遠い国の黒衣の青年   作:量産機

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時には信じた頃の話を

 レッグミートの町。かつては家畜売買、特に精肉が盛んであり、周辺で缶詰、乾燥食の殆どはこの町から出荷されていた。

 缶詰を作っていた工場が、突然閉鎖した理由を知る者はいない。運悪く、数名のカウボーイがソードフレークのキャリー一家ともめ事を起こし、彼等の報復を受けた。牧童三十人が射殺されるという大事件は、町から全ての生気を奪ったのである。

 今キャリー一家は滅びたが、呪われた町という風の噂はまだ町を毒している。三人の旅人達も、昼間だというのにどんよりと重い空気を感じていた。はっきり外から見て解る空き家も多い。ガリガリに痩せた野良猫が、犬の死体を引きずっている。ネズミが生肉の残る人の死体にたかっているのを見た時、珍しくジュディアは泣きそうな顔で怯えた。

「何か気分が悪くなってきた」

「ふん。俺も、だ。どっか宿を決めよう」

 アローは胃がむかつくのを堪えている。宿を探す、とは決めたものの、店そのものが見当たらない。中央の通りらしい区域にも、看板が無い。一つだけ、半分外れて落ちそうな看板が見えた。何が書いてあるかすら、読みとれない。「ここで聞いてみるか」

 馬を降りるが、繋いでおくための杭と柵は全て腐っている。水桶には奇怪なコケが浮かんでいた。常軌を逸した現象である。

「馬を失いたくないな」

「ふん。隣のエスペランザ・ブラボーへは歩いていける」

 ジュディアは心配そうに馬達の鼻を撫でた。

「変な物食べたり飲んだらダメよ。お腹壊すからね」

 自在扉が店先に在る事から、店は酒場の様だった。三人が店内に足を踏み入れると、いきなり銃器を操作する機械音が聞こえた。

「誰だ!!」

 正面のカウンターで、天然パーマ・朱色の髭と髪を持った二メートル以上の大男が、巨大なダブルライフルを向けている。ナイフを抜いているアローを制し、ロックが進み出た。

「物を尋ねたいんだけど、構わないかな」

「余所者が何しに来た。この町にゃ、なーんも無ぇ」

 巨人は、近付いてくるロックに銃口を向けたままだ。

「町に用事は無いんだけど、今この町に来ている人間には用がある。君達には迷惑をかけないつもりだ」

「本当だろうな?」

「誓うよ」

「そっか、誰かこの町に来てんのか」

「スペイン人率いる集団が、物を盗んで逃げているんだ」

 大男は、何個か並んでいる樽の詮を外した。角をくりぬき、底を平らにそぎ取った物へ酒を注いだ。

「取り敢えず飲め」

 ロックとジュディアはともかく、アローは露骨に嫌な顔をした。下戸である事より、酒から漂う臭いに閉口していた。

「何だこりゃ」

「俺の作った酒じゃ」

 髭男は悪びれずに笑顔を見せた。迫力と凄みが失せ、子供の様な無邪気さが花開いた。それを見つめ、インディオの青年は杯を突き返せなくなった。

「‥‥ふん」

 三人はそれをすすった。強烈なアルコール、味、臭いだった。店主は満足そうに何も語らなかったが、これは「エール」というビールの原型種の酒(のひどい失敗作)だった。既に顔を真っ赤にしたアローは、ふらふらとテーブル席に向かう。ジュディアは杯を微妙な視線で観察していた。ヒビ、汚れ、くりぬき損なった中身。しかも明らかに使用済みと思われる過去の痕跡多々。 ロックだけは気にもせず、店主へ朗らかに語りかけた。

「失礼だけど、寂しい町だね」

「間違っちゃいねぇ。神に見捨てられた場所だぁ。近頃じゃ食い物も手に入りにくくなった。俺が食うのでやっとだ。客に飯も出せねぇ」

「いいよいいよ。酒だけで十分」

 その意味は推して知るべし、である。

「宿なんてこの町には無いからな。ここに泊まってもいいが、ここ何年か二階の扉は開けた覚えが無ぇ。やめた方がいいかもな」

 ジュディアがうんざりした顔をして後ろを向いた時、新たな客が入ってきた。若い男だが、気の弱そうな顔付きをしている。昼間から寒いのか、身体を震わせ息を喘がせていた。カウンターに寄りかかり、金属製の缶で出来た水差しの代用品を置く。か細い声で店主に告げた。

「ソールハル、酒、くれよ」

 厳つい顔を、心配そうに崩しながら店主は水差しを取り上げた。

「おう、ハンス。コートにやる酒なら売れねぇぞ。解ってる筈だぜ」

「親父じゃないよ。俺が飲みたいんだ」

「あいよあいよ」

 エールを缶一杯に注いでやり、ソールハルは青年にそれを渡す。彼は銀貨を一枚取り出して、カウンターに置いた。

「ちょっと待ってろ。干し肉でも持ってきてやる。食っていけ」

「い、いいよ。長居しちゃ悪いし」

「あ、おい」

 片足を引きずる様にして、ハンスは店を出ていく。大きくため息をついて、店主は独り言の様に言った。

「この町を潤していた缶詰工場の持ち主が、ある日流れ着いた女に惚れ込んだのが、ケチの付き始めだ。金を散々貢ぎ、女房まで死なせ、工場を潰しちまった」

「コートというのが、工場主か」

「頭は良かったが、威張り散らす癖が嫌な野郎だった。工場以外の出来事は奴のせいじゃないが、みんな疫病神を引き込んだのは奴だと言っている」

 さり気なく、ジュディアが探りを入れた。

「女、綺麗だったんでしょうね」

「おうよ。気味が悪い位だ。でも、俺はあいつを許さん。ここをこんなにしやがって、お陰で俺の店もひどい有様だ」

 小声で、ジュディアは毒づいた。

「男ってみんな馬鹿ね」

 

 一方、ヘクター達はこれより少し前に到着している。例の「実験」のために足取りが遅れていた。

「まさに掃き溜め、ふきだまりだな。人間の住む所では無い」

「昔はそうでも無かったわ」

 ヘクターとローゼは、廃墟寸前の町を散策していた。

「昔の男、の思い出も、それに劣らず美しいのか」

「そうね。あの頃のコートは素晴らしい男だった。他の人から見れば、ね」

 かつてコートは、レッグミートの町の支配者も同然だった。彼の工場が吐き出す缶詰は、人々の命を繋ぎ、町を潤した。旅人が皆、レッグミート産の缶詰を持ち歩き、そのままなら州、ゆくゆくはフロンティア有数の町になれたかも知れない。多くの支配者が、その生涯で段々と心へ闇を飼っていく。コートもまた、闇から逃れられなかった。生殺与奪の鍵を握っているにも関わらず、町は決して彼に従順ではなかった。信頼出来る人材も集まらない。子供はたった一人、その息子ハンスも、善人だが経営手腕が低く、当てにならない。コートにとって家族はただの重しに過ぎなかった。そんな彼の前に、ロゼと名乗る女が現れた時滅亡の序曲は始まった。

「コートにとって家族が重しだったのには原因があるわ。彼、女が嫌いだったの」

「修道僧か求道者でもあるまい。堅物め」

「違うわ。同性愛者、だったの」

 コートの性癖は変わっている。子供がいる、という事は決して一方的な男専門、ではないと示していた。にも関わらず、時々彼はそうなってしまう。下世話な言い方をすれば、両刀使いという。それも突発的だ。

「彼一人を責めるのは可哀想じゃないかしら。この町、あちらこちらにそういう人が多かったわ」

「捨てた男への感傷か」

「骨董品は愛する物よ」

 

 誰の物という価値すら無いあばら屋。今のコートは、そんな場所で鬱々とした日々を送っている。酒、昼寝、食事、妄想。息子のハンスは、前述した様に善人として生まれついた。父が英雄、反面の異常者である場合、その子供は高い確率で凡人、もしくは平衡感覚の鋭い人物になるという。子供の頃からの激しい重圧感、周囲の怒り、孤独。ハンスにとって、人生に意味は無かった。自分はいつまで生き、何を為すのか。全て書かれた本が、目の前に置かれている感覚だった。それが一転したのが、父の失脚、レッグミートの崩壊、そして母の死だった。真相は誰も知らない。町の人間は、誰もが殺人、コートの意図的な暴力が原因と思ったが、治安体制の崩壊が明解な捜索も裁判も行わせなかった。ただ一人、ハンスだけが父を信じていた。弁護は能力的に難しかったが、堕落した父をひたすら養った。女性的ともいえる献身的な優しさは、権力から転落した父を果てしなく哀れと思うだけでなく、自らの存在意義を見出したせいかも知れなかった。

 コートは、ようやくハンスに対して深い感謝と愛情を感じていた。ただそれは、理屈や損得抜きでひたすら自分に付きそう息子を見たからではない。彼自身の意志が弱くなっただけである。 だからこそ、今手に握りしめている手紙の主を、今でも忘れてはいない。その女をあれだけ激しく愛したのには、訳が有った。前述したが、レッグミートは何故か疑い深い人や気の小さい権謀家ばかりが集まっていた。コートはこの町へ流れる前は、豪放な性格だった。缶詰工場で多大な財を成せたのも、数少ない異端者だったためかも知れない。町の人々は、巧妙にその性格を隠していた。コートがある日、町娘の一人と結婚してから、彼は全てを知った。

 豪放なだけで無く、傷つきやすい一面も持つコートは苦しんだ。妻すらも心から信用出来なかった。工場経営だけが、彼にとって全てを懸けて打ち込める物になった。やはり前述した性癖のせいも有り、彼は歪んでいった。この時、ローゼアインに出会ったのだ。同じ異端者の血か、彼は彼女にのめり込んだ。彼女が全てを持ち去り、その時に妻を殺していったらしい、という事もコートはしっかり認知していた。それでも、愛していた。

 だから、渡された手紙の誘惑に、彼は勝てなかった。

 

 ソールハルの酒場から帰ったハンスは、家のドアが開けっ放しになっているのを見た。彼はすかさず、近くにあった棒を拾う。暴漢の乱入は町民の減少により少なくなったが、一方でハンスの不在時を狙う動きも増えた。開いたドアから注意深く家へ入る。いつもなら、居間の長椅子で横たわり、イビキをかいているか物憂げな視線を送る父が居ない。拉致されたかも知れない、と思いつつ、ハンスは警戒しつつ、中央の傾いたテーブルに酒の缶を置いた。ふと、ソファーに石が置かれ、紙が挟まれているのに気付く。その紙を恐る恐る取り、じっと見つめた。無論、それはコートが自筆で残した物だ。

 棒を捨てて、ハンスは外へ飛び出た。

 

 ロック達が、ソールハルの曖昧な記憶を刺激し、何とかローゼアイン、ヘクターに関する情報を得ようとしてた時。ハンスが店内へ駆け込んできた。

「ハンス? 忘れ物か」

 鷹揚なソールハルの言葉を無視し、彼はカウンターに突っ込んだ。その上でポケットの銀貨を全部ぶちまける。

「誰でもいい、僕と一緒に来てよ」

「何慌ててんだ」

「いいから来てよ。このお金であんた達を雇うよ。欲しいなら、もっと持ってくるから」

 ジュディアが冷静に答えた。

「理由を言いなさい。いきなりお金をバラまいても、足下見られるわよ」

 ハンスの顔が、激情で赤くなった、

「じゃあいいよ!!」

 彼はいきなり、ロックの右腰から銃を引き抜いた。思わぬ相手の行動に、ロックの反応も鈍っていた。店を駆け出していくハンスを、呆然と見送る四人。一人テーブル席にいたアローが、一枚の紙が落ちているのに気付いた。拾い上げると、軽く目を通す。無言で、ソールハルに渡した。コートがハンスに宛てた別れの手紙だった。

 北欧人は紙を丸めると、カウンターに散らばった貨幣を手で掻き集めた。

「コートが女の元へ行った。呼び出されてな。あいつがまだ生活している理由は、この通りまだまだ銭を隠し持っているからだ。多分ロクな事にはならん」

 手早く銀貨を四等分する。

「来てくれるか?」

 ソールハルはダブルライフル、そして斧を取り出した。

「俺は行く」

 銀貨を取るロック。ジュディア、アローも頷いた。

 

 コートが呼び出されたのは、かつて自分が経営していた工場だった。今、四十メートル四方の長方形の建物の主はネズミであり、ただの埃だった。

「ロゼ。俺のロゼ、いつか、きっと」

 アルコールで濁った目、すっかり色を失った顔。コートは近付くだけで汚物の臭いがする衣服を引きずりながら、じっと建物を見つめていた。中に入り、壊れた機械や略奪された机の奥に、何者かがいるのを見た。

 ローゼアインは、彼に対してただロゼ、と名乗っていた。ふらりふらり、と工場の深奥まで歩んでいく。当然コートには解らないが、そこにいたのはヘクター、バックスタンド、リリーザを除く四人組、そしてロゼだけだ。リリーザは先発隊として次の町に、後の者は外で警戒している。一団の中から、彼女が進み出てコートを抱き締めた。

「帰ってきてくれたのか、ロゼ!」

「当然じゃない。私は、貴方だけを愛してるわ」

 女の殺し文句か、あるいは。ヘクターは、微妙な言葉の奥底を感じ取った。

「コート。貴方を、この町から連れ出すために帰ってきたのよ。もう苦労をしなくてもすむわ」

「ロゼ、ずっと俺をそんなに気遣ってくれていたのか」

 茶番。茶番そのものの光景に、バックスタンドは仮面の下から唾を吐いた。

(この女、男の女房まで殺しておきながら)

「私達に協力して頂戴。難しい事はしなくていいのよ」

「解っている」

 

 ハンスが父親の居場所を突き止めたのは、それから十分ほど後だった。かれはロックから奪った銃を片手に、工場へ近付いた。埃で曇りガラスになった窓から、内部の状況を覗こうとする。

「小僧、何してんだ!」

 背後から見張りに声を掛けられ、ハンスは銃を捨てた。彼が振り向くと、まさに相手は銃を撃とうとしているところだった。目を閉じる。突然、別の男の手が見張りを包む。ナイフを突き刺され息絶えた身体を捨てて、男は窓に駆け寄り、秘かに中を窺う。ショックで口を聞けないハンスの元へ、続々と戦士達が集まってくる。ロックは銃を拾い上げた。

「中はどうだ、アロー」

「暗いな、ん?」

 工場内で一瞬淡い輝きが発し、それがどんどん膨れ上がっていく。

「伏せろ」

 その一言の警告を、誰が言ったかは解らない。とにかく、皆が地面に飛びついた時、工場内部で爆発が起こった様にガラスが膨張し、弾け飛んだ。ロックは破片を振り払いもせずに立ち上がった。工場内で何が起こったか、悟っていた。吹き飛んだドアから、続々と「当事者」が現れる。スペイン人、ヘクター。ローゼアイン。三人の異形の技使い達。

 それに。

「仮面が二つ!?」

 アローが疑問を呈した様に、黄金に輝く仮面と、白い仮面をかぶった人物が並び立っている。黄金仮面の着ている服を見たハンスは、立ち上がる前から叫んだ。

「父さぁぁん!!」

 ヘクターが薄笑いしつつ、宣告した。

「誇りに思いたまえ。君の父上は、仮面復活の先鋒として偉大な犠牲を払ったのだ」

 ローゼは、自分の子でも無い青年を静かに見つめ、視線を逸らした。あの時、コートの元から去る時、彼女より先に金を奪おうとしていたのはコートの妻だった。結局、ローゼは彼女を殺してしまったのだが、それは、別の憎しみから来る行為でもあった。結局、コートを黄金仮面の生け贄に捧げてしまったわけだが、それでも、ローゼは彼を愛していた。騙す相手の中に、時々そんな気になる者が混じる事もあるのだった。 ロックは、ハンスの視界を遮る様に立った。

「初めてお目にかかる、ベラルータ・リ・ヘクター」

「名前を知って貰えたとは、光栄だ。そういう君こそ、ようやく会えたな。ロック」

「仮面をただの人間にかぶせて発動させても、効果は長続きしないぞ」

「承知の事だ。バックスタンド! 黄金仮面の力を思い知らせてやれ」

 男は、黄金仮面の眼前で軽く手を振った。顔は、人の骨格に様々な獣を組み合わせた物にも見える。鷹の目、虎の口、蛇の牙、狼の耳。その目が不自然に輝いた。地面から、何本もの手が土埃を上げて飛び出した。その後から、崩壊寸前の身体が次々と飛び出してくる。彼等は地上に現れると、準備体操の様にあちこちを動かし、次第に黄土色のそれを修復させていく。

「仮面の魔力か」

 ハンスが腰を抜かしながら、ジュディアの足にすがりつく。

「馬鹿!! 何してんのよ!!」

「死人が、死人が生き返ったぁぁ」

 余談だが、この工場の敷地は、こっそり墓場代わりに使われてもいた。

「また埋葬してやる!」

 アローが格闘ナイフを抜いた。ロックは長剣を抜き放ち、バックスタンドの方へ突っ込んだ。仮面の男は歯を見せ、自らもマント下に隠していた剣を抜く。彼はロックの続く斬撃を、片手だけで受け止め、流していた。

「なかなかやるな、ロック・ハートランド!!」

 相手にフルネームを呼ばれ、黒衣の青年は動揺した。次の瞬間、バックスタンドは宙を舞い工場の屋根に立っている。

「まだお前の相手は出来ない。ラリー! ニコ!」

 ラリーはアローへ、ニコはロックへ飛びかかる。ボルトは、ヘクターとローゼを後ろに下げつつ守る構えだ。ラリーはアローの突きを左手で受け止めながら、見る間に右手を変化させた。驚くアローは、間一髪で掴み攻撃をかわした。既に左手も変化を終えている。無言で相手の繰り出す連続突きをかわすアローだが、不意に相手の左手が上下に割れ、二本へ増えた。一本をかわしきれず、右腹に鈍い衝撃を感じる。ダメージ未回復ながらも、必死でアローは相手を睨み付けた。第二の左手に見えたのは、ラリーの尻から伸びている長い物体。尻尾の先にも、新たに爪が現れた。

 ロックが相手にしたニコも銃の乱射を浴びたが、そのまま平気な顔をして立ち上がった。長剣で斬りつけ、片手が飛んだ。

「無駄だ」

 ぐちゃぐちゃと何かを泡立てた時の音を出し、ニコの無くなった腕から粘着質の物質が吹き出た。たちまち、腕が再生される。がむしゃらにロックは斬った。ニコは数秒後、バラバラになったが、落ちた首はニッコリと笑った。

「無駄っていったろう、ベイビー」

 突然、手の一本が砂を掴み、投げた。ロックの目が塞がる。数秒後、視界の戻った彼の前に、何人も再生途中のニコが立っていた。

「斬っても斬っても」

「撃っても撃っても」

「俺達ゃねばり強いぃ!!」

 あまり強そうには思えなかったが、ロックはとても怖い相手だ、と感じた。

 

 ミイラや骨から再生した人々も襲いかかる。死体共へ、ソールハルがダブルライフルをぶっ放した。象すらも後退して死ぬ弾丸が、五、六人をまとめて吹き飛ばす。しかし、二発の弾を撃ち、装填する前に死人が近付いた。彼の斧が振られ、やはり数名がまとめて飛ぶ。が、工場の外からも次々と死人がやってきていた。仮面の魔力が広がり始めている。ジュディアは小さなナイフを地面に突き刺し、掌へ赤い塗料で何かを書き付けた。それをナイフにかざし、呪文を唱える。

「大地と大気の清浄なる気よ。精霊の導きに集いて生命の流れを乱す邪悪な力を払え!」

 瞬時に集まった清気が、拡散してアンデッド達を襲う。周囲五十メートルの敵を全滅させたが、それとて一時の抵抗に過ぎなかった。バックスタンドが眼前に指をかざし、呪文を唱えエネルギーを集中させると、ジュディアに放った。それは宙で強い突風となり、抵抗し損ねたジュディアは飛ばされ、廃屋の壁を突き破った。ソールハルはライフルと弾丸をハンスに渡すと、斧を振り回しながら救援に走った。

 

 アローが、ついにラリーの両ハサミに捕まった。彼の尻尾の先端からは、毒針が飛び出している。ロックも、次々と再生していき、増殖していくニコに抱きつかれ、動きが取れない。ソールハルとハンスは、ジュディアを必死で守りながらも苦戦していた。

「終わりだな」

 ヘクターが満足そうに頷いた。バックスタンドも、黄金仮面を顧みる。

「そろそろ、仮面が肉体を食い尽くす頃だ」

 ローゼは何も言わなかった。彼女にとって、こういった戦いは退屈極まるものだった。静かに目を閉じ、音にだけ耳を傾けていく。苦悶、絶叫、怒声、泣き声。彼女の嗜虐趣味を満足させる物だけの世界が広がっていく。それに比べ、コートとの付き合いは楽しかった。惜しい事をした。

 微かだが、雑音が混じった。ローゼは、その美貌を醜く歪めた。彼女の肩、肘から、何かが飛び出ようとしている。それを緊張で震える手で押さえながら、彼女は目を開いた。

「誰だ、誰だ!」

 彼女一人が騒いでいたわけではない。死人達、ラリー、ニコ。彼等にも明らかな動揺が走り、動きが乱れた。混乱する町中を、リュートをかき鳴らす音が突き進んでいく。やがて、その一行は廃工場へと乱入した。先頭にはアリスト。手には、レバー・アクションの散弾銃を構えている。リュートを構えたラビリィの前に、ストック・ピストルを持ったリアムが馬を進めた。彼は、アローを捕まえたラリーの顔面を狙撃した。弾丸は彼の左頬をえぐる。リアムは別に怪人の弱点を知っていたわけではないが、年の功から来る勘の鋭さが勝負を分けた。すかさず、アローが脱出し、突っ込んだアリストは相手の口の中に銃を入れた。砕け散るラリーの頭部。

 

 ニコはただまとわりついてくるだけの相手ではなかった。分裂した所から、二本、三本と手が生えたり、足や手をちぎって投げ、たまには首まで飛んできた。それらが、馬鹿にならないダメージをロックに与えていた。斬っても撃っても無駄な相手に辟易していた。一度など、「魔弾」を使ったが、それも相手の一部分を消失させるだけだった。魔弾にも色々種類がある。だが、現在ロックが所持している物=彼が作れる物は、一点集中、狭い範囲の「存在」へ直接ダメージを与える程度の物しかない。何かの陰に隠れ、更に影から影への移動を使い動き回ったが、それにも限界がある。

(メテオ・アイを使うか!?)

 故郷の世界を旅立つ時、仮面を破壊出来る究極の武器として渡された魔銃。それで吹き飛ばす手もあった。だが、使うべき相手を間違えば、どんな結果を招くか解らない。実はこの日に至るまで、ロックは二度、魔銃を「私用」で撃った事がある。その内一度は失敗し、危うく命を落としかけたのだ。

「ちょっと攻撃が地味でツマらんな。貴様に俺の一発宴会大道芸を見せてやる。見物料は命で結構だ」

 余裕でカラカラと笑うニコ達。バラバラの身体が集中していき、六人の身体にまで再生した。彼等は一斉に自分の腹へ手を伸ばし、何かをズルズルと引き出した。ロックがその正体に気付き、さすがに身体が凍り付いた。素早く飛んだそれが、彼の首、手、足に絡みつく。

「これこそチョウチョ結び」

 ニコは爽やかに笑った。自らの腸を引きずり出し、武器に使ったのである。既に、その腹では新しい腸が再生していた。無論、投げられた腸も自ら力を込めギリギリ締め上げる。悪い冗談顔負けだった。そこへ乱入してきた大男がいる。ソールハルだった。彼は腸を斬り飛ばし、ロックの背中を蹴って包囲網から叩き出した。

「選手交代でも結果は同じだ」

「必殺の合体フォーメーションで決めるぜ」

 ニコ達はソールハルへ飛びかかった。彼は一人を怪力で真っ二つにしたが、背後から組み付かれ、両足も取られた。腸、長く伸びた下が彼の喉を締め上げ、身体から取り出した肋骨で身体中を突き刺した。

「今だぁ!!」

 斧を落とした北欧人が叫んだ。矢が空を切り、彼の胸に突き刺さる。いつの間に現れたジュディアが印を組み、左手に描いた即席の五星魔法陣を向けた。

「陣よ! 球体となり、我が敵を覆い尽くせ」

 たちまち球形のエネルギーがソールハルとニコ達を包む。ソールハルの身体に刺さった矢からも力がスパークしつつ、陣内を飛び交う。ニコ達は苦悶を声を上げながら消滅していった。急いでジュディアは陣を消し、彼に駆け寄る。

「潮時だな」

「ああ。仮面を回収しよう」

 ヘクターは、コートの頭から仮面を取り上げた。中から現れた彼は、病的に白い頭髪、肉の消えた頬。

「ローゼ。行くぞ」

 身体のあちこちから魔物の本性を出してしまい、衣服をボロにしてしまった女を、ボルトが怪鳥変化して連れ去る。ヘクターも、バックスタンドの技で共に飛び去った。

 

 ハンスは、瀕死の父親を抱き上げようとした。彼は必死に、言葉を絞り出した。

「ハ、ハ、ハンス」

 それを最後に、ハンスの手の中で、父の身体は崩れていった。うろたえてそれを手ですくおうとする。しかし、砂よりも軽いその塵は、どんどん地面へ落ちていき、ただの山になってしまった。

「と、と、と」

 ショックで言葉を絞り出せないハンス。彼だけでは無く、もう一つの命も尽きかけていた。

「ソールハル!!」

 物理的な傷も有る上、魔法陣の中でエネルギーの嵐に直接見舞われたのだ。既にダメージは致死量に達している。必死に手当しようとするジュディア。だが、北欧人はそれを拒否した。

「無駄だ。ヴァルハラが俺を呼んでいる。新たなる天空の国が、迎え入れてくれると言っている」

 ジュディアが首を激しく横に振った。

「駄目よ。貴方が逝ったら」

「あいつが、いる」

 彼は、力を抜きながらも、ひどく温かい微笑みを浮かべた。ハンスが、父の死のショックから立ち直れないまま、ソールハルの元へやってきた。

「ハンス。この瓦礫の山を出ろ。生きるんだ」

「でも、もう僕は」

「いいから聞け。守るべき物は、もうここには無い。レッグミートは滅びるんだ。だが、お前が生きていれば、町の人間の魂も、そこにある。俺も、コートも」

「父さんを許してくれるのかい、ソールハル」

「生の終わりに恨み事はナシだ。誰でもいいから聞いてくれ。隣町のエスペランザ・ブラボーに、トッコリという頭の禿げた男がいる。そいつに」

 ソールハルは不意に口を開けた。最期に大笑したかったが、その想いの途中で、彼はワルキューレに手を掴まれた。

 

 大きな犠牲を払いながらも、肝心の人間は逃れた。更に幾つかの問題が発生していた。一行は主無き酒場に陣取りながら、その問題に頭を悩ませていた。特にロックは、感情を隠そうとすらしていなかった。彼はすごすごと現れたラビリィを、いきなり張り倒したのである。何かを言おうとしているが、口が震えて言葉にならない。

「お、おいロック」

 リアムが宥めようと前に出たが、その眼前に銃口が現れ、一気に緊張を帯びる。

「約束を破った理由を説明しろ。何も言わなければ撃つ。気に入らない答えでも撃つ」

 荒れ狂うロックの傍らで、アローは悲しげにソールハルのエールをすすっていた。ハンスは二階で、ジュディアが付き添ってやっている。リアムは困った顔をしているだけだが、アリストは違っていた。冷たい無表情のまま、手の散弾銃を操作したのだ。彼は臆面も無くそれを相手に向けた。

「返事か。言い訳のつもりか」

「腰抜けを相手に負けるつもりはない。お前をここで撃っても、天国へ行く自信はある」

「腰抜け‥‥」

「窮地を救って貰って、礼も言わないでキレてるクソガキの事だ!」

 ロックの照準が、激しく揺れ始めた。ラビリィはしばらく床で座り込んでいたが、突然外へ走り去っていく。

「ラビリィ‥‥」

 黒衣の青年が呟いた時、リアムが語りだした。

「あの娘を大切に想う気持ちはよく解った。でも、それはあまりに一方的過ぎるんじゃないのか? 冷静に考えてみろ。目的はともかく、あの娘は半年間も立派に危険な開拓地を旅してきたんだ。実力も運も兼ね備えている。自分の事を決める権利はあるんだよ。相手を大切に想うあまり、もっと別な輝きを踏みにじる。正しい事とはわしには思えない」

 アリストも、辛そうに告げる。

「俺は色んな女と付き合った。そして、ベティーこそが最高の相手だと想っていた。だが、この間ベティーにもフラれた。俺は、キャリー一家から身を守るための防波堤だったんだ。だからこそ、ラビリィを見てると痛いんだよ。その想いを断ち切るなら、俺の痛みを銃弾に変えてぶち込んでやる」

 階下で大騒ぎしている男達を、ジュディアはそっと見守っていた。

「男って、みんな馬鹿」

 

 ラビリィは、町の中央の枯れた噴水に座り、リュートを物悲しくかき鳴らしていた。自然と歌が口を継いで出る。

 

 古く長い、物語調の歌だった。国の王子様に憧れたある娘が、人々に騙されて旅に出る。困難を乗り越え、傷つきながら目的を果たして帰ってくるが、王子は結婚式の最中だった。娘は血反吐を吐いて死に、怨霊となって国に災いをもたらした。百年後。その地を訪れたカップルの魔法使いが、怨霊の無念を晴らすために同じ冒険に挑んだ。娘は旅立ち、青年は、如何に怨霊が苦しみ、そして無念を味わったかを聞き、恋人の苦難を居ながらにして共に味わった。二人は再会し、過労によりその場で息絶える。怨霊は嘆き悲しみ、恨みを捨て、二人を永久に結びつけるべく、最後の力で彼等を一本の木に変化させた。

 

 切ない内容を歌い終えた彼女は、背後で聞いている人物に気付いていた。

「誰?」

 その人物は歩もうとせず、気配を消してしまった。去ったのだと想っていた彼女だが、その近くの影が盛り上がるのに気付いていない。すっと差し出された手が、腫れ上がった頬に触れた。 一瞬、脅えた小動物の様に身を固くしたが、すぐに力を抜いた。

「何」

 わざと厳しい声を作る。ロックは苦笑した。喧嘩した後は、いつも同じ態度、同じ男言葉だった。

「向こうの世界で何かあったな。お前が何の理由も無しに、ただ僕を追ってくるわけがない」

「その前に、謝って」

「ゴメンな‥‥」

「痛いんだぞ。男の子の力でさ」

「ゴメン」

「ボクだって、寂しいんだ」

「ゴメン」

 ラビリィは、衝撃的な答えを出した。

「もうあっちには誰もいないんだ。独りぼっちになっちゃった」

「何だって?」

「みーんな、いなくなっちゃった。ある日、燃えちゃった。お父さんもお母さんも、いなくなった。レオナルド先生がね、ボクに遠くへ旅立ちなさい、って支度をしてくれた。杖とリュートをくれて。ボク、ロックお兄ちゃんがいるかも知れないところへ‥‥」

 ロックには理解出来た。権力闘争の闇、なのだろう。レオナルドがラビリィを保護しないで遠くに逃そうとしたのも、そのためかも知れない。

「寂しいけど、いつまでもお父さんやお母さんに頼ってられないものね」

 ただ、夜空をじっと見つめる娘をロックは背後から強く抱きしめた。

「お兄ちゃん?」

「静かにして、ラビリィ」

 少し腫れ上がった頬を引きつらせつつ、ラヒリィは目を閉じた。その眼の端から、旅してきた間も、叩かれても流さなかった涙が一筋流れ、嗚咽が始まった。

 

続く?

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