アニスとネオンは理解出来ない状況に啞然としていた、モダニアの凶刃を受けて死亡していたと思っていた夏油が、今目の前に立ってラピを片手お姫様抱っこしながら、モダニアの2本の触手の切っ先を片手で受け止めていた。
夏油「2人とも、ラピをお願い。」
アニス「えっ...?...あぁ、うん。」
ネオン「はい...分かりました。」
幻覚でも見ているかのように感じて、頬を抓っていた2人だが夢ではなく現実だと実感する。重傷のラピを預かる際に、ラピも驚愕して空いた口が塞がらない様子を見せていた。
モダニア「っ!!!」
夏油の妨害によって止められた触手を、強引にねじ込むことで手から抜けて、アニスとネオンに向かって切っ先が向かっていく。当たる直前に再び夏油に止められて、切り傷をつけようと暴れる触手を、夏油は強引に引き千切った。
ビクビクと痙攣する触手を地面に落として、右足で踏みつけ黒い液体を撒き散らしながら完全に止める。穏やかな表情のまま、夏油はアニスとネオンに伝える。
夏油「アニスとネオンは飛ばされた武器を取りに行って、ラピを守ってくれ。」
アニス「へっ...??」
ネオン「でも...モダニアは...」
夏油「奴の相手は私がする。これ以上大切な仲間が欠ける所は見たくない。」
夏油の優しくも真剣な眼差しを見て、アニスとネオンは互いに向き合って頷き、夏油にモダニアの相手を任せ、それぞれ激励の言葉をかける。
アニス「絶対助けてね、指揮官様。」
夏油「ああ。」
ネオン「帰ったら祝勝会しましょう、師匠!」
夏油「なら夕食前に終わらせないとね。」
ラピ「指揮官...」
夏油「何だい?」
啞然としていたラピだが声をかけ、守れなかったことに対する謝罪を告げていた。それはモダニアの触手が夏油を貫いた時、咄嗟に守れなかったことに対して謝っていた。
ラピ「あの時、私は守れませんでした。私がもっと...上手くやっていたら。」
夏油「大丈夫、私はこうしてピンピンしているさ。それに...」
そう言って夏油はラピの頭を撫でる。その手のひらからは、とても暖かい陽光のような心地よさが感じられた。
夏油「アニスとネオンを守ってくれて、本当にありがとう。
それにラピには何度も助けて貰っている。」
ラピ「っ...。」
ラピの瞳に涙が貯まる、守れなかったことを悔やんでいたラピだが、今までの危機的状況下の中で夏油の安否を心配し、今回アニスとネオンを庇ってくれたことに、夏油は感謝を伝える。ラピは感謝の言葉に対して、静かに頷き顔を俯く。
激励を終えたラピたちは、アニスとネオンの武器を取りに向かう為に、2人がかりでラピを抱えて飛んで行った武器の元まで向かう。距離はそう遠くない位置にあった、しかし、モダニアに背後を見せながら攻撃出来ないことから動けずにいたが、夏油が背中を守ってくれると信じて駆け出し、直ぐに回収できた。
モダニア「し、指揮官。生きて...」
夏油「何時まで三文芝居を続けるつもりだ?」
モダニア「......」
静かな怒りを放つ夏油の威圧に気圧されたモダニアは、マリアンと偽ることはもう意味がないと悟り、少しの間硬直して動けずにいた。それでも不可解な現象が多すぎることに疑問が尽きず、夏油に幾つか質問を投げかける。
モダニア「生きていたんですか?」
夏油「ああ、死の淵に片足突っ込んでいたけどね。」
モダニア「確かに体を貫いて、致命傷を負わせた筈...」
夏油「そうさ。この通り通気性が良くなったよ。」
そう言って穴だらけの軍服を、モダニアに見せつける。確かにはだけたジャケットからは、血まみれで穴だらけのシャツが見えているが、開いていた肉体の傷は完全に塞がっていた。まるで最初から傷穴なんてなかったように。
仮に傷口が塞がったとしても、あれほどの出血だと死亡が確定したようなものだった筈だ。しかし夏油の表情から遠目で見ても有り余るほどの生気が感じられる。
夏油「だがここまで汚れるともう直すのは無理だね、新しいのを見繕ってもらわないと。」
モダニア「一体どうやってその傷を...」
モダニアは警戒した様子で質問し、対して夏油は不気味なほど嬉々として気さくに話しかけてくる。傷の治癒方法について聞いてきたことに、夏油は表情を変えることなく話し始める。
それと同時に、武器の回収を済ませたラピたちが戻ってきて、夏油の話を後ろから聞く。
夏油「いいよ、理解できるか分からないけど無視して説明するよ。私は負の感情、怒りとか憎しみとかを力として扱える。簡単にマイナスのエネルギーと言おう。
マイナスエネルギーは主に肉体の強化に使われる、だが肉体の再生は出来ないんだ。元は負の感情の塊だからね。」
夏油はモダニアとラピたちに、自身の力の根源 呪力についての説明を始めた。自身の肉体に刻まれている生得術式についての説明を省き、あくまでも今回の治癒についての説明に焦点を置く。
夏油「君に体を穴だらけにされて死に際だった時、反転術式に微かな意識を総動員したのさ。
さっきも言ったように、マイナスエネルギーによる治癒は不可能、だから今回のような肉体の治癒には、マイナスエネルギー同士を掛け合わせ、プラスエネルギーに変える必要があったんだ。反転術式はまさに掛け算のマイナス同士を掛け合わせプラスを作るようなもの!
口で言うのは簡単さ、だが問題は
私も今までずっと挑戦してきたんだ! 結局私だけ扱えず生前の人生を閉じてしまったがね!!」
途中から声を荒げながらも狂気すら感じる表情で話し続ける夏油に、モダニアは今までよりも明らかに様子が可笑しいと判断しつつ、その豹変ぶりに更に警戒心を引き上げる。夏油の背後で聞いていたラピたちもその変貌ぶりに、顔が引きつりながら見守っていた。
モダニア(一人で楽しそうに...)
アニス(マジに指揮官様なの??)
ネオン(メチャメチャハイテンションですね。)
ラピ(さっき...確かに生前と...)
そんなドン引きしている彼女たちの反応など気にならないのか、夏油は両手を広げて瞳を輝かせていた。自分に向けられる視線も、声をかけても届かず気にならない程、満面の笑みを浮かべて話し続ける。
夏油「だがあの瀕死の最中掴んだんだ...呪力の核心を!!
君の失敗は、私の頭を攻撃しなかった事と、私の体を
聞いてもいないモダニアの失敗について話し始める夏油は、狂気じみた笑顔を天に向けて話が止まらず、はしゃぐように大声で伝える。失敗についての指摘について、モダニアは静かに肯定した上で触手を再び背中から生み出す。
モダニア「失敗...ですか、ご丁寧にどうも。では返礼に...」
夏油「そうなのかい? あぁ、そうなのか、それじゃあお互い...」
先に動いたのはモダニア、高揚している夏油目掛けて触手による刺突攻撃するが、体を左に逸らすことでこれを回避する。回避する事を予見していたのか、モダニアは続けざまに逸れた左方向にもう1本刺突攻撃して、確実に仕留められるように頭部を目標にする。
モダニア「!?」
2撃目の触手すらも容易に左手で掴んで止める夏油、顔は変わらず空を見たまま手を広げていたが、右足を広げ大股になりつつ左手を強く握り閉めてモダニアごと触手を引っ張る。咄嗟の行動に対応できなかったモダニアは、されるがままに引っ張られて引き寄せられる。
直ぐに反撃できるように、背中に搭載されているマシンガンを展開し、攻撃準備を済ませる。人間とは思えない膂力に愕然としていたが、あくまでも肉体は生身の人間であり非常に脆いことは触手を突き刺したことで確認できている。
モダニア(なら攻撃をわざと受けた上で、致命傷を与えて無力化する。
動揺したけど至近距離ならこちらが有利!......??)
照準を夏油の四肢に固定しようと視線を向けた時、ふとモダニアの目に留まったのは深く体を落としている状態で、体が影になっていたことで見えなかった右手。右手には黒く蠢く野球ボールくらいの球があり、自然とその球を注視したモダニアは、胸騒ぎし始めて咄嗟に腕を交差させて防御する。
モダニア「っ!?」
その予感は的中し、夏油の右手の黒い球がモダニアの腹部に深く捻じ込まれるように突き刺さる。腹を中心に体が渦巻き始め、突風を巻き起こしながら遥か後方に吹き飛ばされていく。
攻撃を受ける直前に放置されていたアーマーを呼び寄せて、モダニアの体を支えるように後ろに配置。黒い球を弾いて衝撃を抑えようとするも殺しきれず、球は逸れて明後日の方向に飛んでいき、モダニアの体はアーマーごと山の壁面に叩き付けられる。
モダニア「カハッ!!」
塞がっていた肺の軌道を、胸部を叩くことで何とか作って呼吸する。ナノマシンは修復に入っているが、一向に痛みが治まらず足元が覚束ない。
モダニア「今のは...一体...。」
先ほど攻撃でここまでの出力が出せるのか、原理が全く分からなかったモダニアは、一瞬だけ目に映った黒い球体について考えようにも、判断材料が無さ過ぎて結局当たらないようにすると結論を出す。
モダニア(先ほどの攻撃...手から離れず、こちらを引き寄せたということは、至近距離でしか使えない。
なら近づかずアーマーのミサイルで集中攻撃すれば...)
拍手のような音が響き、夏油の攻撃に思考を巡らせていたモダニアを止めた。音の方向に目を向けると、両手を組みながら両腕をこちらに伸ばす夏油の姿があった。
モダニアは直ぐに行動に移して修復されたアーマーのコクピットに乗り込み、空高く飛翔し始める中、アーマーの画面越しに組んでいた夏油の両手が開かれ、黒い星が輝き光る。
黒星の視認と同時に、センサーから高速で接近する
同時にモダニアの後方、先ほどまで背にしていた山の中心に、アーマーを覆えるほどの巨大な穴が作られていた。機体の状態を確認すると、右半分が綺麗に消滅しており、この破壊力から回避が遅れていたら右腕も一緒に無くなっていた。
モダニアは直ぐに右半分無くなったアーマーの修復を始めながら、夏油に攻撃の準備を始める。対して両手を閉じたり開いたりしながら、消し飛んだ山を見て少し考えている夏油。
夏油(土壇場で思いついたにしても、かなりの精度が必要だな。おまけにそこそこ呪力消費も激しい...
できれば同時に何発も撃てるのが理想だが...かなり難しいな。最初の攻撃はコンパクトで使いやすいんだが...)
考案した技について修正点について考えていた夏油、モダニアを引き寄せた時に使った攻撃、そして両手を組んで解き放った攻撃は、どちらも呪霊操術の奥義を派生したもの。
前者は攻撃に転用する呪霊を少なくし、至近距離でも扱え且つ高威力のコンパクトな技になった。加えて消費する呪霊の数も呪力量も少ないことから、直ぐに生成できるようになれば、近距離戦での多様も可能になると結論付ける。
対して後者は必要とする呪霊がかなり多く、呪力量の消耗もかなり激しく遠距離だが精度が低い攻撃と分かった。全体的に欠点が多く波状攻撃として扱うにも消耗が激しく何度も撃てず、精度を高めて呪力操作重視の狙い撃ちにしようにもインターバルが長いのがネックになっている。
夏油「だが、これはあくまで
不敵な笑みを浮かべながら右手を前に突き出し、黒い瘴気と共に赤黒い結晶が広がっていく。やがて結晶から黒く艶やかな長髪で、傀儡のような無機質な白い肌と丸い顔に4つの目、雅な薄赤と緑の十二単のような着物を纏った異形が姿を露わにする。
夏油「玉藻前、弾丸は私が作る。攻撃は君に任せるよ。」
そう言って左手を横に払うように広げたと同時に、異形玉藻前の背後から空間に形成された虚空から黒い瘴気とともにわらわらと呪霊が出てくる。玉藻は右袖で口元を隠しながら左腕を空に向けて、出てきた呪霊が呪力で捻じれていくように丸まっていく。
そのサイズはかなり小さくなり、パチンコ玉と同等のサイズに変わる。その数は優に10を超え、一つ一つ悍ましい黒い光を放つ凶星、その全てがモダニアに向けられる。
モダニア(あの攻撃が...一斉に...!?)
アーマーのコアから生成されたエネルギーが、両肩に搭載されているビーム砲に集中していき、攻撃全てを消し飛ばそうとする。玉藻の左腕が振り下ろされると同時に、橙の光を放つビームと黒い凶星が衝突し合う。
かに見えたその刹那、モダニアのビームを貫きボディの一部を抉り飛ばす。気づけばアーマー下部が無くなり墜落する。
モダニア「私のビームさえも、難無く...っ!?」
続けざまに突風に叩かれるようにアーマーが暴れる、夏油の攻撃の第2射が始まるが、風に打ち付けられる程度で深刻な被害にはならず着地する。モダニアは直ぐに距離を取れるように、コアのエネルギーをナノマシンの修復に移行して、アーマーの修理を始める。
この戦闘を遠くで見ていたラピたちは、改めて夢と疑って自分の頬を抓っていた。人類の脅威であるラプチャーの、その規格外とされるヘレティックを、一人の人間が現実を逸脱している力で圧倒している。目の前で起こっている現象があまりに現実離れしすぎて、ずっと唖然としていた。
夏油(...こんな発想、思いつく事なんて無かった...次々と絶えず湧いてくる。)
一方夏油は、反転術式を経て生まれた新たな可能性に、心躍っていた。思いつきもしなかった攻撃を試していくことで、術式の解釈がみるみる広がっていき、辿り着けなかった領域に踏み込んでいく感覚に更に高揚していた。
夏油(あの時の悟も...こんな気分だったのか...?)
そう言って夏油は両手を下ろし瞳を閉じて、視界を暗闇で覆いつくす。
意識は暗闇の中を漂っていた、体中に倦怠感が感じられてまともに指すら動かない程に、私の体は酷く重かった。ただ流れに身を任せて、なけなしの僅かな意識も手放そうとしていた。
「傑〜?」
「おい夏油〜」
意識を傾けてようやく聞こえる声が、消えかけていた私の意識を呼び起こす。人間の声だとかろうじて分かるが、何を話しているか全く聞き取れず、もう少し耳を傾ける。
「全然起きないね〜」
「今のうちに落書きするか。」
少しずつ声色が分かってきて、男性と女性が私の前で話している所まで分かった。相変わらず話の内容が聞き取れず、気づけば耳を澄ませて二人が何を話しているか、意識を取り戻し始める。
「それ油性?」
「当たり前じゃん。」
意識が目覚め始めた影響だろうか、聴覚だけでなく視覚も覚醒して大体聞き取れるようになってきたが、油性という単語が聞こえた。おいまさか油性ペンじゃないよな? そのペン使って何をするつもりなんだ??
「五条最低〜」
「そう言ってお前も乗り気な癖に〜」
不穏な単語を聞いて会話の内容どころでは無い私は、直ぐに意識を取り戻すように重い瞼を必死に開こうとする。輪郭すら分からない視界に、暗闇を掻き消す光に包まれる。
「っ......」
「あ、起きた。」
「チッ、絶好の機会を逃したか。」
陽光の光によって暗がりだった視界が白一色になり、瞼を閉じそうになるがゆっくりと慣れて視界が鮮明になっていく。そして私は座った状態で眠っており、件の男女は私の前で話していたようだった。
その2人の顔は、見間違えるなんて有り得ない程、よく知っている人物だった。
「......」
「どうしたの夏油? 鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔して。」
「ウケるw写真撮ろww」
栗色のショートヘアーの女性と、白髪で丸型のサングラスをかけた男、そしてどちらも黒い学生服を身に着けていた。
家入「ふざけてる場合じゃないでしょ? さっさと行かないと、また夜蛾センのゲンコツだよ?」
五条「そうだった...時間に厳しいんだよなぁ。」
夏油「......」
五条「何ボケーっと座ってんだ、早く来ないと置いてくぞ~。」
家入「七海と灰原も先行っちゃったし...ホントに大丈夫夏油??」
夏油「あっ...ああ。」
私の体は思いの外軽くなり直ぐに立ち上がって、硝子と悟に追いつこうと背中を追いかける。電車のドアに向かって一歩踏み出した時、モノクロがかった情景が視界を一瞬遮る。
気にも留めず、一歩、もう一歩と着実に進んでいくが、その間隔は長くなっていき煩わしく感じたが、心が締め付けられる。行ってはいけないと訴えているのか、モノクロのフラッシュバックが鮮明になっていく。
ラピ『指揮官!!』
アニス『ああっ! お前―――!』
ネオン『ダメ―――!』
夏油「......」
ドアの直前まで進んで、そのフラッシュバックから声が聞こえる、3人の女性が何かを構えて何かに怒りをぶつけているようだった。再び私は自然とドアの前で立ち止まる、この先を本当に進んでいいのか、と改めて自分で考えようとする。
五条「傑~! 早く行くぞ~!」
家入「なんか変なものでも食べた??」
夏油「......」
2人が呼んでいる、心の底から笑えなかった世界だが、あの時の春が私の中で一番充実していた。この一歩を踏み出せば、あの頃に戻れるのだろう、ゆっくりと瞼を閉じて駅のホームに足を踏み出そうとする。
家入「忘れ物??」
五条「それでずっと立ち止まってたのかよ。」
夏油「いや、本当に済まない。取りに行ってくるから、2人は先に高専に向かってくれ。」
五条「さっきまでド忘れしてたんだろ? そこまで大切な
夏油「大事な物なんだ、とても...大事な...。」
家入「そっか、じゃあ先に行ってるぞ。」
五条「遅れんなよ~。」
夏油「......」
硝子と悟は頷き、ホームの階段を上っていく。...もし今からでも踏み出して、2人の背中に駆け出していけば十分間に合うだろう。
だが、そうしたら彼女たちはどうなる? 私と同じように葬られるのか、それともそれ以上の苦しみを味わうことになる。なら、最期まで責任を果たしてから、2人の元に行こう。
全てを終わらせてから後悔する方が、きっと心残りも無くなる筈だから...そう決意した瞬間に、電車のドアは閉まる。もう後戻りも出来ないと言いたいのか、ゆっくりとその扉は閉まっていく。
夏油「...全部終わったら、必ず帰る。約束だ。」
硝子と悟は何か楽しげに話しているが、閉まり切った扉越しには何も聞こえない。2人の背中をガラス越しに見つめながら、電車はゆっくりと走り出す。
視界の右に見えていた駅のホームが少しずつ小さくなっていき、完全に見えなくなっていく...ふと車両が走っている左の貫通扉を見ると、光が差し込んでおりその先が見えなくなっている。ゆっくりと歩み寄り、扉の取っ手を握りしめて開く。
瞼を開けた陽光以上の光が、視界を白く包み込もうとする。深呼吸をして目を開き先を見据えながら、再びゆっくりと踏み出していく。
閉じていた視界を再び開く夏油、目に映ったのは散り散りになりながら崩れていくモダニアのアーマー、崩壊しているがあくまでもアーマーの下部のみで、ミサイルや粒子砲がある上部は残っている。
モダニアも夏油の攻撃が止まったことを、画面越しに確認していた。出鱈目な攻撃が止まったが警戒を解かず距離を取って夏油の動向を見ている。
モダニア(全く動かない、こちらの行動を警戒しているのか。それともさっきのようにカウンターを狙うつもりなのか...)
両者は全く動かず静止した状態が続いており、互いの動向を探るように見つめ合っている。緊迫感を感じて顔が強張るモダニア、目を閉じてから狂ったような笑顔が完全に消え睨み続ける夏油。
沈黙を先に破ったのはモダニア、硬直状態の中で戦闘に必要な最低限の修理を済ませ、空高く飛びながら夏油にミサイルを撃ち込んでいく。そのミサイルを、背後から現れたイカ呪霊を射出して相殺、ミサイルの迎撃を終えた後モダニアへの攻撃を始める。
モダニア(成程、ミサイルが爆発したのはあの人間の力だったのですね。
まだハッキリと見えませんが、不吉な気配を感じ取れば予測して回避できる。)
夏油の攻撃を軽々と躱していくモダニア、回避と同時にミサイルによる牽制を忘れずに続けていく。遠くから見ていたラピたちは、モダニアに攻撃が当たらないことから、攻撃方法を変える必要があると考え始める。
アニス「あのモヤモヤ光ってるの指揮官様の攻撃かしら...?」
ラピ「多分ね。」
ネオン「モダニアの回避が高すぎて全然当たりませんね。さっきみたいに黒い光と撃ちまくったら当たりそうですけど...」
アニス「確かに...さっきのは当たってたのに...」
ラピ「理由がある筈よ、消耗が激しいとかそんな理由が...?」
話し合っていたラピだが、回避し続けているモダニアの行動から何か変化があることに気づき、アニスとネオンに共有する。
ラピ「ねえ。」
アニス「どうしたの?」
ラピ「モダニアの高度が上がっている気がするのだけれど...」
ネオン「......あっ、本当ですね。大体あの雲の下まで来てますね。」
ラピの考えを聞いたアニスとネオンは、目を細めてモダニアが少し高度を上昇させていることに気づき、ネオンが近づいてくる大きな雲を指さして、その直下までモダニアが移動する。
アニス「まさか...雲の中に隠れるつもり??」
ネオン「でも入ったら師匠を確認できるんでしょうか?」
ラピ「雲...!っ雲に隠れてビームを撃つつもり!?」
アニス「雲の中なら指揮官様には見えない...そして空中戦を目的として作られてるとすると...」
ネオン「雲の中での戦闘も想定されているのでしょうか?」
ラピ「恐らく...! 指揮官!!」
ラピは慌てて夏油に声をかけるが、モダニアが気付いたのか直ぐに雲の中に入る。雲の中に入ったモダニアは、視界が灰色に覆われてまともに夏油の姿を視認できない状態でいた。
モダニア「ソナーモード...風を切る音を対象に感知。」
その対策として、音波を聞き取り物体の探知と距離を測る機能を作動し、イカ呪霊が切ってくる風の音を感知するよう設定する。結果、呪霊は的外れな所を攻撃し続けて、雲の中で何処にいるのか夏油は分からないとモダニアは確認する。
そこから呪霊の弾道から逆算し、最初に生成された位置からおおよその場所を特定できた。その範囲から逃がさないようにミサイルで牽制し続けながら、ビーム攻撃の準備を着実に進める。
モダニア「!?」
ビーム砲にエネルギーをチャージしている途中で、呪霊の精度が上がりモダニアのアーマーを掠め始める。先程まで所かまわず撃っていたが、今回は全く異なりおおよその所在を把握した上で攻撃していると分かる。
モダニアは直ぐに回避と防御に回り始めて、ビーム砲の準備を更に早めていく。
アーマーの一つの計器が、警報を鳴らしてモダニアに伝える。その計器は生き物の脈拍を検知する生体レーダーが反応を示しており、こちらに急速に接近していることが分かった。
モダニア「生体反応!? っ!!」
雲で覆われた空間の中で、正面から赤い三節混を持った夏油が現れ、モダニアに向けて混を振り上げる。
が、奇襲空しく夏油の腹部が触手によって貫かれる。三節混は手放しモダニアに当たる事無く上空に、両手で貫いてる触手を掴みながらも、傷口から血が流れ落ち、口からは血反吐を吐く。
モダニア「おかしな人、どうしてそこまで必死になれるのですか?」
夏油「カハッ!...その体の持ち主は、私たちの仲間...そして今も、生きているからだ...。」
モダニア「成程...ではもう一つ質問を。絶えず笑みを浮かべていた貴方は、何故私に対して急に怒りを向けたのですか?」
微笑みながらモダニアは夏油に質問していく、その表情は絶対的優位に立った存在の特権かの様に振る舞いながらも、怒りを向けてきた理由について純粋に疑問を抱いていた。
その様子のモダニアを見て睨みながら答える。
夏油「彼女の...尊厳を踏み弄る所を思い出したら...腹が立ってね...」
モダニア「過去にそういった経験でも?」
夏油「ああ...最も、私が死んだ後だがね...。それでも怒りが湧いてくるんだよ...」
死後その肉体を乗っ取られた姿を、夏油は直接見ていないが、マリアンの体を利用し、演じた上でにじり寄ったことに対して、夏油は怒りを抱いていた。この気持ちを、親友も同じだったのだと考えながら、モダニアに答えた。
その返答を聞いて、クスリと笑いを零すモダニア。
モダニア「くだらない。」
触手が夏油の四肢を切り落とし、鮮血に染まった触手を背後に戻すモダニア。少しの間が経って、無くなった四肢から血が一斉に噴き出す様を、微笑みながらモダニアは呟いていく。
モダニア「これは言わば、人間とラプチャーの戦争。私たちは貴方たちが残したニケという資材を有効利用しているに過ぎません。
捕虜を使って敵を殺している戦況下、一体誰が間違っていると言えるのでしょう? それに、貴方たちも人間を兵器に変えるという、人道から反した行動を取っているではありませんか??」
我々の世界では、捕虜を使って敵兵を殺すことは、国際人道法のジュネーブ条約によって厳しく禁止されている。しかし、ラプチャーに人道など通用しない、使えるモノは利用し戦う。
そしてこの世界の人間は、ラプチャーという脅威に対する為、人間をニケという兵器に作り変えて、これまで戦ってきている。この世界の戦いに人道など通用しない、そういっていられない程にこの戦いは激化し続けている。
モダニア「?...おや、少し喋り過ぎましたかね?? 今死なれるととても困りますので、応急処置してあげましょう。」
夏油の反応が無く顔を覗き込むと、顔から生気が抜け落ち、瞳から光が無くなっていると分かる。目的は分からないがモダニアは殺さないように、夏油の傷の手当てを始めようとするが異変に気付く。
モダニア「?...前に刺した時と少し...いや! 違う!!」
触手から夏油の体を調べて傷口を塞ごうとするが、不意打ちの時と全く異なる感触を感じ取り焦るモダニア。顔色が変わった瞬間、動かなかった夏油の顔が急に上がり、虚空のような黒い目から紫色の液体を流しながら、嘲るように微笑み黒い泥になって消えていく。
その時背中から強い衝撃が伝わり、アーマー越しに風に打たれる感覚を味わいながら、急速に地面が迫り受け身を取ることも出来ずに激突する。周囲には広い範囲で砂埃が舞い上がり、完全に姿が見えなくなる。
モダニアは態勢を立て直しながらも、アーマーの状態を確認する。被害は甚大で、背中に展開されていた翼と、ミサイルゲートが完全に破壊されて、飛行能力が完全に失われる。
夏油「確かに君の言う通りだ。」
何とかアーマーを起こしたモダニアは、声がした真後ろに振り返ると、傷が無い夏油が先ほど上へ飛んで行った三節混を持って、こちらを見ていた。
夏油「戦争は勝つ為ならば、手段を選ばないことはある。人道が無いなら猶更だ。
だがね。生きている彼女の肉体をいいように弄ぶ貴様を見ている度に、吐き気を催すほど私は不快になるんだよ。」
モダニア「...私情ですか...話になりませんね。」
夏油「同感だ、問答は終わりにしよう。」
アーマーから稲妻と火花が散っていながらも、モダニアは臨戦態勢に移行してビーム砲を準備する。対して夏油は三節混を両手で2本持ち、残った一本の混を回転させて風を巻き起こす。
モダニア(もうアーマーの攻撃は使えそうにありませんね、そしてあの赤い武器...あれで後ろから攻撃とすると、破壊力は相当高いと考えられる。
ならあの武器を取り上げたら、あとは触手とマシンガンでどうにでもなる...)
夏油を倒す戦略を大体組み上がったモダニアは、アーマーの姿勢を低くして体勢を整えた後に、アーマーのスラスターを展開して超高速で突進する。その過程でアーマーを脱ぎ捨て、推進力を残しながら至近距離まで近づく。
近づく前に攻撃するために、三節混を横に薙ぎ払うようにして先手を打った夏油、しかし、寸前でモダニアの姿が消えた後、回り込んだのか夏油の背後に現れる。反応して振り返えるが、モダニアが三節混を触手で奪い取り攻撃手段を封じる。
同時に背中のマシンガンの照準を夏油に向けて、銃口が回転を始める。
モダニア(これで攻撃手段は無くなった、後はこの至近距離、マシンガンで攻撃すれば、私の...!)
無数の弾丸を放とうとしたその刹那、モダニアの動きが固まり完全に止まる。体に何かが巻き付いていること以外、理由について全く理解できず、視線を自身の肉体に落として確認すると、奪い取った三節混が黒い泥になってモダニアの体に巻き付いていた。
モダニア(動けない...!? この泥...確かあの時の偽物と同じ...
そうか...地上に降りてきた時にはもう...っ!!)
化けていた異形は、夏油に化けて攻撃した後に本人が背後から奇襲、そして持っている武器が攻撃手段だと予測させ、アーマーを大破させる破壊力のある武器は危険だと印象付ける。その上で奪われても対処できるように、異形の姿を武器に変えて奪われたら動きを止める。
夏油の行動からその思惑を分析していたモダニアの体から...
モダニア「っ......ガハッ...!!」
モダニアの鳩尾に夏油の手が深く入り、黒い稲妻を纏いながら後方に吹っ飛んでいく。両脚で踏ん張り何とか止まるモダニアだったが、その場で膝を着いて倒れ込み、肺に残っている空気と一緒に唾液を吐き出す。
夏油の姿勢、腰を落とし右足を強く踏み込み右手を広げ、押し出すような姿を取っている。発頸のような構えに酷似しており、マリアンに被害を出さないように、拳による体の損傷を避けて、全身に衝撃が行き渡る攻撃を反撃する瞬間に選択した。
そして打撃と呪力の誤差が限りなく同じになり、黒閃を発現させた。ラピたちやモダニアには分からないが、夏油は呪力の核心に更に近づき、自分の体ではないような感覚を感じていた。
夏油(これが...黒閃......今までとは全く違う感覚だ...。)
自分の両手を見つめ続ける夏油、吹き飛ばされたモダニアは夏油の様子を見ながら、ある考えが宿り最悪の事態を想定していた。
モダニア(もし...もしこの人間がクイーンと対面したら...一体どうなるの...??
圧倒されることは無いでしょうが...今最もクイーンに匹敵する存在......)
焦燥のある表情には、必ずここで息の根を止めるという決意めいた殺意を夏油に向けて、その方法を絶えることなく思考し始める。アーマーは悉く破壊され、その上万全な状態でも勝てるか危うく、生身での戦闘など勝負にもならない。
しかし、今の戦況下でもラプチャーが人類に勝っている点が一つある。この選択しか残されていないと確信し、この戦闘は敗北を期するかもしれないが、後の戦いを考えると限り無く勝利に近いものになると信じて、躊躇せずにモダニアは作戦を実行する。
耳をつんざくような音が、モダニアを中心に戦場全体に鳴り響く。この音を聞いて3人は耳を塞ぎながらも、ラピとアニスはこの音に対して聞き覚えがある。
ラピ「この...音は...!!」
アニス「コーリング...シグナル!?」
ネオン「それって...ラプチャーを呼ぶ音ですか!?」
アニス「そう! アイツ...まさかここに...!!」
ラピ「指揮官...!!」
一方副指令室、この戦闘を指揮しているアンダーソンは、シフティーに戦況を尋ねて進捗と被害規模がどうなっているかを確認する。シフティーはタブレットを操作して、現在の作戦の進行度を報告した後、部隊全体の被害規模について話し始める。
アンダーソン「シフティー、現在の戦況はどうなっている??」
シフティー「現在、ファイナルフェーズ、パターンBに到達。アンチェインドによるヘレティックの無力化に移行しました。
しかし、モダニアの攻撃で通信端末が破損、交戦地にいるカウンターズの状況が分からなくなりました。」
アンダーソン「......」
シフティー「そして現在までの被害状況は、地上遊撃部隊の半数が補給、及び治療で撤退。撤退した半数は再び戦場に戻りましたが、もう半数はアークに帰還して治療中です。
AZXはスタビライザーの修繕中、復旧の目途は立っていない模様、そしてトーカティブとピルグリムが交戦、モダニアまでの道はカフェ・スウィーティー分隊が同じ分隊所属のシュガーとアブソルート分隊に合流し、ラプチャーの進行を食い止めています。」
アンダーソン「そうか......。」
戦死者がいないことと、各勢力がラプチャーを食い止めている事が吉報であり、唯一この作戦で気掛かりなのは、夏油率いるカウンターズ分隊の現状が分からないことである。しかし、モダニアが交戦地から動いていないことが、カウンターズがまだ戦っている証明と考えて、アンダーソンは手を組んで夏油に戦いの全てを委ねていた。
アンダーソン(後は君次第だ...勝つか負けるか、君に掛かっている。)
己の無力感を嘆きながらも、自分の思いを託した夏油を信じて、ラプチャーを相手している遊撃部隊の指揮を執るアンダーソン。突如シフティーのホログラム越しから、緊急通信が鳴り響く。
???「おい! こちらカフェ・スウィーティー!! 聞こえるか!?」
???「応答...求む...大至急...」
シフティー「ミルクさん、プリムさん、どうしたんですか??」
通信元はカフェ・スウィーティー分隊のメンバーの、ミルクとプリムであり映像にはシュガーも交戦しながら移っている。冷静に応答したシフティーに対して、ミルクは慌てた様子で戦況を伝え始める。
ミルク「どうしたもこうしたもあるか! ラプチャー共が移動を始めた!!
妙なのが私たちを無視して先に進もうとしてんだよ!!」
シフティー「!?」
アンダーソン「なんだと...!?」
プリム「仕事...減る...眠れる...zzz」
シュガー「プリム、起きて。」
ミルクの報告を受けて、シフティーとアンダーソンは驚愕し、交戦するラプチャーが減ったことで、アイマスクを付けて眠ろうとするプリムを、シュガーが起こしてラプチャーに攻撃する。ミルクの報告を受けて、他の分隊からも報告が絶えずやってくる。
ウンファ「こちらアブソルート、ラプチャーの行動が変化。
我々を無視して直進している、見たことないパターンだ。」
エマ「まるで私たちが見えてないみた~い。」
ベスティー「で、でも、その目的は分からないの...」
ソルジャーE.G「こちら地上遊撃部隊! ラプチャーが一斉に変わった行動が! 攻撃をやめて一斉に移動を開始した!!」
その変化は、カフェ・スウィーティーに留まる事無く、同じ区域で食い止めているアブソルート、更には作戦区域にいる全ての分隊からラプチャーの奇行に関する報告を受ける。シフティーは直ぐに、ラプチャーが向かった方向をデータ送信するように伝える。
シフティー「分かりました! では、皆さんの端末からどこに向かっていったか、マーカーを付けて送信してください!」
ミルク「分かった!」
ウンファ「ラジャー。」
ソルジャーE.G「了解しました!」
送られてきたデータを集計しながら、各分隊の座標をマップにピンを付けて、それぞれの進行方向上を可視化していくシフティー。マップの完成を待っていたアンダーソンは、今回の奇怪な行動に対して疑問を抱いていた。
アンダーソン(...何故今になって行動を始めたんだ? モダニア撃破の報告はまだ受けていない...撤退する際、交戦を止めて移動するが...)
今回のラプチャーの行動は、戦闘が終了時にロード級やタイラント級に続いていた低級ラプチャーが、先導機体が破壊された際の行動に酷似しているように見えた。しかし、夏油からの連絡が無いことから、モダニアは撃破されていないと考えられる。
シフティー「こっ...これは...!」
マップが完成したのか、シフティーがかなり狼狽えた様子で端末を見続けている。安否の確認がてら声を掛けようとしたが、シフティーが落ち着きを取り戻して、アンダーソンに完成したマップを目の前で表示して説明する。
シフティー「マップの更新が終了しました...。」
アンダーソン「ご苦労、結果はどうなった?」
シフティー「それが...」
マップ上には各分隊の座標を示す赤いピンと、ラプチャーが移動した進行方向を示す青い矢印が表示されていく。そしてその進行方向上は、一つの場所に集中している事が分かった。
シフティー「皆さんの座標と、ラプチャーが向かっていった方向に予測を含めた結果...」
なんかこの終盤になって10000どころか18000文字を超える長い話になっている...本当にごめんなさい。