「失礼します」
放課後。生徒会室に向かった俺を待っていたのは三人。
一人目は、生徒会長。
名前は確か、『堀北 学』。
堀北、という苗字から一瞬、うちのクラスの堀北の姿が思い浮かんだ。
だが、今は関係ない。
二人目は、金髪の男子。
飄々としているようで、こちらへの警戒は隠してない。
三人目は、入学式で司会進行をしていた女子。
確か……橘、という苗字だけは名乗っていた。
「改めて名乗ろう。本校生徒会会長、堀北学だ」
「同じく書記、橘茜です」
「俺は南雲雅。副会長をやってる」
「九条凪斗です。本日は、よろしくお願いします」
生徒会の、おそらくトップ3がそろい踏み。
油断も慢心もできない。
「九条。お前のことは知っている。
入試の『満点回答』の生徒、とな。」
会長との話は、そんな一言から始まった。
会長の机の前には、二枚の用紙。
内容は、入試の問題と、俺の回答。
『科目:社会
実力、結果、出自、努力などの観点から、“平等”についてあなたの考えを論じなさい。
なお、問いに対しては自らの体験や信条を含めて構いません。』
『回答:
平等とは「スタートラインを揃えること」でも、「結果を均一にすること」でもない。
真に平等であるとは、「誰もが倒れていい」ということではない。
「誰もが倒れても、もう一度立ちあがることができる」ということだ。
実力は、人の上に立ち、他者を支配するためにあるのではない。
他者を踏み台にする力ではなく、誰かの隣に立ち続ける意志や覚悟でなければならない。
私の姉は、結果が出せなかった。だからいじめという悪意に晒された。
無力だった当時の私には、何もできなかった。
だが、今でも思う。
あの時、「もう一度やり直してもいい」と言ってくれる誰かがいたら、姉は何か変われたのではないかと。
現代社会において、実力主義が求めるのは「成果」だ。しかし私は「覚悟」や「意志」のある人間を信じたい。
『立ち上がる意志を持つ者が、もう一度歩き出せる世界』
それこそが、真の平等だと私は信じている。』
「実はこの採点に、ここにいる3人が関わっている。」
会長が、静かに話し始めた。
「個人の体験を通じて“平等”の本質に迫っている。
『再起の機会を平等と捉える』か。
──これは、実力主義において最も見落とされがちな視点だ。
よって、私は満点評価とした上で、+3点を加算した」
この学校の生徒会長、という称号も込みで、この男は実力主義者だ。
でもそれは、『弱者は滅ぶべきである』という思想ではないと思う。
「構成も論理も破綻がなく、社会的意義に踏み込んでいます。個人的な体験と社会性のバランスが取れていたこと。よって、私も+2点をつけました」
橘先輩は、素直な人……だと思う。
おそらく、公私の切り替えがはっきりしている人だ。
「悪くはないけどな。正直、ちょっと情緒に寄りすぎだ。
『覚悟』とか『信じたい』とか、根拠のない“信念”は評価の対象にしにくい。
俺は+1点止まりだな」
副会長は肩をすくめて笑った。
だが、目の奥には興味以上に、警戒心を感じる。
三者三様の評価。
──この場は、試験の延長だ。
採点は終わっても、選別はまだ終わっていない。
生徒会長は理想主義者だ。ただし、現実も見ている。
橘先輩は中庸だ。感情も論理も、バランスの上で測ろうとする。
そして副会長……あれは、牙を隠したハンターだ。
たぶん、一番警戒しないといけない。
本番はここからだ。
わざわざ生徒会室という拠点まで呼び出して、そのうえでこの話をしたのはただの評価の報告ではない。
「関与」へと移る根拠の説明ということ。
このやりとりが、今後にどう影響を及ぼすのか――
そのリスクごと、俺は引き受けるしかない。
「さて、本題に移ろう。
今回、この回答を行った君に興味がある。
君が今後、どのような学校生活を送るのか……その未来に、『投資』をさせてもらいたい。
──君に問おう」
「今、最も欲しいものは何だ?」
間違いない。
こちらの何を、どこまで考え、知っているのか。
――見定められている。
焦らず、迷わず。冷静に、口を開く。
「では一つ。
『最低でも4年分の、今回の中間試験の過去問』をいただきたいと思います」
「……まさか、年数まで指定してくるとはな。理由を聞かせてもらおう」
「この一か月、Dクラスでは特に『情報の不足』が大きな問題につながりました。
今後の対策として、『テストの出題傾向』という情報が重要になる、と判断します。
そして、あなたも一年の頃、それを用いたはずです。合理主義のあなたが、それを今も保存していないとは思えない」
「二年分では不足か?」
「万が一、ということもあります。それに、全て持っているでしょ?あなたなら」
入学式での観察。
そして、今回の流れ。
この男……堀北学の本質の一部は、もう見えている。
間違いなく、1年の時に過去問を入手していた人間だ。
「当然だ。だが、その場合は追加でPPをもらう。そうだな……15000PPで取引しよう。」
15000PP。
ポイントを浪費していたら不可能な金額。
普通の使用でも、Dクラスの今の状況ならギリギリ。
特に、今回のDクラスは「歴代最低」とまで言われている。
つまり、こういうことだ。
『自分がただの不良品のDクラスでないことを証明して見せろ』。
――それなら、それに応じるだけだ。
「わかりました」
即端末を出して、送金を行う。
ポイントを見た橘先輩に「意外と倹約家ですね」といわれたが、べつに物欲がないわけでもない。
ただ、今の自分には必要ないだけだ。
とにかくこれで、過去問が手に入る。
あとは、その内容から頻出部分をまとめて、問題集にするだけ。
確認したら、平田達にも伝えておこう。
「確かに確認した。本日中には送信しよう」
「ありがとうございます。それでは、失礼します。」
一礼して、出口に歩を進める。
「待て、九条。最後に――――――――――――――」
「アイツ、ほんとに1年ですか?」
九条が退室してしばらく経った後、生徒会室では静かな会話が交わされていた。
「何があったら、あんな鋼鉄のような意志を持つようになるんでしょうね……」
堀北学は少し眉を寄せ、思案するように口を開く。
「南雲、橘。
実力主義の負の面、とは何だと思う?」
「え?そりゃあ……『弱者が評価されない』ってことでしょ?」
「……逆に、『強者が使い捨てられる』ということも考えられますね」
記憶に鮮明に浮かぶのは、退室の直前。
九条に対して投げかけた問いと、その返答。
『―――お前は、何を見てきた?』
『―――悪意を』
一瞬。
何もかもを焼き尽くすような業火が、目の奥に宿った気がした。
「九条が見たのは、回答の内容から前者……いや、場合によっては『両方』かもしれんな」
九条凪斗。
彼の三年間がどういった意味を持つのか。
期待と不安、そして少しの祈りが、彼らの胸に渦巻いていた。
その日、夜。
「―――――――――」
俺は、堀北会長から送られてきた過去問の内容を見て……
衝動的に、デスクの上のカップを掴んだ。
投げる寸前で止まる。
冷静になれ。怒りでは、誰も救えない。
『毎年、一字一句変わらない内容』はまだいい。
むしろ有難いくらいだ。
――問題はそっちじゃない。
『出題範囲がほとんど違う』。
爆発しそうな感情を何とか抑えて、即行動に移す。
携帯を取り出し、メール画面を開く。
相手は、平田と櫛田の二人。
内容は、以下の通り。
『過去問が手に入った。
内容は毎年同じ。一字一句すべて。
多分、今年も同じ内容と予想。
緊急:テスト範囲の大幅なずれがある。』
メール、送信。