ある青年が、異世界でゲートをくぐってから二年が経過した。場所は変わり、魔法の失われた世界。
時は1870年。アメリカ合衆国は新天地と黄金の魅惑に満ち、何十万という人々を吸い込み続けていた。その中の一角、オクラホマ。油田が未だ発見されていないこの時期は、まだまだカウボーイと農夫、ネイティブ・アメリカン達が主体となり、のんびりと暮らしている筈だった。
しかし、次々と乱立する町の中には物騒さが売り物ととなる所もある。オクラホマ南西南寄りにある町ソードフレーク。この町の北には「蟻地獄の崖」という場所が有る。伝説によると開拓者達が来る以前、大きな原住民同士の戦争が起こった。その戦いで、片方の一族がこの崖で相手を待ち伏せ、入る端から皆殺しにしていったという。彼等は、地面に潜っていたため、アリジゴクと恐れられた。現在でも、そのインディオとも違う原住民が息づいていて、旅人を秘かに襲うのだという。言わずと知れた迷信の類か、あるいは二つの世界について詳しい人間がいたなら、それが事実であると断言したかも知れない。その蟻地獄の民は、異界の訪問者達が関わった戦いで重要な役割を果たしていたのである。ただし、現在は南米に移住しているため、この地域は無害だ。無害である筈のこの場所へ、帽子から靴まで黒ずくめの旅人が現れた。たてがみが首の根本にしか無い、年寄りの驢馬に乗りのんびりと進んでいる。驢馬は馬などに比べ、耐久力に優れ長旅をする地方民に好まれる。この他、牛もよく車を牽引させるのによく使われた。足は遅いが、力も持久力も有るからだ。
カサカサに乾いた木々の側に、深い谷が口を開けていた。
旅人から二十メートルと離れていない場所で、三人の人物が睨み合っていた。二人はアメリカ風に牧童帽子と革ズボンだが、崖を後ろにして立っている方は、ハンチングに茶色い小綺麗なコート、スラックスにベストという、英国風の格好だ。その人物は腕組みをして、退屈そうに告げた。
「暇が沢山あるわけじゃないのよ。面白い話と光景を提供してくれるって言ったけど、ここに何があるの」
女、である。相手の一人が舌なめずりをした。
「面白い話はわめき声。光景は、腹を割かれる英国女」
「あら、そう」
「ソードフレークに必要なのは金と銃だ。後、普通の女か。チョコチョコ嗅ぎ回るネズミはいらねぇって」
「ドブネズミみたいな男は多いのにね」
「ケッ。おい、どうする。さっさと殺すか」
「足だけ狙え。こんなチャンスは滅多にねぇぞ。しっかり頂こうぜ」
「俺が先か、お前が先か」
「そりゃ‥‥」
背後でガサリと物音がした。暴漢二人は、一斉に肝を潰しながら振り向く。黒いテンガロンハット、黒いマントの前を閉じている。痩せた身体に、青白い顔。静かな眼差しが印象的だった。
「て、て、て、て」
「てめぇ、どっからわいて出た!!??」
「僕はウジ虫じゃあない」
「こ、こ、こ」
「この出歯亀、こっちは仕事だ、文句あるってのか」
「別に」
二人はいきなり腰へ手を伸ばした。青年のマントがめくれ、右手から炎が飛ぶ。左側の男は脳天を撃ち抜かれ、右側の男は銃を飛ばされた。
「あ、相棒!!」
銃口が生き残りに向けられる。
「失せろ」
狂った様な声を捨てて、男はどこかへ逃げ出した。黒衣の男は、銃を器用に回転させるとホルスターに納める。英国風の女は腕組みを解かないまま、ゆっくりと男に近付いた。目の前で人が殺されても動じていない。
「一応、有り難うと言っておくわ。はっきり言って余計な手出しだけど」
「そう?」
「でもね、私の馬が見つからない時は貴方に助けてほしいかもね」
「素直じゃないね。どこへ帰るつもり」
「ソードフレークよ。ここから南へ行けば見えてくるわ」
青年は驢馬の手綱を引っ張った。
「私はジュディア。貴方の名前は」
「ロック」
二つの騎影は、その後真っ直ぐ南へ向かっていた。ジュディアは、英国の作家だという。フロンティアで暮らした経験を本にするのが目的だった。
「何せ仕事柄、本に書けそうなネタの話されるとね。弱いのよ、あたし」
「へぇー。じゃあ、これまで何か書いてるの」
「少しはね。でも誉められる程度の物はないわ‥‥あそこよ、」
女が指さした方角に、町が見えてきた。
二人は入り口で別れた。
ロックは宿を探していた。驢馬の足に任せる内、「ベスピオ酒場」という名前の看板が見えた。驢馬を繋ぎ、中に入ろうとした。瞬間、頭を横に動かす。酒瓶が一本、通り過ぎた。酒場の中央で、複数の男達が争っていた。いや、ロックには解った。複数の男が、一人に集中攻撃していた。
(人助けばかりしたくはない)
過去を微かに思い出したが、感傷を捨ててロックは歩んだ。取り囲まれた男が何かを叫んだが、無視した。カウンター越しに店主を探す。
「おい、小僧」
誰かが肩を掴んだ。振り向くと、筋肉質の巨漢が一人立っている。
「店は休業中だ。解らねぇのか」
「店主はどこさ」
「俺が店主の代理さ」
軽く頷き、ロックは出ていこうとする。誰かが足を引っかけようとした。思いっきりその足が踏みつけられ、骨が鳴った。次の瞬間、飛びかかってきた相手にストレートが決まり、組み付いた相手に肘打ち、脅しつけた巨漢には、伸び上がって顎へアッパーを食らわした。中央にいた男も反撃し、一人の足に噛みつき、一人の上に乗ってそいつをボコボコにしていた。巨漢が真っ先に逃げ出し、後の連中も出ていく。ロックと被害者だけが残った。
どこかに隠れていたらしい店主が現れ、破壊されたテーブルや椅子を見、嘆いた。
「ああー、もう沢山だ!! 出ていく。絶対出ていくぞ」
店主は床を踏みつけ、怒声を上げてカウンターの奥へ走り出した。ロックと青年は身体の埃を払いながら、店主に近付く。彼は売り上げを袋に詰め込んでいる。やられていた青年が尋ねた。
「行っちまうのかよ」
「あったりめぇだ。お前らみたいなのが、毎日毎日やってくれるから、商売する気も失せらぁ」
「そこの酒、全部持ってくのか」
「あん? 酒なんか持っていけるかぁ」
「じゃ貰ってっても構わないな」
「好きに持ってけ!!」
荷造りを始めた店主を呆然と見つめるロック。酒瓶を棚から集めだした青年は、恩人の前にドンとそれを置いた。
「おい。お前新顔か」
「そうだね、まあ、そんなとこだよ」
「助けて貰ってなんだがな。俺と一緒にこれ運べ。きっといい事があるからさ」
町の南西に点々と存在する牧場。「リアム・ギャリーソンとその他大勢の巨大なる千年牧場」という看板は、紛れる様にひっそりと立っていた。牛も羊も豚もいない、草の生えも悪い妙な牧場だった。驢馬に酒瓶の入った袋を乗せ、自らも大量にそれを担ぎながら、ロックは門をくぐった。
母屋の入り口で、青年が叫んだ。
「おーい、爺さん!! プレゼント持ってきたぞ」
中に入り、何度か同じ事を繰り返す。しかし、誰の返事もない。
「どこだ、持ってくる前にくたばっちまったか!!」
物騒な事を喚く青年には付き合わず、ロックは建物の周囲を探し始めた。井戸、物置。厩舎に来た時、微かにイビキが聞こえた。彼が中を窺うと、馬達に紛れて干し草の中で眠りこける老人がいた。後を追ってきた青年が、中に飛び込み、老人に水をぶっかけた。手に井戸桶を持っている。馬の何匹が嘶き、老人は跳ね起きて、阿波踊り(この頃のアメリカにあるわけないが)の様な動きを見せた。
「あああああああ、アンジー!! 今行く行く‥‥ん?」
意味不明な事を叫び、老人は周囲を見渡した。青年がにやにや笑う。
「酒臭いぜ爺さん。また昔の女思い出して飲んでたな」
「ほっとけ。クラークの酒場に新しい女の子がいたんじゃ」
「クラークは先刻出ていったよ」
「なぁにぃ。お前、あそこで何かやらかしたんじゃないだろうな」
「‥‥やるわけねぇだろうが」
「その間が怪しいな」
ロックが口を挟んだ。
「喧嘩です」
二人は別々の意味で言葉を失った。
老人はリアムと名乗った。看板にあったが、彼が牧場主である。
「それでアリスト。こいつに宿を提供しろというのか」
コーヒーを飲みながら酒の品定めに忙しいリアム。アリストという青年は、頷くべきかどうか迷っている。彼の頭にコブが出来ていた。
「正直なとこがあるのは気に入った。二丁拳銃が本物かは気になるが」
「俺は助けられた恩を返したいんだがね。一言多い気はするが」
「仕事を手伝う事が条件だ。その給料が家賃。メシも食わせてやる。どうだ」
ロックは深く頷いた。
「いいだろう。なら、驢馬を厩舎に入れてやんな」
酒瓶や荷物を降ろし、驢馬を馬共の元へ連れて行くロック。先刻リアムが寝ていた馬屋に、別の人物がいた。インディオの青年である。
「帰ったか、アリスト。ん?」
原住民独特の静かな視線が、黒装束のガンマンを見据える。牧場の関係者らしい。
「ふん」
無愛想にインディオは馬の方へ向き直ってしまう。ロックは黙々と驢馬を誘導した。インディオ後ろを向いた時。その左手が翻った。黒マントが舞い、柱の一本へ下向きに投げナイフが突き刺さる。前屈みの姿勢のまま、青年がダッシユした。その右手には、投擲には向かない大型の短剣が握られている。相手が引き抜いた右手の拳銃を蹴り飛ばし、顔、胸、左手へ連続の突きを繰り出した。紙一重で攻撃は外れ、互いに間合いをとる。ロックも無言で大型ナイフを取り出した。左手はマントに隠したままだ。インディオはナイフを素早く右から左へパスし、また同じ事を繰り返す。ロックの構えは不動のそれだ。空中を行き来していたナイフが止まる。二人の呼吸が消えた。そのまま数秒、空間が凍り付いた。インディオの左手が器用に丸まり、袖口から小型ナイフを取り出す。ロックは帽子を右手で掴み、投げた。宙で止まった帽子に、二つの穴が空いた。投げナイフは狙いを外して通り抜け、ロックのナイフは帽子を貫いたまま相手の眼前に突きつけられていた。相手の右手のそれも、近付いた手を貫く寸前で止まっている。
「何故銃を使わない。一度は抜きかけたな」
「音がして騒ぎになれば、君も困るだろ」
「ふん。甘いな。だが抜いたところで、結果は見えている」
二人はナイフを納めた。互いに、それぞれ落とした武器を探して拾い上げる。
「俺の名前は、
「ロック・ハートランド」
「ただのガンマンじゃないな。お前のナイフを見せてくれないか」
ロックは、得物を相手に投げた。その柄をじっと見つめるアロー。
「刻まれたこの文字、紋章。この町にあると嗅ぎ当てたか」
「おや、すると君は‥‥?」
「ふん。あれを壊すのは俺の仕事だ。余計な手出しはやめておくんだな」
インディオの青年は不敵に笑い、馬屋を出ていった。
翌朝。
ロックは早速仕事にかり出される事になった。家畜の調達である。リアム、アリスト、ロック、それにチャッピーというメキシコ系の牧童が赴く事になった。留守番はアロー、クァンと名乗る男だった。南の村へ旅する途中、リアムと共に馬車に乗ったアリストが事情をロックに教えた。家畜の取引相手が偏屈な人柄で、異民族を嫌っているのだという。
二百メートル程町から離れ、針葉樹が密生している林に入った。町の西から南へかけて流れる、地元民が名付けたジップ川が脇に見えている。
「誰かいるぞ」
リアムが警告した。アリストは散弾銃を構え、チャッピーがライフルを、ロックも銃を右手に抜いた。前方の木陰から、男が五人程出てきた。ロックは、その中の二人に見覚えが有った。一人は、北の崖で。もう一人は酒場で。
「キャリー一家のお出ましかい!! 待ち伏せたぁてめぇららしいぜ」
アリストが声を張り上げた。相手側から、恰幅の良い白ヒゲの男が進み出た。
「今日のところはお前らに用は無い。ただ、その新顔だけは放っておけん。イーソン! ネックを殺したのはこいつか」
北の崖で生き延びた男が、震えながら頷いた。
「マック!! お前の早撃ちでこいつを仕留めろ」
ロック同様に、黒いベストを身に着けた男が現れた。青年は、宿主に目で了解を求める。
「お前の問題だ。好きにしな」
頷き、馬から降りるロック。相手の男は、余裕たっぷりにほくそ笑んだ。相対して数秒後、互いに拳銃へ手を伸ばす。銃声は一発。マックは、手を押さえて後ずさった。すかさず、リアム達は銃を構えて威圧する。
「く、くそっ!! 今日は退いてやるっ。覚えておけ」
ヒゲ男が合図し、キャリー一家は素早く引き上げていった。
結局、牛は買ったが、売り手と大喧嘩し、以降の取引は断絶となってしまった。馬車の上でリアムは散々毒づいた。
「あのトーテムポールみたいな面をした禿鷹めが。前から気に入らなかったんじゃ。酒は嫌いだ牛はよく知らんわ、アホ以外の何者でもないわい」
アリストとチャッピーはうんざりした顔をしている。始終同じトラブルを起こしているのだろう。ロックは気を逸らすため、別の話題を出してみた。
「先刻の連中は、一体何なんだ」
「ああん? ありゃ、町のダニ、ノミ、アリ、ハエ。白ヒゲのクソジジイがマーカス・キャリー、親父と頭を兼ねてる。兄貴から順に、ブルータス、アリストテレス、エミリアス、ストレイトと並んでいる」
「アリスト‥‥テレス?」
名前を呼ばれた当人が、気分悪そうに口を挟んだ。
「俺は関係無ぇよ」
「入れないと覚えらんのだ、我慢しろ」
「あいつらと一緒にすんな。名前が腐る」
「とにかく、こいつを抱えてるせいで、わしらはいつも狙われっぱなしじゃ」
「何を。半分楽しんでるくせに」
「何じゃと」
馬車の上で掴み合い出す二人へ、ロックは更に尋ねた。
「彼等の背後に、ベラルータ・リ・ヘクターというスペイン人がいないか」
アリストの頭を叩きながら、リアムは頷いた。老人の頬をつねりながら、アリストも答える。
「キザったらしい金持ちだ」
黒衣の青年の顔に、微かな恐れが走った。
続く