、私が同伴を依頼しました」
「さて、では話を聞こうか」
「率直に伺います。なぜ私がDクラスに配属されたのでしょうか?」
堀北らしい、率直な質問。
昼の時から彼女には、成績を絶対視する傾向があった。
「先生はHR時、『Aクラスから順に優秀な生徒が割り当てられる』と言いました。
つまり、Dクラスは逆に、学校から最低評価を受けた生徒たちの集まりということですよね?それを理由に『不良品』と呼ばれている」
「そうだ。納得できないか?」
「できません。
入学試験の問題は殆ど解けたと自負しています。
面接でも大きなミスや失言をした記憶はありません。
少なくともDクラスになるとは思えないんです」
堀北ははっきりと、絶対の自信のもとに話を続ける。
確かに堀北の言うことは正論だ。
この学校が実力主義の舞台であれば、彼女のような生徒が上に立つ、というのは自然なのかもしれない。
けれど……この学校は、そんなに単純ではない。
「確かに堀北は入試で4位と好成績を残している。3位以上とも僅差。十分以上の結果だ。
面接もこれといって問題はない。むしろ高評価だったと思われる。入学前に私も確認した」
「ちなみに、3位は九条だ。堀北と比較すると、数・理が低いがそれ以上に文系科目で稼いでいた。
特に記述は、教師陣でも感心するほどの内容だった」
「……ありがとうございます」
これまでの授業やあのノートから見ても、おそらく堀北は優等生だ。
テストの点数はともかく、面接でも模範的な回答をしたと思う。
成績だけを見ればとてもDクラスとは思えない。
『成績だけを見れば』、だが。
ここまでする学校が、生徒の評価は成績一つなんて、ありえない。
「ではなぜ、私がDクラスなのですか?」
「やはり、Dクラスであることは不服か?」
「当たり前でしょう。正当な評価をされていないんですから」
「正当な評価? どうやらお前はずいぶんと自己評価が高いんだな」
「お前の学力が優れているのは事実だ。
だが、学力に優れた生徒が優秀なクラスに入れると誰が決めた?
そんなことは我々は一度も言ってないぞ」
「それは……っ、世の中の、常識の話をしているんです」
「残念だがお前がDクラスであることは揺るがない事実だ。
お前はDクラスになるべくしてなった。以上だ」
――これ以上を聞く気はない。
明確な意思表示ともいえる切り上げ方に、ついに堀北は黙ってしまった。
おかしい。
こんな言い切り方をする先生だったか?
まるで、堀北の口を塞ぐタイミングを見計らっていたような。
そんな違和感がある。
「さて、話は終わりだ。気をつけてかえ――――――」
帰れ。
そう言おうとした先生の口が止まる。
「ちょうどいい。九条、おまえにも用があったんだ」
先日の職員室の時と同じ、何か含みのある笑みを浮かべた。
まただ。この間の職員室でも感じた目線。
この女教師は、最初から舞台を整えている。
「俺に、ですか?」
「ああ。その前に――
出てこい、綾小路。今すぐ出てこなければ退学にするぞ」
「……教師の権利にしても、さすがに強引じゃありませんか?」
指導室の脇、給湯室の影。
そこから、ゆっくりと出た、人影。
綾小路清隆が、そこにいた。
盗み聞きとは、考えられない。
綾小路がいたのは、先生の後ろの給湯室。
退出すらしていない、ということになる。
それなら、残った可能性は一つ。
『茶柱先生が、意図的に隠していた』しかない。
「まあいい。
実は入試結果を参考に、個別の指導方法を模索していたんだが、お前達のテスト結果を見て興味深いことに気づいたんだ。
綾小路、九条。お前たちは本当に面白い生徒だな」
「まず綾小路。入試の結果は50点。それも、全教科において全く同じ50点。
先日の小テストも、これまた50点。これは何を意味するんだろうな?」
「偶然って怖いですね」
「偶然なわけがないだろう。お前は意図的にやったのだろう?」
すべて50点。偶然にしてはあまりにも綺麗すぎる。
仮に意図的なら、それは『点数配分まで完全に読み切った』上でしか不可能なこと。
「偶然ですよ。証拠はありません。そもそもテストの点数の操作なんてことをして、俺に何の得があるんですか?」
すべてはただの偶然。
淡々とそう答えた綾小路に、先生は深くため息をついた。
「憎たらしい生徒だなお前は……。九条、お前の意見を聞こうか」
全員の視線がこちらを向く。
軽く目を閉じて、思案する。
綾小路の点数。これには何の意味があるのか。
「答える前に、一つ確認させてください」と前置きし、「この点数に、意図はないと本人が言っています。では先生は、これをどう判断したのですか?」
「理由はわからん。私が考えたのは、綾小路は本来高い能力を持ち、しかしそれを公にしたくない事情があるのではないか、ということだけだ」
「偶然ですよ。どんなに低い確率でも、ゼロではないなら存在する。それと同じです」
あくまで偶然、と言い切る綾小路。
まとめ終わった考えを、口に出す。
「……『偶然』と言い切るには、あまりにも奇跡に近いものです。一方で、『意図的』というには、あまりにも完成されすぎています。
仮に意図的にやったなら、それは配点や採点傾向を完全に読み切る必要があります。
これを実力とするなら、それは『試験そのものを分析、操作する視点を持っている』ということです。
合理的な一方で……言い方が悪いかもしれませんが、『心がない』とも言えるかもしれません」
『あまりにも機械的』。
それが、俺が出した結論だった。
「……そうか。ありがとう。綾小路の件はこれで終わりだ。
さて、次は九条だ」
「実は入試において一問、創設時から同じ問題を出題している。内容も、文章も、一言一句変化したことはない」
「この問題は特殊でな、採点者によって点数は上下するが、誰もが減点された。綾小路も、堀北も。高円寺や生徒会長も例外ではない」
「だが九条。お前は歴代でただ一人、この問題で満点を獲得した。職員たちの間でも大騒ぎになったよ。『この回答に何点与えるか』とな」
「最終的に『満点』という結果になったが、おまえは異端だ。綾小路のような異常性ではない。だが、同じくらいに異常な生徒だよ」
その笑みの向こうは、期待か、興味か、それとも打算か。
茶柱先生の瞳がより強く光ったような気がした。
※特記事項
親族なし。調査の結果、全員逝去と判明。
少年院に1年間の送致経歴あり。
調査の結果、事件に至るまでの背後関係は確認済み。
その動機については“自分にとって譲れないことだったから”と語る。
後悔や反省の色は皆無。逆に“それで良かった”という強い自己肯定が目立つ。
将来的に重犯罪や秩序破壊につながる可能性を否定できない。優秀ではあるが、制御不能の危険性あり。
不安定要素が多く、Dクラス配属が妥当と判断する。
また、対象生徒の資産などに関しては、本人の卒業、退学まで学園側で運用、管理、保持を行うものとする」
担任メモ:
「ルールの枠組みの中で信念を活かすように指導したいと思います」