遠い国の黒衣の青年   作:量産機

2 / 11
旅立ちを追いかけて

 異世界から流出した強力な武器「銃」。それをいち早く取り入れたリールは、急速に勢力を拡大していた。新興国家であり、魔法力が他の国に劣るこの国は、その分斬新な戦術や武器の導入に積極的だった。国内で尊ばれる職業は「戦士」であった。将軍、士官、兵士、傭兵、剣豪、僧兵。戦いに関する仕事なら、誰もが尊敬された。子供達の夢や希望も、そんな所へ向けられるのだった。

 

「魔王の子!! 月へ帰りやがれっ」

「魔人のなり損ないめっ」

 飛んできた石つぶてが、痩せた少年の後頭部に当たった。彼が足をよろめかせたところへ、五、六人が束になって襲いかかる。

 リールに限らず、この世界の多くの国では「属性」という概念が有る。人を構成する要素の一部として、得意とする「魔」の力を示す証だ。殆どは「火」や「水」などといった単純な証だが、長年の研究により、より複雑な属性を持つ者も発見されている。また、古代では「闇」や「無」などといった属性が、宗教上の理由から悪とされ、迫害や争いの種となった。

 今、一人の少年が袋叩きにあっているのも、そんな事情からだった。リールは武器の導入などには積極的でも、因習は何故かよく残っている。

 十五才のロック・ハートランドは、「闇」属性と生まれた時に宣告された。小学校、戦士養成学校、日常生活。罵声、石、殴打、接触拒否。一年で攻められぬ日は、学校の休日よりも少なかった。この日は、その休日真っ盛りである。

 ロックはただ、耐えている。痛みは身体が覚え、罵声は心が防いだ。薄く笑っている。彼の不思議な癖だった。誰に教わったわけでもない、奇妙な癖だった。その笑いが気味悪くて、悪ガキ共は一層彼を激しく蹴りつける。彼等の頭部へ、石が一発正確に投げ込まれた。悪ガキの一人が、軽く呻きながら辺りを見回す。

「お前らぁぁぁぁ、ロックお兄ちゃんを虐めるな!」

 勢いよく飛び込んできた人影は、拾ったらしき棒でやたらめったら少年達を殴り回す。一、二発、救出相手にも命中させながら、大暴れした。悪ガキ共は口々に罵りながら逃げていく。

「カリーナ!! 女がでしゃばんなぁぁ!!」

「バーカ、バーカ、ラビリィ!! 貴族の馬鹿娘ぇ!!」

 棒を振り回していた子が、逃げる奴らに怒鳴り返した。

「バーカって言う奴が馬鹿なんだぁ! ボクは馬鹿じゃないぞ!」

 女の子が振り返ると、後ろではロックが別の人物に介抱されていた。石を投げたのは、こちらの人物だった。背は高く、物静かな目を持っている。さらりとした肩までの長髪は、赤い色をしている。女の子の方は金髪、エメラルド色の瞳をしているが、まだまだ子供だ。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 ラビリオバード・サンシュタットは、別にロックの妹なのではなく、親しみを込めてそう呼んでいる。その一人称は「ボク」であった。血を拭き取られたロックが、微かに呻いた。赤毛の娘、カリーナ・ルビー・ファルシオンは、やや心配そうに尋ねる。

「ひどく痛むの」

「‥‥大丈夫さ」

 彼は、無理をしてよろよろと立ち上がった。

「お兄ちゃん、手当しないと」

「いいんだ」

 少年はその場から、一刻も早く立ち去りたい様子だった。彼の背中に、カリーナは静かな声を投げた。

「何故、やり返さないの。貴方、弱くない筈よ」

 ロックは答えなかった。ただ、無様にフラフラと去っていくだけだった。

 

 父が放浪の異種族と結婚した時、ロックの運命も定まっていた。母は幼くして死んでしまい、父も七歳の頃、異境の探索中に病死した。父の友人だった騎士団員レナードが彼の養父となり、彼を戦士養成学校にまで上げた。

 戦士養成学校に属する者は、入学時点で常人を上回るレベルの体力を有していなくてはならない。幾ら校則で戒められているとは言っても、ロックは十分他人と殴り合える力を持っている。しかし、彼の中の恐れが手を出させなかった。彼をかばっているカリーナは学校でも一、二を争う優等生だし、ラビリィは政治に関わる上級貴族階級の娘である。家族の付き合いや幼なじみ、という関係が重なっているだけだが、恐ろしく恵まれた友人と言わなければなるまい。ロックもそれを解っているからこそ、反撃出来ないのだ。

 養父のレナードは、そんなロックにコンプレックスを与えさせない様に昔から苦労していた。幸いな事に、ロックの心は天性の強さ、あるいは鈍さを備えていた。差別に深く傷つく前に、その痛みを覚え風化させてしまう。義理の息子が見かけ以上に強いと知ったレナードは、風当たりの強さを覚悟で戦士養成学校に入学させた。例え卒業階級が低くとも(リンセ国の戦士養成学校とは、兵学校と士官学校、更に資格学校の機能を併せ持っている。志望コースによって、お墨付き傭兵の道を歩む事も可能である)、生きる糧を学んでくれればいい、という心根だった。

 そこで、新たな問題が発生した。ロックの先天的な鈍さから来る牧歌的な一面が、成績へ多大な影響を与えた。一年時に於いては、早くも全クラスワースト二十位に入り、二年で十位、現在の三年では留年、退学有力候補になりつつある。しかし、問題は試験や本格的な仕事に対する情熱が欠けている事であり、何人かの教官はその可能性を捨てるに忍びなかった。

 

 多くの人々に憎まれ、一部の人々からはより期待されている青年は、町外れの山道に立っている。程無く、別の方角からも同年代程度の青年がやって来た。しかし、彼は頭部に二本角を生やし、肌の色もやや灰色がかっている。近隣に古くから住む異種族「ブラックブラッド」だった。名前をバルハーン、という。彼等は人語を解した。

 二人は無言で山道を歩き始めた。バルハーンもまた、ロックの大切な友人である。異端者と異種族という境遇が、幼い頃の二人を紆余曲折の末に友情で結びつけた。ブラックブラッド族は戦士学校へ入学を許されていないため、バルハーンとロックが会う機会は少なくなった。

 互いに一言も交わさぬまま、二人は山奥に辿り着いた。レナードの一族が代々所有してきた訓練場である。格闘、剣術、弓術の訓練場である広場、魔術と学問の訓練に使用、また資材を保存しておく山小屋で構成されている。管理人の類はいないが、レナード家の人々が時々来ては掃除や補修を行っている。

 バルハーンは広場の中央で、ロックと向かい合って立った。互いに手元で礼を組み、構えをとる。ロックは身を低くし、両手で横腹と顔面をガードしつつ、攻撃の機会を探る。バルハーンは両手を低く下げ、腰を落とす。誘いの構えだった。拳が繰り出され、二人の戦いが始まった。

 気合いと打撃、受けと払いの音がしばらく響いた後、二人は元の様に向かい合って礼をした。始まりと違う所は、土埃と汗、多少の血とアザにまみれている事だった。

「ロック、反応が遅い。時には相手の動きを無視して、積極的に攻めるのも技だ」

 異種族の青年は、幼い頃からロックの格闘の先生だった。ブラックブラッド族に伝えられる技は、洗練されていないものの、知らぬ者も多少知る者も圧倒する。

「まだ身体がついていかないや」

「強くはなっている。俺の村でも通用するだろう」

 ほっと満足そうに笑うと、ロックは次の訓練にかかった、剣の木打ち、組み手、武器に対する素手格闘。その訓練を行い、二人の顔にも疲労が見え始めた。

「さあ、最後のやつだ」

 心なしか、二人の顔に緊張が走った。バルハーンが、薪を六本、縦に置いて並べる。ロックは腰の手製のガンベルトを巻き直した。中身は、六連発のパーカッション(雷管と火薬、弾丸が別になった旧式銃)である。呼吸を何度も整え、指をほぐし、肩の力を抜く。

 掴んで、引き抜いた銃から、六回銃声が響いた。この種のピストルは、ダブルアクション(引き金を絞るだけで連射出来る機能)が無いため、連射の際には必ず片手を撃鉄に添え、一度撃つ毎に降ろさなくてはならない。反動は確実に片手で吸収しなければならないのだ。

 薪は、五本だけ倒れていた。右端の一本だけがそのままだ、緊張をほぐす様に笑い、ロックは銃を納めた。

 この訓練場で、彼は武術、魔術、そして拳銃の訓練を続けている。放課後、休日、暇さえあればだ。武術や魔術はともかく、拳銃は許可の無い訓練を国法で禁止している。発見されれば、退学どころか投獄にもなりかねない。しかし、私有地に侵入するのも御法度であるから、山中の音だけなら、猟銃の物としてごまかせる。共犯者のバルハーンは、絶対にこの事を漏らすまいと心に決めていた。

 不意に小さな拍手が聞こえた。

「見事だな、ロック」

「ガーマ?」

 後ろへ流した銀髪に、どこかふてぶてしい趣のある美男子ぶり。身長も高く、よく通る声の持ち主。ガーマ・デ・クリストバルは、戦士養成学校のトップである。成績のみならず、既に実戦も幾つか経験し、冒険者としても期待大。統率の面でも、まず一流といえた。

 ロックは一見不幸に見えながらも、友達には恵まれている事を述べた。このガーマなどはその典型例だ。人にそう告げても、信じる者は少ないだろうが事実である。戦士学校二年の時、志願制の強化旅合宿が実施された。その時、トップのガーマと気紛れで参加したロックが同グループになったのは、手違いの結果だ。そのミスが、戦士学校始まって以来の事件に発展し、結果としてガーマがロックに興味を持つ事になる。その話自体は、また別の物語だが。

「君の使っている銃は、二週間前武器屋から盗み出された物だね。それも、店が違法に扱っていたやつだ」

 バルハーンが無言で、剣術用の木刀を握ろうとする。

「安心するんだね。ボクは君らを通報したりはしない。むしろ」

 ガーマは倒れた薪に近寄ると、一本を拾い上げた。

「この技を君に極めてほしい」

 希代のエリートが在野(に一番近い位置へ落ちそうな)人物を友人として認めているのも、裏で努力を重ねている一面を見抜いたからだ。あるいは、彼がそれだ度量の大きい人物なのか、そう見せたいだけなのか。とにかく、ガーマは、努力の割にテストでやる気を出さない奇妙な人材を見出したわけである。

「いつ、ここの事を知ったんだい?」

「カリーナから聞いた。彼女を責めるなよ。友情を信頼して言ってくれたんだから」

「見せ物じゃない」

「大人になったらそうも言ってられないさ。ボクも君も、責任有る立場に就くのだ」

「僕は違うよ」

「おや。それは困ったな。ボクは銃を極めるつもりはないから、君に警護役になって貰おうと思っていたのに」

 空薬莢を抜き取っていたロックの手が止まる。

「時間はまだ有るんだ。ボクやカリーナのいる位置まで上ってこい。君なら出来る筈だ」

 やがて、ガーマの姿は消えた。バルハーンはロックに声をかけようとして、黙った。悪ガキ共に包まれて、いたぶられた時も、訓練の厳しい時も見せなかったもの。手に持ったままの拳銃へ、一滴、一滴とそれが落ちていく。雲一つない、蒼天の下だった。

 

 時は平和な時に限り、あっという間に過ぎる。平時の戦士養成学校は、基本的に五年間入学する。しかし、特別優秀な者はこれに限らず、飛び級で卒業、実務へ就く者もいる。ロックが四年生へ進級した頃、生徒首席のガーマ、次席のカリーナが、揃って卒業していった。無論、飛び級。それも将軍・参謀クラスである。

 卒業生が花道を去っていく姿を、無感情に見送っていくロック。カリーナが美しい顔に去りゆく者の哀愁の混ざった微笑を浮かべつ歩いていく。その顔を何気なく見送っていたロック。

(時間は無くなってしまった)

 ふと、切ない思いが脳裏に食い込んだ。最後に歩いてきたガーマが目礼したのにも気付かず、である。

 

 夜。元々激しい情熱とは縁の無い筈だった青年が、ある行動を起こした。町を歩いていたカリーナを、馬上から捕まえて連れ去ったのである。誘拐紛いの行為だったが、カリーナは敢えて逆らわなかった。乗馬試験の数倍は巧みに馬を操り、ロックは山の訓練場へと急いだ。そこで降りると、カリーナに山小屋へ入る様頼んだ。素直に従った彼女は、幼馴染みがてきぱきと茶の用意をする姿を見つめていた。

 暗いのか鈍いのか、判別しにくい眼差しを持った五歳の少年。彼女が初めて見た時のロックは、そんな子供だった。友達になった理由も、いじめっ子に荷担するのが嫌だったから、という虚栄心だ。カリーナの両親は、政治家に転身しようとした商人である。それが、いつしか思春期を通じても目障りにならなくなった。

 目の前に湯気を立てるリール独特の白茶を置きながら、二人はじっと黙り込んでいた。

 カリーナは、どことなく喜んでいた。我慢強く一目の無い所では積極的だが、照れ屋なため、努力をなかなか実らせられない。そのくせ、愛想を尽かすには惜しい妙な愛嬌がある。差別意識の強いリールに生まれなければ、もっともっと機会と友人に恵まれていた筈の男だった。それを惜しいと思うか、愛おしいのかは解らないが、特別な感情で付き合ってきたのだ。

 だが成長がもたらす、異性同士の複雑な問題となると、別だった。ロックが、恋心を貫こうとしてカリーナを連れ出したのは、彼が勇気を学び、男としてきちんと成長し始めている、という事だから喜ばしい。それでも、恋心とは別だった。カリーナにもきちんとした心はある。自分の意志で誰かを選ぶ権利は有った。ロックが嫌いなのではない。ただ、上手く言えない何かだった。

「後悔はしてないけど、ゴメン」

「何が? こんな町の近くへ連れてきた程度じゃない」

「そんな事でも、初めてだからね」

「きっと最初で最後よ。大胆過ぎるわ。‥‥臆病な貴方、がね」

 僅かに傷ついた様子を見せつつも、それを振り払う様に笑って見せる。

「僕ってやっぱり臆病かな。格好悪いかな」

「‥‥傷つけたくないけど、事実よ。ただ、格好悪いかどうか別にしてね」

「カリーナって、いつも冷静だ。僕はその冷たさの奥に、いつも温かいものを感じるんだけどね」

「ロック‥‥」

「その温かさを知っているのって僕一人なんだって思いたい」

 言葉を滑り出させるのは、いつも呆気ない。結果だけがいつまでも、ずるずると心に何かを残していく。ふとロックが相手の顔を見ると、カリーナは笑っていた。どこか、泣いている様な顔付き、だが、笑っていた。ロックには、それが世界で最も寂しい笑いに思えた。冷たさはどこかに消えて、一人の娘がいた。何も、言わなかった。何も、答えなかった。彼女はすっと立ち上がり、小屋を出ていった。

 

 その頃、秘かにある大事が起きていた。初代聖帝の遺言により、各地で封じられている【ゲート】。その内リールの物が突然作動し、一人の人間を吐き出したのである。重傷を負ったその男は、異世界からの伝令と名乗った。議会へ報告するため、城の位置を尋ねる彼に王は困窮した。議会も聖帝の威信も失墜、城はその超技術を封印するために善意有る人々の手により何処かへ封印された後だった。 返答を考える内に、男は容態が悪化して死亡した。

 男の遺品に、議会宛ての手紙が有った。王はそれを開封させた。内容は、《仮面》が現地人の手により掘り出されたため、封印するための戦士を派遣して欲しい、となっている。王は慌てて、《仮面》について調べさせた。不幸な事に、リールの軍師兼宮廷魔法使い筆頭のレオナルドが不在であった。やむなく、禁書室の中まで調べた末、ようやく動乱期に作られた呪いの品である事が解った。

 王は考えていた。口うるさいレオナルドがいない内に、全てを片づけてしまうつもりだった。現在リールは領土拡大策による隣国への攻撃準備中であり、如何なる問題であろうと兵力を割く余裕が無い。熟考する王の脳裏に、ある報告が思い起こされた。国家最若年の将軍候補生ガーマ・デ・クリストバル、やはり最若年の中央参謀カリーナ・ルビー・ファルシオン。この二人に対する反感が、軍内部で膨れ上がっているとの情報だった。特に上級貴族の士官からは、日々不満が湧き起こっている。将軍達も、二人の存在には疑念を抱いており、侵攻作戦に影響も出かねない。

 一計を案じた王は、ガーマとカリーナを呼び出した。

 

 また一年が経過した。リールは隣国への侵攻に成功、長い旅から帰ってきた魔法使いレオナルドは、【ゲート】事件を聞き驚いた。その結果、既にガーマとカリーナが使者として派遣されている事も。偽りの使者を別世界に派遣した国王を叱りつけ、増援の者を選出する様進言した。だが、王も簡単には引き下がらない。兵士を割くのは拒否し、戦士の派遣も、未だ任官の決まっていない者か在野の者に限る、という条件を付けたのである。

 

 慌ただしく増援が選ばれ始めた頃、戦士養成学校に問題が起きた。授業未出席者が一人増えたのだ。元々成績は中の下程度だったが、不良生徒の仲間入りをしたのではないか、と風聞が流れた。その名は、ロック・ハートランド。カリーナとガーマが去り、彼の親友は、ラビリィとバルハーンだけになった。学校にも行かず、訓練に明け暮れていた。裏の世界で紹介された実戦にまで手を出し、家に帰らない事も多くなった。前線の従軍任務にこそ就かなかったが、騎士団が忙しくなっていたレナード。ある日城の中での噂話からその事を知り激怒した。

 義理の息子が劣等生だと認識しつつも、敢えてそれを放置していたのは、怠慢や諦めからではない。例え下級兵士になっても、上へ這い上がるだけの力を持っている、と見ていたからだ。

 訓練場で待ち受けていた彼は、ロックとバルハーンが現れるのを見計らって飛び出した。外で義理の息子を見た時、彼はその姿に驚いた。ズボンもシャツもすり切れ、伸び放題の髪と髭。顔は汚れて真っ黒、瞳だけが涼やかだ。

「ロック、私はこれまでお前のやる事に口を挟まなかった。だが、そのザマは何だ。納得行く説明をしろ」

「僕が選んだ道だよ、これが」

「城で聞いた。お前、ならず者と付き合って幾つかいかがわしい仕事に手を出してるそうだな。家に帰らない事も多いと」

「そうだよ」

 あまりにもあっさりと認めるロック。バルハーンが窘めようとするが、手だけで彼に合図し下がらせた。レナードは歯がみし、額に青筋を浮かばせた。悪事をして反省している、という体ではない。当然の事をしたまで、と主張しているのだ。

「待っていろ」

 レナードは一旦小屋に引っ込み、中から木剣を二本持ち出してきた。頑丈な作りの組み打ち用の物で、使用には死傷の危険が伴う。レナードは昔、ロックの父や、ロック自身にこの剣で手ほどきをした事がある。

「ロック。若気の至りなら口だけで満足しよう。だが、限度を超えてはならん。思い知らせてやろう」

 木剣が投げられた。若者はそれを左手で受け取る。無口のまま、それを構えた。正面から、二人は睨み合った。レナードは違和感を覚えた。相手に、まるで恐れが見えないのだ。何度も実戦をくぐり抜けた人間の目を、義理の息子が持っている。それだけではない、理解し難い「深さ」が漂っている。

 違和感を吹き飛ばす様に、レナードは斬り込んだ。彼が得意とする、正面からの一撃である。ロックはそれをまともに受け止めた。両足、肩、手。全て揺らぐ事は無い。激しい鍔迫り合いが始まった。体重ではレナードの方に部が有るが、力では双方互角だった。やがてレナードが後方へ引き、何度か誘いの手を見せたが、ロックは正確に応じた。一度など、払った剣をかいくぐり、前蹴りが飛んできた。

 決まり手は一瞬だった。焦れたレナードが力で相手をねじ伏せようと、右上段から袈裟に落としたが、ロックの剣が一瞬早く喉元へ飛び込んでいた。養父は、義理の息子の行動に理由があっても、それは十分価値のある物だと判断した。彼は一転して息子を讃えた後、その場で話を聞く事にした。

 

 翌日。登城したレナードは、魔法使いレオナルドに面会した。増援戦士の候補に、息子のロックを入れて欲しいと直訴したのだ。その計画の事をどこで漏れ聞いたのか、と魔法使いは疑った。が、ロック自身が、旅立つ前ガーマから話を聞き、そのために修行を始め、結果レナードすらも上回る戦士になった、と説明されると、目の色を変えた。王も知らない材が、思わぬ所にいたのである。他の者は幸いというか相変わらずいうか、候補そのものが少なかった。それらの候補すら、あちこちからの根回しで使えない始末だった。レオナルドは気概のある若者を大いに喜び、選抜会への参加を許した。

 選考会に志願、あるいは推薦され、資格有りと判断された者は十名。それも、判断の基準に〈実力未知〉という項目があるだけの十名だった。

 金目当ての傭兵、とすら言えないゴロツキ。精神の均衡を崩した魔法使い。一言も喋らない放浪者。反抗の末に上官を刺殺した投獄軍人。別大陸遠征で捕まった、未知の原住民。没落貴族の長男。そして、戦士学校退学寸前の青年。

 レオナルドはそんな連中にも期待の眼差しを向けつつ、スピーチした。

「諸君らは、この国の未来のために試されるのだ。厳しい試練になるが、しかし脱落も自由である。確実に成果を手にする者のみ、残って欲しい」

 荒んだ瞳の者達がどっと囃し立てた。魔法使いは不快な顔一つせず下がる。その時、瞬間だが視線を動かし、列の端に立つ二人の顔を見た。没落貴族の息子と、退学間際の青年の姿がそこに有った。

 

 第一試験は射撃。銃に通じていない者は、異世界で冒険するのに不適格だった。雷管分離式の拳銃とライフルの扱い、そして射撃である。二人が、この時点で脱落した。一人は銃が何なのか理解出来ず、もう一人は射撃で骨を折った。

 第二試験は大瞑想。これは魔力と精神力の限界を試す。レオナルド自らの手助けにより瞑想状態へ入り、三日間、食事も睡眠も取らない。更に、瞑想から抜け出たその足で、正規軍の兵士と勝ち抜き格闘を行わせるのだ。八人が六人へ、六人が四人へと減った。彼等には最終試験が待っていた。

 幻沼の探索である。

 

 選考委員はこの事を聞いて驚いた。第三試験は行われず、後は委員会が相談し、適任者を選び出す予定だったからだ。しかし委員長に任命されているレオナルドは、国王の権威を盾に試験を断行した。

(この任務、前任者の二人に匹敵する人材で行われなければならない)

 レオナルドの腹中には、そんな思いがある。残った四人の記録を見つつ、最悪、この中の一人の補佐として自ら異世界へ向かうつもりと決めていた。

 

 クラニー・ザンボルト。年齢不詳。自称某国のスラム街出身。大量殺人、連続暴行、組織の手引き、及び抗争の誘発、その他犯罪歴極めて多数。牢獄に繋がれていた処を、恩赦を条件に試験参加。

 カ・イェンシン。年齢不詳。出身地不明。放浪傭兵。かつては西方の傭兵ギルドで名を馳せるも、事件に連座し失脚。参加の理由は不明。

 ザリアン・ティルナウザー。年齢十八才。出身地リール。一族の内部抗争で家名を落としたティルナウザー家の長男。家名の再興が目的。

 ロック・ハートランド・クライヴ。年齢十七才。出身地リール。歴史学者アルメキア・ハートランドの息子。父の死後、騎士団教導隊所属レナード・クライヴの養子となる。王立戦士養成学校普通科に入学、最終学年(五年期)になるも、成績不良、欠席多数、進路意志不明。

 

 幻沼はリールが建国される前から、土着の戦士達の試練として伝えられてきた。魔法使いが作り出した幻覚の湿地帯に入り、深奥に置かれた宝の箱を持ち帰るのだ。支給されるのは、魔法コンパスのみと長剣・短剣一本ずつ。それすらも、幻覚が作り出した物だ。幻覚空間では死ぬ事は無いが、それは試験からの脱落を意味する。

 湿地帯は罠、怪物、災害で満ちており、休む事は許されなかった。四人は最後の難関に挑んだのである。ザリアンとロックは、試験が始まった頃から打ち解けていた。境遇がよく似ていた事もある。イェンシンは他者と全く口を聞かず、クラニーは不気味な雰囲気を漂わせ、誰も近づけない。

 最初に脱落したのは、イェンシンだった。怪物の群との戦いで倒れたのだが、死因はクラニーに戦後の不意を突かれ、刺されたためだった。この無口な傭兵は、それでも決して言い訳をせずに引っ込んだ。

 卑劣、あるいは巧みな技で候補を一人減らしたクラニー。ロックとザリアンは、試験よりも仲間に気を遣わなくてはならなかった。

 そのクラニーも、心の隙から自滅した。候補者たちには知らされていない事だが、幻覚世界では水も食べ物も毒性扱いで、口に入れればまず死ぬ。それも、時が経ってから突然身体の内部を襲うのだ。対抗相手を減らし、仲間の青年二人も葬り去ろうと計画したクラニーは、何気なく「現実世界では安全な」木の実を見つけ、貪り食った。ルール通り数時間後、彼は怪物との戦いで猛烈な腹痛に襲われ、意識がはっきりしながら食われるという悲惨な最期を迎える(無論幻覚であり、彼はまた牢獄で目を覚ました)。

 試験でコンビプレイは別に反則で無く、ロックとザリアンは順調に進んだ。途中、ザリアンが行動不能に陥るも、死亡判定には至らず、ロックは彼を残していく決断を迫られた。だがそれを敢えて無視し、出会って間もない友人を背負い、目的地までロックは歩き続けた。目的地付近でザリアンは息絶え脱落したが、ロックの能力の高さ、精神力の強さと余裕が証明された。

 当然の事だが、現実世界に帰還したロックをザリアンが迎えてくれている。

 

 レオナルドの強い推薦も有り、増援に決定されたロックは、数日後旅立つ事になった。戦士養成学校は急な決定で混乱したが、生徒一人の秘かな退学など珍しくはない。

 ロックの家では、内々にお別れの祝賀会が開かれていた。と言っても、出席者はごく僅かだった。クライヴ夫妻、彼等の娘アニー(ロックの義姉)、ザリアン、バルハーンそしてラビリオバード・サンシュタットだった。

 ささやかながらも盛り上がる一同の中で、一人浮かない顔をするラビリィは、静かにワイングラスを干しているロックに近付いた。

「ロックお兄ちゃん」

「ん?」

「遠いとこに行っちゃうんだよね」

「ああ」

「帰ってくるんだよね? 絶対、帰ってくるよね?」

「当然だろ?」

 ロックの声には自信が籠もっていた。かつての無気力さ、静けさが消え、身体全体に逞しさが満ちている。ラビリィは、幼い頃からの「お兄ちゃん」に、異性としての微かな憧れを感じた。 元々相手は、彼女にとって単に付き合いが長いだけの【友達】だった。時に意外な一面を見せて敬慕の念を抱かせる事は有っても、ラビリィ自身の成長と共に相手をどう考えて良いのか、始末に困っていた。

 今、ロックをラビリィはまだ年上の友達として見ていたかった。だが本能的な部分と、別の心がそれを許さない。

 それだけに、ロックが旅立とうとしている理由の本質的な部分が解り許せなかった。

「カリーナ」

 少女の呟いた一言に、青年のグラスが止まる。

「あの人を探しに行くんでしょ」

「違う。仕事さ」

「ボクだってね、鈍いかも知れないけど‥‥」

 女、とまで言えなかった。口に出せば白々しくなるし、旅立つロックを混乱させたくはない。それでも、許せなかった。切なさに満ちつつも、ラビリィは席を立った。

 

 翌日。魔法使いレオナルドに呼び出されたロックは、魔弾の作り方を教わった。

「異世界では、こちらよりも数段銃の技術が進歩しておる筈だ。動物や小さな怪物程度なら、剣よりも容易く倒せるだろう。しかし幽体、あるいは意志を持った霧など、打撃が通用しない相手に遭遇した時はどうする」

「息で吹き飛ばすとか、仰ぐとか、火で」

「本気で言っておるのではあるまいな?」

 殺気の籠もったシワ顔を近づけられ、ロックは慌てて打ち消した。

「い、いいえ」

「むむ、あまりハラハラさせるでない。お主は、生来からどこか抜けておるとの噂、真じゃったか」

「誰がそんな噂を」

「誰でもええじゃろ。それは置いといて、じゃ。この聖文字を、銀を使った弾丸に刻み、射撃前に呪文を唱えれば、その銃は霊体や強力な魔物も倒せる様になる。じゃが……」

 レオナルドはロックにガンベルトを着ける様指示し、手招きして部屋を出た。城の地下へと降りていく。その先には、先々代の王が秘密特訓城として作った、巨大なコロシアムが有った。

 魔法使いは広場の中央まで歩むと、そこで立ち止まった。ロックは近付こうとして、足下から嫌な雰囲気を感じ取る。地面から、人間の胴体ほどはある太さの手が飛び出てきた。

 全身を地中から現した相手は、木で出来た巨人だった。魔法使いが作り出す、ウッドゴーレムという使役生命体である。ロックの腰の銃には、作りたての魔弾が込められていた。呪文の後に速射された弾丸が、次々と現れるゴーレムを引き裂いていく。魔弾の威力は、現代で言う貫通破裂弾の様に凄まじい。

 レオナルドは、ロックが気付かない内に指を動かし、静かに呪文を唱えていた。ゴーレム達の破片が集中し、より密度の高い怪物へと変化していく。ロックは最後の魔弾をそいつに浴びせた。が、胸元に食い込んだ魔弾は、数センチ程の火傷を作ったのみである。傷はすぐに再生を始めた。

「魔弾一発で相手の命の鎖を断てない時は?」

 魔法使いの手に、装飾と刻印を施された拳銃が現れた。それがロックへ投げ渡される。彼は夢中で狙いを定め、撃鉄を下ろそうとした。重く、奇妙に固い。下ろした音も大きい。

「数発の魔弾を収束し、叩き付ける。ロック、わしの呪文に続いて唱えよ」

 銃の狙いを定め、魔法使いの声に耳を傾ける。呪文を唱え出すと、輪胴の部分が徐々に回転を始めた。銃の構造から言って奇怪極まる現象だった、引き金を落とした時。強烈な波動(反動ではなく)が背中へ抜けた。青く強い光球が銃身から飛び、強化ゴーレムを撃つ。

 巨大な化け物の胸板に、青い力が炸裂した。標的の身体の中心に大穴が開く。再生作用を魔力が押し止め、ゴーレムは木屑となって崩れ落ちた。拳銃が自動的に前へ折れて、六発の空薬莢を弾き出す。

「今お前が倒したのは、千年樹の破片から作られた再生能力のあるゴーレムだ。そしてその銃は魔銃メテオ・アイ。いずれこんな機会が訪れるだろうと作らせた物だ」

「魔銃?」

「魔弾を六発分使用する。発射されているのは、肉体・心霊打撃用に弾頭が変換された光だけだ」

「申し訳有りません。使い方の注意点以外は覚えられそうにありません」

「‥‥ともかく」

  レオナルドは凄みのある笑いを浮かべた。

「あの呪われた仮面を打ち砕くのは、この武器以外に無い」

 前々から、レオナルドは古代の仮面伝説を調べる内、それが在る限り災いを呼ぶと考えていた。特殊な古代の呪物が災いをもたらすなら、破壊すべしとも。

 

 全ての準備が終わり、旅立ちの日が来た。リールの人間でその出立を知る者は限られている。異世界への扉、ゲート周辺で見送るのは、レオナルド、レナード、そしてラビリィだけだった。

 養父は、血の繋がりが無いとはいえ、息子が自分の元から巣立つのを悲しんでいる。彼は、ロックに若い頃愛用していた長剣を渡した。この世界では、魔物との戦いがあるため、長く幅の広い剣の価値は失われなかった。その多くには呪文が刻み込まれ、人を助ける細工が施された。

 ロックは、自らの衣装に黒の色を選んだ。自らの属性に媚びたわけではない。それが彼自身で有る、と天地に示す意味だった。

 宮廷魔法使いレオナルドは、国王の代理人として若者を見送る。彼は確信していた。自らの選んだ青年をきっかけに、何かが動き出そうとしていると。

 ラビリィだけは、最後まで何も言わなかった。ただ、涙を溜めた瞳をごまかしつつ、軽く「お兄ちゃん」の頬にキスを送っただけだった。

 紫のねじ曲がった光を湛えたゲート。黒いマント、黒い帽子を身に纏った青年は、その中へ足を踏み入れていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。