だが、節制すれば後の生活が確実に楽になる。
五条「冗談で言ってみたら、ホントになるとは...
誰が言った言葉か分からないけど、口は災いの元とはよく言ったもんだよ。」
マスタングから貰ったスーツとは別で、落ち着きがあるスーツと丸型サングラスを身につけて廊下を歩く五条。
左側からはアークの天井が照らす人工の太陽が入り、右側には青春を謳歌する生徒たちの談笑が聞こえる。
ふと視界に入った右側の教室の窓越しに、談笑している生徒たちを見つめる。
五条(あの時から6年ぐらいかな?
教鞭を取っていたのは。)
談笑している名も知らない生徒が、自分のよく知る生徒に変わっていく。
フィジカルの無さに呆れて真希が肉を摘み、摘まれてオドオドしている乙骨。
トレーニングに付き合うと肩を叩くパンダと棘、真希の基準でフィジカルを測るなと提言する秤と頷く綺羅羅。
今日の任務を終えた後に寄る夕食は焼肉だと言う虎杖と、回らない寿司屋に行くという釘崎、2人に挟まれて居心地が悪そうな伏黒。
そして、呆れて窓の向こうを眺めている硝子、
全く雰囲気に慣れず引き攣っている七海、
握り拳を作った右腕を地面につけて、身体中から蒸気を出している灰原、
扉を開けて蒸気で充満させた事に激怒する夜蛾先生、
五条(いくら考えたって、戻らないのに。)
五条は目を閉じて記憶を振り払い廊下を再び歩み出す。
思い出を振り返る度に、この世界で戦っている夏油の姿が現れて自責が込み上げてくる。
否、そうに違いない。
事実、彼はこの世界で多くの少女たちを導き、戦っている。
対して自分は、ただただ己を満足する為に呪術を磨き、生徒の道標である教師の立場でありながら戦いを楽しんだ。
自分という枷を解き放ち、後続の術師の可能性を広げるというのは詭弁だ。
生徒を信じて後を託したというのは、体のいい言い訳だ。
自分は生徒を導く道を選んだのにも関わらず、宿儺と戦えるチャンスに走った。
あの時かけられた言葉が今でもチラついている。
自分が気付けなかったから
自分を化け物にしない為に。
だから自分も、生徒を化け物にしないように
追いついたと思っていたのに、自分には手の届かない遠い所に
人を人として見れる
五条(こんな奴に、教師が務まるのかよ。)
自嘲しながら寂しい廊下を進み続ける。
その後ろ姿は、快晴によって青くすんで生徒の楽しげな雰囲気の華やかさとは対照的で、侘しさと哀しさが滲んでいた。
一方、生徒たちが談笑しているのどかな教室にはそれぞれグループを形成して、趣味や最近の話題について会話に華を咲かせている者、放課後どこに遊びに行くのか話し合っている者...
そして一部のグループには、この日を待ち遠しそうに落ち着きのない生徒がいた。
??「ツバイどうしたの?」
???「ライ先輩知らないんですか?」
ライ「今日何かあるのアイン?」
ベレー帽のように丸い帽子を被った高校生とは思えない幼い少女が、アインと呼ばれたプラチナブロンド色の髪の少女が知らないライに反応する中、ツバイと呼ばれた黒髪ポニーテールの少女が、声を掛けてきたライの疑問に答える。
ツバイ「今日中央政府に所属している指揮官がこちらの学校に赴任する予定なんです。」
ライ「今日から!?」
M.M.R.附属高校の生徒の一部はニケとして活動する者もいる。
中でも中央政府は将来の職場の一つであり、生徒の中では一種の憧れのようでもある。
そして中でも中央政府に所属する指揮官は注目されており、テレビで活躍するスポーツ選手のような眼差しを受けている。
アイン「噂だと、巷で有名な指揮官が入ってくるって!」
ライ「そうなの!?」
ツバイ「あくまで噂です、真に受けないでください。」
アイン「そう言って、ツバイも気にしている癖に~?」
アインの発言にツバイは眉を潜める。
彼女たちが話題にしている噂とは、これから実施される試験に試験官となる特別講師がやってくるという知らせから始まった。
その知らせが舞い込んできた当初はあまり話題にならず、試験に対する心構えや趣味の話で持ちきりだった。
しかし、職員室を通りがかったある生徒が聞いた話が一気に波紋を呼んだ。
マルチャーナ『やはり...指揮官に来て頂くしか...。』
マルチャーナ、M.M.R.附属高校に所属する教員で生徒からの信頼も厚い人物。
そのマルチャーナに唯一交流のある指揮官は、夏油傑のみ。
ライ「なんで夏油指揮官と交流があるの!?」
アイン「マルチャーナ先生にプリントを届ける時に、スケッチブックをチラッと見ちゃった時がありましてね。
その時根掘り葉掘り聞かせて頂いたんですよ。」
図書館の帰りにたまたま通りがかったコマンドセンターで見つけた陀艮を目に焼き付けたマルチャーナは、すぐさま帰ってスケッチブックにイラストを作成。
度重なる心身の疲弊に、陀艮のイラストは心の保養になっていたようであり、仕事の合間にちょくちょく眺めていた。
その現場を提出するプリントを抱えたアインが目撃、詰め寄ってその事を質問攻めした事でマルチャーナは夏油と関係性があると広がった。
ライ「とても信じられないよ。」
ツバイ「私も作り話と思っていたんですが...」
アイン「そのキャラクターがショッパ・ホリックのマスコットキャラクターになっちゃったから、それはもうごった返して問い詰めの日々でしたよ。」
ルピーが陀艮のイラストから正式にショッパ・ホリックのマスコットキャラクターとして著作権の譲渡を申し出をした。
結果マルチャーナと夏油の関係性があると信じなかった者は、直ぐに目撃者であるアインに問い詰め認めた。
ライ「それじゃあ、今回の試験官も...?」
アイン「そう、話題が尽きない夏油指揮官って事です。」
ツバイ「まだそうだと決まった訳ではないですよ。」
アイン「ここまで来たらほぼ確定みたいなものでしょ?」
噂だと思っていても待ちきれない様子を隠せない様子のツバイ、自分の予想が間違っていないと信じ切っているアイン、新しい講師が来ることに落ち着きがないライ。
教室の扉が開きマルチャーナが点呼を取り、いつも通りの学校の始まりを迎えようとする中、
アイン「マルチャーナ先生! 今日特別講師が来るんですよね!?」
マルチャーナ「アイン、ホームルーム中は静かに。
と言いたいところですが、アインの言う通り本日は特別講師が来ております。」
静かだった教室内はざわつき始め、女子生徒の話し声がとめどなく溢れ始める。
期待を膨らませている生徒に、マルチャーナは落ち着きを取り戻させる。
マルチャーナ「皆さん静かに、特別講師を紹介しますので静かに。」
この一言で先ほどまでの静けさが戻ってくる。
しかし全員の瞳には、期待と羨望で綺麗に輝いている。
静かになったところで教壇から離れて、教室の外にいる特別講師に声を掛ける。
マルチャーナ「お待たせしました、どうぞ。」
マルチャーナの呼びかけを終えると同時に、教室の扉が勢い良く開き特別講師が姿を現す。
勢いのまま回転しながら決めポーズを取る五条。
マルチャーナはその光景に呆れの眼差しを向けている。
五条(これでキャッチは完璧、生徒たちもスポットライトのような目で...)
ツバイ「」
アイン「」
ライ「」
五条(あれ?)
教室にいる生徒たちが五条に向ける視線は、落胆と失望で真っ暗になっていた。
五条の登場に最初に意義を申し立てたのはアインだった。
アイン「どういう事なんですか先生!!
本当なら夏油指揮官が来るんじゃないんですか!?」
五条「なんだ、バレてんじゃん。」
マルチャーナ「ごっ、五条さん...!」
アイン「やっぱり夏油指揮官が来るんですか!
ならなんでその変なグラサンをかけている人が来るんですか!?」
五条(変なグラサン...)
五条が思わずこぼしてしまった言葉に反応したアインは、直ぐに夏油が講師としてくると確信して指摘する。
避けられなくなった事態にマルチャーナは頭を抱えて溜息を零しながら、どうしてこうなったのか説明を始める。
現在から2週間前にコマンドセンター前の事、入れ替わりで夏油がアンチェインドの量産法について調査し始めて地上に向かい、マルチャーナは不在の中でコマンドセンターの呼び鈴を鳴らしていた。
呼び鈴を鳴らしている所に仕事終わりで立ち寄った五条がマルチャーナを見つけた。
五条「傑はいないと思うよ~?」
マルチャーナ「いないとは...どういう事ですか?」
五条「まあ長い話になるから部屋の中でしようか。」
何食わぬ顔で鍵を取り出してコマンドセンターの扉を開ける。
本来夏油でしか開けられない建物の鍵を何故持っているのかと疑問が募るが、それは隅に置いて五条の話を聞くためにコマンドセンターに入る。
指揮官室に入り五条から話を聞いたマルチャーナ、そのまま伝える訳にも行かず地上で長期に渡る任務でしばらく帰ってこないと話す。
五条の話を聞いたマルチャーナは心底困った表情をした。
五条「そんなに困ること?」
マルチャーナ「ええ...できれば夏油指揮官に話をしたかったのですが...」
五条「それってどんな話?」
マルチャーナが深刻そうに悩んでいる理由について尋ねる五条。
話を聞くとこれから2週間後に所属している高校で試験があるらしく、夏油をその試験官として推薦することになった。
しかし待っても返答の連絡が来ないことから実際にコマンドセンターを訪れたが、長期任務で帰ってくる時がいつか分からないと知らされる。
これから代わりの試験官を捜す時間も無く、かと言って適当に選んでしまえば試験に本来合格できる筈の生徒が落とされてしまう可能性がある。
マルチャーナの表情を見て、五条は直感的にこれらの目的以外に夏油を連れていきたかった理由があると気付く。
五条「じゃあ代役やろうか?」
マルチャーナ「貴方が...?」
五条「そう、まあ僕も何年か教鞭取ってたことあったし。
高校生なら丁度僕の生徒と同じくらいの年だし。」
しばらく不在の夏油に代わり五条が代役として特別講師を務めると話す。
教師の経験と担任だった時の生徒と同じくらいの年から過去の経験が役立つとアピールするが、五条自身は冗談でマルチャーナに提案していた。
五条(元教師と言っても、軍事系がからっきしの素人を採用するとはとてm)
マルチャーナ「宜しいのですか? では、早速手続きを済ませてきます。」
五条「へ?」
マルチャーナ「これから処理するので、翌日にはお知らせが届いている筈です。」
五条「ちょっt」
マルチャーナ「それでは、失礼します。」
足早にコマンドセンターを出ていったマルチャーナ。
最後に置いてけぼりにされた五条は放心状態になってマルチャーナが出ていった扉を見つめており、足の力が抜けてゆっくり、だが体重をのせて椅子に腰掛ける。
五条(まあ、まさかね...?)
マルチャーナの対応に冗談だと思いつつ、冷蔵庫から炭酸水を一本取り出して飲みながら帰路につく。
帰宅後
五条(...マジに届いてる...。)
しっかりと推薦状と案内書が同封された書類が五条の元に来ていた。
今日に至るまでにマルチャーナと五条との間にあった出来事だった。
五条(まあそれもそっか、期待していた芸人が来ると思ったら全く知らないモノマネ芸人が来たもんだもんな...)
言い出したのは五条だが、こんな事になった生徒たちに申し訳ない気持ちが出て来た。
本当なら生徒たちへの謝罪を込めてさっさと退散した方がいいのだろうが。
五条(それだとマルチャーナ先生に向ける顔がない、ひとまず控えている試験まで頑張るさ。)
しかしこのまま投げ出すのは無責任故、試験が始まるまでの間は講師として全力を注ぐと決意する。
かつて呪術高専で、強くて聡い生徒を育てるという思いを胸に。
始まりとはいえ余りにも短すぎる...
それはそうとちょこっと童話集のキャラが可愛い。
というかヘングレのストーリー出してくれよ、
必要だろ?
ニヒリスターとの戦いを終えたエデンは、各自直近の戦いの疲れを癒す為に、そして次に待ち受ける戦いに備える為に休養を取っていた。
そんな中、マリアンはただ一人この先に待ち受ける不安に心身が疲弊しきっていた。
マリアン「これからの戦いで、私は正気でいられるのでしょうか...」
ミール『貴方の中にラプチャーが...』
耳元で囁かれているような幻聴を頭を振って霧散させる。
そして自分に言い聞かせる、実物は無くなってしまったが、それでもアンチェインドの製法は手に入れた。
後はRh-Xの血液型を持つ人物の協力を得れば、アンチェインドが手に入る。
そうすれば、自分の中に宿る忌まわしき力は完全に消える。
マリアン(それに...私は...一人じゃない...)
ラピにアニス、ネオンに夏油、自分には勿体ないくらい素晴らしい仲間たち、そんな仲間の傷付く姿はもっと見たくないし考えたくもない。
自分の
マリアン(次の戦いに備える為にも...!)
マリアンは持参してきた鞄に両手を突っ込み漁り始める。
地上に上がる前に夏油から物を格納できる呪霊(芋虫ではない)で運搬しようかと提案したが断った鞄。
必死に漁る姿は嬉々としておりながらも急かしているようにも見える。
一方自室の外に位置する廊下では、イサベルがコツコツとゆっくり歩きながら個室を覗いていた。
ネオン『フフッ、今日も輝いています! 火力 and FIRE!!!』
イサベル「違う...。」
アニス『指揮官様に持ってきてもらった超小型冷蔵庫、支給品の中にこんな掘り出し物があるなんて...
これ買ってもらえるか相談...いや貰えるか相談してみようかしら?』
イサベル「ここも...。」
ラピ『......。』
イサベル「......静かね。」
一部屋一部屋覗き込むたびに紅潮していた表情が一気に冷めては静かな声で覗き込んでいた。
どうやら彼女たちはターゲットではなく、別の人物らしい。
気を取り直して再び廊下をゆっくり歩くイサベル、しかしこのまま一部屋ずつ回っては時間がかかり過ぎる上にすれ違う可能性があることから方法を変える。
視覚を閉じて、
聴覚(完全防音仕様で全く聞こえない。)
触覚(同じ無機質なドアの感触。)
直感(従った結果、ハランに覗き窓を覗いていたのがバレた。)
気配(異性の気配を察知したらヨハンで、抱き着かれたヨハンはスッとイサベルの拘束を解いてそそくさと去っていった。)
嗅覚(近くに夏油と同じ香りを捉える。)
イサベル「!?」
間違える筈もない。
かつてアンチェインドの量産方法を知るために北部で負傷した夏油を
忘れる筈もない愛しい人の香りが、イサベルの嗅覚を通して完全に位置を把握する。
イサベル「ターゲット、廊下最奥。
待っていて下さいね、愛しい夏油様...♡」
両翼を広げて廊下の突き当りに向かい全速力で急接近するイサベル。
到着する前に気取られないように勢いを殺し切り、口から溢れ出す吐息を漏らしながらゆっくりと夏油の姿を目に焼き付けようとする。
イサベル「......。」
これまで落胆していた表情とは打って変わり、イサベルの瞳にはマリアンに対する敵意と殺意が向けられている。
それもその筈、香りを辿ってきてみれば付きっきりの邪魔なニケの部屋にぶち当たり、おまけに恋仲の夏油の香りを纏っている。
イサベルの思考回路は、すぐさまマリアンを
イサベル「あの方は...渡さない...。
フェザー展開、目標...前方...。」
両翼から現れイサベルの周りに滞空する自動追尾攻撃武装フェザーを展開して、マリアンに向ける。
イサベル「攻げ...!?」
発射の号令をすぐさま上げようとしたその刹那、イサベルの視界に衝撃的な物が目に入る。
攻撃を中断してこれまで以上に食い入るように覗き窓を覗き込む。
マリアン『指揮官...糸目で、小さくて、可愛い指揮官...///』
マリアンが幼い少女のようにぬいぐるみに抱きつき愛でる。
知らない人から見れば真面目な彼女に可愛らしい一面があると知り、イサベルにとっては香りを纏わせている事に対して3時間問い詰めた後決闘させるのだが。
マリアンが愛でているぬいぐるみの姿が、イサベルの愛する夏油に似ている...
否、明らかにモデルにしたような物だった。
デフォルメされた可愛らしい輪郭、
撫でられてゴロゴロと機嫌をよくしている猫のような糸目、
そしてトートバッグとプレゼント箱を抱えていながも全体がよく見える見事な造形。
彼女の体は、ただ遠く見ているだけでは治らなかった。
マリアン「指き...ひゃああぁ!!
いっ...イサベルさん!?」
突如呼び鈴もノックもせずに入って来た事に慌てたマリアンだが、それでも自分の背中の後ろにぬいぐるみを隠す。
目元の見えないイサベルが、ゆっくりとマリアンの方へと歩み寄り...
益々混乱したマリアンは冷や汗を流しながら、どうしたのかと尋ね続ける。
マリアン「...わ、私に何か...?」
先ほど夢のような時間が一変、鍵をしていたはずなのに長身のイサベルが表情が見えないまま歩み寄る。
マリアンは益々混乱して、まともに言葉がおぼつかない状態でき壊れた機械みたいにがたがた震える。
イサベル「それは何処で売っているの?」
この日、イサベルも夏油のぬいぐるみの虜になった。