カイザーPMC理事の命令で、会社で雇っている傭兵たちを引き連れてアビドス高等学校に来ていたその社員は頭を抱えていた。
何が間違っていたのか、便利屋68からは一度目は失敗したが二度目の襲撃時、対策委員会は校舎にいなかった。夜逃げしたかもしれないと伝えられていた。もしかして嵌められたのか、何故学校を捨てたはずの対策委員会がここにいるのか、そんな考えが彼の頭の中に思い浮かぶ。
しかし、そんなことよりも彼は対策委員会が傭兵たちを倒し、自分を取り囲んでいる状況を何とかしなければならなかった。
「おっとっと~、いつもお世話になってるカイザーローンの人だね〜。」
「何で私たちアビドスの校舎にいるの?校門は閉めていたはず。」
「あ、貴方たちは夜逃げしたと聞きましたが………。」
「夜逃げ!?ふざけた事言わないでよ!こっちは弾薬や爆弾の補充をするためにしばらく出稼ぎに出ていたのよ!」
「そもそも、例え夜逃げであってもアビドスの土地の権利は私たちにあります。あなたの行為は不法侵入、立派な犯罪です!」
「ひとまずはあなたの身柄は拘束させて頂きます。また、ヴァルキューレにも通報済みですので到着次第取り調べのため連行します。」
「なっ、そ、それは困ります!ど、どうかそれだけは………!…………そ、そうだ、借金を!貴方方の借金を減らして頂くよう上に掛け合ってみます!これでも私は社内でも結構高い地位にあります。全額……は無理ですが、ある程度であれば融通を利かせて減額して頂くことは出来ますよ。」
カイザーはヴァルキューレの上層部と裏で繋がっており、カイザーの不祥事を簡単に揉み消したり、カイザーにとって重要な人材が逮捕されたりした時にすぐに釈放してもらうといったことが可能である。
しかしカイザーの子会社、その中の一社員に過ぎない自分は例え逮捕されても助けられることは無い。
それどころか、会社ぐるみで行っている不正の責任を押し付けられるかもしれない。
そうなれば、矯正局送りはまぬがれないため、どうしても避けたい彼は借金を減らす代わりに見逃してもらう取り引きを持ちかける。
だが、その行動が大きな間違いであったことを悟るのはすぐだった。
「へぇ〜それは中々魅力的な案だね〜。でも、ここで見逃したらまた似たようなことをしてくる可能性もあるよね。流石にそれは受けられないかな。」
「そんな取り引きで見逃してもらえると思ってんの?ふざけんじゃないわよ!」
「その取り引きには応じません。諦めて下さい。」
社員の取り引きを拒否するセリカとホシノと来馬。
ダメ押しとばかりにシロコは隠し持っていた録音機を取り出す。
「ん、今の会話は録音した。これも証拠の一つになる。もう逃げ場はないから諦めて。」
「ま、そういうことだからヴァルキューレの人が来るまで待っててね〜。」
しばらくして、ヴァルキューレの警官が到着し、その社員は傭兵共々警察車両に乗せられていく。
この事件に関わった対策委員会と来馬はカンナから事情聴取を受けていた。
「なるほど…………。要約すると、弾薬や武器の確保のためにしばらく校舎を留守にしていたら、あのカイザーコーポレーションの社員が傭兵を率いて占領していたと………。」
「そうだね。理由に関してはよく分かっていないんだけど………彼はぼくたちを夜逃げしたと言っていた。ただ、その情報が何処からのものかは聞き出せなくて………。」
「そうなりますと、今回の事件はあの社員の独断専行ではなく、会社全体での犯行である可能性が高くなりますね。情報提供に感謝します、ここからは我々にお任せ下さい。」
「ありがとう、尾刃さん。…………尾刃さんはちゃんと休めてる?目の隈が出来てるし、やつれているように見えるけど……。」
来馬は社員を連行しようとするカンナを呼び止め、彼女の体を心配する。
実のところ、ここ最近のカンナは十分な休息を取れずにいた。
連邦生徒会長の失踪に伴う犯罪率の増加、そして最近になって見つかったトリオン兵への対処。
不良たちによる犯罪の対処だけでもいっぱいいっぱいの状況で、さらにトリオン兵への対処(ミも増えたため、ヴァルキューレはかなり疲弊しつつあった。
トリオン兵への対処はミレニアムでも行っているため、負担自体はそこまで大きいものでは無いが、今のヴァルキューレにとってはその程度の負担でも大きな影響を及ぼしていた。
カンナは来馬に余計な心配をかけてしまったことを恥じ、問題無いことを伝える。
「そうですね………確かにここのところは忙しいですが、休息は小まめに取るよう心がけています。心配には及びません。」
「そっか……。でも、尾刃さんも無理はしないでね。いざとなったら
「ありがとうございます、来馬先生。参考にさせて頂きます。」
(来馬先生に気を遣わせてしまったな………。気が弛んでいるな……もっと精進しなくては!)
カンナは心の中でそう思いながら改めて公安局長として気を引き締めて捜査を開始する。
その後、社員たちを護送するヴァルキューレの警察車両を見送った対策委員会と来馬は部室に戻って今回の作戦の成果と今後の活動について話し合いを始める。
「今回の作戦、上手くいったわね!」
「みんなもお疲れ様。みんなのおかげで大成功だったね。」
「うん、上手くいってよかった。」
「便利屋68の皆さんにも感謝しないとですね!」
「何はともあれ………この事件もとい今までの件もカイザーが行っていた可能性が出てきたね。」
「そうね。もしかしたら、あのトリオン兵の事件もカイザーのせいと見るべきよね。」
「そうと決まれば、今すぐにカイザーを………!」
「いやー、シロコちゃん。流石にそれは無理かな〜。」
「そうですね………。今回の件で状況証拠は挙がっていますが、決定的な証拠が分かっていません。せめて不正の証拠でも掴むことが出来れば………。」
「今はヴァルキューレの生徒たちが捜査をしてくれているから、それを待ってみよう。余り急いで事を大きくしちゃうとカイザーに逃げられるかもしれないから。」
「それでは、今日はここで解散はどうでしょうか?しばらくはほとんど毎日動いてばかりでしたので。」
ノノミは今日のところは解散して今後の活動のために休息を取ることを提案する。
加えて、シロコがそれぞれでカイザーの動向を軽く調査しておこうという提案もし、それらの提案に他の生徒も賛成し、今日の活動はここで終了することとなる。
そして、各々が自分の家に帰っていく中、ホシノとノノミは帰り支度をすることなく自分の席に座ったままでいた。
そんな二人に来馬は声をかける。
「二人はまだ帰らなくて大丈夫?」
「少し、疲れてしまいまして。この一週間は便利屋の皆さんといて色々ありましたし☆」
「おじさんもかな〜。いや〜、最近の若い子は元気だよね〜。おじさんはついていくので精一杯だよ〜。」
「そっか。二人もお疲れ様。しばらくはヴァルキューレからの捜査を待つことになると思うからしっかり休みをとって、次の活動に備えよう。」
来馬が二人に労いの言葉をかけていると、スマホの通知音が鳴る。
どうやらその通知はホシノのスマホに来ていたようで、彼女はその通知を見て一瞬だけ顔を顰める。
しかし、すぐにいつもの表情に戻り用事が出来たことを伝えて、手際良く荷物をまとめ始める。
来馬はその様子を見て違和感を覚えるが、それについて聞き出す間もなくホシノは帰ってしまい、部室には来馬とノノミの二人が残っていた。
「……………しかし、ホシノ先輩も本当に変わりました。」
「そうなの?」
「はい。初めて会った頃はずっと何かに追われているような感じでした。」
『何かに追われている』。その言葉を聞いた来馬の頭の中では自身が隊長を務める鈴鳴第一に所属するとある隊員である『あの子』を思い浮がべていた。
(あの子が来たのは今から約二年前………。その頃だと、ホシノはまだ一年生の頃になる。ノノミやシロコが入学するまでの間、ずっと一人で活動を続けていたとすると、彼女の置かれていた状況は辛いなんてものじゃ無かったんだろう。)
同時に、来馬は自分かいかに恵まれていた立場だったのだろうと考える。
ホシノの心の拠り所となっていたであろう『あの子』が消えてしまって、それでも逃げ出すこと無く消えてしまった彼女の意志を継いで、一人でもアビドスの借金を返し復興させるために奔走していたホシノの気持ちを来馬は完全に推し量ることは出来ない。
しかし、それは確実に良いと言えるようなものでは無く、後輩たちの前で緩く居られるようになった今は確実にホシノにとって大きな余裕になっていた。
来馬はそう推察すると共にノノミに返して言う。
「でも、今は余裕があるように見える。後を継ぐ存在となるノノミたちがいるし、そういう空気を作ってくれてるノノミがいるからホシノも余り気を張りすぎることなく自然体でいられるんだと思う。」
「そうなんですか?私はそういうことが出来ているように思えないのですが………。」
「そんなことないよ。出来てないって思うのは、それだけ自然にそういうことが出来てるからだよ。場の雰囲気とか空気作りって実は難しいことなんだ。意識してやろうとしても失敗することも多いし。そんな難しいことを自然体かつ無意識でやれるのは凄いことだし、穏やかで明るいノノミだから出来ることなんだ。だから自信を持って良いんだよ。」
「………来馬先生にそう言っていただけて本当に嬉しいです♪お返しと言っては何ですが、膝枕をしていきませんか?」
ノノミは自分の膝を軽く叩いて来馬を膝枕に誘う。
そういうことに慣れていない来馬は急な膝枕の誘いに驚きつつもしっかりと断りの返事をする。
「ひ、膝枕!?流石に申し訳無いよ。ぼ、ぼくは大丈夫だから…………。」
「あら、そうですか。それは残念です♪」
「お気持ちだけありがたく受け取っておくよ……。」
その後、ノノミも帰宅して来馬は残ったシャーレの業務をこなし始めた。
―――翌日、ヴァルキューレ警察学校公安局本部にて。
「捜査を中止………!?一体どういうことですか!?」
ヴァルキューレ警察学校の公安局長である尾刃カンナは上司とも言える連邦生徒会防衛室長の不知火カヤから捜査の中止を告げられていた。
無論、その中止された捜査とはアビドス高等学校で発生したカイザーローンの社員による校舎の不法侵入と占拠の件である。
「どういうこともありません。今回の事件はカイザーローンの社員が独断でカイザーPMCの社員を率いて占拠した、それだけです。」
「そんないい加減な話が罷り通るわけ無いでしょう!そもそも、その社員には占拠する理由も無い!容疑者も上司から命令されてやったと言っているのですよ!?」
「ですが、カイザーグループは事実関係を否定しています。それに、カイザーグループはキヴォトス全体でも大きな実績と信頼を残しています。その容疑者が嘘をついている可能性もある以上、その言葉を信用するのも問題ですよ。」
「実績と信頼があったとしても犯罪を犯している可能性があるなら全てを疑い捜査するのが我々公安局です!それに、容疑者が嘘をついていたとしても実際に捜査すれば明らかになるでしょう!」
捜査の中止を命令するカヤとそれに真っ向から反発するカンナ。
しかし、二人は上司と部下。
どんなにカンナが正義を並べたとしても、カヤは上司でありその命令に逆らうことは出来ない。
カンナからは胡散臭く見える笑みを浮かべたままカヤは続けて話す。
「カンナさん、貴方はその実力もさることながら聡明な人物でもあります。貴方なら分かっているはずです。物事は綺麗事だけではありません。先のトリオン兵の事件についてもそうです。本来であれば事件の内容を公表するところを、トリオン兵もといトリオンという存在が広まることによる影響を鑑みて報道を規制したのです。これも市民の生活と安全を守るためなのですよ?」
「この件も………この件も市民の生活と安全を守るために必要なことだと言うのですか………!?」
「はい、そうですよ。特に最近は犯罪者及び犯罪件数の増加しており、善良な市民から不安の声が届いています。そんな状況で学校を占拠などという事件はますます不安を増長させてしまいます。これも仕方のないことなんですよ。」
その瞬間、カンナの中で何か大切な切れたような弾けたような感覚を覚える。
怒りか憎悪かはたまた不甲斐なさか………彼女はこれが何なのか分からずにいた。
しかし、確実に言えるのは自身の中に長く眠っていた正義の心が業火のように燃え盛っていることである。
カンナは同時に目の前の上司を思い切りぶん殴って仕舞おうかという思いに駆られるが、すんでのところでギリギリ働いた理性がそれを否定する。
「……………わかり………ました………。」
「ありがとうございます。理解して頂けて本当に嬉しいです。では私はこれで失礼しますね。」
満足したようにカヤは退室していった。
その数分後、
ドンッ!!!!
カンナはテーブルを強く叩く。
様子を見に来たカンナの部下はその大きな音に驚き、部屋の入り口で立ち尽くしていた。
「きょ、局長………?いかがなさいましたか………?」
「…………っ!済まない、見苦しいところを見せてしまったな。どうした?」
「い、いえ。局長が部屋から出てこなかったもので、どうしたのかと思いまして……。」
「そうか、済まなかったな。ついでなんだが、今アビドス高校の件について捜査を担当している局員を集めてくれ。」
「はっ、了解しました。」
部下は凛々しい挨拶を返して局員たちを集めに行く。
カンナは部屋でた後自身のデスクに座り、大きくため息をつく。
(こんなことが………こんなことが罷り通って良いはずがない……。なのに………私には何も出来ない。どうすればいい?私はどうするべきだったんだ?来馬先生、私はどうするべきだったんですか………?)
彼女の頭の中には来馬の顔が思い浮かんでいた。
初めて会った時は謎の多いシャーレの先生の一人で当時は単なる優しい人間に過ぎなかった。
しかし、先のトリオン兵事件を筆頭にその活躍を耳にしている。
会った回数は少ないが、いつしか来馬はカンナの中で大きな存在になりつつあった。
「あいつらに捜査の中止を話したら………次はあの人にも話さなくてはならないな……。」
カンナは今回の事件の捜査中止を部下、そして来馬に話さなければならないことに酷く負い目を感じていた。