恋姫†無双〜月星の帝国   作:赤部二郎

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アレクサンドリアの侵攻(後編) ~黒旗の下に燃ゆる古都~

焦げたオリーブの匂いと、瓦礫に崩れた柱の陰からこぼれる呻き声が、海の風と共に市街を流れていた。

 

「盾を上げろ!敵が弩で狙ってくるぞ!」

 

ハーリド=アッ=ファーミーは、漆黒のシャムシールを高く掲げ、民家の壁を蹴りながら一気に十字路を制圧した。彼の周囲には、各部族から集った混成部隊の将兵が付き従っていた。ベドウィンの軽装歩兵、ペルシア風の鎖帷子を着た槍兵、エジプトの砂漠から来た射手たち――彼らの装束は様々だが、胸元には同じ意匠が縫い付けられている。黒地に金の縁取り、中央に三日月と五芒星を刻んだ「征服の印」。

 

「アラーフ・アクバル!背後を取ったぞ!」

 

叫び声と共に、もう一人の将軍――イフティカール・イブン・ヤズィードが市壁の外側から突入してきた。彼の部隊は、梯子と爆薬で門の横手から侵入し、街の東区画に火を放って敵の注意を引いたのだ。

 

「イフティカール、遅いぞ。こちらは既に六街区を抑えた」

「お前が急ぎ過ぎなんだ。敵の守備隊が全部引き寄せられていたよ」

 

彼らのやり取りを冷ややかに見つめるのは、第三軍を率いる女性将軍アミナ=バヌ=カイス。北アフリカの遊牧民出身の彼女は、鎖のベールを頭から垂らし、鋭い目つきで煙る市街を見下ろしていた。

 

「敵将『フラヴィウス』の姿は未確認。おそらくは王宮に籠ったかと」

「ならば、俺が突入しよう」

 

ハーリドが即座に言い放った。彼の言葉に、イフティカールが不満げに眉を吊り上げる。

 

「またお前か。イエメンの時のように全部持っていく気か?」

 

だがハーリドは笑わなかった。手を掲げると、彼の部下たちは即座に動き出す。城郭の内門、王宮のある高台へと続く道を、火と怒声の渦の中で突進していった。

 

 

王宮内、古びたローマ風の柱廊には、アレクサンドリア総督であり、ローマ帝国属州の軍司令官であるフラヴィウス・ルキウスがいた。青い外套を羽織り、白銀の胸甲に剣を佩いた彼は、斃れた副官の体を跨ぎながら、最後の兵を鼓舞していた。

 

「ここを死守する!帝国の援軍が来るまで、アレクサンドリアを死守せよ!」

 

だが、その言葉も空しく、崩れた門扉の向こうから黒旗が翻った。

 

「この地を血で汚すな、蛮族ども」

 

ハーリドが先頭に立ち、シャムシールの切っ先を輝かせて踏み込んだ。フラヴィウスは反射的に剣を構えたが、彼我の力の差は明らかだった。

 

――金属と金属の火花。フラヴィウスの剣は三合持たずに弾かれ、喉元に刃を当てられた。

 

「命を惜しむなら、兵を下げろ。我らは支配するが、全てを奪いはしない」

「…お前たちは侵略者だ」

「いいや、“神”の名の下、統一をもたらす者だ」

 

王宮の奥に翻るローマの鷲章が、次の瞬間には黒旗へと変わった。

 

 

戦が終わった後、アレクサンドリアの港には新たな船団が到着していた。補給物資と共に、バグダードから派遣された宗教指導者と行政官たちが降り立つ。

 

「神に従い、この地に法を。異端にあらずば、民は守られよう」

 

彼らはまずモスクの建設を宣言し、残されたローマ人の役人たちに対しても改宗を強要せず、行政機構の一部として取り込んだ。

 

「帝国は火によって征し、法によって治める。それが我らの道だ」

 

ハーリドは静かにそう呟き、黒旗のもとに立った。

 

かくして、地中海最大の要衝アレクサンドリアは、征服王の名の下に落ち、イスラム帝国の新たな属州として組み込まれていった。

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