牧場は燃えに燃えた。一晩経って、残っているのは囲いと墨、燃え残りの山、運び出された幾つかの重要物のみだった。馬や牛も、逃げるか焼け死ぬかして完全に姿を消した。アリストとロックが貰ってきた酒も、五、六本を残して全部燃えた(燃焼効率を一層早めた)。町ではもっと衝撃的なニュースが流れていた。
マーカスを始めとしたキャリー一家全滅。ブルータス、エミリアスはリアム牧場襲撃に失敗し射殺。マーカス、ストレイトは自宅で殺害された。マダム・キャリーは行方不明だが、ヘクター邸にはマーカス達の殺人容疑者がいた。英国人女性作家を自称する、ジュディア・ハイクラウド。保安官パレットは彼女を現行犯逮捕、裁判により、必ず彼女を死刑にすると発表した。
同保安官のコメント。
「自由と平和の国アメリカの法律は、何人たりとも犯せないと証明する。ソードフレークの治安は本官が命をかけ、これからも守っていくつもりである」
町の壁に貼られた新聞紛いの報道を、アリストは片っ端から破いて歩いた。彼には彼なりのしっかりとした理由がある。保安官がそもそもまともな仕事をする筈が無い、という偏見。牧場の事は事情聴衆にすら来ないのに、キャリー一家殺害(それも本家のみ)には力が入っている事。
あちこち町を探し回っている内に、アリストにとってはかげがえのない人物の後ろ姿が見えた。薄緑の服は、彼女の明るい性格に似合ってる、と小生意気にアリストは考えた。
「ベティー・ダーリン」
気安く呼ぶ声に返事はなかった。嫌な予感を感じ、青年は娘の前に回り込んだ。彼女は視線を逸らし、別の方向へ歩こうとする。焦りと共に、青年は彼女の腕を掴んだ。
「どうしたんだよ」
「離して。もう、貴方とは何の関係もないわ」
「!!」
「危険を振りまく人達とは付き合えないのよ」
「俺自身が危険なんじゃない! それに、キャリーはもういないんだぞ」
「アリスト。貴方が残ってる。それに保安官も彼等がいなくなれば、リコールされるか、ちゃんと真っ当な心を取り戻す筈よ」
「信用出来るか。幾ら‥‥誰が残ってるって?」
「貴方。今はっきり言っておくわ。親が貴方との付き合いを許してたのも、キャリーに殺されたり、乱暴されないためにね」
ベティーは、ふっと相手の目を見た。青年の瞳は、不気味な程静かに光っていた。精巧に出来た人形のガラス玉の目が、命無き光を放つのとよく似ていた。怖くなり、娘は逃げ出した。冷たく光るアリストの目が、道行く人達を見つめた。人々の視線は、今や敬遠と苛立たしさに溢れていた。
良いか悪いか別にして、町の人々が信頼を戻し始めている保安官。彼は何としてもソードフレークで裁判を開きたくて、別町へ遠出をしていた。
助手は一人の面倒事を嫌い、事務所に人を入れたがらなかった。ジュディアが大人しくしているせいか、「不在」の看板を出しながら、一人で酒を飲んでいる。牢獄で両足を抱えながら、じっとジュディアは何かを待っていた。当ては無い。ただ、彼女の内に眠る力を爆発させる瞬間が来るのを望んでいた。黒装束のあちこちに武器や道具を隠してはいた。それでも牢の錠破りは出来なかった。方法自体を知らなかったからだ。 牢獄からは見えない、事務所の方で何か音がした。続いて足音が響く。灰色のマント、深くフードをかぶった人物だった。鉄格子の前に立ち、開口一番。
「貴方、キャリー邸に何をしに潜入したの」
「そちらさんこそ誰かしらね」
「私は、ある人からマダム・キャリーの正体を調べろと言われただけ」
「調べなくても解ると思うけど。教えて欲しいなら、報酬を出すのね」
女は数秒考え込んだ。ジュディアは何気なく、ブーツに隠したナイフに手を這わせた。あくまで、用心のためだった。
「それこそ出してあげてもいいけど、逃げないでよ」
スラスラと噛み合った会話の後、フードの女は鉄格子に手をかざした。その部分が真っ赤に熱し、床に溶けた金属の山を作っていく。
「名前を教えてくれる?」
「カリーナ」
保安官自身は知らないが、その不在時に囚人は脱走してしまった。町の人々が、この事にどれ程失望を抱いたかは不明だった。少なくとも、リコールが秘かに囁かれるだけである。
リアム達と共に、牧場後へ仮設の掘っ建て小屋を完成させたロックは、まだ好意を失っていない人からそのニュースを聞いた。特に、鉄格子が溶けていた、と知ってから居ても立ってもいられず、現場へ走り出した。保安官助手は姿をくらまし、そこを見張る者は誰もいない。自警団も、キャリー一家の全滅以降気が抜けている。ロックは牢獄の鉄格子だった物に手を当てた。口の中で呪文を唱えながら、年を集中していく。誰かが魔法を使ったら、そこには通常「残留魔力」が残る。彼は、それを利用して魔の主を知ろうというのだ。彼はこの術を使い慣れていないため、訓練でもよく失敗した。しかし今回は、薄ぼんやりとその姿が浮かんでくる。
(赤い髪の毛)
それだけが見えた時、術が解けた。残留魔力も霧散し、追跡は出来なくなった。
(カリーナなのか?)
ロックは一人寂しく、自問したのである。
一方脱獄に成功したジュディアは、東に広がる野原、特に背の高い草原地帯に在る隠れ家にいた。家を見るなり、夜盗が住んでいた所だと思い出しややひるんだのだが。炭がやたら床に落ちている家で、ジュディアには理由が想像出来た。あまり良い気分では無かったが、相手の素性を構ってはいられない。武装は、保安官事務所に全て置かれていた。ジュディアは、黒いボディスーツの上からそれらをぶら下げている。その中には、当然例のクロスボウも含まれていた。
「何処の魔法使いか知らないけど、簡単に人を信ずる気は無いのよ」
カリーナは黒物を払い、床へ敷物を広げていた。アルコールランプを出し、点火する。
「そんなに急がなくても、時間はあるわよ。この炎が燃える間は」
ジュディアの視線が、カリーナの持つランプに注がれた。
「火は、時に歴史を映し出す……。そこに何を見るかは、解らないけど」
揺らめく火の動きの中に、何故か自分自身が表れる。それは、幼い頃の自分。燃えていく家の中。
「何が見えるのかしら?」
クロスボウが床に落ちた。あちこちの炭が集まって来て、ジュディアの足下から、体中を包んでいく。
「貴方も魔法使いなら、同業を信ずるべきじゃなかったわね」
ジュディアはエイドリアンの正体を語りだした。その女が生まれた正確な時期は解らない。ただ、ドイツの出身らしい、という事は名前で解る。幾つも変名を持っているが、肝心の所では本名を使う。ローゼアイン、という。彼女の正確な正体もまた不明だが、闇の筋の情報は、「流血鬼」という、吸血鬼の変種だと教える。吸血鬼ほどの魔力や力は無いが、太陽の下で生き延び、身体を変化させる力を持つ。生命の維持は、大量の血を飲みその風呂に入る事で行われ、それが欠かされない限り寿命と美貌は衰えない。血を調達するために、多くの男や娘を誘惑する。特に家庭や恋人、兄弟姉妹、絆を持つ者に近付き、弄んだ末に殺して血をすするか、壊れた玩具として捨てる。
ジュディアの家族も、そんな災厄に見舞われた。彼女はロンドンでもごく普通の家に生まれたが、小さい頃母親が死に、父がすぐ後妻を迎えた。それがローゼだった。彼等の家庭は平和だったが平凡でもあったため、怪物は半年で飽きた。一家だけでは飽きたらず、親戚や知り合いまでも呼び寄せて、一日でほぼ全てを惨殺。ジュディアだけが生き残ったのは、テムズ河へ父親が命と引き替えに落としてくれたからだった。流れ着いた果てに、ある老婆の家に拾われた。心に傷を負いながら成長したジュディアは、老婆が秘かに魔の道を伝える者と知り、その弟子となる。復讐のためだった。老婆が死んだため修行は未完全だったが、彼女は今闇の者となり、ローゼアインを追い続けているのだ。
「ありふれた、悲しい話ね」
カリーナは独語した。
翌朝。ジュディアは朝日を顔に浴び覚醒した。どうやって脱獄したのか、カリーナに何かを尋ねられたのは覚えていたが、喋った事が思い出せない。
(油断したつもりはないのに。未熟ね)
床に広がる炭を見つめた。
(この人達もそうだったのかしら)
続く