朝が来る前に、二人は何とか回復した。目覚めたアローにリアムがメッセージを伝える。
「ふん。遂に扉の民も決戦か。ヘクター達を付近に集結させ、一気に叩くつもりだ。仮面はゲートを解放し、その中の世界からエネルギーを取る仕組み。奴は必ず現れる」
ネズミ達が走り、情報を持ち帰った。ヘクター達はカジノの大火を理由に、町から逃げ出したという。眠っているラビリィのために馬車を用意し、一同は旅立った。
ローゼアイン追撃に参加したがったトッコリだが、ネズミ王の事がある上、アローが本格的な戦だ、と押し止めた。一同を見送りながら、彼は叫ぶ。
「リアム!! ラビリィ!! その他大勢どもぉ!! またいつか会おうぜぃ!! 俺とソールハル、ネズミ王の敵を頼むぞぉ!!」
レッグミートの南東にある森を抜けると、山脈の麓に位置している背の高い草で満ちた場所があった。そこに住んでいるインディオ達は、他のネイティブ・アメリカンとは異なる一面を持っているという。だが具体的に何が異なるのかは、はっきりと解らない。一番近い所に住む開拓民達も、彼等とはあまり接触していない。シャイアン族などが持っている、積極的に獰猛な一面も無かった。馬が倒れる程の勢いで駆けてきた一行は、村の入り口で捕らえられそうになるも、駆け付けてきた風格の有る巨漢に助けられた。
アローは眼前の巨漢を見つめた。鋼鉄の様な筋肉と、知性の深さと精神の落ち着きを表す深い瞳を併せ持つ男だった。
「ストーン・アローよ。村の危機によく戻った」
「お久しぶりです、ハイランド・ホーク」
「呪術者、長老、そして俺までもが、仮面の足音を聞いた。彼等が『扉』を開いた時、どうなるかは知っていよう」
「肝に銘じています」
「長老は、お前に邪心無くば、新たに一戦士として迎え入れたいと仰せだ」
「感謝致します」
村の最奥部で、一行は村長に引き合わされた。白髪の長老は戦士達を前にして、荘厳な顔を崩した。
「この危機の状況下で、『封印者』や心有る人々を迎え入れるとは心強い限りじゃ。アローもよく戻ってきてくれた」
「長い間の不在をお侘びします」
相手に深く謝罪するアロー。その姿を見て、アリストはいささか意外に思った。彼が始めて見せたしおらしい表情だったからだ。面会が済むと、皆は準備のため一人、また一人と小屋を出ていく。戦いの準備に忙しい人々の中で、アローはある人物を捜していた。大量の矢筒を運んでいるその娘を見つけ、彼は小躍りした。
「チカ!」
後ろを振り返り、娘は魅力的だが、どこか寂しい微笑みを浮かべた。
「ようやく帰って来られたよ」
「ええ。無事で良かったわ」
「もう少しさ。今度の戦いで、俺は仮面を倒す。そうしたら、君を」
「御免なさい。アロー」
チカはゆっくりと首を振っていた。
「もう、私は決めてしまったのよ。父母も認めてくれたわ。貴方が私を嫁にしたがる限り、貴方はずっと危険な事ばかりするもの」
微笑みの悲しさに、アローは惚れ込んでいた。だが、その意味が解った時、彼はまた一つ、世間に失望した。チカが歩み去っていく。その後ろ姿を追いかけたかった。しかし、次の瞬間、彼は複数の男達に囲まれていた。
「村を逃げ出したやつが今頃のこのこと」
「ハイランド・ホークの養い子でも、不名誉極まり無い」
「俺達の名前を汚す前に失せろ」
アローはその一人に殴りかかるが、他の者に捕まえられる。制裁されようとした時。横からアリストが無表情に銃を突き出した。皆、口々に何かを罵りながら逃げ出す。
村の側にある池のほとり。誰もいない場所で、アローはある人物、そして自分の「汚名」について語りだした。
アローの母親は、一族でも強い霊力を持ち、成長を期待されていた。だがある日全ての霊力を失い、不出来扱いされ、村から姿を消し、帰ってきたら身ごもっていた。産み落とされたのが、アローだった。彼女は頑として父親を喋ろうとしなかった。やがて、母親は死んだ。
「汚名を濯がなくてはいけないのだ。俺が歩くだけでつきまとうこの汚名を、吹き飛ばしてしまう様な働きで」
虚空に響く友人の声を聞きつつ、アリストは近くの枯れ枝を折った。
「アロー、肩に力入れすぎだぜ。お前はやることなす事に力が入りすぎてる。だから肝心なところで腰が砕けるんだ」
「ここで認められなくちゃいけないんだよ。ここは俺の故郷だ」
「その故郷で何かいい事あったのか?」
アローは答えに詰まった。
「いっその事、扉の民の任務なんか忘れちまえ。俺やリアムと一緒に、オーストラリアへ渡ろうぜ」
「馬鹿言うな」
「他にちゃんとやる奴が居るさ」
「俺には無理、俺の存在価値は無いと言うのか?」
「肩肘張って、女逃してさ。何が出来るんだ。お前を死なせたくないんだよ。みんな」
アリストは、水面へ枝を投げた。その波紋を、二人の青年はじっと見つめていた。
リアムは、一人あるテントの前で座り込み、のんびりと酒を飲んでいた。戦闘前の景気づけである。そんな彼の横に、長老がやって来た。お互いに軽く挨拶をする。慌ただしい村を、二人並んで見つめる格好になった。
「あんた、アローの雇い主じゃな」
「まあそうだ。飲むか」
「わしはあまりやらんので、な」
「そうかい」
「率直に聞かせてくれ。アローをどう思う」
「悪い奴だな。仲間の事を考えないで、自分一人で突っ走る。優しさを隠して、何かと誇り高い。付き合いにくいわい」
「ほほほ、そんなに嫌なやつか」
「わしの命を二度救いおったからな」
「あいつの母親も、似た性格だった。この村は霊力や武芸の強い者が尊ばれるが、あの娘は力のない者達をかばってな。自分からその力を封じた。挙げ句の果てに、村はずれで偶然出会った旅の男に恋してな。アローを宿して帰ってきたんじゃ。村の秩序を片っ端から破り、それでいながら平然と村に帰った厚かましさに、わしも最初は怒った。じゃが、彼女は何かを訴えかけていた。その姿は、まるでこれからのわしらのあるべき姿、因習に囚われない姿を暗示している様に見えたのだ」
リアムは鼻を鳴らした。
「なら、アローにそう言ってやれ」
「言う必要は無い。無くなった。奴は立派に外の世界で生き、良い友にも恵まれた」
ロックは、ハイランド・ホークと話をしていた。
「封印者の更なる助勢が勝利を呼び込むであろう」
「他にも誰か来ているのですか」
「ああ、丁度あそこに」
眼前には、カリーナが立っていた。気を利かせ、ホークは別れる。世界を越えて再会した二人は、互いに照れくさそうな顔をした。先に娘の方が口を開く。その赤毛に、今はきついウェーブがかかっていた。
「ロック、貴方が来るとは思わなかった。本当に、君なの?」
笑いながら頷く彼の顔に、ゆっくりと手を触れるカリーナ。
「逞しくなったのね。ちょっぴりハンサムにも」
同年代なのに、年上っぽいませた口の聞き方は変わっていなかった。ロックは大いに照れた。次の言葉を聞くまでは。
「でも、明日の戦いが始まったら、逃げなさい。向こうの世界に戻って、異変を知らせるのよ」
黒衣の青年は、しばらく呆然としながらその後ろ姿を見送っていた。
斥候が村へ敵の接近を告げた。ホークは、西に広がる平野で彼等を殲滅する、という。一同は出撃したが、ラビリィを連れて行く事には抵抗があった。しかし、本人の強い希望でその参戦が認められた。
ラムジー率いる傭兵軍が先鋒となっていた。
「突撃!!」
傭兵隊長は、騎馬の上でサーベルを抜き号令した。血生臭い午後の始まりだった。
武装では傭兵が上だった。馬車にガトリング砲まで用意し、火力で扉の民を圧倒しようとする。
ラムジーは馬上に在りながら、剣を振るって敵を寄せ付けず、傭兵達の士気を高めていた。だが、敵が悪かった。近くに折り重なった死体の一角が動き、ピストルの銃身が現れる。それはぴったりと相手の胸に狙いを着け、撃った。ラムジーは一撃で馬上から落ち、二度と動く事は無かった。死体の中に隠れていたのは、勿論リアムである。彼はそこから出ると、また別の隠れる場所を求めて走り出した。
「仲間を孤立させるな!!」
ホークの声に、数名が前進しようとする。しかしそこへ何かが投げつけられた。本能的な直感で皆が伏せたが、爆音が血肉を伴って響いた。
「今のは?」
「上から来たぞ!!??」
見れば三十メートル程上に、羽ばたく鳥、いや人。かつてロック達に倒されたニコやラリーの仲間、鳥人ボルトだった。翼は、その身体を空中に力強く支えていた。彼は懐からダイナマイトを取り出すと、黄燐マッチで点火し放り投げた。爆撃機に狙われた歩兵の如く、戦士達は逃げ出す。そこへ、ガンマン達が襲いかかった。誰かがライフルで狙撃するが、ボルトは素早く翼を動かし逃げてしまう。
「反則!!」
「戦いにルールも仁義もなくてよ」
空の怪物に拳を振って抗議するジュディアの傍らで、カリーナは長剣を抜いた。呪文を唱えると、それを空に向けて投げつける。魔の力によって放たれた剣は、天使に誘導された勢いで飛び、ボルトを見事刺し貫くかに見えた。しかし、無口な鳥人は冷静にその剣を翼で払う。
次の瞬間、長剣から炎が吹き出した。ボルトの身体がオレンジ色に包まれるが、彼は空中で身体を何度か回転させ、炎を吹き消す。しかし、その懐から飛び出ていたマイトの導火線に、運悪く火が残っていた。空中で鳥人が吹き飛び、鳥の臭いが悲しくも不気味に降ってくる中、再び地上での激闘は始まっていた。
ラムジーは死んでいたが、その秘蔵の部下タイガークロスは健在だった。鎖から放たれた餓獣の如き勢いで、彼は二本のメイスを振り回し、戦士達を粉砕していく。アローは彼を討ち取ろうと、斧を振りかざして飛びかかった。ダブルライフルは、ホークに貸していた。最初から接近戦以外考えていなかった。
タイガークロスは軽く二メートルを越える男であり、しかも胴長短足。長い手から振り下ろすメイスは、アローの渾身の打撃を軽く受け止め、あまつさえ弾き飛ばした。それでも諦めず、必死に斬りつけるアローだが、いちいち捨て身で襲うため、相手の反撃を紙一重で危うくかわしていた。それを見たアリストは、奇声を挙げて、相手の注意を自分に向けさせる。メイスが両横に振りかざされた時、アリストは手に持っていたライフルを投げ斧の如く相手へ放った。
瞬間、メイスが水平に交錯、砕け散る銃器。アリストはその瞬間を逃さず、背中から抜いた散弾銃を顔に向けて撃った。クロスは両手の鉄籠手を上に移動させ、それを防ぐ。次の瞬間、足下へ散弾が連射された。苦悶の声と共に、足の肉を小粒の弾丸が引き裂く。魔人はメイスを手から落とした。そこへ、背後からアローが飛びつきその首筋へ斧の鋭い柄を叩き込んだ。
この時、ロックはどうしていたのだろう。
彼は一人戦場を駆け抜け、散発的に敵を撃ちながら、ある目標を捜していた。やがて、戦場から大きく外れた場所に来てしまう。彼の目が、明らかに戦場から離れていく一団を見つけた。ヘクター達は、ラムジー達を囮に使ったのだ。ロックは馬の速度を上げ、彼等の背後に追いついた。
「先に行っていろ」
白仮面、バックスタンドが残り、ヘクター達は急いで去っていく。ロックが例え背後から狙い撃ちにしても、防備を破る事は出来ない筈だった。バックスタンドは背中を見せて逃げ切れる相手でも無い。
「ロック。執拗だな、君は」
「異世界の戦士、いや、ひょっとしたら、親友かも知れない人。ここで決着か?」
白仮面は、自分の顔に手を伸ばした。金髪の色が変わり、銀髪が表れる。偽装の術だった。外されたその向こうには、端正な美男子ぶりがはっきりと浮かんでいる。英雄ガーマは、どこにいても良い男だった。
「解っていたのか」
「風の術の達人はなかなかいない。ただ、君だと思ったのは勘だけど」
「いざこうなってみると、気分の良いものじゃないな。特に、相手が君なら尚更だ」
「ガーマ」
「チャンスはこれっきりだぞ」
彼は後ろを視線で示した。振り返ったロックの耳に、走り去る彼の馬の足音が聞こえていた。だが、そんな事はどうでも良かったのだ。
赤毛が風に舞っていた。
「何故、なんて言っても、教えてくれないんだろ」
「いいえ。聞きなさい、ロック。リールが私達を使い捨ての駒にした時、こうなる事は決まっていたの。ただ、どうして貴方が送られてきたのか。それだけは予想しなかったし、あってはいけない事だった」
「そんなものかな」
「最初はただの憤りだったけど、仮面の力を知って更に怒りは増したわ。こんな力を軽く見るなんて、みんな危機意識が低すぎる。私達がやるしかないのよ。今ならまだ間に合うわ。仲間になるか、ここから逃げて。貴方を傷つけたくないの」
ロックは微笑み、拒絶の意を表した。
「あの仮面は、血を流しすぎる。使えば使うほど、もっと血が必要になる。そうなると、使う者には血の臭いで何にも解らなくなるからね。それに、こっちの世界の人間は関係無いさ」
「犠牲の尊さを、貴方もいつか解ってくれるわ」
カリーナは目を閉じ、銃の引き金を引いた。彼女の魔弾は、宙のロックのマントを撃ち抜いただけだった。横倒しになっていたロックは、一撃で相手の銃を叩き落とした。彼は告げた。
「僕はまだ死なない、守るべきものが出来たからね」
赤毛の女は目の前にいる人物が、ロックであり、ロックではない事を知った。そして放心状態で、ふらふらと歩み去っていった。この時、話し込む二人を必死になって守っていた小柄な人物がいる。時々現れる敵兵を杖で殴り、昏倒させているのみだったが、その奮闘は賞賛に値するだろう。
続く