遠い国の黒衣の青年   作:量産機

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酒と闇と

 町から去ろうとする一同に、ハンスはダブルライフルを託した。謝絶しようとする彼等に、青年は屈託無く笑って答える。

「僕には大きすぎる銃だ。あんた達が戦う相手にこそ、これは必要だよ」

 その表情に陰気さは見えなかった。彼が気力を取り戻した、と知った一同は銃を受け取り、アローが背負った。

 馬を進めだした一同。刻みつける様に周囲を見回すジュディアの近くで、アリストが尋ねた。

「いきなりで恐縮だが、マーカス・キャリーを殺したのはあんたなのか」

「確かに唐突ね。お疑い?」

「ああ」

「私の狙いはエイドリアン・キャリーだけだったわ。彼女がマーカス、ストレイトを殺す場面を見てしまっただけ」

「‥‥親父と俺は決して仲が良くなかった。命の取り合いまでしていた。死んだってのに、哀しい位何も感じなかったのに、ハンスの奴やこの町を見ていると、無性に懐かしいんだ。それに」

 微妙な間を置いて、自戒する様に言い放った。

「愛した女に裏切られたんなら、同情する余地は大いにあるさ」

 

 かつてストーン・アローは、エスペランザ・ブラボーまで歩いていけると豪語した。その通りで、一同は日が傾く前に町へ辿り着いた。アメリカで隠れた繁栄を謳歌するこの町は、大きな賭博場を有していた。開拓地とは思えない程建物が密集し、町中には石畳が敷かれている場所もある。

 馬を預かり屋に渡し、完全な別天地に一同は目を丸くしていた。(自称)都会慣れしているリアムや、ロンドンっ子のジュディアも驚いている。アリストやラビリィなど、ショーウィンドーの中を覗いたりして大はしゃぎだ。

「どうすべきかのう?」

「ソールハルはトッコリという男を探せと言っていた」

 彼等は裏通りのゴロツキ、浮浪者と三回乱闘し、ようやくトッコリという男の所在を突き止めた。これまた、裏通りの真っ暗な所にある酒場だった。四階建ての堂々たる建物だったが、近隣の欧風建築物からは浮いている。中にゾロゾロ群れて入っていくと、客はホウキで掃いた様に一人もいない。灯りも無く店内はよく見えない。

「店は夜からだ! 出直してこい」

 アリストが軽くため息をつく。

「どーして俺達の関わる店のオヤジはどれも性格歪んでるのかね」

 皆の中から、リアムが進み出た。芝居がかった口調で大喝する。

「わしはソードフレークのリアム・ギャリーソンだ。トッコリとか言う最高の飲み手がいると聞いて、ここまでやってきた!!」

 何をしていたかは不明だが、カウンターの奥で大きな物を落とし、ひっくり返す音が響いた。間もなく、店主らしい男がドタドタと駆け出てくる。

「何だって?」

 身長は百六十センチ程、巨大な歯が出っ張り、頭はツルツル、目の下にクマ、アジア系の肌の色をした男が、にんまりと笑った。

「わしは、こう見えても西部大飲聖軍の大佐までいった男じゃ」

 ラビリィが小声で尋ねる。

「ねぇ、大飲聖軍ってなぁに」

 アリストが真面目な顔をして答える。

「イカサマ、出任せ、いい加減てこと。小僧は真似するなよ」

 ラビリィは、アリストの後ろ臑を蹴っ飛ばした。じゃれる若者達を余所に、トッコリは眉を交互に動かしながら、リアムをカウンターへ誘った。

「よし。ウイスキーから行くぞ」

 

 杯を重ねる事六十回。

 リアム以外の者達は、外へ警戒兼散策に出たり、テーブルでゲームに励んでいた。

「爺さん、ちゃんと生きてるか? 何か心配だな」

 アリストが席を立ち、二人を覗き込みに行く。カウンターに姿が見えず、奥を覗き込むと、厨房で二人重なってイビキをかいていた。

「よし」

 彼はこの後、皆に指示し、勝手に客室へ泊まり込んだ。無論、リアムとトッコリにはきちんと毛布をかぶせてやった。二人重なったまま。

 

 翌朝。厨房で目を覚ましたトッコリは、自分が老人と一夜を共にした、と知り半狂乱になっていた。更に、上階には見知らぬ男女が宿をとっている。パニックになって喚く彼に、アローがソールハルの斧を見せた。

「そうか。奴は死んだのか」

 事の顛末を聞いて、トッコリは頷いた。しかし、頭痛を押さえきれず苦しそうに呻く。ラビリィが、同様のリアムの額に手を当ててやっていた。

「お爺ちゃん達はいつも無理し過ぎなのよ」

「うう、ラブリーに言われると、むしろ嬉しいわい」

「もぉ、”愛らしい”じゃなくて、ラビリィ!」

 トッコリが寂しそうに言った。

「俺にも可愛い孫がいたら‥‥」

 ラビリィに聞こえたらしく、彼女はいそいそと向かって、同じ事をしてやる。今度はリアムが切なげにため息を吐いた。

「まあいいわい。トッコリ。酒の友たるわしの願いを聞いてくれよ」

「任せろ。酒飲みにカワイこちゃんとくれば、俺のハートはメロメロだ」

 ロックが一瞬嫌な顔をしたが、首を振って感傷を振り払った。

 

「ローゼアイン、か」

 ヘクター、ローゼと調査対象の名前を聞き、トッコリは驚き、そして辛そうな顔をした。

「俺とソールハルがヨーロッパで出会った頃だ」

 トッコリは、東の国ジャパンの出身だった。彼の本名は「木下矢次郎兵衛正種(ロック達には理解出来ない発音。実はトッコリもトックリ、が正しい)」という。故有って脱藩、その上国外逃亡をした彼を、当時の政府(幕府)が許すわけも無い。全てを捨て、トッコリは清国、インド、英国、そしてフランスにまで旅をした。北欧(デンマークかも知れない)出身のソールハルとはスコットランドで出会い、決闘の末友情を結んだ。彼等がフランスに辿り着いた後、一人の女と出会った。その女と意気投合した二人は、三人で店を開こうとした。男の間に女が現れれば、展開はいつの世もあまり変わらない。ソールハルとトッコリの友情にもヒビが入りかけた。が、資金を女に持ち逃げされた上、二人は奴隷として売り飛ばされてしまった。南米に向かう奴隷船の中で女が裏切った事を知り、自らローゼアインと名乗るのを覚えていた。やがて、二人は脱走。ブラジルから必死で北上し、アメリカに落ち着いた。ソールハルと彼は別れ、二つの町で情報網を張り巡らすため店を開いた。しかし、ソールハルは直情的でトラブルメーカー。トッコリの方も町にスペイン人のヘクターが大酒場とカジノを開いたため、彼の酒場はひどく寂れた。

 

 偶然が重なったとはいえ、ヘクターもローゼも業の深い生き方を続けている。一行は、行く先々で常に標的の敵を見ていた。

「よし。この俺様の情報力を見せてやるぜ」

 彼は皆を酒蔵に誘った。真っ暗な中へ、ランプの光がぼんやりと灯る。酒樽が並び、食糧がぶら下がる。その中央通路を進み、左へ折れ曲がった時である。

「キャッ」

 ラビリィが驚いて傍らのアリストに飛びついた。

「お、おい。ちょっ、いきなり何すんだよ」

「だって、ネズミ!」

 彼女の指さす先には、何匹ものネズミが固まり、中心に一人の男が座り込んでいる。目は閉じたままで、何事かをブツブツと呟いていた。

「おいおい、あんまし嫌ってやんなよ。こいつらは頭もいいし、どこにでも入れるんだ。そしてあの男はその王様さ」

 トッコリは明かりをロックに渡すと、ネズミ男に近付いた。そばで、静かに何事かを話している。

「よし。ヘクターもローゼも、夜はカジノの三階の自室にいるってよ」

 アローが少し怪しげに詰問した。

「ふん、当てになるんだろうな」

「ネズミと酒は嘘を付かない。トッコリ様もだ」

 まだネズミを怖がっているラビリィを見て、ジュディアが笑った。

「子供ね‥‥ん」

 彼女はふと、つま先の気配を見下ろしランプで照らした。そこには、十五センチ程の巨大なゴキブリがいて、挨拶のつもりか身体を振った。アローは、初めて見るその不気味な生き物に恐怖を感じた。二人の顔色が青ざめていく。

「ぐわああああああ!!」

「イヤアアアア!!」

 お互いに抱き合って大絶叫する二人を残し、一同はさっさと引き上げていく。

「あいつは元うちの店員だ。ヘクターの所へ遊びに行って、二日後にあんな姿になって、道に放り出されていた。見捨てられなくて世話している内によ。呟いている事が、あちこちの内幕だって気付いたのさ」

 ロックは苦々しげに歯を食いしばった。

「仮面の力で狂わされたか」

 リアムとアリストが、不思議そうな顔をする。ロックは、彼等にも全てを打ち明ける事にした。

 

 一方、そのヘクターはネズミの情報通り、自室で取り憑かれた様に仮面をじっと見つめていた。彼の周囲で、バックスタンドが苛立たしく歩き回っている。

「友よ、何をいらついてる」

「準備に手間取り過ぎた。仮面に敵対する者が集まってしまうとはな」

「落ち着け。もうすぐあの女が呼び寄せた傭兵達も合流する。後は、扉の民が守るゲートを解放し、我らの楽園を作り上げるのだ」

「しかし、あの女は信用出来ない。幾ら肌を重ねたからといって、情を通わせるのは気に入らん」

 ヘクターは冷笑した。

「なら、君の女はどうなのだ。俺が知らないとでも思っていたのか」

 バックスタンドは答えなかった。スペインの大富豪の出身とはいえ、三男坊のヘクターにに用意された道は少なかった。上流階級特有の気怠さで、彼は世間を呪いつつも腐っていくのみの存在だった。ただし、その呪い方は特殊だった。彼は、古代新大陸の呪いを調べようとし、幾つか文献や貴重な仮面を集めていた。それに関連してか、ある日、白い仮面の男が現れた。彼は、数日の内に彼の親族、家族が悉く病死する事を告げた。

 その通りになった。世間は、ヘクター一人が生き残った事を怪しんだが、誰も彼を糾弾出来なかった、証拠が無いからだ。誰もいなくなって、ヘクターには巨額の財産が残された。彼は喜んだわけではないが、自分の中で何かが変わったのを感じ、そして精力的になった。目覚めさせてくれた「友」に協力し、新大陸へと乗り込んだのである。

 バックスタンドが何者かは、ヘクターは知らないし、調べようともしなかった。親族全員を皆殺しにした様な男である。調べれば、還って害を為す道理だった。

 

 夕刻。ロック達は議論していた。アローが、カジノに放火し、混乱した所を奇襲、仮面を破壊する、という案を出したのだ。しかし、賛同者はおらず、かといって反対意見も出ない。議論は膠着状態のまま、夜を迎えようとしていた。そんな時である。トッコリがネズミに呼ばれて酒蔵へ降りていった。

「奴には悪いが、この酒場はちと流行りにくいのぉ」

 リアムがぼやく。戻ってきた店主は、大慌てだった。

「お、お前らもうやっちまったのか。ヘクターのカジノで火事だとよ」

「何!?」

 

 謎の襲撃者の攻撃に晒されるカジノ。彼等は早く、そして静かにガンマン達を仕留めていく。

「落ち着け!! 互いの視界をカバーしながら戦うんだ! 落ち着けばこちらが強いぞ」

 ローゼが紹介し、新たに配下に入った傭兵団の隊長ラムジーは、二階のテラスにいるヘクター達の傍らから冷静に指示を下した。それでも、何人かが壁伝い、階段を曲芸師並みに飛び跳ねて突っ込んでくる。

「タイガークロス!! 主人を守れ!!」

 天井から一人の巨漢が飛び降りた。その男は二本のメイスを振り回し、あっという間に飛びかかってきた三人を引き裂き、叩きつぶし、吹き飛ばした。背中に、十字架の入れ墨を施している。刺客達が引き上げていく中、バックスタンドは死体の一つを調べ、頷いた。

「間違いない。こいつらは扉の民だ」

 火が消されていく中、じっと戦いの様子を外の窓から見守っていた者達。様子を見に来たロックとアローだった。

「仮面に悪党が群がり始め、扉の民も積極的な行動を開始したか。うかうかしてられん」

「でも、何故君には連絡が無いんだ?」

「余計な事を知る必要は無い」

 移動を開始したアローを、ロックはやや疑わしげに見るのだった。二人はネズミ男の配下を連れてきていた。案内を頼むためだ。ネズミは屋根裏部屋の窓鍵を器用に内側から開けた。二人は先導されるがままに走り、小動物が止まったそれらしい部屋の前に来た。

「有り難うな」

 ロックが人差し指で頭を撫でてやり、チーズの欠片を給料として置いた。元々強襲するつもりだったため、一気にドアを破る。書斎に仮面は置かれていなかった。隣の寝室へ続くドアはある。それも破った。豪華なダブルベッドの手前に、ガラスケースに納められた仮面が鎮座していた。

「早いとこやるぞ」

 アローはダブルライフルの台尻でケースを数発殴りつけたが、傷一つ付かない。やむなく、至近距離で撃とうとした。

「やめたまえ」

 二人は武器を寝室の入り口に向けた。そこには、既にヘクターとバックスタンドが立っている。

「私の部屋には許可無く近付く事も許されない。もしドアを破ったりすれば」

 白仮面の口が笑いに歪む。

「俺の知るところとなるのさ。何度も会うが、ご苦労だな?」

「ふん。諦めて仮面を渡して貰おうか」

「そういうわけにはいかん」

 部屋に滑る様にして、巨大な影が現れた。二本のメイスが、同時にロックとアローを襲う。毛髪どころか、毛らしきものが何一つ見えない顔が、ぎらつく闘志を剥き出す。宙を飛ぶナイフを、メイスの一撃で砕いてしまった。

 二人がタイガークロスに気を取られている間に、バックスタンドは呪文を唱えていた。強力な力が部屋に満ちる。勢いよく右手を振り上げた。巻き起こったカマイタチが、ロックのマントを突き抜け身体のあちこちを切り裂いた。アローはダブルライフルを壁に撃ち込んだ。二発の銃弾は易々と石の壁をぶち抜き、ヒビを入れる。アローは脱力した相棒の身体を抱え、壁を突き破った。ヘクターは反射的に後ろ姿を見ようと、穴へ近付いた。バックスタンドはタイガークロスを下がらせ、背後からささやく。

「あの傷は簡単には治らない。しばらくは彼も無力だ」

 アローは全身の力を振り絞り、ロックを運びながら走った。屋根伝いにジャンプ、僅かな段差を使って下へ飛び降り、ようやくトッコリの酒場へと帰還した。彼は店内に駆け込むや、ロックを投げ捨て、自分も意識を失った。

 

 身体のあちこちにぱっくりと傷を作ったロック。トッコリやアリストが駆け回ったが、ヘクターの手下がいたり、まともな医者は休診していたりと運が無い。そこでラビリィが治療を買って出た。彼女は、故郷の世界で治癒魔法を専攻している。

 体中の傷口に、一通り治癒の呪文を書き込み、身体全体の再生を促進する力の波動を送り込むのである。彼の手を取り、必死に念を送り込むラビリィ。様子を除いたジュディアは、その勢いに軽く驚いた。魔の道の者には見えるのである。

「ラビリィ。あまり力を振り絞ると、今度は貴方が倒れてしまうわ」

「いいよ。ボク、まだまだ元気だから」

「馬鹿言わないの」

「だって、お兄ちゃん死んじゃったら‥‥何も‥‥イヤだ!」

 ジュディアはそれ以上何も言わなかった。彼女もラビリィの両肩に手を置き、精神力を援助する。

 

 ベッドの上で眠りこけているアローの部屋。リアムが酒瓶片手に付き添っている。ゆっくりと窓が開き、声がした。

「ストーンアローが目覚めたら、長老より一族集結の命が下った、と伝えろ」

「お前は?」

 何も答えず、影は消えた。

 

続く

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