遠い国の黒衣の青年   作:量産機

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砕く者

 戦いは扉の民の勝利に終わった。だが、別働隊として進んでいたヘクター達に村を突破されてしまった。ガーマの風の技は凄まじく、扉の民を寄せ付けなかったという。長老は無事な戦士達を投入すると決めた。無論、ロック達も出陣する決意である。ただハイランド・ホークは足に傷を負い、動けなかった。

 村の奥から伸びる森の道を抜け、息も切れる勢いで皆は走り続けた。やがて、山の端である丘の中腹に粉々になった鉄の扉があった。松明を用意し、中へ注意深く侵入する。二百メートル程下り坂を走った時である。急に通路が広まった。そこは円形の部屋とも言えた。中央に、闇の中で誘う様に淡い光を放つ、長方形の物体が見える。

「ここに入れば、もう向こう側は仮面の世界だ」

 アローが、決意を促す様に皆へ告げる。誰もが、必死の顔で頷いた。

「よし、行くぞ!!」

 次々と、ピンクの光の中へ戦士達は飛び込んでいく。長い転送の旅が続いた。ロックは目を閉じていた。世界間の移動では、時に視覚から感覚全体に異常をきたす事がある。ラビリィが彼の身体にしがみつき、彼も強くその体を片手で抱きしめた。やがて、足下に何かの感触を覚えた時、ゆっくりと彼は目を開いた。

 眩しい日差しが照りつける。少なくとも、先程までいた大地ではない。ロックは背後を振り返り、一本の巨大な石柱が建っている事に気付いた。土は乾き切り、砂と化す一歩手前に見える。

「石の都、か」

 彼が見渡す限り、石の柱、石の家、そんな物があちらこちらに作られている。ただ、どれも石の色が青く、奇妙な清涼感を見る者にもたらした。数百年前、邪悪がこの地を見出したのか、古代の民が知っていたのか、あるいはもっと別の何かか。今、この地に在るのは、廃墟と野望と、戦いだけである。他の者も次々と転送され、石の柱から吐き出されていく。

 

 一方ガーマ達は、都の中心にある石のピラミッドの最上階へ辿り着いていた。

「ようやくここまで来たな」

 ヘクターは、ピラミッド最上階に立てられた石版の文字を、指でなぞった。

「さあ、バックスタンド、仮面を外した我が友よ」

「何だ?」

「今度は、私が君に変わって仮面を被ろう。例えそれが、寿命を限りなく縮めても、私は満足出来るだろう!!」

「有り難いな」

 次の瞬間、スペイン富豪の身体はズタズタに四散し、石のピラミッドから落ちていった。

「愚か者が。ただ寿命が縮んだところでどうするのだ!! 幸い、この力に耐えうる者がおられるが」

 ローゼは妖しく微笑んだ。

「私はヘクター程、従順じゃなくてよ?」

「権力よりも、ただ力が欲しいだけだ」

 

 石の都を突き進む戦士達。その途中、地面が僅かに揺れた。立ち並んでいる柱や、壁に人を象った線が走った。やがて、それは元の場所から分離し、一人の兵隊となる。石像戦士達の奥から、高らかな声が響いた。

「ラリー、ニコ、ボルト達の敵をとらせてもらいます!!」

 石の柱の陰から、何かが飛び、三人の戦士が捕らえられた。姿を現した女の指と髪の毛は、蛇に変化していた。アリストが叫ぶ。

「先に行け!」

 間髪入れず進むロックに、アロー、ラビリィ、ジュディアが続く。アリストとリアムが相手をする事になった。

「で、どうするんじゃ?」

「そういう事は貴方様が」

「肝心なところは人任せか!」

 やり取りの最中にも関わらず、二人は呼吸を合わせて銃弾をリリーザに放つ。だが、彼女の頭髪が全て弾き返してしまった。その手のヘビも、白兵戦を仕掛ける戦士達を次々と締め上げ、食い殺していく。

「やるしかねぇか」

 アリストは不敵に、やけっぱちに笑うと、リアムに取り出した物を見せつけた。老人が理解したかどうかも確かめず、蛇女へ近付いていく。案の定、彼女は標的を簡単に指で絡め取った。アリストは首を軋ませつつ、例の物をリリーザに投げつけようとして、誤って空へ投じた。火も点けず。

 だからリアムがそれを狙撃した時、彼女は驚いた。爆風が蛇をも弛緩させた時。第二弾が頭を直撃していた。それも、リアムがロックから貰っていた魔弾が。

 

 ピラミッドへ突き進むロック達だが、周囲からガーディアン達が次々と得物を振り回し、意味不明の気合いを吼えながら走り迫る。

「俺の道はこれまでか」

 切なげに呟いたアローは、他の戦士達に合図した。ダブルライフルをぶっ放し、その勢いで馬から後ろへ落ち、くるりと後方回転して着地する。

「仮面をぶっ壊せ!! 頼むぞ!!!」

 青年はロックに叫ぶと、近付いてきた兵士をライフルで殴り倒し、斧を背中から外した。

 

 ロック、ラビリィ、ジュディアの三人は、一歩一歩階段を上っていった。

 かつて邪なる異世界の者は、アステカやマヤをモデルに石の都を作り上げた。例え地上の軍団が全滅する事態に陥っても、異世界に本拠地はある。相手が普通の人間なら、決して負ける事は無い、筈だった。

 しかし邪なる軍団は倒れ、仮面は一度封じられた。今ですら、この場所に封印の戦士達が押し寄せている。ピラミッドの頂上は、二十平方メートル程の面積があった。その中央で、既に黄金仮面の儀式は終わっていた。

 ガーマはその手に握った本を開きつつ、ローゼに告げた。

「仮面の女王よ。愚民が来たぞ」

 仮面ローゼの肩から、新たなる手が飛び出した。身体のあちこちからも棘の様な突起や鋭い鱗が現れ、肌も黒い金属色に変化する。衣服はただの布きれと化した。彼女は四本の腕で空を包み込む様に開き、そのまま、ロック達へ振り下ろした。危機を察していたロックとラピリィの防御が間に合い、天から振ってきた姿無き巨大な圧力は、威力を半減した。それでも、三人の足下にヒビが入る。ローゼは圧力を解き、四本の腕を激しく交錯させた。やがて、赤いエネルギーが中心に集まっていく。再び、三人はフォーメーションを組んだ。赤い熱線が飛び、それが次々と偏光されていく。ロックは、遂にメテオ・アイを取り出した。彼は弾丸を確認すると、重々しい撃鉄を降ろした。完全に撃発装置が倒れた瞬間から、弾倉が回転を始める。ローゼは、全くと言っていい程動かなかった。ガーマも邪魔をする気配は無い。

 引き金が落とされた。撃鉄がサイズに似合わず銅鑼並みの音を立てた。銃口の周りから青い炎の様なものが後ろへ吹き出る。放たれた青い一本の波動は、プラズマ状のデコレーションと共に目標へ飛ぶ。

 黄金仮面の眼前でそのエネルギーは拡散し、消えてしまった。自動的にピストルが中折れし、空薬莢が六発弾き出される。

「ロック、君では出来ないよ」

 その言葉は、降伏勧告でもあった。ロックは、二人の構成する陣から出た。彼は、ゆっくりとガーマの方へ歩いていく。しかし、ジュディアはまだ戦意を失ってなかった。彼女は絶望的な気合いを吐き出し、クロスボウで空に矢を放った。それは宙で何本にも拡散し、ローゼの周囲に落ちる。

「天空を漂う無限の雷よ、この陣に集いて敵を焼き尽くせ!!」

 蒼天から突如降り注いだ一発のエネルギーは、矢の陣中に落ち、激しくローゼを包んだ。しかし、彼女は足で矢を蹴り飛ばし、一瞬にして陣を崩す。ローゼはジュディアめがけジャンプし、その手で彼女を持ち上げた。両足、両腕を手で持ち、万力の様な締め上げ方で絞り始める。

 痛みと無念に呻くジュディア。ラビリィは棒を構えると、喚きながら突進した。しかし、ローゼの足が腹部に入り崩れ落ちた所を踏みつけられる。彼女らの姿を、ロックはまるで顧みようとしなかった。ガーマの眼前に立ち、無言で彼を見つめる。

「ボクと共に来てくれるか」

 ロックは左の拳銃を抜き、それをガーマの足下に向けて投げた。降伏の証、とも見えた。

「君はいざとなれば素直‥‥ギャァァァァァ!!」

 ガーマの手から本が落ちた。彼の片手から先が無くなっていた。まだ宙にある拳銃を使った跳弾など、彼には理解出来なかった。混乱する彼の眼前で、地面の本にロックが右手の銃を向けている。

「よせぇぇぇぇ!!」

 魔弾は、本に命中すると燃え上がった。ロックは、ガーマが持っているのが何か解っていた。過去の調査班が、最期に持ち帰った禁断の資料「仮面の記録」であった。

 ロックは無表情にメテオ・アイを再度取り出した。そこへ六発、魔弾を込める。

「や、や、や、やめろロック!!!」

 かつて英雄だった友人が、ひどく無様に叫んでいた。既に、ロックの心には何も浮かんでこなかった。ただ、ローゼの仮面へ向かい再度引き金を絞っただけだった。仮面は砕け散り、怪物の頭から消失した。隠れていた部分だけ、人間のままのローゼがいた。何も理解出来ていない表情で、立ちすくんでいた。六発の空薬莢が石の床に落ちる。

 解放されたジュディアはすかさずクロスボウを拾い、矢に呪文を込めた。ラビリィが標的の足下から這い出すのを見計らい、矢を放つ。突き刺さった矢から、光がローゼの身体へ広がっていく。彼女の身体は、その破壊の光に飲み込まれていき、ボロボロと崩れていった。

「いつまでも、美しい」

 人間だった頃の夢か何事かを静かに呟き、流血鬼ローゼアインは消失した。

 

 野望を打ち砕かれたガーマは、静かに佇んでいた。ロックは、既に彼を無視していた。

「何故ボクを討たない?」

「僕の仕事は仮面の破壊だ。それはもう終わったよ」

「生かしておけば、ボクは再起するぞ」

「その時は、生かしておかない」

 彼は、ラビリィにジュディアを連れて先に行け、と命じた。彼は微かに風を感じた。ロックのマントがズタズタに裂けた。変わり身の早さで脱出していたロックは、残っていた拳銃を連射した。だが、ガーマの構えた二本の剣に弾かれる。相手と同じく長剣を抜いたロックだが、剣に関してはガーマに勝った覚えが無い。相手の一撃一撃が重かった。片手や足まで使い、必死に防御するロック。

「お兄ちゃん!!」

 ジュディアを振り解いて駆け付けたラビリィが杖を投げたが、それもガーマが一瞬にして三つに分断する。

「甘さがお前の弱点だ。しかしながら、だからこそ配下にしてやろうとしたのに。その期待を裏切ってくれたな!!」

「裏切ったのは君が先だよ。ガーマ」

 ロックは足下に落ちた杖の残骸を蹴り上げ、自分の剣まで捨てて、相手の横を前転して通り抜けた。

「無理に背後へ回ろうというのか!! 最後まで貴様らしい」

 背後に風の術を発動させるガーマ。彼は、涙目で戦いを見つめているラビリィを睨んだ。

「お前はそう簡単に殺さん。ロックの分までいたぶって‥‥」

 台詞の途中で、何故かガーマは振り向いた。何も、無かった。風が強くても、彼の残骸を全て飛ばしてしまう事はあり得ない。ただ、そこに影が有るだけだった。

「影?」

 再装填を終えたメテオ・アイが、ぬっと影の中から突き出された。そのパワーは、即座の防御風で食い止められるものではない。次の瞬間、ガーマの胸に大穴が空いていた。

 

 ロックは、ボロボロのマントを拾った。戦いが始まって、初めてラビリィに微笑む。

「帰ろう」

 彼がそう言った時。背後で撃鉄の音がした。反射的に、ラビリィをかばう青年。銃声が響いたが、ロックの顔を銃弾が掠めただけだった。

 赤毛の娘は、硝煙立ち上る拳銃をぶら下げていた。

「早く行きなさい」

「カリーナ」

「私が、貴方の背中を撃ちたくなる前に、行って」

 何もかもその機能を失った石の都。ロックはジュディアを抱えながら、ゆっくりと石段を降りていった。

 

 生者がたった一人になった時。暗闇が辺りを覆った時。ピラミッドで、一瞬だが激しい炎が上がった。

 

 続く?

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